第634話 チームを2つに分けて因島のダンジョンを攻略する件



 家族旅行の2日目、二日酔い気味の護人と較べて子供達は朝から超元気である。元から早起きの来栖家の子供達は、朝の8時頃には既に臨戦態勢と言って良い程。

 朝食も食べ終わって、さぁ旅行先の空気を満喫するぞと態度で示している。一方の陽菜や怜央奈やみっちゃんは、昨夜はしゃぎ過ぎたのかそこまでの元気はない。


 それでもあらかじめ組んでいた日程通り、この数日を実りのある経験にすべく。今日も午前中から、昨日泊まった因島のダンジョンの間引きを行う予定である。

 問題は、去年も5層まで間引きした“しまなみビーチダンジョン”にすべきか、それとも初見の“水軍城ダンジョン”にすべきかって選択がまだ定まっていない事。


 こちらの人数も多いので、敢えて両方に行っても良いかも知れないけど。“しまなみ”の方はB級で、対する“水軍城”の方はC級ランクとなっている。

 どちらも間引きは、地元の漁師兼探索者のオッちゃん達によって、そこそこ行われているって感じ。とは言え精々が4層までで、中ボスから先は半年以上放置しているとの話。

 そろそろ倒さないと、魔素量が跳ね上がる危険性も。


「それは仕方ないよね、みんな兼業の探索者なんだし。ってか、実はウチもそうなんだけど……まぁ、タダで泊めて貰ったし頑張って両方間引きしようよ」

「そうだね、叔父さんの調子がちょっとアレだけど……姫香お姉ちゃんとツグミが、尾道チームに入る感じでいいのかな?

 そんで、C級の“水軍城ダンジョン”に行くとかどう?」

「おおっ、姫香と組んでダンジョン探索か……私たちはそれで構わないぞ、成長した私たちの戦い振りを見せてやらないとな、みっちゃん」


 そうっスねと頷くみっちゃんは、お土産に貰った『飛迅の薙刀』の使い勝手を熱心に調べている最中。来栖家チームでは使わない武器を融通して貰って、その威力に最初は驚いていたのだけれど。

 前衛も器用にこなすみっちゃんは、この武器をとっても気に入った様子で何より。陽菜も『王者の剣』と言う光属性の両刃の剣を貰って、この上なく嬉しそう。


 ついでに未だ眠たげな怜央奈にも、『魔術師のローブ』と『魔術師の杖』のセットをプレゼント済み。彼女も順調に魔法スキルを増やしており、今やいっぱしの後衛探索者である。

 それから3人全員に、新たに魔法の鞄と各種魔法のアクセサリーを贈って強化を図って貰う。『ルビーの指輪』や『ダイヤの首飾り』、それから『サファイアの指輪』は結構家にストックが溜まっていたのだ。


 太っ腹なプレゼントだが、探索者は命懸けのお仕事でもある。強化を怠って大怪我をしたり、ましてや命を落とすような事にもなりかねないのだ。

 そんな理由からの贈り物に、少女たちもそれぞれお礼を述べて受け取ってくれて。これでギルドの義理も果たせたと、姫香や家族もホッと一安心である。

 やはり、名前だけ籍を入れているとか後ろ指を刺されるのもアレだし。


 そんな少女達を尻目に、ハスキー達は海岸線を散歩してそれなりに楽しそう。茶々丸と萌もそれに参加しているが、こちらは海のしょっぱさがあまりお気に召さない模様。

 ムームーちゃんは、香多奈に抱っこされていつものように大人しい。パッと見、これが生物だと分からない程なのは、『擬態』スキルの効果を自然に発揮しているためなのかも。


 それも生存にと自然に身につけた一族の術、その分末妹の扱いが杜撰ずさんになるのは仕方のない事かも。何しろ傍目には、水の入ったゴムボールにしか見えないのだ。

 最初は物珍しさに触りたがった怜央奈やみっちゃんも、既にその感触には飽きている模様である。そしてたまに《心話》で語り掛けられると、慣れていない感覚にビクッとなっていたり。


