第629話 ここを“ペンギン村ダンジョン”と命名する件



「ええっと、さっき巻貝の通信機で協会の職員さんに、この江田島の歴史をネットで検索して貰ったんだが……どうやらかなり昔のイベントで、ひと夏だけこの島の海岸沿いに“ペンギン村”を集客目的で作ったらしいね。

 海水浴場として賑わったらしいが、当時は漫画の作者も招かれたらしいよ。つまり江田島には、ひと夏だけ作者公認の“ペンギン村”が昔あったって訳だ。

 ダンジョンは、どうやらその記憶を掘り起こしたみたいだな」

「へえっ、前に探索した“ナタリーダンジョン”みたいなモノだね。あれも過去のレジャー施設を、ダンジョンが勝手に再現した感じだったもんね。

 それにしては凄く良く出来てるよね、この村」

「アラレちゃんの漫画だっけ、ドラゴンボールは叔父さんのコミックで全部読んだんだけどなぁ。原作を知らないと、それじゃあ仕掛けを思い切り楽しめないかもね?」


 そう呟く末妹だけど、護人は世代的にアラレちゃんも知っている。アニメにもなったし、流行文句の『んちゃ!』や『キ~~ン!』はあの頃の世代は全員知っている筈。

 そして『ペンギン村』は、作者の地元がモデルって話も伝え聞いて知っている護人である。それだけ田舎育ちの原作者は、このダンジョンを見てどう思うだろうか。


 そんな事は知る由もないけど、探索は既に容赦なくスタートしていた。先行するハスキー達は、オーバーフロー騒動でスカスカになった第1層を我が物顔で歩き回っている。

 どうやら村らしき敷地の中心部に向かっているようで、周囲は可愛い建物が道の端に散在している。そしてモンスターの影は、ほんの数える程度。


 出て来たのは空を飛んでいた大カモメが2匹と、住民パペットが3体のみ。その内の1体が、いきなりスキル書をドロップして香多奈も大喜び。

 さすが新造ダンジョンである、それを見て太っ腹だねと姫香も頬を緩めている。ついでに建物の中も確認したけど、さすがに住人の姿は無かった。


 代わりにそれなりの生活用品は回収出来そうだけど、1層でそこまで時間を掛けたくない一行。怜央奈も撮影しているし、火事場泥棒的な行為は控えるべきかも。

 そんな訳で、次の層への階段を捜して回る一行である。あまり長居して、漫画の主人公的なアンドロイドに遭遇しても倒すのは大変そうなので。


 と言うより、大ボスにそんなのが出て来たらどうして良いか分からない。確かパトカーと衝突しても、車の方がへしゃげてしまうパワーの持ち主だった筈。

 ルルンバちゃんとタイマン張らしても、危うい可能性も出て来る。そうでない事を祈りつつ、護人は昔のアニメを思い起こして改めて周囲を眺めてみる。

 その感想だが、確かに出来栄えは良いような気もする。


「なかなか次の層への階段が見付からないねぇ……ハスキー達がこんなに見付けあぐねるのも珍しいよね、護人さん。

 巧妙に隠されてるのかな、これは時間が掛かるかも?」

「見た感じじゃ割と広い島だからねぇ、探し出すのも……あれっ、今そこの建物の陰を緑色の変な生物が横切らなかった?

 何か丸っこい体に足が生えてて、頭の中心がお尻みたいに割れてるの」

「あははっ、香多奈ちゃんってば! そんな生き物いる筈がないでしょ」


 そう言って笑う怜央奈だが、ここはダンジョン内なのでそんな妙ちくりんな生き物だっている可能性も。もっとも、頭のてっぺんにお尻がある発言は笑われても仕方ないけど。

 ハスキー達もそいつを見掛けたようで、兎を見つけた猟犬のようにダッシュで追い掛け始める。茶々丸も同じく、今日はまだ暴れ足りないのか元気があり余っている感じ。


 香多奈によると、そいつ等は2匹いたそうだが、結局はハスキー達も追いつけなかったようだ。その代わり、建物同士の隙間に見事次の層への階段を発見した。

 結果オーライだねと喜ぶ姫香と、どうも腑に落ちない表情の末妹。次の層には敵も待ち構えているぞと、護人は緩んだ空気を引き締め直して進軍を指示する。


 ちなみに、協会の職員さんに情報収集をお願いしている時間を利用して、一行はちゃっかりお昼を食べ終わっていた。ハスキー達も、地上と較べてこのダンジョンの気温にはとっても満足している様子。

