第628話 “江田島ダンジョン”の全貌を知りビックリ仰天する件



「紗良、済まないがもう一度、“巫女姫”の夏以降の予知内容についてのネット記事を読んでみてくれないか?

 あやふやなのは仕方ないけど、良く分からない文面があった気がするな」

「ええっと、そうですね……山の2つの予知は、オーバーフロー騒動にレア種が混じってる的な記述でしっかりしてるんですけど。海の2つは漫画みたいな予知内容なので、本人も敢えて内容をボカしている感じですかね?

 まぁ、予知なのであやふやなのは仕方無いですよね」

「漫画みたいかぁ……どんな予知を視たんだろうね、ちょっと面白そう」


 能天気な末妹の感想に、呆れ顔の助手席の姫香である。現在、来栖家はキャンピングカーのまま、中型のフェリー船に乗って瀬戸内海を移動中。

 これしか空きがなかったそうだけど、キャンピングカーで移動出来るのは来栖家にしても都合が良い。何気にペットを含めると、人員の多いチームなのだ。


 ベース基地があった方が、ペットや子供達もリラックス出来ると言うモノ。そして旅行の初日の日程は、いきなり大幅に狂ってしまっていると言う。

 安佐南区でギルド員の怜央奈を拾った所までは、旅は順調に進んでいたのだけれど。協会からのオーバーフローの処理依頼を回されて、今に至ると言う。


 陽菜やみっちゃんからは、自分達だけズルいぞとのラインでのお叱りを頂いているけど。オーバーフロー騒動には迅速な処理が必要なので、そこは仕方が無い。

 ちなみに一緒にフェリーに乗り込んだ協会の職員は、来栖家と同じ位しか新造ダンジョンについて知らなかった。それでも同伴して、情報を持ち帰る使命を帯びているとの事。


 まぁ、フェリー船の手配やら何やらを迅速に手配してくれて、彼の手腕に関しては疑う所は無さそうだ。宇品港から出発まで、わずか10分掛からなかったのは何気に凄い。

 いつかの三原で同行した協会職員とは大違い、そんな事を小声で話し合う子供達である。怜央奈も一緒になって、その時の海でのお仕事振りを語り合う一行だったり。


 何と言うか、怜央奈が入って女子連中の騒がしさも2倍になっている気も。そんな子供達だけど、船旅よりもお喋りに夢中でキャンピングカーから出る気配は無し。

 護人はせめて頑張ってくれた協会職員をいたわろうと、フェリー船のデッキへと向かう。それを見たレイジーが、お供にとキャンピングカーを出る仕草。

 それに釣られてか、ペット達もわらわらと車を降りて来た。


 やはりずっと狭いキャンピングカー内は、ストレスも溜まるのだろう。この船は来栖家チームの貸し切りなので、まぁペット達の好きにしても大丈夫な筈。

 それよりフェリー内の駐車場は、思ったより広くて独占状態はやや気が引けてしまう感じ。そして例の協会職員は、思ったよりずっと近くにいたようだ。


「あっ、来栖さん……今回は、急な依頼を受けて貰って本当に感謝しています。何しろ今は、市内の探索者が相当に手薄なモノでして。

 江田島は近いので、恐らくもうすぐ到着すると思われます」

「ダンジョンの生えた場所は、もう特定されたんですか? 江田島と言っても、走って回るには相当に広いでしょう。一応車は持参してますが、情報があれば手っ取り早いですし」

「ええ、恐らく西能美島の沖美町辺りじゃないかとの話です。このフェリー船も、現在そこに一番近い船着き場に向かっています。

 あっ、あの……ペット達が、あちこち動き回ってますけど?」

「ああ、悪さはしないので大丈夫ですよ」


 などと言いつつ、護人は茶々丸を呼び戻して悪さをしないよう事前確保。萌とムームーちゃんは、仲良く階段を上って海を眺めているようだ。

 ミケまで車から出ているのには驚いたけど、単純に小娘たちのお喋りがうるさかっただけかも知れない。彼女も優雅に周囲を歩き回って、騒がしいフェリー船のエンジン音に顔をしかめている。


 それから海の匂いは、やっぱり好きにはなれないみたいで。結局は、キャンピングカーの扉の前に移動して、『透過』で勝手に車内に避難してしまった。

 以前は誰か開けろと騒がしく鳴いていたのだが、勝手に入れるフリーパスを手に入れてしまったミケである。お陰で2階で就寝する子供達も、ミケが訪れる用に扉を半開きせずに済むように。


