第652話 “アビス”の回廊で全員揃ってお昼を食べる件



 20層の中ボス部屋に待機していた、マーメイドとマーマンの群れはそれなりに強敵ではあった。特にマーメイドの使用する水魔法で、茶々丸が渦に捕らわれて大変な事に。

 グルグル回る仔ヤギを救出するのに、護人や香多奈も大慌て。その間に、前衛のレイジーとルルンバちゃんが部下のマーマンを殲滅して行く。


 茶々丸に持たせた水耐性の装備品は、実はそれ程には高価な品ではない。子供達やハスキー優先になってしまって、その点は申し訳なかったのだけど。

 その弊害が、まさかこんな所に出てしまうとは。お詫びを兼ねての必死の救出劇は、しかしレイジーが敵のボスであるマーメイドを倒して終了の運びに。


 後には目を回した茶々丸と、それを抱きかかえた護人が残されるのみ。まぁ、多少は茶番染みた空気が流れたけど、無事に中ボスの間をクリア出来たのなら良かった。

 末妹も安堵のため息をついて、アンタ勝手に突っ込み過ぎなのよとお叱りの言葉を発している。確かに単独で突っ込んだ事で、茶々丸は中ボスにタゲられたのだけど。

 そのせいで、エースのレイジーがフリーになって逆に良かったかも。


「それにしてもさ、敵も確認せずに突っ込むのはおバカ過ぎるよっ。叔父さんも紗良お姉ちゃんも甘やかし過ぎだよっ、悪さしたら怒ってあげなきゃ!」

「悪さって程じゃないけど、あれが攻撃魔法だったら確かに怖かったかな。駄目だぞ、茶々丸……中ボス相手だからって、テンション上がったんだと思うけど」


 ちっとも迫力の無いお叱りの言葉に、茶々丸も悪びれた風もないと言う。呆れた表情の末妹は、茶々丸の頭を拳固で小突いて宝箱のチェックに向かって行ってしまった。

 護人が気掛かりなのは、ヤン茶々丸の容態などではなく。現時点では、末妹の香多奈が姫香みたいな性格になったらどうしようと言う恐怖染みたモノだったり。


 普段の姫香は、素直で良い性格の娘には違いは無いのだけれど。いったんこうと決めたら、決して譲らない頑固さには手を焼かせられて来たのだ。

 高校進学問題などまさにそう、……ただまぁ結果的には、探索者で成功したし仲の良い友達も出来たし、その選択は間違っては無かったのかも。


 保護者としては、すぐ妹に(グーで)手を出す所を含めて、改善して欲しい点は多々あるけど。そのメイン被害者の香多奈も、最近ちょっと狂暴化している感じがして気掛かりな護人である。

 出来れば末妹は、紗良のような優しい性格に育って欲しい所。


 そんな事を考えていると、当の香多奈から宝箱の回収が終わったよとの報告が。一緒に箱の中を覗き込んでいた、コロ助やルルンバちゃんも何故かご機嫌な様子。

 ああは言ったけど、少女がいるだけで周囲が明るくなるのは香多奈の美点である。そんな末妹は、リングもコインも入ってたよととっても嬉しそう。


「やったね、お姉ちゃんのチームとどっちが多いかなっ? 魚の巣で何回か回収出来たけど、宝箱は中ボスの間の1個だけだったからなぁ。

 ミケさん、最近ちょっとサボり過ぎじゃない?」

「宝箱の出現率までミケちゃんのせいにするのは、さすがに可愛そうじゃないかな、香多奈ちゃん。幸運って言うのはね、たまに来るから嬉しいモノなんだよ?」

「確かにそりゃそうだ……毎回運が良い状態が続いたら、普通の人の平凡な日が不幸って事になっちゃうじゃないか。所詮は幸運ってのは比較論なんだから、家族みんなが元気で幸せって思う位が丁度いいんだよ、香多奈」


