第654話 交換コインを求めて“アビス”を深く潜る件



「お魚も周囲の情報を得るために、人間と同じく視覚や嗅覚や聴覚を使うんだけどね。そんな五感に加えて、第六感とも言える『側線』と言う感覚を持ってるんだって。

 これによって、例えば群れて泳いでもお互いぶつからなかったり、水圧や水流に敏感に反応出来たりするんだよ。凄いよね、お魚さんって」

「へ~え、凄い物知りだねぇ、紗良お姉ちゃん。私は第六感よりも、魚に耳があるってのにビックリだよっ。

 叔父さんは知ってた、今の話?」

「う~ん、知らなかったな……おっと、また団体さんが来てくれたぞ。今度はサメの群れかな、ルルンバちゃんで先制攻撃を掛けようか」


 その言葉に、あっちだよと指示出しに張り切り始める香多奈である。ルルンバちゃんも、このビームの拡散するエリアには苦労しつつも最善を尽くしてくれる。

 とは言え、やっぱり得意のレーザー砲も敵に届く頃にはヘロヘロ状態に。お陰で殺傷能力も半減以下に、怒った敵は急降下してこちらに襲い掛かって来る。


 護人の弓矢も、放たれた途端に水圧の妨害を受けて同じく威力を削がれる始末。コリャ駄目だなと、潔く弓矢を仕舞って肉弾戦に備え始める護人である。

 何しろ敵は上空から、獲物を見付けた猛禽類のように襲い掛かって来るのだ。宙を飛ぶ敵のような厄介さに、こちらの飛び道具が効かないのは大いなるハンデかも。


 それでも“四腕”を発動させた護人は、凶悪なフォルムのサメの群れに立ち向かう。後衛には1匹も通さない構えで、ハスキー達より先に空中戦を挑む構え。

 茶々丸も負けじと飛び上がるが、空中(水中)姿勢を保てずにゆっくりと落下して行くだけ。厄介な水エリアの特性は、水耐性装備をつけていても完全無効化は難しいようだ。


 レイジーは器用に『可変ソード』を操作して、近寄る敵を真っ二つにしている。コロ助は『牙突』や《咬竜》を使っての遠隔攻撃、ヤン茶々丸とは大違いの対応振り。

 紗良も団体さんならと、試しに《氷雪》の範囲魔法の使用に踏み切る事に。この水エリアでの効果は不明だったけど、どっこい周囲が水だけに効果は甚大だった。


 思ったより広範囲に効果が及んで、使った本人もビックリの結果である。背後から回り込んで来た大サメ3匹は、何も出来ぬうちに冷凍保存状態に。

 やったねと喜ぶ末妹だけど、逆にこれは使い難くなっちゃったなと頭を悩ます長女。範囲指定の曖昧な魔法は、一歩間違えば味方を巻き込む恐れが。


 それでも何とか、狂暴な大サメの群れの撃破には成功する護人チームであった。一息つきながら、休憩しつつのMP回復作業に入る面々。

 香多奈とルルンバちゃんは、真面目に落ちたドロップ品の回収に忙しい。


 サメ型モンスターだっただけに、魔石(小)に混じってサメの歯みたいな骨素材や、たまにフカヒレ素材も回収が出来たようだ。コレ美味しいのとの香多奈の問いに、一応は高級食材かなと護人の曖昧な返しである。

 紗良もそんな素材の調理には、全く自信が無いようで戸惑った顔付きだ。これなら“しまなみビーチダンジョン”の、恐竜の肉の方が嬉しいかなと本音がポロリ。


「フカヒレって、一部のサメの背ビレからしか獲れないってイメージある人多いかもだけど。本当は獲れるサメの種類は意外と多いし、尾びれや胸びれも食材に使われるんだってね。

