第649話 “アビス”攻略を再度の2チーム編成で行う件



 厄介な水エリアでなく、普通の遺跡型エリアを引いた女子チームは意気も高く探索に挑んでいる。目指すはコイン35枚、出来れば10層踏破でそれ以上が望ましい。

 本当なら、向こうのチームに頼らずに70枚を揃えたい所だけど。過去のデータではそれは難しいみたいなので、せめて目標の半数をって計算である。


 ついでに“アビスリング”も同数揃えられれば、移動時のエネルギー問題も半年以上は困らなくて済む。そんな皮算用をしながら、ツグミを先頭に探索を進めて行く女子チーム。

 出没する敵だが、スライムに似たアメーバ型の粘液タイプがまず少々。それから同じく、粘着攻撃が主体の大ヒトデも同じ数待ち伏せていた。


 コイツ等は、標的が近付くと飛び掛かって粘着して、剥がすのも大変と言う待ち伏せ型モンスターである。ただし、それ以外の攻撃方法は無いので、先に見付ければただの経験値だ。

 魔石も微小で、もちろんリングもコインもドロップしない。前回の探索では、敵を倒してのドロップも割と見掛けたので残念な敵の分類になってしまう。


「うむっ、16層とは思えないモンスターの雑魚感だな……前回の時よりも楽だし、上手い事に水エリアを引かずに済めたのも良かったな。

 先行きは順調だが、気は抜くなよみっちゃん」

「何で私だけ名指しなんスか、陽菜ちゃんっ? もちろん抜いてませんともさっ、ってかたまには前衛に立たせてくださいよっ!」

「えっ、でも……彼氏持ちの大事な身体に傷がついちゃったら、私達が彼氏に怒られないかなぁ?」


 怜央奈までそんな事を言い出して、このチームでのみっちゃんいじりはもはや定番になってしまった。真っ赤になって言い返すみっちゃんだが、陽菜の言う通りに道のりは順調。

 と言うか、ツグミの何やってんだみたいな視線に、いい加減気付きなさいよとの姫香のお叱りの言葉に。改めて気を引き締め直して、探索に向かう女子チームである。


 遺跡エリアは相変わらず湿気だらけで、時折大きな水溜まりが道の端々に見受けられる。そこには大抵、待ち伏せ型の敵がいるので注意が必要なのだけど。

 定番となってしまって、逆に次は誰が倒すかの順番まで決まってしまっている女子チームの面々である。ツグミをわずらわせまいと、その辺は変に真面目な一行である。


 そんな感じで、最初の層は何事もなく攻略を終えて次の層へ。ちなみに萌も、そこそこの活躍はしているけど、大物までは体力温存で良いよと姫香に言われていたりして。

 真面目な萌は、こんな待遇に慣れていないので逆にモジモジしちゃったり。それでも次の層で、サハギン獣人の群れが出て来てようやく活躍の場を貰えた形に。


 さすがにいつもの来栖家チームと違って、前衛の数は少ないので半ダースの敵でも突破される危険性が。後衛の怜央奈は、装備からして動きやすい薄手の探索着で貧弱である。

 ここを突かれると、とっても弱いのはどのチームも同じ筈。


 後衛で頑張れと声援を飛ばす怜央奈と、それを見守るムームーちゃんは相変わらず体力温存。何しろ魔法は疲れるので、どのチームも運用は大抵同じである。

 後衛陣はチームのアキレス腱となるけど、逆にここ一番の切り札にもなるのだ。いざと言う時の為に、安全な場所にいてついて来てくれればそれで良い。


 そんな動きが身に沁みついている怜央奈は、動画を撮影しながらムームーちゃんとお喋りして仲良くなる作業に余念がない。何しろ、スライムと話す機会など滅多に無いのだ。

 前衛陣は17層でも危なげない様子で、出て来たサハギン獣人の群れも数分で撃破に至った。後衛陣も魔石拾いを手伝いながら、怪我チェックをしたり声掛けに忙しい。


 このチームには回復術士はいないけど、ポーションで回復は可能だ。紗良にこちらのチームに来て貰う事も考えたけど、そうすると向こうの後衛が香多奈だけになってしまう。

 護衛役的には全然平気だけど、精神的なサポート役の紗良が抜けるのはかなりキツい。そんな訳で、来栖家チーム本隊の後衛の配置はあまり弄らない流れに。


 幸いにも、前衛陣の姫香や陽菜に怪我は無かった様子で何より。休憩になると途端に騒がしくなる女子チーム、調子のバローメーターとしても申し分は無い模様。

 そんな感じで、女子チームの探索はこの先も騒がしく続きそう。




 本隊チームに戻って来れた茶々丸は、とっても嬉しそうでレイジーの周囲を跳ね回っている。もはや母親代わりの群れの長だが、その当人はとっても落ち着いて周囲を見回している。

