第653話 “アビス”の21層から再挑戦を始める件



 再び21階層の回廊に、ずらりと並んだ扉の前に立つ2チームは適当に入るエリアを選択する。先に進んだ『スレイヤーズ』とは、反対の区画へと来たのでダブる事は無い筈。

 そもそも24も入り口があるので、そこまで心配する必要もないでしょとお気楽な末妹。ウチらはここに入るよと、子供の特権でさっさと突入する扉を決めてしまった。


 末妹の香多奈の言葉に、それならウチらはその隣に入ろうかとチーム員に相談する姫香。陽菜やみっちゃんは、どこでもいいぞと進むべきルート選択にこだわりは無い模様だ。

 そんな訳で、午後の2チームによる探索の再開である。お互いに出来たらコイン20枚以上を合言葉に、それぞれ選択した扉を潜って行く。


 20枚なんて、午前の回収数の約2倍なので大変には違いないけれど。宝箱を2つか3つ発見すれば、不可能ではない数字だと思われる。

 正直、無茶な探索をして欲しくない護人は微妙な表情。ハスキー達は、自分達は頑張るだけだと相変わらず先頭を進んでマイペースを貫いている。


 ルルンバちゃんも同じく、今度も前に出て良いのかなと新しく入ったエリアで悩んでいる模様。そんな、今日2度目に選択したエリアも何と水エリアと言う。

 周囲に広がるのはどこかの海の海底かなと言う、何とも薄暗くて寂しい雰囲気の場所だった。前のような珊瑚の岩場も無いし、あるのは昆布の森位のモノ。


 それも見ようによっては楽しいのかも知れないが、その中を進むのは自殺行為かも。視界は最悪に遮られて、いつモンスターに襲われるか分かったモノではない。

 そんな訳で、護人チームはそちらは無視して海の底エリアを適当に進む事に。太陽の光は辛うじて届いているので、ここは深海とも言えない微妙な水域である。


 出て来る水棲モンスターも、それに準じるのかは定かではないけど。取り敢えず明かりは用意して、次の層への階段を捜してエリアをうろつき回る一行である。

 残念ながら、水エリアではハスキー達の鼻が利かないので、方向を定める感覚は当てにならない。今回もフィールド型なので、時間短縮の手段は必須ではある。


 そんな訳で、今回も前半は護人が探索役で前衛に出張って道順を示す作戦に。ハスキー達は、それなら自分達は敵の殲滅役だねと、この陣形にも慣れて来た模様だ。

 そして、出現した魚型モンスターを雑魚だとばかりに瞬殺して行くその手腕。いや、まぁ突進しか戦う手段を持たない、雑魚モンスターには違いないのだが。

 数は多いので、倒すのもそれなりに大変である。


 そんな訳で、護人も途中から討伐を手伝っての、魔石(微小)を20個近く回収する事に。このエリアも地面は砂地で、歩きにくい上に待ち伏せ型の敵が潜んでいそう。

 それを《心眼》でチェックするのも、段々と慣れて来た護人である。探索とかスキルと言うのも、やっぱり習うより慣れろで実践が大事なのかも。


「ああんっ、また嫌な水エリア引いちゃったよ……ここはもう、連続でコイン入りの宝箱引いて挽回するしかないよっ、ミケさんっ!」

「そ、そうねぇ……こっちはもう仕方が無いとして、姫香ちゃんのチームが普通のエリアであることを願おうか。

 実際、レポート情報では半々の確率だって話だし」

「そうだな、こっちはもう今日はそう言う運命だって諦めるとして。ペット達には気の毒だけど、あと5層だけ我慢して貰おうか。

 特にミケには、ストレスが溜まるだろうけど」


 溜まりまくって、既に機嫌が悪いミケの宥め役は、今回も紗良が担う事になりそう。レイジーも炎系のスキルが使用不可で、割とストレスを感じている筈。

 それでも主の護人と一緒に前衛にいる事で、ご機嫌な様子のレイジーは超可愛いかも。それを動画に収めながら、香多奈もホッコリした表情を浮かべている。


 ちなみに来栖家の動画撮影だが、随分前から香多奈の頭兜に撮影機具固定のタイプに変わっている。ルルンバちゃんにも小型のカメラを装備しているので、多方面からの探索の記憶もバッチリだ。

