第643話 5層を悠々と突破して芸術作品に触れる件



 3層目の探索も無事に終了して、突入から1時間も掛からずに4層目へ。C級ランクのダンジョンで、造りが単純とは言えこのペースは素晴らしい。

 チームの人数が、過去最大に多いのもその探索速度を後押ししている気も。何しろこの中の半数が、敵とろくに戦わず暇を持て余しているのだ。


 後衛陣はついて行くだけ、そう言えば辛うじて飛行型の敵を何匹か撃ち落としたっけ。とにかくローテを組んでいる前衛組も、出番が半減していて不完全燃焼っぽい表情かも。

 それを仕切る姫香は、傍目から見ても良くやっていると思う。来栖家チームと女子チームの潤滑剤の役目を果たして、ギスギス感はまるで無い。


 ギルド運営に関しては、姫香は本当に良くやってくれていると思う。これで“アビス”攻略でワープ装置が入手出来たら、ますます女子チームとの交流も活発になるだろう。

 取り敢えずのギルドとしての目標は、現在そんな感じで掲げられているみたい。山の上のメンバーには、異世界チームや星羅チームなど他のチームも多いので。

 陽菜やみっちゃんには、とっても良い刺激になる筈である。


「そうだな……別に人員を募ってギルドを大きくしようとかは、今の所は全く考えてはいないんだけど。来栖家チームや山の上のチームとの交流は、もっと活発にやりたいかな。

 姫香だけでなく、ザジ師匠や協会の土屋女史とかと組んで探索に行くとか」

「そうっスね、ウチも地元のおっちゃん集団との探索は飽き飽きしてたっスから。この後予定の“アビス”探索では、頑張ってコインを集めて目的のアイテムをゲットしましょう!」

「“アビス”のコインは、ウチのチームでも何枚か持ってたよね、紗良姉さん。前回はみんな、魔法の鞄を欲しがったんだっけ?

 ワープ装置の交換ラインは、確か70枚だったよね」


 姫香の言葉に、正確に所有枚数を告げて来るしっかり者の長女である。ダンジョン探索での回収品の、管理を任されているだけその辺はさすがかも。

 それから、2チームに分けて探索するなら、コイン70枚も割と現実的だねと。そんな事を口にする末妹も、手伝う気は満々みたいで何よりだ。


 尾道組のワープ装置の所有は、行き来の利便さにギルドでも念願のイベントには違いない。ハッキリ言って、こんな観光を組み込む余裕があるなら、“アビス”を2日予定にするべきだったかも知れない。

 とは言え、夏の旅行に来てくれた来栖家の持て成しも大事だし、このダンジョンは沿岸沿いだけあって水属性のアイテムも回収しやすい。観光と実利を兼ね備えた、陽菜とみっちゃんの考えた今回のお持て成しプランである。


