第650話 “アビス”探索もすっかり慣れて来た件



 うっかり難関の水エリアを引いてしまった護人チームだが、探索は思いがけず順調に進んでいた。懸念されていた息苦しさや動き難さは、備えていた水耐性の装備で見事に緩和されていてまずは一安心。

 その上、香多奈が召喚した水の精霊の祝福で地上にいるのと変わらない動きが出来るように。ただし、やっぱり炎属性は相性が悪くてレイジーにの活躍は封じられそう。


 その辺は仕方が無い……ただしもう1つの、ツグミがいない問題の方は意外と厄介で。いわゆるRPGゲームで言う所の、シーフ役がいないと罠や敵の待ち伏せを喰らい放題である。

 代わりにと、護人が常時《心眼》発動で現在はその役目を果たしている所。その成果だけど、まずまず上手く行って今は17層へと辿り着いた感じ。


 海底のフィールド型エリアは、意外と広くて見通しも珊瑚の生えた岩場が多くて決して良くはない。そんな理由もあって、1エリアを踏破するのに30分以上掛かってしまった。

 それでもいきなり目的のコインも回収出来たし、護人の前衛配置も割としっくり来ている次第。ペット達はようこそとウエルカム状態で、テンションは高いままをキープ中だ。


 お陰でレイジーなどは、『可変ソード』を振り回してアタッカー無双状態。それに負けじとコロ助と茶々萌コンビも奮闘中で、前を塞いだ敵たちは気の毒な程である。

 お陰で17層の探索は、先程よりはスムーズに進んでいるかも。後衛陣も、ハスキー達のペースに遅れまいと頑張ってついて来てくれている。


 護衛役を任されたルルンバちゃんも、今の所は可も不可もない感じ。何しろ活躍の場が巡って来ないので、その点は仕方が無いとも。

 後衛の紗良と香多奈は、そんな訳で呑気にルルンバちゃんに守られての移動である。時折、怜央奈と巻貝の通信機で会話をしたり、ミケさんの機嫌をとったり。


 幾ら水耐性の装備をしていても、水の中の感触までは取り去れないので。このエリアに入ってから、来栖家の愛猫ミケはずっと不機嫌なのだ。

 こればっかりは、エリア攻略まではどうし様も無い。


「もうっ、レイジーはあんなに頑張ってるのにミケさんは我が儘が過ぎるよね、紗良お姉ちゃんっ! もうちょっとヤル気出してくれても、罰は当たらないと思うなっ。

 そこの所どうなのよ、ミケさんってば!」

「まあまあ、ミケちゃんも苦手なエリアなのに、こうやって探索について来てくれてるんだから。そんな怒らないであげて、香多奈ちゃん。

 きっといざと言う時には、いつも通りに助けてくれるよ」


 もしそんな場面が来たら、それはそれで困るのだけど。誰にも甘い紗良は、そんな感じで肩の上のミケをかばってあげている。一方のミケは知らんぷり、小娘に怒られてもヤル気など起きようもないと言わんばかりである。

 そんないさかいを尻目に、前衛陣は順調に正解のルートを進んで行く。微妙に複雑なフィールド型エリアの道順は、迷うと変な大型魚の住処へと招かれる仕様みたい。


 巣穴に潜む大ウツボやウミヘビの群れなど、敢えて相手などしたくはないので。護人は割りと真剣に、《心眼》を駆使しての正解ルートを導きに掛かっている次第。

 前衛のペット達も、護人の挙動でどちらに進むか瞬時に理解してくれており。これぞ以心伝心って感じで、探索に何の遅滞も無いのは凄いかも。


 そんな訳で、前の層より幾分スムーズに17層もクリアの運びに。ゲート近くに浮かんでいた電気クラゲをスキルで撃ち落として、最後の安全確保を行うハスキー達。

 そこに後衛陣が到着して、ルルンバちゃんのエスコートも完璧っぽい。


「いいね、みんな役割をきちんと果たしてくれてるし……こっちも《心眼》での探索に慣れて来たし、もう少しペースを上げても良いかな?」

「でもミケさんったら、幾ら言ってもちっともヤル気出してくれないのよっ。ちょっと酷いと思わない、叔父さんっ?」

「香多奈ちゃんは、喧嘩する相手がいなくて寂しいんだよね。姫香お姉ちゃんが、向こうのチームに行っちゃったからねぇ」


 違うもんとムキになる末妹だけど、その態度からして既にイラついてるのが丸見えだ。護人はため息をついて、香多奈のメンタルケアのためにルルンバちゃんとの配置交換。

 頼んだよとのリーダーの言葉に、頑張るポーズのAIロボである。ハスキー達にもフォローを頼んで、さて今度の新配置での探索はどうなる事やら?


