第644話 “鞆の浦ダンジョン”の埠頭でお昼を楽しむ件



 お昼を前に元気のないみっちゃんはさて置いて、他の子供達は元気に昼食の準備に忙しい。物陰で着替え終わって合流を果たした海の女は、今はムームーちゃんを膝に抱いて癒され中。

 場所は中ボスの間の港スペースで、傷心のみっちゃんを思うなら場所を移動すべきなのだが。景色も良い場所なので、皆がここでの昼食を所望したのだ。


 そんな訳で、少し離れた場所ではドラム缶で盛大に焚き火が燃やされていて。約1名分の装備や濡れた服が、絶賛乾かされている最中だったり。

 さすがに下着まではないけど、何とも気恥ずかしい一角となっている。そして皆が海の女弄りで揶揄からかい過ぎたために、紗良が珍しく本気で怒ると言う。


「もうっ、そんなに弄ったらみっちゃんが可哀想でしょ! せっかくのお昼時なのに、落ち込むみっちゃんの身になってみなさい。

 これ以上そんな事を口にする人は、お昼抜きにして貰います!」

「そ、そうだな……海の事故は本当に怖いんだぞ、みんな。泳ぎの達者な人だって、服を着たまま水に入ったら溺れる事だってあるんだからね。

 水没した彼女を、心配するのが仲間として筋じゃないかな?」

「……本当に護人さんの言う通りだね、ゴメンねみっちゃん。猿も木から落ちるとか、河童の川流れの方が似合ってるとか揶揄からかって。

 確かにみっちゃんが無事なのを、まずは喜ぶべきだったよね」

「私も笑ってゴメンね、みっちゃん……これは決して、紗良お姉ちゃんが怒ってご飯抜きって言ったから謝ってる訳じゃないからね?

 それから、今回の動画アップじゃ見せ場があんまり無さそうなの。だからさっきのシーンは、是非とも使わせて頂戴な?」


 素直な姫香と怜央奈の謝罪に、これまた素直に許しを与えるみっちゃんは偉いかも。それを見届けて、満面の笑みになった紗良はお弁当を配り始める。

 今回も旅館の計らいでの、豪華なお弁当を持たせて貰った来栖家ギルドご一行である。それを見て、みっちゃんのご機嫌もたちまち回復してくれた模様。


 ちなみに、さっきの宝箱と言うかクーラーボックスの中身は缶ビールとか海の幸とか釣り道具とかばかり。釣り竿もその横に置かれていて、高価な物は無さそうな感じ。

 唯一妖精ちゃんが反応したのは、ルアー型のイヤリング1つのみ。紗良も《鑑定》で調べた所、どうやら水耐性か何かが付いているみたいである。


 当たりが1個でも入ってて良かった、お陰で末妹もご機嫌で昼食の時間も和気藹々あいあいの雰囲気。埠頭からの眺めも素晴らしく、海風も気持ち良い。

 日差しはややきついが、ダンジョン外よりは余程過ごしやすくてペット達も調子は良さそう。ミケはやっぱり、海風の匂いは嫌いみたいだけどここは我慢して貰うしか。


 お弁当は量も多く、ハスキー達もおこぼれを各方面から貰えて幸せそう。そんな感じでの、いつものようなほのぼのとした雰囲気のお昼のひと時である。

 休憩中の地上との通信も、至って平和で駐車場付近は何事も起きてないとの事。少し離れたダンジョン入り口も、時たま訪れて確認してるけどこちらも同じらしい。


 それほど心配する必要はないけど、やはり敵のお膝元と言う事もあって油断は禁物である。わざわざ来て貰った助っ人護衛チームなのか、向こうの周囲は騒がしい気配が。

 護人も夕方には戻るよと、お気楽にそんな言葉で通信を終わらせた。今のペースなら、充分に10層程度までには到達してUターンして来れるだろう。


「それにしても、昨日のお弁当も豪華だったけど今日のも凄いね。みっちゃんの伝手があってこそだよ、今日の夕ご飯も楽しみだなぁ」

「私は、いつもの紗良お姉ちゃんのお弁当も好きだけどねっ。お握りが入ってるだけで、お出掛けって感じで幸せだなっ。味だって、姫香お姉ちゃんの握ったのと全然違うんだから!