 田舎では部屋に虫が侵入はよくある事なので、この変化は実はとっても有り難いと子供達は大歓迎。冬はやっぱり寒いので、扉の開けっ放しはミケの為とは言え辛いのだ。

 ネコは気儘で、手間がかかるのが良いって家庭も当然あるだろうけれど。来栖家に限っては、ペットの方が勤勉で頑張り屋さんって風潮もある。

 特にハスキー達やルルンバちゃんは、とっても働き者って印象だ。


 声を掛けられた茶々丸は、構って貰えると思ったのか護人にすり寄ってご機嫌である。それよりもオーバーフロー騒動で後手を引いた護人は、場所の特定だけでもしておきたい。

 そんなふうに悩んでいると、おもむろにレイジーが『蝸牛のペンダント』から炎のランプを取り出した。どうやら悩めるご主人の為に、例の炎の鳥で偵察をしてくれるらしい。


 本当に働き者の代表みたいな相棒に、護人も頭の下がる思い。或いは、近付いて来た新造ダンジョンの魔素に反応して、場所をある程度先読みしているのかも。

 そんな能力がレイジーにあるのかは不明だが、火の鳥を操り始めたリーダー犬に茶々丸もお手伝いの《マナプール》を発動する。さすがレイジー、群れの上下関係はバッチリ新入りに教え込んでいるようだ。


 そしてフェリー船が最寄りの港につく頃には、レイジーの放った炎の召喚獣も全て戻って来ていた。どうやら偵察は完了したようで、頼もしい相棒に護人も思わず笑い出しそうに。

 丁度そのタイミングで車内から出て来た子供達に、何かあったのと心配されてしまったけど。港についたフェリー船から下車する作業に、護人は子供達を再び車内へと追いやる。


 そして協会職員からの説明を受け、キャンピングカーを発車させる。ここがフェリー船が船着け出来る、最寄りの港には間違いはないとの事だけど。

 目的の場所は、島の外周をぐるっと半周した場所かもとの事。


「住民の避難の進捗状況も全く不明で、ダンジョンの生えた場所も分かっていません。こんな報告しか出来ずに申し訳ない、もう1時間もすれば応援チームも来ると思うんですが。

 ただ、チームのランクは恐らくC級以下かと……」

「問題無いです、一応この『巻貝の通信機』を渡しておきますね。ウチのリーダー犬が、既に新造ダンジョンの場所も特定しているようです。

 攻略時間も、広域ダンジョンで無い限り短くて済むかと」


 そんな頼もしいA級ランクのチームリーダーの言葉に、同伴した協会職員も安堵の表情。まぁ、実はまだ島に到着しただけで、何も解決はしていないのだけれど。

 ハスキー達は車から全員が降りて、自分の足で目的地に向かうみたいだ。恐らくはレイジーの指示で、オーバーフロー騒動で溢れ出たモンスターの処理も念頭に入れているのだろう。


 茶々丸と萌も、セットでハスキー軍団に従うようだ。彼女達先発隊は、動き出したキャンピングカーをチラッと見遣ると一足先に出発してしまった。

 護人も遅れじとそれに追随、そんなに大きな島ではないので目的地にはそんな時間を掛けずに到着する筈だ。問題は、住民の避難状況やらダンジョンの位置が分からない事だけど。


 位置については、レイジーの先導に従っていれば間違いはないだろう。ハスキー達もこの夏日の炎天下の中、体力が持ってくれれば良いけどと心配しつつ。

 港から移動する事20分余り、最初の敵との遭遇に短い戦闘があった模様。末妹が、ルルンバちゃんも出て貰おうかと騒いでいて、それは良い案かも知れない。


 姫香が後ろに接続したカーゴ台車からルルンバちゃんの本体を取り出して、これで戦力は大いに増えてくれた。彼も張り切って、ハスキー軍団に合流して敵の姿を捜している。

 ハスキー達が遭遇したのは、どうやらビート版サイズのフナ虫だった模様。恐らくは、新造ダンジョンのオーバーフロー騒動で出て来た奴だろう。


 と言う事は、目的地は意外と近いのかも……現にレイジーは、舗装された道路から海岸の方に一行を導く素振り。そろそろ下車かなと、子供達もそれぞれ準備を始めている。

 時刻はもうすぐ11時半で、お昼の時間も迫っている。子供を抱える護人としては、仕事にかまけて食事を抜くなんて考えられない。

 つまりは、どこかで昼食の時間を設ける事になりそう。


 それがダンジョンに入る前か、1層でもクリアしてからかは子供達のお腹の具合次第だろうか。そんな事を考えていると、敵の群れを求めてハスキー達は海岸へと下って行って見えなくなってしまった。