 探索がやたらと多いのは、探索したいお年頃なのだろう。そもそも尾道組は、チームがなかなか組めなくて探索も週に1度行ければ良い方なのだ。

 そんな時のギルド会合である、はっちゃけて予定を組み込む気持ちは良く分かる。付き合わされる方としては、割と大変だけど。


 しかも目的地が問題の福山市、何となくひと悶着起きそうな雰囲気がプンプン。香多奈でなくても、そんな未来を思わず想像してしまいそうな道中である。

 そんな第4層の探索だけど、今回は陽菜とみっちゃんが前衛を担う事に。渋々下がったハスキー達は、それなら支道は自分達で虱潰しらみつぶしに探索する気満々。


 その辺は仕方が無いと言うか、別に全然構わない後衛陣である。相変わらず出番は回って来ないけど、今回は完全に観光気分なのでそれは別に構わない。

 そもそもこのダンジョンは、それ程には敵の密度も高くはない。突入前の魔素鑑定も普通の数値だったので、間引きは地元の協会によって充分になされているのかも。


 それはそれで気が楽ではあるし、ハスキー達もそこまで熱中し過ぎないでとも思ってしまう。彼女達にとっては、恐らく手抜きなどは思いもしないのだろう。

 そしてやはり突き当りの支道で、宝箱を発見するハスキー達。それを報告する際の、得意満面の態度と来たら撫で回してあげたい位である。

 いや、実際に後衛陣は全員で撫で回しているけど。


「お姉ちゃん達、ハスキー軍団が分かれ道で宝物を発見したから、一旦止まって待ってて! 勝手に進んで迷子になっても、こっちは知らないからねっ」

「迷子にはならないと思うが、一旦停止は了解した。この通りも情緒があって、探索し甲斐があると思わないか、姫香」

「探索と通りの情緒は全く別でしょ、陽菜。庭が無い家の造りは宮島でも見た事あるけど、何か慣れないよね。

 まぁ、宮島は凄い凝った中庭とかある家も多いけどさ」


 この鞆の浦も、町並みが古過ぎて道路事情は最悪らしい。つまりは車が通れる幅が狭すぎて、しょっちゅう埋め立てやら架橋計画が立ち上がっていたのだが。

 それを全て無に帰す“大変動”によって、大元の事情が有耶無耶になると言う。更には元の景観を楽しむには、ダンジョンに入って楽しみなさいと言う粋な計らい?


 利便性を取るか景観を取るか、それこそ住人でも無い限りは議論も許されないとは思うけれど。ダンジョンの結論の出し方は、何と言うか斜め上を行っていて面白いかも。

 いや、ダンジョン自体が常にオーバーフロー騒動を抱えていて厄介な存在には違いないのだけど。姫香にとっては、そんな景観も心には刺さらなかったようだ。


 そして回収した宝物だけど、やっぱり玄関先のポストに割と大量に入っていたみたい。鑑定の書や木の実から始まって、魔結晶(小)が4個に強化の巻物まで色々。

 そして薬品類も、安定の牛乳瓶に3本ほど回収出来た。紗良の《鑑定》によると、ポーションと解熱ポーションと初級エリクサーとだったらしい。


 魔法アイテムは回収出来なかったけど、まずまずの収入である。そして待っていた前衛陣と合流して、その成果を報告しての再出発。

 さっき陽菜も言っていたけど、迷う程の分岐も無い“鞆の浦ダンジョン”は程無く突き当りに。そして5層への階段を発見して、前衛交替の儀式を果たす。


「あららっ、ハスキー達が張り切って飛んでっちゃった……あんまり本隊の後衛陣と距離が空くと、不都合が出て来ちゃわないんですか、護人さん?」

「まぁ、その通りなんだけどね……ハスキー達のペースを、変に乱してストレスを与えてもいけないからね。その辺の話し合いは毎回してるけど、別にサボってる訳でもないし。

 結局大事なのは、ハスキー達の狩りのペースって事に落ち付いた感じだね」

「ふむっ、来栖チームのリーダーは度量が広いな……私だったら、本隊から離れ過ぎるるなと叱ってしまうかも知れない。その辺のリーダーシップは、見習わないといけないな。

 そう言えば、姫香もチームをまとめるのはとっても上手な気がする」


 それは言えるっスねと、陽菜の言葉にみっちゃんも同意して。そんな事無いよと照れる姫香だが、尾道組は謙遜するなと譲らない構え。

 そんな話をしながら、進む事10分余り……5層の支道には、結局何も見付からず。ただし、突き当りの小さな港の入り口に、金属製のゲートが置かれていて行き止まりに。


 ハスキー達が、ここが中ボスの間だよと途中の雑魚達を全て退治して待ってくれていた。お疲れ様と労わる子供たち、紗良の怪我チェックも無事にクリアして、さぁお待ちかねの中ボス戦だ。