 調理方法も色々あるらしいけど、それは一流の料理人が腕を振るうからだからねぇ。私なんかじゃ、きっと上手く調理は出来ないよ」

「えっ、紗良お姉ちゃんのお料理は誰が何と言おうと一番だよっ! そうだよね、叔父さんっ……変な料理に挑戦しないで、いつもの料理に混ぜちゃえば良いんだよっ」


 そんな乱暴な香多奈の言葉だが、家族愛は溢れているので護人は敢えて何も語らず。うちの子は良い子ばかりだよと、代わりに2人を褒めて探索を続行する。

 《心眼》頼りの斥候役は、なかなか大変で長時間続けると頭が痛くなって来る。その点ルルンバちゃんには、痛くなる頭があるのかなと変な事を考える護人である。


 思考が纏まらないのも、或いは探索による疲れなのかも知れない。午後の探索はまだ始まったばかりだが、さすがに4日連続の探索なんてのは経験が無かった。

 ここまで日程を詰め込むのは、専属の探索者でも珍しいかも。いや、遠征レイドに参加すれば、この程度の日程は組まれて当然な気もする。


 とにかく先頭を進む護人は、敵の気配と行く先のルート選定に大忙し。周囲には段々と大きな岩場も増えて来て、昆布の森と共に進むルートを縮めに来ている。

 その時後衛にいた末妹が、アレは何だろうと騒ぎ始めた。振り返ると上空を指差した香多奈がいて、その示す先には割と大きなウミガメが。


 そいつの甲羅の上には、何で固定されているのか立派な宝箱が垣間見えた。何と言う仕掛けか、悠然と泳ぎ去って行くウミガメを掴まえて御覧なさいと言う無茶なオーダー?

 アレが宝箱だと悟った香多奈も、絶対に荷がしちゃ駄目だとペット達への指示出し。とは言え、相手は割と先の上空を泳いで移動しており、果たして追いつく事は可能だろうか。

 ――さて、この厄介な無茶振りに誰が応える?




 姫香チームの探索は、至って順調で22層も既に中ほどを過ぎた頃。数日に渡る探索疲れも無く、ツグミや萌を含めてとにかく元気な一行である。

 ただし、ここまでコインのドロップは未だ無しの結果に。ゴーレムを倒してリングを2個ゲットして、後はトンとご無沙汰って感じで悲しい限り。


 宝箱の類いも見付からず、遺跡タイプなので最初は期待した女子チームだったと言うのに。ツグミがいるので、途中で見落としは無いとは思うがこの運の無さ。

 この層では頑張って探し出すぞと意気込むみっちゃんだが、そもそも設置されていなければ頑張りは無意味である。つまりは、結局は鼻の利くツグミ頼りに。


「頑張ってね、ツグミちゃん……お昼の休憩にあんな大風呂敷を広げたのに、午前中の獲得数を下回ってたら悲し過ぎるよっ!

 せめて同じ数くらいは、午後も回収したいよねぇ」

「安心しなさい、怜央奈……その気持ちはみんな一緒だから。ちょっと目標が高過ぎたよね、リングを含めて70枚行けば充分じゃないかな?」

「いきなり下方修正が過ぎないか、姫香……まぁ気持ちは分かるがな、宝箱なんて見付けようと思ってホイホイ見付かるモノじゃないし」


 そうっスねぇと、カサゴ獣人を倒し終えて魔石を拾い中のみっちゃんの相槌。その声にも張りは無く、やっちゃったかなとの思いは同じく強いみたい。

 最悪、希望枚数に満たなかったら“アビス”探索をもう5階層伸ばすのもアリかも。だとすると、夜の8時を過ぎてそこから帰宅時間を入れると、旅館に戻るのは更に後になってしまう。


