第645話 急転直下で探索が中断される件



「わざわざそっちからお膝元に訪れた敬意を表して、ウチの大将が直々に出陣してくれたぞ。そもそもA級チームだからって、少し調子に乗り過ぎじゃないか?

 取り敢えず、作戦通りに任務を遂行するために、人数減らしとペットの確保を先にしようか? お前ら、しっかりサポートしろよ」

「何、コイツ等……ミケさんの雷龍を、あんな簡単に倒しちゃった。ライオン頭の人、ひょっとして異世界の冒険者じゃないかなっ!?」

「ああ、黒幕がわざわざ追い掛けて来てくれたみたいだな。目論見通りではあるけど、予想外に強い刺客が混じっていたのが計算外かな?

 参ったな、ムッターシャ級の化け物じゃないかな、あの獅子顔の大剣使い」

「護人さんも間違える事あるんだね、でもまぁ倒しちゃえば間違いも正せるよっ! いくよっ、ツグミ……サポートお願いねっ!」


 そんな景気の良い叫びで、姫香が先陣を切ろうとした所。向こうの陣営からは、調子乗ってんじゃねぇ発言のカラスの仮面の男が相手をしようと前へと出て来た。

 見慣れぬ類いの装備に二刀流使いらしいその男も、或いは異世界の冒険者出身だろうか。護人の方を一瞥したのは、敵の大将は獅子顔のリーダーに任せる的な合図だったのかも。


 それに促された訳でもないだろうけど、獅子獣人も戦闘態勢に。護人も“四腕”を発動させての、お前の相手は俺だとの挑発。その隣には、険しい顔のレイジーが控えている。

 ムッターシャ級の敵の実力との評価だが、確かにそれだと単身では敵いそうにはない。ただし、ハスキー達や味方のサポートがあれば、意外と撃退は可能な気もする。


 この屋内型エリアも、或いは勝敗を分ける一因になりそう。広いようで狭い空間で、大きな武器を振るう敵には不利に作用してくれれば勝機も出て来る。

 背後からの刺客は、その他に白い仮面をつけた3名のサポート要員が。あれが噂の『哭翼』チームだろうか、だとしたら奴らの実力も侮れないレベルかも。


 こちらも陽菜やコロ助や茶々丸がヤル気満々で、香多奈も後衛で物凄い勢いで皆に『声援』を送っている。その心意気を無碍むげにしない為にも、この戦いは頑張らねば。

 そして唐突に始まる迎撃戦、まず動いたのは姫香と二刀流使いだった。部屋の右手の囲炉裏の間でぶつかり合って、芸術品として置かれていたふすまが真っ二つに破壊されて行く。


 ツグミのサポートの影の追撃を、驚いた事にカラスの仮面の男は予知して避けていた。闇の落とし穴も目潰しも、妙なステップさばきで回避しながら姫香と斬り結んでいる。

 そんなツグミを厄介に感じたのか、敵のサポート要員からスキルでの妨害が。恐らくミケの雷龍を捉えた強力な“糸”が、姫香とツグミに向けて放たれる。


 その気配を察して後退する両者と、邪魔だては許すまじと敵の後衛陣に突進して行く茶々萌コンビ。驚いたのは、その突進する茶々丸の背に陽菜まで乗っていた事だ。

 どうやら敵の後衛への距離詰めに、茶々丸を利用させて貰った模様。


「いいよ、陽菜ちゃんっ……ついでにそのまま退路を塞いで、連中を挟み撃ちにしちゃえっ! 向こうも焦ってるよ、でも茶々丸を信用し過ぎたら痛いしっぺ返しを喰らうから気を付けて」

「みっちゃんは、陽菜ちゃんみたいに前に出たら駄目だからねっ。ここにいて、私と紗良お姉と香多奈ちゃんをしっかり護ってね!」

「了解っス、ルルンバちゃんと後衛の護衛を頑張るっスよ!」


 混乱模様のチーム内だが、しっかり各々の役割は把握出来ているようだ。特に今回は、主力の面々が自分達の相手で精一杯で周囲を気にする暇など無さそう。

 その分、紗良が指示出しその他を頑張らないと後衛が標的になった時に大変だ。幸いにも狭い室内フロアでは、完全に後衛陣が孤立する心配は無さそうではある。


 だからと言って、足手まといには決してなりたくはない紗良である。香多奈も恐らくそうだろう、必死に仲間に『応援』を飛ばして、自分が出来る事を精一杯頑張っている。

 そんな少女に負けないよう、後衛のちょっかい掛けを妨害すべく突っ込んだ茶々萌コンビと陽菜である。コロ助は、各所で始まったバトルのどれに参加すべきか決めかねて出遅れた模様。


 向こうの追っ手の刺客の3人は、手に様々な武器を手にして接近戦も出来るみたい。とは言え、獅子獣人みたいな硬質な鎧を着こんだ者は1人もいない。

 年の頃は全員が20代位だろうか、総じて目元を隠す白い仮面をつけているので分かりにくいけど。そいつ等はそれなりに場数は踏んでいるようで、陽菜たちの接近にも慌ててはいないようだ。