 港の埠頭部分に見えるのは、海面から顔を出した巨大イソギンチャクとサハギンの群れだった。サハギンは半ダースくらいで、各々がトライデントを手にしている。


 海の中にも、まだ何かいるかもと慎重な意見を口にする姫香だけど。そんな事より、この層は誰が戦闘に参加するんだと陽菜の呟きが。

 仲良く前衛陣の全員で良いんじゃないのと、紗良の返事に賛同者は誰も現れず。それは獲物の取り合いになっちゃうんじゃと、末妹のもっともな意見が返って来るのみ。


「それは怖いかな、ハスキー達は果たして獲物を横取りした私達を許してくれるだろうか? と言うか、張り切ってるハスキー達から中ボスを奪えるのか?」

「それはやってみないと分からないっスよ、陽菜ちゃんっ! 中ボスはかなり大きいから、ハスキー達と言えど苦労はする筈っス。

 私達にも、一撃入れるチャンスはありますよ!」


 その一撃で倒してしまえば、こちらの勝利だなと盛り上がる女子チーム。果たしていつから、こんな競争になったのかと護人などは首を傾げているけど。

 香多奈は呑気にハスキー達を応援し、逆に怜央奈は女子チームに喝を入れて頑張ってと盛り上がっている始末。姫香はどちらにもくみせず、扉を開けるよと一言。


 そして唐突に始まる、味方同士(の筈)の中ボス争奪戦。海に落ちないでねと、呑気な紗良の声援は果たして前衛陣の耳に届いたかは不明だ。

 保護者役の護人も、心配そうに見守るけれど止める術は持たずの競争開始に。ダッシュで先手を取ったのは、もちろんハスキー軍団だった。


 茶々萌コンビも、当然の如くボス犬のレイジーに追随しての張り切っての競争参加である。そして立ちはだかるサハギン獣人の、槍の突きをかわしてのカウンター突き。

 哀れな相手は、その茶々丸の角の突きに10メートル近く吹っ飛ばされる事に。途中で魔石に変わったのは、せめてもの慰めになってくれるだろう。


 ハスキー達も、スタートダッシュを有効に使って立ちはだかるサハギン獣人をぎったぎたにしている所。中ボスの大イソギンが、水魔法で狙って来るのもまるでお構いなし。

 スキルで防御したり華麗に避けたりと、まるでゲームを楽しんでいるかのような身のこなしである。そうして魔法の水弾は、埠頭を水浸しにするだけの結果に。


 心配されていた海中の待ち伏せモンスターだけど、どうやらいない模様である。それを見越した訳ではないけど、後塵を拝した陽菜とみっちゃんがようやく戦場入りを果たした。

 雑魚のサハギン獣人には目もくれず、狙うは大将首のみの勢いの2人。ただまぁ、イソギンチャクには首の部分は見当たらないのが悲しい所。


「よっし、何とか辿り着いたぞ……みっちゃん、海上歩行で敵の背後に回り込んでくれ。こっちは埠頭から、あいつのタゲを取って囮役になるっ!」

「了解っス、海の女の本領発揮と行きますよっ!」


 そう言って張り切るみっちゃんは、埠頭から海上に着地しての別ルートで中ボスへと迫って行く。さすが言うだけの事はある、海の女の腕の見せ所なのかと後衛陣も応援しながら見守っていたら。

 何と仲間が懸念していた、海中待ち伏せモンスターはやっぱりいた模様で。タコ足だかイカ足だかに巻きつかれ、哀れみっちゃんは海中へと引きずり込まれる破目に。


 慌てて救出に向かう護人だが、近くにいた姫香とツグミがそれより早く反応した。お互いにスキルで海上に足場を作って、溺れかけてる海の女の救助活動に勤しむ。

 肝心の中ボスの大イソギンだが、最後は割と呆気無かった。水弾をぶつけられた事に腹を立てた萌が、『黒雷の長槍』で黒焦げにしてしまったのだ。


 さすが相手は水属性で、雷属性の攻撃には相性が悪かったようだ。魔石(小)とスキル書を残して消滅、それが海に落っこちないように大わらわの萌である。

 そうこうしている間も、びしょ濡れのみっちゃんの救出は無事になされて何よりである。ハスキー達は、さすがに心配そうに溺れかけた仲間を埠頭から見守っている。

 レイジー達も、ライバルには一定の敬意と感心は払うのだ。


「大丈夫、みっちゃん……ああっ、びしょ濡れだよ。着替え持って来てたっけ、無かったらウチの貸してあげるよ。

 紗良姉さん、タオルとか着替えって持って来てるよね?」

「うん、あるけど……暖取りと服を乾かすのに、火をおこした方がいかもね? どうせこの辺でお昼休憩だし、みっちゃんも着替えて装備を乾かそうか。

 それでいいですよね、護人さん?」


 その辺の段取りに関しては、女性陣に逆らうつもりは毛頭ない護人である。そんな訳で、まだまだ元気な子供達は食事の準備と着替えと宝箱のチェックに動き出す。

 中ボス撃破まで2時間足らず、その辺はとっても優秀ではあったモノの。





 ――自称海の女のみっちゃんは、とっても居たたまれない表情なのであった。






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