 そしてたまに、自分のスマホでも撮影してお気に入り動画を集めたりもしている末妹だったり。それも動画が溜まったら、能見さんに編集して貰ってアップも行っている。


 その動画もおおむね好評で、その収益はお小遣いとしてちゃっかり懐に入れている香多奈である。最近はペット達のファンも増えて、特に敷地内でのんびりしている姿とか高評価を貰えるのだ。

 勇ましい探索の時の活躍と、敷地内での気の抜けた表情のギャップは確かに萌えるモノがある。そんな視聴者のニーズに応えつつ、自身も小銭を稼ぐ商才は小学生離れしているかも。


 そんな一行は、21層の探索を順調にこなして30分後には次の層のゲートを発見に至った。敵の強さは午前中と変わりないけど、密度に関しては増してきた感が。

 “アビス”は超巨大ダンジョンなので、その辺の情報はまだまだ少なくて探索する方も大変である。それでも来栖家の本隊チームとしては、この程度ならまだ全然平気そう。


 ゲート前で小休憩しつつ、そんな話をしながら各自の立ち位置のチェックを確認して。午後の探索も、この調子なら問題無く消化出来そう。

 ただし、肝心のコインもリングもこの層では1つも回収出来ずの結果に。途中で遭遇した大蟹の群れも、倒しても魔石とカニ肉しか落としてくれず残念。


 まぁ、カニのお肉は幾ら確保しても嬉しいので構わないけど。フィールド型のエリアは、確かに広くて敵が多く出現するのが難点ではある。

 ただし、トラップ系の仕掛けは少ないし、『遠見』系のスキルで目的地さえ分かれば移動は楽だと言う利点も。水エリアに関しては、もう諦めて慣れるしかない。


 幸いにも備えの水耐性装備はバッチリなので、息苦しさとか移動しにくさはかなり軽減されている。今回も香多奈に水の精霊を呼び出して貰っての、おまじないは処置して貰ったし。

 これの効果も、ゆうに数時間は効果があるのは午前の探索で確認済みである。そんな訳で、少なくとも姫香チームがこの水エリアを引くよりはマシかなぁとは護人の感想である。


 もっとも、向こうもこちらと同じく水エリアを引いたパターンも大いにあり得るけど。そうでない事を祈りつつ、休憩を終えて護人チームは次の層へと出発する。

 薄暗い海底エリアは、しばらく護人チームを悩ませそう。




 今回2つ目の扉の選択も、見事に当たりを引いた姫香チームはやったねと女子同士で盛り上がっていた。互いにハイタッチをして、それから抜け目なく周囲を確認する。

 今回も遺跡エリアで、厄介な水エリアは逃れる事に成功した様だ。とは言え、水圧による動きの制限が緩和されただけで、この後の探索が上手く行くとは限らない。


つまり油断は禁物だし、実際に出て来たインプの魔法攻撃は割と厄介だった。みっちゃんがすかさず弓で1匹撃ち落として、その後はツグミのサポートで優位に戦いを進められたけど。

いきなり複数匹出て来られたら、こちらは人数も少ないし大変である。魔法を使う敵は、どの層でも特に注意が必要なのは探索者の常識だ。


 獣人系でも、魔術師タイプが混じると例えゴブリンでも途端に攻略が難しくなる。そう言う意味では、早めの弓矢での対処はとってもグッド。

 萌もある程度まで近付くと、腰に巻いている『全能のチェーンベルト』が勝手に敵を攻撃してくれる。具体的には鎖が伸びて、敵に巻きついて地面に叩き落してくれて何とも強力だ。


 茶々丸とのセットでないので、午前中から何となく自分の位置取りに戸惑っていた萌だけれど。姫香にアンタは前衛だよと言われて、積極的に前に出る事にしたようだ。

 そこから陽菜にも負けない撃退数を上げ始め、その俊敏な動きはエース候補と言えるかも。存在は地味ではあるけど、それは喋らないせいとも言えるし。

 そのうちに、ハスキー達やミケに負けない活躍を見せてくれるかも?


「そう言う点で言えば、萌は本当に将来性があるな。人型タイプもそうだが、生粋のドラゴンタイプで巨大化とかも可能なんだろう?