 それどころか、さっきのミケの雷龍を止めたスキルで、一気に陽菜と茶々萌コンビが捕まってしまった。慌てる前衛陣に、動きを止めようと別の仮面の刺客が接近して来る。

 そこに突進……いや、《韋駄天》で戦闘参加して来たのは、流れに乗り遅れたコロ助だった。勢い余って仮面の術者に頭突きをかまして、図らずも陽菜たちを助ける事に成功する。


 頭突きを喰らった仮面の刺客は、仲間を巻き込んでふっ飛ばされて民家の壁に激突して行った。巨大化したコロ助の突進は、軽トラックに突っ込まれたくらいのパワーかも。

 敵のスキルは厄介だけど、コロ助の乱入でペースは握れそう。



 いかにも強そうな敵の大将を相手に、小細工無しで立ち向かう程に護人は無謀では無かった。試しに切り結んだ両者は、護人の誘導で古民家のはりの上へと移動を果たす。

 幸いにも、向こうはそんな目論見にわざわざ乗ってくれる余裕を示し。かくして、足場の悪くて柱の障害物も多い難所での斬り合いがスタートする。


 『歩脚術』を持つレイジーも、この戦いには当然サポート役で参戦してくれている。それを頼もしく思いつつ、護人は獅子獣人と接近戦をこなす。

 既にそのせいで、所持している盾はボロボロに成り果てて、得意の“四腕”も形無しである。こちらの《奥の手》や薔薇のマントの攻撃は、相手に届きもしない有り様。


 それでも、太い大黒柱を防御に利用した戦い方で、何とか致命打を防いでいる護人である。レイジーの火炎ブレスや『針衝撃』も、敵の鎧を貫けなくてダメージには至っていない。

 余程の魔法が掛かっているのか、そんな敵と相対するのも初めてのレイジーは困惑気味。護人もそうで、ムッターシャとの特訓が無ければここまで粘れなかったかも。


 それでもくじけている場合ではない、護人の負けはチームの敗北にも通じる可能性が。子供達やペットが拉致されてしまったら、その後にどんな運命が待ち受けているやら。

 そう考えて、死んでも負けてやるもんかと闘志を燃やす来栖家チームのリーダーである。主の不退転の覚悟を感じ取ったレイジーも、魂を燃やして敵を刈り取る決意を燃やし始める。

 或いはそれが、《オーラ増強》のスキルに火をつけたのかも。


 とてもペットの大型犬が発するとは思えない、とてつもないオーラの量に驚いた様子の敵の大将。それに共振するように、護人の『ヴィブラニウムの神剣』も輝きを発し始める。

 ところが、それを歓迎するかのように獅子獣人は獰猛そうな表情を浮かべて。少しは骨がありそうだな的な言葉を発して、掛かって来いとのゼスチャーを示す。


 レイジーは完全にヤル気、吹き上がったオーラが青白い炎へと変化して獅子獣人へと襲い掛かる。それを裂帛れっぱくの気合いで斬り伏せて、獰猛に吠える敵のリーダーである。

 呆れた事に、太い大黒柱やはりの一部が大剣の一撃でバッサリ斬られて行っている。ダンジョンも驚くその所業、剣豪と称するに相応しい相手である。


 護人としても、真っ二つにされないよう懸命に動き回るのみ。幸いにも薔薇のマントが動作の補佐をしてくれて、足場の悪い梁の上でも自在に動けている。

 この最悪な鬼ごっこ、果たして逃げ切る事が出来るのだろうか。



 一方の姫香とツグミのコンビは、少し離れた囲炉裏の間でカラスの仮面の男と斬り結んでいた。メインで喋っていたこの男の日本語は、かなりなまりがあったので恐らくコイツも異世界人だろう。

 だからと言って遣り手とは限らないが、刃を打ち合わせた姫香はすぐに相手の実力に気付く。と言うより、鋭い切り込みの連続にたちまち劣勢に。


 どうやら向こうの二刀流は、ただの2本の剣を振り回してるってレベルではない模様。ツグミの助けが無かったら、姫香も今ごろ大怪我を負っていたかも。

 複数人の相手を平気でこなす相手は、確実に数ランク上の存在に違いない。劣勢な姫香だが、バタバタしつつも致命傷を避けているのは運動神経の賜物かも。


 ツグミもこれはらちが明かないと、影で出来た闇狼の召喚で数増しを図る。あまり使わない技だけど、《空間倉庫》から銀狼の毛皮まで取り出して細部の仕掛けも凝っている。

 それがツグミの真面目な性格の為せる業なのか、その辺は定かではないけど。周囲の畳は、そのツグミの繰り出した『土蜘蛛』の乱打で既にボロボロの状態である。


 もっとも、その攻撃もカラスの仮面の男には通用せず、手詰まりな状況に陥った姫香&ツグミのペアである。そこに隣の部屋から、ルルンバちゃんの遠隔支援が降りかかる。

 具体的には、容赦のないレーザー砲での攻撃なのだが、何とそれも回避する呆れたステップ使いの二刀流使いである。それには後衛陣の面々も、ナニあいつと驚きの声をあげている。