 そんな説教臭い言葉は、小学生の少女には全く刺さらなかった模様。午後の探索に期待だねと、さっさとこの水エリアを出ようと年上の2人に催促する。

 そうして来栖家の本隊チームは、中ボスの間に湧いたゲートを潜ってアビスの暗い回廊へ。巻貝の通信機を使うのも面倒な香多奈は、コロ助に吠えて頂戴と無茶振りをかます。


 それを忠実に実行するコロ助と、見事に返って来たツグミの遠吠え。やっぱり向こうが先だったねと、フィールド型エリアに苦労した実感のある一向に驚きはない。

 そして声のした方へと、一行を案内し始めるレイジーとコロ助である。この辺は時間短縮に超便利なペット達、彼女達が与えるのは癒しや警護だけでは無いのだ。


 そして回廊を進んだ先にあった暗い階段を降りた先、姫香チームが寛いでいるのを発見した。そこは目論見通りなのだが、予定外な事も1つあって一行はビックリ。

 何と、別のチームもそこで休憩中で、場は結構な大所帯となっていたのだ。来栖家チームの本隊を歓迎する姫香たちと、そのバラエティに富んだ編成に驚くどこかの所属不明チーム。

 何はともあれ、これからお昼休憩の時間だ。




「いや、しかしビックリしたなぁ……“アビス”が人気コンテンツだとは知ってたけど、こんな有名チームとまさか鉢合わせするなんてな。

 広島のA級チームも、丁度この層に訪れてたこの偶然に感謝だな。おっと、こっちの自己紹介がまだだったかな。

 俺たちは香川のB級チーム『スレイヤーズ』だ、よろしくな!」

「あ、ああっ、どうもよろしく……広島の『日馬割』のリーダーの来栖護人です。それからウチの子供達と、ペット達も一緒に探索活動を行ってます。

 姫香たちの方は、もう自己紹介は終わってるのかな?」

「終わってるよ、護人さん……向こうは愛媛チームの『坊ちゃんズ』を知ってるみたいでさ。あのチームが獲得したワープ装置が愛媛県の協会にあって、それを使って“アビス”に稼ぎに来てるんだって。

 それで偶然、この休憩所で出会っちゃったみたい」


 どうやらこの自販機やワープ魔方陣のあるこの空間は、探索者の間では共通の休憩所として認識されているよう。そこで先に20層を突破した、姫香チームが場所取りを行っていた所。

 偶然同じ階層を探索していた『スレイヤーズ』チームが、立ち寄って声を掛けて来たらしい。彼らは香川のチームで、一番喋っているのが最年長の門脇かどわきだと紹介された。


 それから末次すえつぐという、まるで勇者みたいな装備の青年がチームのリーダー役らしい。同じく武闘家みたいな装備の、ヤンキー風な少女は名前を浅羽あさばと言うそうだ。

 後はもう少し年上の男女が2人、彼等は軽装で或いはサポート役なのかも。いぬいと山本だと自ら名乗ったが、A級ランクの来栖家チームに明らかに気圧されている雰囲気だ。


 その点、門脇のオッちゃんは緊張した風もなくペラペラよく喋る。紗良達が荷物を置いて、寛いで昼食の準備を始めている最中もずっと語り掛けて来てうるさい程。

 とは言え、情報交換は大事だし向こうはB級ランクだそうで、今後の付き合いを考えると無碍むげにも出来ない。他のチーム員が寡黙な事もあって、浮いて見えるのも仕方が無いとも。


 仕方無く護人が相手をして、最近の探索情勢を語り合ってみたり。四国出身の向こうは、やはりA級チームを抱える愛媛県がリーダー的な立ち位置なのだけど。

 利便性を考えると、瀬戸大橋を抱える香川県の協会にもワープ装置はぜひ欲しいと。わざわざ愛媛の協会本部のワープ装置を使わせて貰って、コイン稼ぎに出向いているそうな。


 そんな重役を押し付けられた、チーム『スレイヤーズ』の実力は恐らく協会のお墨付きなのだろう。門脇のオッちゃんは鉈使いの前衛らしいが、若い末次と浅羽もかなりの使い手の雰囲気が漂って来ている。

 末次の方は、明るく染めた髪とハンサムな容姿から本当に勇者みたいな容姿である。浅羽は逆にヤンキー気質の様で、今は陽菜と睨み合いで格の決めつけに忙しそう。


 ハスキー達は我知らず、適切な距離を取れよと向こうに告知するように、両チームの間に陣取っての護衛振り。紗良と香多奈は、香川って何があるっけとお喋りしながらの昼食の準備中。

 門脇は笑いながら、うどんと狸の伝説しかない県だよと謙遜している。それでも四国の間でのマウントの取り合いはあるようで、愛媛には負けないとヤンキー浅羽はいきどおっている模様。


「高知なんて、坂本龍馬とカツオしかないじゃないか! それなのに、都道府県の魅力度ランキングじゃ30位前後で香川や愛媛に絡んで来やがって。

 おまんら卑怯ぜよって、坂本龍馬の亡霊も言ってるぞ!」

「あのお姉ちゃんが、何で怒っているのか良く分かんないや。あれかな、この間叔父さんのDVDで観た映画の、県同士の格のつけあいみたいな感じ?