 残念ながら、今回はお得意の炎の召喚獣の偵察隊はエリア規制で無理みたい。何しろ最初の扉の選択で、選んだ先は最悪の水エリアだったのだ。


 誰が悪いって訳では無いが、選んだ香多奈もちょっと気まずそう……代わりに水の精霊を呼び出して、耐水の呪文を皆に振り撒いてくれたけど。

 やっぱり属性の相性の悪さで、レイジーの召喚魔法は上手く作用してくれないと言う結果に。仕方なく、今回の罠や待ち伏せの探査役は護人とルルンバちゃんが交代で行う事に。


「まぁ、こうなる可能性は半々であった訳だから仕方ないよ。レイジーの召喚魔法が封じられたのは痛いけど、後戻りも出来ないしとにかく進もうか。

 最初は俺が先行するから、ルルンバちゃんは後衛の護衛を頼んだよ」

「水耐性の装備が前回より揃ってるお陰か、それほど圧迫感は無くなってますね、護人さん。香多奈ちゃんの精霊魔法のお陰もあるのかもだけど、ハスキー達も動きやすそう。

 これなら、無理をしなければ平気じゃないかなっ」


 香多奈をフォローしようと、紗良も優しい言葉を末妹へと掛けてくれている。ペット達も、いつも通りに探索には前のめりで張り切っている様子だ。

 しかも主人の護人が前衛と言う事もあって、レイジーや茶々丸もテンションは間違いなく上がっている感じ。常時《心眼》の発動で、戦闘への対応は遅れるかも知れないけれど。


 このペット達の献身があれば、何が来ても平気な気がしないでもない。現に近くにいた雑魚の中型の魚型モンスターは、レイジーの『針衝撃』と茶々丸の《飛天槍角》で粉みじんに。

 そしてドロップ品を回収に向かう、香多奈とルルンバちゃんはモノの数分でいつもの能天気へと戻っていた。そんな少女の元気を出して行こうとの合図で、いざ進軍開始の一行。


 とは言え、一行がいるのは広い海底エリアである。岩には珊瑚がびっしり生えていて、海上らしき上方からは仄かな灯りが差し込んで来てくれているとは言え。

 どちらに進むべきかは、トンと分からない広大なマップ仕様は意地悪のし過ぎかも。地面は柔らかい砂地で歩きにくいし、一応は大きな岩が通路を作ってくれてはいるけど。

 果たして、その通路通りに進むのが正解かは不明なまま。


「でもまぁ、この道に沿って進むしかないよねぇ……叔父さん、足元には気を付けてねっ。絶対何か、砂地に待ち伏せ型の巨大魚とか潜んでるパターンだよ、ここはっ!

 山育ちだから、魚の種類は良く分かんないけどっ!」

「そうだねぇ、砂地に潜るイメージだと……カレイやヒラメとか、オコゼとか貝類にもいるのかな? 敵から隠れるためとか、待ち伏せする為って理由もあるよね。

 ハスキー達も茶々丸ちゃんも、充分気を付けてね」


 そんな忠告を後衛陣から貰って、慎重に進んで行く護人とハスキー達であった。敵の密度は程々と言った感じで、さっきも戦った魚型モンスターや大ヒトデが大半である。

 心配された砂に隠れた敵は出て来なかったけど、その代わりにこたつサイズの大蟹の大群は出没して来た。そしてドロップにカニ肉を落として、一同にどよめきが。


 のっけからの良ドロップに、これ目当てでここを引いたのかと末妹に疑いの視線が護人と紗良から。それはともかくとして、思ったほど苦戦はしなさそうで良かった。

 水エリアの対応はして来たけど、それが役に立った結果だろう。ついでに、香多奈の水の精霊の加護も、回数を重ねるごとに強化されている感じも。


 何事も習うより慣れろである、実戦に勝る経験は無いのだ。末妹のスキルアップに、教官役の妖精ちゃんも満足そう。ただし、水エリアは嫌いなのか、ずっと香多奈のボッケ内だけど。