 ちなみに、さっきまで後衛陣がメインで応援していた、陽菜とコロ助と茶々萌コンビの戦闘だけれど。明らかな殺気を向けられ、コロ助と萌はかなり腹を立てていた。

 何しろ、つい前にもガッツリ大勢の悪漢連中に、地元のダンジョン内で酷い目に遭ったばかりのだ。コロ助に至っては、連中の音波攻撃で何度も前後不覚にされてしまったし。


 そう言う事を平気でする連中は、排除するのが護衛犬の務めである。今も陽菜と斬り合っている仮面の刺客が、殺気を込めた斬撃を繰り出している。

 萌はこちらの動きを止めた、妙な糸系のスキル使いと戦っていた。そいつにスキルを使わせないよう、矢継ぎ早な攻撃は称賛して良いレベル。


 残りの1人は、茶々丸の角突きを避けながらこれまた妙なスキルを使って来た。その途端に、クタッと身体の力を失って畳に倒れ込む仔ヤギに一同大慌て。

 発動したのは“睡眠”系のスキルだったのだが、そんな事を知らないコロ助は怒りのチャージ。仮面の刺客は、懐から取り出した拳銃で巨大犬に反撃を見舞うけれど。

 荒ぶるコロ助は、その腕に咬み付いてのバーサクモード発動!


 結果、相手の腕がげてしまったけれども、その苦しみは長くは続かなかったのは果たして慈悲の為せる業か。いつの間にかはりを伝って上を取っていたミケの、死神の目が仮面の男達を射抜いて行く。

 相手と斬り合っていた陽菜と萌だが、相手の連携と妙なスキルでかなり劣勢だった。陽菜に至っては、首筋に刀傷を負っていて額には脂汗を掻いている始末。


 萌も同じく、不可視の糸での金縛りで半分捕獲されかけていたのだけれど。そこへのミケの横槍は、むしろ喜ばれる事態ではあったと思われる。

 相手には災難以外の何物でもなかったが、それを悔やむ機会は二度と回って来なかった。ミケの繰り出した『雷槌』と《刹刃》の乱舞は、先程の《昇竜》を潰された怒りも乗っているのかも。


 それをモロに不意打ちで喰らった仮面の刺客たちは、かなり悲惨な状況に。具体的には致命傷を負っての絶命で、彼らの運命はダンジョンの奥深くで終焉を迎えてしまった。

 気を張っていた陽菜も、敵が倒れるのを確認して崩れ落ちて行く。そこに慌てて駆け寄って行く、紗良や怜央奈の後衛陣。香多奈はルルンバちゃんを指揮して、他で起きている戦闘のサポートに向かう流れに。


 それに気付いたカラスの仮面の男は、リーダーの獅子獣人へと撤退を告げる。そして撤退の時間を稼ぐために、妙な装置を懐から取り出して作動させた。

 そいつは白い煙と共に、どうやらモンスターまで吐き出す類いの召喚装置だったみたいで。出現した白い霧タイプのモンスターは、ゆうに10匹以上いて場は一気に混乱状態に。


 獅子獣人と熾烈な戦いを繰り広げていた、護人とレイジーもそれは同じ。気付けば白い霧に視界を遮られ、邪魔な敵を斬り伏せていたら敵の大将は視界から消えている始末。

 取り敢えず命はとりとめたが、相棒のレイジーは敵と接近戦を挑んだ際に浅くない傷を貰っていた。気力で持ち堪えていたけど、早めに治療をしてあげるべき。


 姫香とツグミの方も似たような状況で、こちらは姫香が右腕からかなりの出血。闇の狼も消滅させられ、あのカラスの仮面の男の実力恐るべしであった。

 それでも厄介な召喚装置を破壊して、相方の状態を確認する姫香はさすがの責任感の持ち主である。相方のツグミはとっても悲しそう、主を護れなかったのが相当に悔しいみたい。護人はレイジーの治療をポーションで簡潔に済ませて、そんな姫香へと合流を果たす。


 それから姫香にも同じく処置をして、周囲の確認をしながらチームの皆への声掛け。《心眼》で敵が去って行ったのは確認済みだが、何が起こるか分からないのがダンジョンだ。

 刺客の置き土産の楕円形の装置は、今は完全に破壊されていて安全は確保されているようだ。後は向こうのメンバーだが、陽菜や茶々丸も何とか起き上がって無事をアピール。


 どうやら紗良の治療は間に合った様子、全員の無事を確認してホッと胸を撫で下ろす護人ではあったけど。手にした盾の、ボロボロ具合は果たしてどう解釈するべきか。

 そしてこちらの太刀も、一度も相手に届かなかったと言う事実に。敵対した闇企業の部隊の、懐の深さを知る破目になった護人であった。

 そんな連中に目をつけられたとは、何とも不運な境遇には違いない。





 ――とは言え、来栖家としても全力でその運命には抗うつもり。






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