 とは言え、長居はしたくない護人は、次の階段もさっさと見付けてしまいたい。ただし、予想通りに第2層からは敵の数も格段に増えて来た。


 一番多いのは、雑魚の大フナ虫だが気持ち悪いだけのやられ役な気も。次に多いのは飛行トビウオで、島の上を凄い速度で飛び交っている。

 コイツの体当たりは、野球の速球並みの速度が出ていて要注意。ただまぁ、よく自爆もするので避ければ良い話ではあるけど。

 スピードがあるので、後衛陣だとちょっと難しいかも。


 護人とルルンバちゃんは、そんなミサイル攻撃から後衛を守るのに必死。とは言え、ブロックされた飛行トビウオは、何かにぶつかる端から魔石(微小)に変わって行ってくれる。

 それを守られながら見ている香多奈と怜央奈は、空から魔石が降って来るよと狂喜乱舞。数分後にようやく奴らの襲撃が収まって、ホッと一息の防衛コンビ。


 それを尻目に、転がっている魔石を拾い始める少女達である。2層から急にモンスターの密度が上がって、先行のハスキー達もやや戸惑っている様子。

 彼女達も村人パペットと対峙している最中に、飛行トビウオの襲撃を受けてしまったようだ。何とか撃退はしたけど、コロ助と茶々丸はダメージを受けてしまった様子。


 萌も何度か喰らっていたけど、硬い装備を着ていて大きな怪我には至らなかったようだ。周囲に敵影が無くなったのを確認して、護人がチームに休憩を告げる。

 それから紗良の回復作業と、各自MP回復ポーションでの精神力の回復作業を数分間。休憩中の一行は、この新造ダンジョンのランクについて話し合う。


「今の所は、そんな強い敵は見掛けないよね……精々がC級ランク程度じゃないかな、護人さん?」

「そうだな、もっと降りてみないと分からないけど。何となく妙な癖は感じるから、そこだけみんな気を付けて……うおっ、ありゃ何だっ!?」

「えっ、何ナニっ!? どこ見たら……うあっ、スーパーマンっ!?」


 護人の視線を辿って、末妹が発見したのは超低空飛行を行っているスーパーマンのコスプレした何かだった。明らかに中年太りのシルエットのせいか、スピードは全く出ていない。

 もっと空高くを飛べばいいのにとは思うけど、体重のせいでそれが出来ないのは悲し過ぎる。あれなら走った方が速いよねと、呟く怜央奈の指摘はその通りかも。


 休憩していたハスキー達が、変な奴がいるぞと一斉に反応してしまった。猛ダッシュを掛けてその怪しい飛行物体(?)を追いかけるが、1層と同じくやっぱり追いつけなかった模様。

 その代わり、同じパターンで3層への階段を発見したらしい。その報告を受けて、姫香はそう言う仕掛けのダンジョンなのかなと推測している。

 そんな感想を抱きながら、一行はいよいよ3層へ。




 この層にも、新しく目にするモンスターが何種類かいたようだ。まずは浮遊するクラゲが雷光を放ちながら漂っていて、近付くと攻撃を受けそうで怖い。

 移動速度はゆっくりなので、飛行トビウオとは正反対の特性みたい。とは言え近付かずに遠隔で処理出来れば、ただの的でしかないと言う。


 それから、村人パペットに取って代わって出現したペンギン獣人は結構強い印象だ。体格も人間サイズだし、地面を滑ってのチャージ技はかなり迫力もある。

 ハスキー達も、初めて体感する攻撃方法に戸惑っているみたいだ。先ほどの飛行トビウオと言い、このダンジョンの敵は自爆系の攻撃手段が多い気が。


 そんな新モンスターを順調に撃破して行きながら、ダンジョン内の村の探索をする事10分以上。この3層もなかなか下層へ続く階段の場所が見付からず、結局は家探しみたいな感じになってしまった。