 異世界交流にすっかり慣れた来栖家とは、その辺違うのは仕方のない事ではある。ムームーちゃんにしたら、扱い慣れている家族の方が頼りになるのも事実だけど。

 そんな感じで朝の散歩を少女達でこなして、ペット達も朝の散策を無事に終えて。さて、旅行2日目の予定をこなす気力は、全員充実させてヤル気はマックスだ。

 今回のギルド会合は、かなりのハードモードになりそう。




 護人の体調も何とかポーションで持ち直して、改めてリーダー復帰で今日の計画を決めに掛かる来栖家&ゲスト陣。結果、子供達の出した案が通って、2ヵ所同時探索を行う流れに。

 難しいのは、少女陣営の戦力である……現状は姫香と怜央奈と陽菜とみっちゃん、それにツグミで合計5名との事。幾らC級に挑むとは言え、やや少ない気が。


 香多奈がルルンバちゃんを貸せばと言って来るが、護人側チームの探索予定はB級の、巨大恐竜のわんさか出るダンジョンである。火力が必要な場面も、大いに考えられるので得策ではないかも。

 次案はミケだが、これは扱いが非常に難しい。切り札にはなるかも知れないが、基本的に彼女は家族以外には非常に冷たい態度を取るのだ。


 陽菜やみっちゃんがピンチに陥っても、手助けしない未来は容易に想像出来てしまう。そんな訳でミケは論外、ムームーちゃんも同じく指示出しが必要なので良案ではない気が。

 そう考えると、茶々萌コンビが一番良いんじゃないかとの話に落ち付いた。茶々丸はヤンチャ過ぎて扱いは難しいが、前衛として萌と組ませるとそこそこ制御は可能ではある。


 後はもう、茶々丸も少人数での探索に慣れてくれとの願望が強いかも。レイジーの指示がなくても上手く立ち回る術を覚えたら、こちらの負担も1つ減る事に繋がるし。

 萌にしても、指示待ちの大人しい性格から責任感が芽生えて来る可能性が。少人数のチームだと、1人に掛かる負担は当然増えて来る。


 ハイスペックの萌は、ブレイクスルーさえすれば恐らく物凄い力を発揮する事だろう。そんな訳で、茶々萌には姫香の言う事を良く聞くんだよと言い聞かせて。

 組み分けも終了して、いざ始まる2チームでの同時攻略である。


「それじゃあ、みっちゃん家の車を借りて“水軍城ダンジョン”に行って来るね。えっと、定期連絡をするのと、それから夕方には探索を切り上げるのを忘れずにだっけ?

 そっちも気を付けてね、護人さん」

「こっちは去年も攻略した所だもんね、そんなに心配はいらないよ、姫香お姉ちゃん。それより茶々丸に萌、ちゃんと言いつけ守って頑張りなさいよ?

 あっ、茶々丸は頑張り過ぎたら駄目だからね!」

「2チーム制は心配だけど、人数が多過ぎても探索は効率が悪いからな。そっちに回復役がいないのが気掛かりだけど、ポーションも大量にあるし平気かな?

 とにかく、本当に無理だけはしないでくれよ」


 心配性の護人に、こっちは大丈夫だからと安請け合いをする姫香である。ちなみに車の運転は、因島の地理に詳しいみっちゃんが行う模様だ。

 彼女は船の操縦もこなせるそうで、何気にスペックは高い気も。彼氏もいるそうだし、少女チームの中では抜きん出ている存在かも。


 その割には一番低姿勢で、フォロー役に徹しているのは性格の為せる業か。一番年下の姫香がリーダー役なのも、やっぱり適材適所と言うしか無く。

 そんな少女チームは、久々の皆で集まっての探索に揃ってご機嫌な様子である。10層を目指すぞと鼻息の荒い陽菜は、普段の冷静なポーズはどこへ行ったのやらって感じ。


 姫香と一緒に後部座席のツグミは、果たしてこのチームでの探索をどう思っているのやら。ペット勢の参加が茶々萌コンビだけと言うのも、彼女からすれば不安でしか無いのかも。

 そんな思いとは裏腹に、みっちゃんの運転する車は順調に目的地へ到着した。“大変動”以降は観光客も無く、ダンジョン化したこの水軍城の周辺は寂しい限り。


 そこに響き渡る、元気な少女たちの張り切って行こうとの声と茶々丸の蹄の音。幸いにもダンジョンの入り口は、山の上の城まで登らないで良いらしい。

 それにしても、水軍なのに山の上に城があるとは。みっちゃんにそう尋ねると、あのやぐらは見張り用で海上を見渡すために高台に拠点があるそうな。


 ここは有名な村上水軍の拠点の1つで、輸送船から通行料を取って護衛などを行っていたとの事。海賊と言われたり、確かに武装集団ではあったけど、実際彼らは水先案内や護衛業で生計を立てていたそうである。