 まさに次世代のエースだな、昨日の獅子獣人も萌なら倒せるかも知れない」

「いや、そんな簡単な問題じゃないでしょ……でも萌は《経験値up》なんてスキルも持ってるし、ステータスお化けになる可能性は捨て切れないわね。

 ただし体が大きくなると室内飼育が駄目になるから、本人は嫌だって思ってるかも? 茶々丸の持ってる巨人のリングで、確かにある程度の巨大化は出来るけどね。

 本人は、人型の方がしっくり来てるんじゃないかな?」

「可愛くて素直だよねぇ、萌ちゃんって……そう言えば姫ちゃん、ペット達の強さ順ってどんな感じなの?」


 そんな怜央奈の素朴な疑問に、そりゃあトップはミケとレイジーでしょと即答するみっちゃんである。来栖家チームの動画は何度も見直している彼女は、ペット達の強さもバッチリ把握済みのようである。

 まだ21層の探索も中途なのに、変な話題で盛り上がりを見せる女子チームの面々。次はやっぱりツグミとコロ助かなと、隣の相棒を撫でながらの姫香の言葉に。


 反論は上がらず、その次くらいが萌かなぁと怜央奈の推論が。でも大穴のルルンバちゃんがいるぞと、陽菜までその会話に割り込んで来る始末。

 ルルンバちゃんは確かに強いっスねと、2番手組入りを提案するみっちゃんだけど。もっと厳密な順位付けをすべきじゃないのかと、陽菜の辛口な追及が。


 それは誰も幸せにならないよと、家族想いの姫香の待ったが掛かって順位付けは中止に。怜央奈は呑気に、ムームーちゃんはまだ新入りだもんねと擁護の構え。

 少女の肩に乗っかった状態の彼は、ペット間の順位にはあまり興味はない様子。ちなみに茶々丸に関しては、皆が口を揃えてあのヤンチャが無ければねぇとの感想みたい。


 要するに順位的には後ろの方との評価だけど、実は茶々丸は既にレベル30を突破している。ハスキー達にいつもべったり一緒に行動して、夜間訓練も怠けずに参加した結果だろう。

 或いは彼は、自分をハスキーだと思い込んでいる節も。母犬レイジーの言いつけには忠実だし、ツグミやコロ助とも仲が良いし。

 まぁ、来栖家のペット達は幸い皆が仲良しだけど。


「はいはい、お喋りはこれ位にして探索に集中しないと怪我するよ、みんな。ツグミが真面目にしろって顔してるでしょ、そろそろ次の敵に遭遇するよ!」

「おおっ、済まないツグミ……とんだ失態だな、前衛失格だ」

「本当だよ、みんな情けないなぁ……萌ちゃんを見習いなさいよ、探索中は凄く真面目だよ、あの子ってば」


 元はと言えば、怜央奈が話題を振ったんだろうといきどおる陽菜の怒りはごもっとも。その間にも姫香の言う通り、通路の奥から新たな敵が接近して来て前衛は大忙しに。

 敵は3メートル級のゴーレムで、体の表面には何故か貝殻やナニやらがびっしり。磯から上がったばかりみたいな見た目で、その分装甲も硬かったりするようだ。


 水属性なのは間違いなく、そんなのが3体も連なって出現して侮れない勢力に。もっとも魔法の装備を手にする前衛陣は、さほど苦も無くそいつ等を退治してしまった。

 今回の遺跡エリアは、午前中よりも分岐が多くてツグミも道の選択が大変そう。途中で巨大水ヒルの群れエリアなんてのにも遭遇して、騒がしく討伐に勤しむ少女達である。


 あんなのに吸い付かれたら、若い身空みそらで干上がってしまうと陽菜は嫌悪感もあらわ。どうやらみっちゃんはともかく、陽菜は蟲系は苦手な模様。

 そう言えば、護人さんも蜘蛛とか苦手だったなぁと、姫香は本隊の様子を思わず気にする素振り。向こうの探索は好調だろうかと、さっきチームに喝を入れたのに本人が気もそぞろと言う間の悪さ。

 ただまぁ、すぐ目の前には次の層への階段が。





 ――ここまで余計な歓談を挟みつつ約30分、まずまずのペースである。






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