 アレは不思議だよねぇ、叔父さんも食べ較べた事あるから分かるよねっ?」

「うん、いや……多分だけど力加減とかその位の誤差だよ、姫香。これこれ、姉妹喧嘩はよしなさい」


 また始まったと陽菜や怜央奈が呆れる中、賑やかな昼食の時間は過ぎて行く。みっちゃんは自分の装備が乾いたかなと、そっちばかりが気になっている様子だ。

 そうこうしている内に、全員お弁当を食べ終わってそろそろ出発の準備を始める面々。みっちゃんの装備も、何とか無事乾いてくれたようで何よりだ。




 そうして午後の探索再開に、6層へと降り立つ来栖家ギルドの面々。そしていきなりの室内エリアに、ビックリ仰天してここはどこ的なリアクション。

 今度の前衛は女子チームから開始だと、張り切っていた陽菜とみっちゃんはしかし落ち着いてチームへと説明を始めている。つまりは、この“鞆の浦ダンジョン”は6層からこんな感じも存在すると。


 とにかく普通の、ふすまや障子に畳式の和室が延々と続いているのは壮観ではある。昔のお城映像とか、幾らふすまを開けて進んでも部屋があったあの感覚。

 ひあ~っとか変な声で感心している後衛陣は、室内の左右の景観にも驚いている様子。何しろ和室に似合ったタンスや戸棚や化粧台に混じって、芸術作品が展示されているのだ。


 それは銅製の彫像だったり、花をかたどった飾りの品々だったり。綺麗な茶器や壺なども、部屋の壁に沿って配置されてまるで美術館である。

 よく見れば、ふすまや障子にも、綺麗な風景画や影絵のようなモノが描かれていて芸術的。それが各部屋に飾られていて、本当にここはダンジョンなのか疑ってしまう。


 スゴイねぇと、驚きながらあちこち撮影して回る香多奈に怜央奈の後衛組。前衛のハスキー達も、家の室内を進むのに躊躇ためらい模様である。

 室内の構造に関しても、至って普通の日本家屋で畳の間が圧倒的に多そうである。それでも目を凝らすと、奥の方に土間どま設えの空間があったり、板張りのロフト付きの部屋があったりと面白い。

 とにかく見所満載で、これは進むのも楽しいかも?


「わおっ、これは凄いな……噂には聞いてたけど、このエリアを引くのはなかなか大変な確率らしいんだ。“鞆の浦ダンジョン”名物の、幻の室内美術館エリアだな。

 大抵は、そのまま市内通路エリアが多いそうなんだが」

「そうなんだっ、それはちょっと嬉しいねぇ……えっ、この壺とか茶木とか銅像とかは持ち帰っても平気な奴?

 ある意味、1層ずっとお宝部屋じゃない?」

「そんな事もあって、幻になっているのかなぁ? あんまり持ち帰らなかったら、他の探索者さんもこのエリアを引く確率も上がるのかもね?

 香多奈ちゃん、あんまり業突ごうつく張りな事したら駄目だよっ」


 紗良にそう言われた末妹は、それじゃあ幾つまでなら良いのと可愛くおねだり。戸惑うハスキー達も、姫香からゴーサインを出されて畳の道を進み始めた。

 こうして6層の風変わりなエリアを進む事となった、来栖家チームと女性チームである。出現する敵は、ヤモリ獣人がメインで大クモがたまに混じる感じ。


 途中から銅像パペットも出て来て、コイツ等は人の形や大アリの形などバラエティに富んでるようだ。硬さもそれなりで、コロ助のハンマーが大活躍している。

 パペット自体の強さはそれ程でも無くて、素早い動きのヤモリ獣人の方が厄介かも。そんな感想を述べながら、陽菜とみっちゃんも出番が回って来た時用に観察は怠っていない。


 その辺は妙に真面目な前衛陣、後衛陣は芸術鑑賞に多くの時間を割いていると言うのに。今も見事な出来の襖絵を発見して、ハスキー達を並ばせて記念撮影などしている。

 確かにいつも凛々しく毛並みも素晴らしいハスキー達と、流麗な襖絵の対比は面白いかも。末妹の感性は、芸術方面においても凄いよねとは紗良の感想だけど。

 身内びいきじゃないのと、飽くまで姫香の視線は冷ややか。


「まぁ、今の時代は芸術じゃ食べていけないもんね……その点、農家の子になれて良かったよね、私達。みっちゃんみたいに、海の女も捨てがたいけど」

「もうっ、紗良姉さんまでそんな事言うんっスか! もうさっきの件は、みんな忘れて欲しいんスけどっ!?」


 そんなこんなで騒がしい一団は、半分は美術品を眺めながらの探索行だったり。とは言え途中で抜け目なく、木製の戸棚の中からお宝を回収するツグミは凄い。

 その嗅覚は人間では到底及ばず、周囲からも称賛を浴びまくりである。陽菜もこの能力には、白旗を上げて降参の構え。まぁ、ツグミは『探索』スキル持ちなので、当然の勝利ではあるのだが。