 18層も既に半分以上を踏破して、このまま20層の中ボスまではこの布陣でお試しも良いかも。護人は後衛へと下がって、巧みな会話で末妹の怒りをなだめる作業。

 こればっかりは、幾らペットやAIロボが優秀でも出来ない行為である。お姉さんの紗良よりも、ずっと親代わりの護人との絆の方が強いのは当然で。


 護人に頭を撫でられながら、後衛を歩く香多奈は段々と落ち付いて来た模様。そんな主に配慮した訳では無いだろうが、前衛のハスキー達も幾分か狩りはおしとやかに。

 ルルンバちゃんの単独先行も、大いに作戦変更を余儀なくされての結果なのかも。この魔導ボディには、さすがに敵もビックリしてどう攻撃すべきか考えあぐねる始末で。

 その隙を突くやり方に、ハスキー達は作戦変更した模様。


 臨機応変なこの戦い振り、本当に優秀なペット達である。この調子で20層まで、果たして波乱なく辿り着けるかは今の所は不明だけれど。

 お気楽なルルンバちゃんは、与えられたお仕事をただ頑張るのみである――。




 一方の姫香チームは、湿気の酷い遺跡エリアを順調に探索中である。ツグミがいるので、変な仕掛けに引っ掛かる事もないと姫香は至って呑気な思考。

 陽菜とみっちゃんの前衛陣は、敵の待ち伏せや罠の確認も怠らずに進んでいるけど。それも師匠ザジの教えならと、姫香も敢えて何も触れずの道中だったり。


 お陰でいつものハスキー達とは正反対に、チームの歩みはゆっくりではある。怜央奈に確認したところ、彼女のチームも探索速度はこの位らしく。

 どうやら破天荒なのは、来栖家チームの方だったと言う事実が判明。そうらしいよとツグミと萌に語り掛ける姫香だが、チームそれぞれだよねとの返答がペット達から。


 いや、ツグミも萌も会話は出来ないけど、何となくそんな雰囲気を受け取る姫香である。末妹の香多奈は、ペット達とスキルでお喋りが出来るそうなのだけど。

 こんな感覚なのかなと、余計な考えが頭から離れない姫香である。


「駄目だっ、何か上手く集中出来ないなぁ……いつもと調子が違うからかも、人数少ないから周囲にもっと気を配らないといけないのに」

「人間の集中出来る時間ってのは、意外と短いモノなんだぞ、姫香。集中と休息、これらを上手く切り替えて探索に励むのがベテランって訳だ。

 もっとも、姫香の場合は他の事を考えていたせいだろうな」

「ああ、家族の事とかかなぁ……それは仕方ないよ、いつも一緒に潜っている仲間だし、愛しい家族だもんねぇ?」


 怜央奈のフォローに、そうっスよねぇと追随するみっちゃん。チーム内からは厳しいおとがめは無いけれど、己をいさめて厳しい顔の姫香である。

 そんな真っ直ぐな所は、確かに好ましいけど危うい性格には違いない。仲間となった以上、陽菜やみっちゃんは全力でサポートするつもりでいるけど。


 家族ホームシックまでは面倒見切れないと、半ば呆れ模様の陽菜だったり。そんな遺跡エリアの探索だけど、順調に17層をクリアして18層へ。

 ツグミの『探知』スキルは素晴らしいけど、それに加えて陽菜とみっちゃんの周囲の確認である。真面目な性格も手伝って、1つのエリアを割と隅々まで探索する慎重な流れに。


 そのお陰かは定かでないけど、遺跡の隠し金庫を発見して盛り上がる一行だったり。もっとも、発見のお手柄はツグミだったりしたけど。それは遺跡の壁の煉瓦レンガを細工したモノで、発見の難易度はとても高かったのは確か。