 そんな護人チームの探索だけど、護人とハスキー達を先頭に順調に距離は稼げている。護人のトップ位置だけど、敵との戦いはもっぱらハスキー達&茶々丸が担ってくれて戦力は事足りている感じ。


 護人の役割としては、敵の待ち伏せを警戒したり正しいルートを割り出したりの作業である。つまりはいつもツグミが行っている斥候作業なのだが、これがなかなか大変である。

 レイジーも前回担ってくれたけど、やはり彼女は本業の殲滅せんめつ役の方が性に合っている様子。炎系のスキルは封印されたけど、『可変ソード』を咥えて張り切っている。


 そうして、岩の隙間に隠れていた大タコも、コロ助と2匹で簡単にやっつけてしまった。護人がそこにいるなと告げた矢先の出来事で、コンビネーションはこれ以上なく良好だ。

 岩の隙間は子供が潜り込めるかなってサイズで、出て来た大タコも実はそこまで大きくは無かった。そのタコの巣に関しては、何か無いかなと香多奈が騒ぐので確認した所。

 見事にコインが2枚入っていて、してやったりの末妹である。


「やったね、私の勘は当たるんだからっ! もっと無いかな、ルルンバちゃん……あったら『念動』で引っ張り出してみてっ」

「おっと、コインが出るなんて幸先が良いな……どっちかと言えば、リングの方が入手率は高いんだったっけか?」

「そうですね、確率的にも価値的にもリングの方が高かった筈です。あっ、また何か出て……あらら、残念っ。

 魔玉が2個と、それから珊瑚の欠片っぽい物が幾つかかな?」


 それでも頑張ってくれたルルンバちゃんを褒めそやして、再び進み始める護人チームである。後衛陣は、護人とムームーちゃんが抜けても大きな不安は無さそうで何より。

 まぁ、ムームーちゃんに関してはそれ程にチームに重い比重は無かったかもだけど。あれで戦えば、炎と水の魔法を扱うなかなかの存在である。


 来栖家は過保護なので、滅多に前衛に出さないだけで。そう言えば、前回のコロ助とのペア組みの感想だけど、本人はあまりお気に召さなかった模様。

 コロ助が激しく動き過ぎて、どうやら途中から酔ってしまったとの事である。普段の夜中の特訓は、もっと短時間でスパッと終わって負担も少ないそう。


 確かに普段ゆっくり移動が基本の彼からすれば、ハスキー犬の運動量は驚き以外の何物でもないかも。そんな訳で、この戦法は今後は封印すると約束して会話は終了の運びに。

 ムームーちゃんの運用方法は、また機会があればゆっくりと考える事に。


 前回と今回は、たまたま来栖家チームにゲストを招いて2つに分けたために起きた事態である。その都合で、向こうのチームにムームーちゃんを貸し出したのも言わばイレギュラー。

 これもかなり不安だったけど、案外素直に彼はこの布陣に応じてくれた。ムームーちゃんは、案外可愛い女性がたくさんいる方が好きなのかも知れない。

 冗談はともかくとして、チームの2分は鍛錬には良い案なのかも。それぞれ個人が新たな役割に挑戦して、探索者としての腕前も幅が出て来ている気が。


 まぁ、護人は探索者をメインの本業にする予定は全く無いにしても。ギルド活動がこれから先、本格的に始動するならこんなチーム分断の探索にも慣れておく必要があるかも。

 末妹の香多奈も、将来はキッズチームで探索者デビューして、叔父さんに楽させてあげると息巻いているし。案外と、現在の家族チームでの活動期間は、あと数年で終わりを迎える予感もあったりして。


 それはそれで良い、死別で無ければ子供が親元を旅立つのはごく自然な流れである。そう思う護人だけれど、やっぱり想像すると寂しさで思わず涙腺が緩みそうに。

 その雰囲気を心配したレイジーが、心配そうに主人にすり寄って来た。彼女は恐らく、この後の人生も生ある限りずっと側にいてくれる筈。

 その献身に報いるべく、護人ももっと頑張らなければ。





 ――“アビス”探索の道中で、そんならちも無い事を考える護人だった。






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