 埼玉県も千葉県や東京に喧嘩売らずに、茨城県とかなら勝てたのにねぇ?」

「あぁ、そう言う感情なのか……広島県はその点では平和だよね、紗良姉さん。他の中国地方の県の魅力度は、40位前後で最下位争いに混じりそうな所もあるもんね。

 ところで、四国ってもう1つはナニ県があったっけ?」


 徳島県だよと、こっそり姫香に告げる物知りな紗良は本当に優しい心の持ち主である。門脇のオッちゃんは爆笑中、愉快な子供達の遣り取りがツボにはまったらしい。

 何にせよ、そんな他県のディスり合いから仲良くなった両チーム。瀬戸内海を抱える県同士、仲良くしようと場は変な方向に盛り上がる事に。


 それから始まる昼食会、門脇のオッちゃんはずっと喋り続けて情報収集に余念がない。と言うより、もとからお喋りな性格なのだろう。

 こちらも四国の探索者事情なども知れて、それには紗良も一応は真面目に耳を傾けている。陽菜やみっちゃんも、香川県はしまなみ海道ですぐの土地なので興味はある様子。


 と言うか、みっちゃんはチーム『スレイヤーズ』の存在を風の噂で聞いていたようだ。B級探索チームなので、ある程度周囲に知れ渡っているのも当然だろう。

 遠征経験もそれなりにあるそうで、これから甲斐谷チーム『反逆同盟』みたいにもっと名が売れて行く予定だと。大風呂敷でも無さげな言葉を紡ぐ門脇のオッちゃんは、結局は食事中もずっと喋りっ放しだった。



「それより、姫香お姉ちゃんの方のコインとメダル数はどんな感じよっ? 私達の方は、ルルンバちゃんが頑張ってくれて隠されてた奴も結構回収出来たよっ。

 そっちにはツグミがいるけど、負けてないと思うなっ」

「アンタ、『探索』スキル持ちのツグミに勝負を吹っ掛けるには百年早いわよっ。えっと、こっちはリングが20個にコインが14枚かなっ?

 最後の中ボスも、何事もなく倒せたしバッチリだったよ!」

「そうっスね、水没したメンバーは約1名いるっスけど。その他の探索については、この上なく順調でしたよっ!」


 また水没したのと、香多奈に尋ねられたみっちゃんは何で自分確定なんスかといきどおっている。今回は陽菜がプールの仕掛けで溺れかけたんだよと、姫香がトーンダウンしての説明を行って。

 当の本人はれっとした表情で、そう言う事もあるさと悪びれた様子はまるでナシ。そっちは苦労したんだねぇと、紗良も同情的な視線を姫香チームに向けて来る。


 現在は昼食も終わって、香川の『スレイヤーズ』は午後の探索に出掛けてしまった。静かになったところで、お互いのチームの出来を確認し合う事に。

 ちなみに、本隊の護人チームはリングが12個にコインが10枚と、あまり数字は伸びずの結果に。それでも2チーム合計のコイン枚数は24枚と、まずは予定通り。


 リングとコインの交換レートが変わってしまったため、やや慌ててしまったけど。前回までに獲得したへそくりもあるし、頑張れば何とか70枚行けそうかも?

 そんな感じで盛り上がる一行は、午後も同じチーム編成で頑張るよと盛り上がっている。出来ればリングをコインに交換せずに、目標に達したいモノではあるけど。


 なかなか宝箱が見付からず、そう上手くは行かないんだよねぇと香多奈も難しそうな顔付き。それでも午後の巻き返しを誓って、今度こそお姉ちゃんのチームに勝つぞと息巻いている。

 ペット達は、仲間内での争いには全く興味はないようで呑気なモノ。それぞれ寛ぎながら、リーダーの出発の合図を待っている。

 そんな各チームの目標は、午後に21~25層のクリアである。





 ――“アビス”の回廊は、静かにそんな探索者を受け入れるのみ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る