 そして村の駐在所みたいな建物内で、初の宝箱を発見して盛り上がる子供たち。それは戸棚の下の方に置かれていて、中には薬品類や鑑定の書、魔玉(炎)が数個入っていた。


 その棚の上の段には、何と噂のコミックスが全館揃って置かれていた。駐在所には不釣り合いだが、新品っぽいのでこれもお宝判定なのだろう。

 それを取り敢えず回収する素直な子供たち、全18巻は意外と少ないなって印象がある。アニメ化もされたので、もっと連載は続いていたと護人は思っていたのだが。


 他にも宝箱には、羽根の付いた帽子やら模造ウンチの付いた棒やらが出て来た。香多奈は妙な触角付きカチューシャをつけて、これは何のキャラクターかなと騒いでいる。

 護人の記憶では、確か空飛ぶ羽の生えた子供に触角が生えていたような。そしてビリビリ攻撃が凄まじい、攻撃力を備えた存在だった気がする。


 まさか末妹が何気に頭に被っている、そのオモチャが攻撃魔法アイテムだとは思わないけど。もしそうなら妖精ちゃんが騒ぐ筈だし、取り上げる程でもないだろう。

 原作を良く知る護人は、そんな事でドキドキしてしまう。階段に案内してくれるナゾの影も、恐らくは漫画のキャラクター達だろうし。


 それ以外では、今の所危険な仕掛けは見当たらなくてホッと一息の護人である。原作をほとんど知らない子供達は、変なのがチラチラしてるねとささやき合ってるけど。

 恐らくそれらのキャラクターが、次の行き先を示してくれるギミックなのだろう。それを念頭に入れて、宝物を回収し終えた一行は再び村を彷徨さまよい始める。

 そしてすぐさま、キコキコと自転車をぐ音が建物の陰から。


「あっ、あっち……ちっちゃい子供が三輪車漕いでるっ! ハスキー達っ、追いついて確保してっ! そしたら今度こそ、何か起きるかもっ!」

「ええっ、ちっちゃな子供なんでしょ……あんまり手荒なことしちゃ駄目だよ、ハスキー達っ」

「あぁ、確かにチラッと昭和な感じの女の子が見えたねぇ。と言う事は、あっちに次の層の階段があるのかな?」


 3層ともなると、既にダンジョンの仕掛けも把握した感のある子供達だけど。今度は逆に、その案内役のキャラに追いついたらどうなるか知りたい模様で。

 ハスキー達も、そんなお願いに張り切ってダッシュで影に詰めに掛かるのだけど。やっぱり今回も、建物の陰で視線が切れた途端に見失ってしまったようだ。


 後に残ったのは昭和な三輪車が1台のみ、それを前に所在なさげに佇むハスキー達である。香多奈や怜央奈は残念そうだが、まぁそう言う仕掛けなら仕方が無いとも。

 それよりこれで4層だ……探索は順調に進んでいて、ここまでかかった時間は1時間半程度。この調子で行けば、2時間と少しで5層には辿り着けそう。


 そこで待つのが中ボスか、はたまた大ボスかは定かではないけど。変に確変が起きない限りは、どうやらコア破壊依頼も心配無さそう。

 階段を降りる前にそんな事を話し合いながら、揃って休憩時間を取る一行。怜央奈もコロ助をモフりながら、楽勝だねと大いにはしゃいでいる。


「それにしても、来栖家の探索は独特だよねぇ……護人さんとかミケちゃんは、戦えばとっても強いんでしょ? なのに戦う機会がほぼ無くって、姫ちゃんすら巡って来ないじゃん。

 これはやっぱり、ハスキー達が強過ぎるから?」

「まぁ、そうだね……それが一番の要因かな、最初の頃はそんなでも無かったのに。レイジー達が真面目過ぎるから、先行しての安全確保が当たり前になっちゃって来た感じ?

 さすがに敵が強いダンジョンは、護人さんがしっかり舵取りするけど。そうでも無い所は、もう割とハスキー達の好きにさせてるね」

「お互いの探索ペースがあるし、それを乱すのはストレスになるからね。姫香も最初の頃は、ハスキー達のペースについて行こうと頑張ってたけどな。

 結局最近は、もう諦めちゃってるよな」


 指示出ししなくても、ハスキー達はちゃんとやってくれるからねと姫香の言葉に。茶々丸に乗って参加すれば良いじゃんと、香多奈が無茶振りで茶化している。

 萌が可哀想じゃんと、どうやら来栖家チームの陣形問題はまだまだ煮詰まってはいない感じ。今後も味方が増えたり、何かきっかけがあれば臨機応変に変わって行くのかも。





 ――そしていずれは、チームの全員が一騎当千の活躍をする日も近い?






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