 他の面々も、車を停めて大急ぎで探索の準備を始めている。ハスキー達の撃ち洩らした敵がいるかもと、注意しながら海の方面へと進む一行だけど。


 結局は何にも遭遇せずに、綺麗で波の静かな海岸へと辿り着く事に。そこでは戦闘を終えた先発チームが、本隊を待ちながら休憩中だった。

 いや、茶々丸は海が珍しいのか波とたわむれて、萌を背に乗せたまま夢中になって遊んでいるけど。他の面々は、日陰を求めてダンジョンの入り口に身を寄せ合っている始末。


 そこには、砂浜の砂が盛り上がった形で見事なまでに新品のダンジョン入り口が出来上がっていた。下り階段状のそれはスタンダードタイプで、今はハスキー達の犬小屋みたいになっている。

 それを面白がる怜央奈は、既に動画を回してはしゃいだ声をあげている。他の面々に関しては、既に探索着に着替えて突入準備はバッチリだ。


 残念ながら、ハスキー達はいつもの探索着を着てくれていないけど。紗良がいくら頑張っても、暑いのは嫌だと拒否られた結果である。

 とは言え相手は新造ダンジョン、恐らく階層は少なくて済む筈である。そんな目論見で挑む、旅行日程を見事に邪魔してくれたダンジョン探索である。

 さて、今回のダンジョンはどんな仕掛けを含んでいるのやら――。




 取り敢えず入る前に、巻貝の通信機で協会職員にダンジョン発見の報告を入れておいて。姫香がツグミに訊ねた所、彼女達が砂浜で倒した敵の数は全部で6匹だったらしい。

 魔石(微小)の数で分かったのだが、どうやら残りは海の中へと逃れたみたい。これ以上はこっちも追う手段がないので、後詰めは他のチームに任せてこちらは探索に専念する事に。


 そう告げると、向こうもお願いしますと勢い込んで頼み込まれる始末。かくして、来栖家チームは任務遂行のために新造ダンジョン内へ。

 もっとも、一部は涼を求めてだったりするのは内緒である。本人たちの名誉にかけて、断じて探索では手抜きなどしないだろうし。まぁ、本音と建前があるのは人間も一緒だ。


 そんな生き返ったぜぇみたいな表情のハスキー達の先導で、いざ来栖家チームの探索はスタート。ゲストに怜央奈を迎えて、今回は後衛陣がやや騒がしいとは言え。

 オーバーフロー騒動で溢れていたのは、フナ虫程度だったのでランクは案外低いかも。そう予想する姫香は、入った先の景色をチェックして少々眉をひそめる素振り。


 そこはさっきと似たような島で、つまりはフィールド型ダンジョンのようである。島の広さによっては、探索するのに骨が折れるかも知れない。

 それにしても長閑な風景で、ここがダンジョン内だとはちょっと信じられない。隣の末妹も同じ思いらしく、ウチよりも田舎かもと失礼な呟きを漏らしている。

 つまりは、この島には建物も少々存在しており。


 まるでどこぞの寂れた村みたいだが、果たして確たるコピー元があるのかどうか。ダンジョンには版権など関係なく、歴史上の事象や建物や風景をデザイン元に使用するのは良く知られている事実ではあるけど。

 それを前もって知る事で、敵の出現パターンを知る事も可能かも知れないので。情報はなるべく早めに回収したいと、一行はあちこちに視線を送っての確認作業を行う。


 そして少し離れた場所に、案内板があるのを発見。何故か洋風の小洒落た造りで、この道を進めばどこに出られるか書いてある奴だ。

 そこにはハッキリと、“ペンギン村”と明るい書体で書かれていた。





 ――と言う事は、どうやらここは『ゲンゴロウ島』らしい。






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