 それは避けたい一行だけど、たった5層の探索でさっきの倍の30枚は厳しいかも。そんな雰囲気を纏わり付かせながら、ツグミ頼りの一行は探索を続けて行く。

 22層はさっき倒したカサゴ獣人や、魔法を使う厄介なインプがメインの敵のようだ。他にも動きの活発でない、大ウニやら大ウミウシやらが遺跡通路の所々に張り付いており。


 最初の支道でそいつを見つけたみっちゃんが、不注意に大ウニに近付いて大変な事に。何故に無害と決めつけたのか、棘の飛来を身に受けての負傷に。

 チーム員からは、何やってんのと毎回の批難が吹き荒れる。こっちには紗良姉さんがいないんだからねと、ポーションの残りを気にする姫香である。


 面目めんぼく無さそうなみっちゃんは、次に見つけた大ウミウシには近付かない周到さ。それは正解で、コイツは近付けば毒を周囲に放って来る特性があるようだ。

 とは言え、他には攻撃手段は無いようで、しかも動きもノロくて倒すのに手間は必要ない。怜央奈が魔法を使って倒す練習台には、まぁピッタリの相手ではあった。


「う~ん、リングはたまに敵が落としてくれるけど、コインは出ないなぁ。そっちの支道はどんな感じ、陽菜? 何か良い物ありそうかな?」

「こっちは道が細くなってて、しかも横の壁の穴は矢か何か飛び出る仕掛けじゃないかな。ツグミも進むのを止めてくれたし、確実にこの先はトラップだな」


 遺跡の複雑な通路に出た一行は、時間を掛けてそれぞれのルートの安全チェック。敵が待ち伏せていたり、陽菜の見付けた罠の通路があったりと対応に大忙しな一行である。

 そして試しに、床の怪しい場所を踏んでみた陽菜はビックリして思わず後退る事に。飛び出て来たのは矢ではなく鉄の槍で、それは反対側の壁に届く勢い。


 それを伝って上へ登れそうっスねと、みっちゃんが能天気な発言を繰り出す。それに釣られて一斉に上を向く少女たち、そして通路の天井部分にそれっぽい隙間を発見!

 これはみっちゃん、お手柄じゃ無いのよと俄然張り切り出す姫香たち。それからツグミにお願いして、全ての仕掛けを作動して貰っての上へ向かうルート作成作業。


 その作戦は上手く行って、何とか5メートル上の天井付近の隙間まで、飛び出た槍を梯子代わりに使って登れそう。やったねと有頂天な姫香が、代表してその隙間を確認に向かう。

 その姿は全く危なげなく、白百合のマントも補佐に動いてくれているようだ。護人の3本目の腕程ではないけど、槍に絡み付いたりと姫香の姿勢制御を手伝っている。


 割と献身的な性格は、薔薇のマントとは大違いかも。向こうは割と嫉妬深くて、かまってちゃん的に主人が出掛けようとしたら毎回ついて行こうとするのだ。

 お陰で、夏の暑い盛りに余計な厚着をしたくない護人は毎回大変。しかも畑仕事をマント着用でするなんて、他の者に見られたら変態確定である。

 田舎だって、そんな噂が出まわったら恥ずかしくて表を歩けなくなってしまう。


「あっ、あったよみんなっ……小振りなタイプだけど、立派な宝箱が置いてあるっ! 今から落とすから、下で受け止めて頂戴、陽菜っ!」

「了解、任せておけっ。おっと、確かに小さい箱だな……かなり軽いし、重たい品は入ってないかな」

「大丈夫、コインが入ってれば問題無いんだから!」


 そんな怜央奈の言葉に、そうっスねと楽しみではち切れそうな笑顔のみっちゃんの追従。姫香が無事に降りて来たのを確認して、代表して宝箱の蓋を開け放つ陽菜である。

 そして中からは、待望のコインが6枚も出て来て一同揃って大歓喜。他にもリングが3枚に魔結晶(小)が5個、スキル書が1枚に強化の巻物が2枚。


 なかなかの当たりの箱で、笑いが止まない少女達だったり。これで少しは希望が見えて来たと、この先の探索にも張りが出て来た感じである。

 その間にこの支道のチェックをしたツグミが、この先は何も無いよと報告して来てくれた。それを聞いた姫香が、それじゃあ本道に戻ろうかと一行に告げる。


 やや複雑な造りの遺跡エリアだが、それほど強い敵も出て来ずに時間のロスもそこまででは無い感じ。このまま順調に、出来れば本隊チームと同じペースで中ボスの間を突破したい所。

 それまでに、あと何枚コインの数を伸ばせるかは不明だけれど。幸いにも、罠の出現とセットで宝箱の配置も増えてくれそうな雰囲気が。


 そんな事を考えていたら、前方から毎度のゴーレムが歩いて来た。コイツも表面にフジツボやらカラス貝がびっしり密着しており、磯の香りがプンプン漂って来る。

 足の裏にもくっ付いているのか、歩き方もどこかぎこちない磯風味のゴーレムの出現に。何となく怖さも感じず、前衛陣であっさりと始末してしまうのだった。


 そしてドロップした魔石(小)とコイン1枚に、再び歓喜の少女達である。これはマジでツキが回って来たっスと、薙刀で止めを刺したみっちゃんは喜びの舞いを踊り始める。

 それを冷静な顔で撮影する怜央奈は、果たして友達思いなのかどうか。冷静になったみっちゃんが、今のは動画アップしないでと必死の顔で懇願している。

 これも毎度の事で、このチームではいじられ役認定のみっちゃん。





 ――何にしろ、この良い風を呼び込んだのはみっちゃんのお手柄?






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