 そんな戸棚の中からの回収品は、鑑定の書や木の実や魔玉など定番の品々ばかり。それでも香多奈は嬉しそうに、紗良と一緒に鞄へと詰め込んでいる。

 戸棚の中にはお煎餅やお茶菓子も入っていて、それらも一応は回収する事に。まさに日本の戸棚に入ってる品々に、香多奈もこれは持って帰っていい奴だねと上機嫌。


 持ち帰りを禁止にした芸術品も、或いは良いモノは数十万とか値がつくのかも知れない。ただし、そちらに目が利く者はこの場に存在せず、綺麗だねぇが精々のコメントだったり。

 金属製の作品に至っては、パペットかゴーレムの仕掛けじゃないかと疑われる始末である。それだけ大きな作品も存在しており、実際にその手のパペットも敵で出現して来る有り様だ。


 その辺のギミックがややこしいのだなと、次の7層で前衛を交代して貰った陽菜とみっちゃんは予習充分。畳を土足で進む感触は慣れないけど、前衛をこなす気概は満ち足りている。

 そして先頭を進みながら、たまに存在し始めた分岐に注意力を削がれてみたり。つまりはこの層から、隣の部屋のふすまが開いていたりとか、中2階のロフトが存在したりとか。


「何だ、7層からちょっと複雑になって来たな……敵の種類は相変わらずだから、そこまで気に掛ける問題じゃないとは思うが」

「そうだね、分岐は私とハスキー達で調べておくから、2人は本道ルートを確保して行ってくれればいいよ。おっと、ここはまた立派な大黒柱のお家だね。

 はりも太いし、古民家みたいで間取りも広いね」

「本当だね、凄く立派……あっちの部屋には、囲炉裏の間とかもあるねぇ。ほら、天井もすすで黒くなってるよ、香多奈ちゃん」

「えっ、本当……あれっ、ミケさんどうしたのっ? 後ろに何かあるの?」


 一行が古くて立派な内装の古民家に出くわして、そんな会話のさなかの出来事である。末妹の驚きも意に介さず、紗良の肩の上のミケは突然背後に向かってスキルを執行。

 派手に電撃を放ちながら室内に出現した雷龍は、多少窮屈そうに背後の空間へと突進して行った。それを見たハスキー達は、慌てて反転しながら戦闘態勢に。


 事態を飲み込めない他の面々も、何か見落としたのかと辿って来たルートを注視する。とは言っても、派手な雷龍の発光で、その奥は見渡せないのだが。

 ところが、ミケの雷龍が網にかかったかのように、突然の停止を余儀なくされた。レア種をも焼き払うその特殊スキルが、まさか捕獲されて動けないとは。


 そして次の瞬間、まるで空間ごと薙ぎ払うかのような大剣の一撃が。ダンジョンに衝撃が走ったかのような錯覚と共に、ミケの雷龍は消滅の憂き目に。

 その大剣を振るったのは、何と獅子頭の大男だった。立派な装備を着込んでいて、放つオーラもムッターシャに引けを取らない。


 その背後には、仲間なのか部下なのか探索着を着込んだ4名の人物が。恐らく男性なのだろうが、各々が奇妙な仮面をしていて正体は不明である。

 ただし、獅子頭の人物については、恐らくあれは仮面などでは無さそうだ。妖精ちゃんが、獅子獣人とは珍しいなと、末妹の肩の上で呟いている。

 と言う事は、アレは異世界からの漂流者なのかも。


「うちのリーダーが、そちらの主力と力較べを所望している……とにかく、一番強い奴と斬り結びたいそうだ。チーム総出で掛かって来ても構わないが、それだと死体が増えるだけだと思うがね?

 そうそう、そちらのペットは生かしたまま捕らえるよう言われてたんだっけか」





 ――カラスの仮面の男が、おどけた調子でそう語りかけて来た。






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