 その煉瓦を幾つか引き抜くと、ダンボールサイズの空洞が出現して。中からは、鑑定の書や薬品類や魔玉(水)や、魔結晶(小)が8個など当たりも含まれていた。


 しかも目的のリングが8個に、しかもコインも7個と大当たりも。他にも金の延べ棒やアクセサリー類も入っており、本当にちょっとした金庫である。

 それを見て大喜びする女性陣、姫香もツグミを褒めそやして一緒にはしゃいでいる。さっきまでの落ち込み具合はどこに行ったのと、現金なその様子に呆れる者はしかし誰もおらず。

 友達が気持ちを持ち直したのなら、それは素直に喜ぶべきだ。


 そんな感じで順調な18層の探索だけど、進んで行くと遺跡エリア独特の仕掛けが待ち構えていた。そこの床は大きなパネル仕様へと変わり、前方の通路は水の張られたプールに遮られていたのだ。

 この先に進むには、正しいパネルを選択しなくてはならない仕掛けのよう。前回も確か、そんな感じのエリアが存在したっけと、記憶を掘り起こすのに忙しい姫香である。


「えっと、この仕掛けは確か……正しいパネルがこのプールの中に、進むべき道として紛れ込んでるんじゃなかったかな?

 そのルートを、何とか見極めて進む感じ?」

「パネルの道か、全くそんなのがあるとは見えないけど。ちゃんと見極めないと、みっちゃんみたいにドボンと行くのか。

 そう考えると、恐ろしい仕掛けだな」

「そうだねっ、下手したら海の女でもドボンだよっ」


 そんな揶揄からかい文句が矢継ぎ早に出て来る当たり、チームワークは抜群なのかも知れない。みっちゃんは真っ赤な顔で抗議して来るが、すっかりそのポジションを受け入れている感じも。

 それから陽菜の『鋭敏』スキルと、ツグミの『探知』スキルの意地の較べ合いが。姫香は何かを悟ったように、行くならロープの端っこを掴んでねと陽菜に助言を飛ばす。


 少なくとも、これで溺れて沈んで行く事は無い筈と、後ろ向きな助言に陽菜も真顔で頷きを返す。素直で実直な性格の彼女は、何と言うか好感が持てるかも。

 そうして1人と1匹のルート探索の較べっこ、姫香が波紋を作るとパネルの場所には違和感が生じるって寸法だ。それを一瞬で見極めた陽菜は、怒涛の如くプールの仕掛けを走り抜ける。


 その結果だが、心配された水没は起こらず。見事にクリアした陽菜は、友達から喝采を浴びるのだが。あまりにも突破が速過ぎたために、残された面々はどこを通ったか分からない有り様。

 あちこち左右に跳ね回った印象はあるのだが、複雑過ぎて怜央奈には再現は無理かも。そこをツグミがゆっくりした足取りで、ついておいでと皆を先導し始める。


 その姿は、まるでプールの水面を悠然と歩く狼のよう。最近はペット犬の範疇はんちゅうを、大きく逸脱した存在になりつつある来栖家のハスキー軍団である。

 その後ろを、全く疑う事無く萌が追随してプール渡りを始める。女性陣も同じく、そして渡り切った反対岸には憮然とした表情の陽菜の姿が。

 ただし、素直に負けを認める度量はあった模様で。


「なるほど、確かに自分だけ渡れても仕掛けをクリアした事にはならないな。ここは完璧に私の負けだ、ツグミ。

 こうやって、仲間内で研鑽けんさんを繰り返して成長するのだな」

「そうだね、仲間がまたずぶ濡れにならずに済んで良かったよ。服を乾かすのに休憩してたら、向こうのチームの進行に遅れちゃう」


 容赦のない姫香の言葉にも、全くめげる事のない真っ直ぐな陽菜である。ツグミはライバル認定されたのにも、特に何の感慨も無さそうでいつもの表情。

 クールな縁の下の力持ちポジションで、このチームを支える構え。





 ――何しろこのチーム、頼りない連中が意外と多いので。






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