 そして現在の“水軍城ダンジョン”は、そんな観光地の駐車場の傍に入り口階段が生えていた。前回の間引きは春先だった様で、約半年は放置している計算だ。


「さて、探索準備はバッチリかな……ペット達の鞄は紗良姉さんに任せてるから、いまいち分かんないけど。まぁ、お弁当は全員分持って来たから、それだけあればいっか。

 夕方までだと、10層攻略は厳しいかなぁ?」

「どうっスかね……敵モンスターはワンパターンらしいから、攻略は比較的簡単みたいっスけど。後半は死霊系が多くなるから、それ次第じゃないスかねぇ?」

「死霊系かぁ……紗良姉さんをこっちに招けば、かなり楽が出来たのにねぇ? でも護人さんのチーム分けは、香多奈ちゃんの安全が優先だもんねぇ」

「それは仕方が無い事だ、香多奈はまだ小っちゃいからな。探索に同行させるなら、安全を最大限に図るのは当然の事だろう。

 だから姫香、焼きもちを焼くな?」


 焼く訳ないでしょうと、ダンジョン突入前からエキサイトする少女達である。年頃が似たような年齢だけに、時に明け透けな会話が混じるのは仕方が無い。

 そんなやり取りを尻目に、入り口を発見した茶々丸は既に突入する気満々である。それに気付いて、何とかそれを諫める姫香は早くも先行きが少々不安げ。


 それでも一行をしっかり統率して、怪我無く無事に探索を終えなくては。久し振りのリーダー業だけど、それが最低限の務めだと姫香は自分に気合いを入れる。

 そしてヤン茶々丸にも、しっかりと厳しく釘刺ししておいて。この位では効果があった試しはないけど、ちょっとは学習して貰わないとこっちが大変なのだ。

 そんな感じで、姫香がリーダーのチームはいざ出陣――。




 一方の護人チームは、割とのんびりとまずは突入前の役割決めから。姫香への通信役は末妹がやるとして、今日はツグミがいないので探査役は別の誰かが行う予定。

 次に得意なのはルルンバちゃんだが、レイジーも《狼帝》スキルを使った従者召喚から可能なのが判明した。後は護人の《心眼》スキルだが、常時発動はMP消費が激し過ぎる。


 今回はフィールド型のエリアと言うか、密林を進むのが分かっている。つまりは床タイプではないので、ここは素直にレイジーに頼むべきだろうか。

 そんなリーダーのお願いに、レイジーはすんなり応じて手下の炎の狼を2体と、炎の鳥を3体召喚した。それを見て、素直に驚く紗良と香多奈である。


「凄いねぇ、レイジーちゃんったら……出来る事がどんどん増えてるよっ、私達もうかうかしてられないねっ。

 頑張って成長しなきゃ、探索のお荷物になっちゃう」

「本当だねぇ、ハスキー達は勤勉だから成長も早いもんねぇ。知らない内に、ムームーちゃんも深夜の探索に連れ歩いてるみたいだし」

「そうか、ムームーちゃんもこれを機に前衛デビューさせるのも悪くないかな? レイジーが探知モードで、今回は戦いに参加しにくくなってるもんな。

 もちろん、ムームーちゃんが嫌なら俺が前に出るけど」


 ムームーちゃんは張り切って、やりまつと堂々の名乗りを上げてコロ助の首に巻きついて行った。これが普段の定位置らしく、コロ助も全く嫌がる気配もない。

 一応4足歩行が可能だとは言え、軟体生物だけあってその歩みは決して速くはない。そんな彼の短所を、こんな形でカバーしているみたい。


 これで一応、護人チームも出発準備は整った。B級ダンジョンだけあって、難易度は高い上に姫香やツグミ、茶々萌コンビも不在とハンデも存在するけれど。

 そこは各人が、いつもより少しずつ頑張ってカバーする所存。





 ――そんな訳で、2ヵ所同時のダンジョン探索の開幕である。







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