第626話 山の上の結婚式が恙無く終了する件



 中庭の騒ぎのせいで締め出された来栖家のペット達は、何事かとこのイベントをそれぞれの場所から眺めていた。ハスキー達は庭先で、仕事の合間に子供達からおかずを貰って上機嫌だったのだが。

 自分達の縄張りの敷地で、騒がしく酒盛りする連中には軽蔑した態度を崩さない構え。それが一気に盛り上がっているのだから、何だろうと思うのも当然だ。


 一方、家の中のミケや萌たちは、出たり入ったりする子供達に踏み潰されないよう高い位置をキープしている。やっぱり騒がしい連中を見下しながら、嵐が去るのを待っている感じ。

 それにしても、子供達の忙しない様子はただ事ではない。萌やルルンバちゃんなどは、手伝った方が良いのかなと思わず考える程。


 台所に関してはまさに戦場で、ミケでさえ近付くのを躊躇われるレベル。ところが今回は、リビングを行き来していた子供達がお洒落に着替えて奥から出て来て。

 周囲に小さく切った色紙を振り撒きながら、今日の主役を先導して行く。その後ろからは、白いドレスに着替えてヴェールを被った柊木の姿が。


 オマケに出来合いの白いスーツ姿の三杉が、緊張した顔で従っている。集まった観客からの温かい拍手も、届いているのか不明な有り様。

 逆に柊木は幸せそう、皆が頑張って仕上げてくれた純白のドレスを着ての、晴れ舞台を噛みしめている様子である。そして子供達が作った紙の花びらの通路を歩いて、即席の舞台の方向へ。


 そこには半分酔っぱらった、神父役の小島博士が満面の笑みで待っていた。重要な役どころを貰えて、余程嬉しかったのかちゃんと誓いの言葉を述べるのには成功する教授である。

 そして指輪の交換からの誓いのキスの流れは、姫香が横からサポートして何とか乗り越える事が出来た。ちなみに指輪は、前回の探索で入手した海賊船の宝箱に入っていた良品である。


 柊木の被っているティアラも同様で、これらは来栖家の持ち出しでプレゼントされた品々である。他にも色々、とにかく今は皆からの祝福の声で騒がしい。

 大事なイベントを乗り越えたお披露目会&昼食会は、その後も異様な盛り上がりを見せ。もっと盛り上げようと、芸を披露する者が出始める始末。ギターをかき鳴らして、長渕剛の『乾杯』を歌うのはまだ良い方で。


 シュガーの『ウエディングベル』を歌い始める、困った酔っ払いも出始めて場は大変な事に。柊木は大笑いしていたけど、紗良や土屋女史は演奏者を見つめる目が零度以下である。

 挙句の果てに、柊木が紗良や姫香に耳直しにと木村カエラの『Butterfly』をリクエストする流れに。この姉妹のユニットは、しかしお客達にはバズッた模様で大好評。

 気を良くした姫香は、紗良と共にアンコールに応える流れに。


「何か良く分かんない盛り上がり方してるね、お姉ちゃん達ってば。まぁいいや、今のうちに私たちもご馳走食べようっ。

 掃除と撮影は、ルルンバちゃんに任せておけばいいし」

「おおっ、やっとご飯が食べられるよ……嬉しいなっ、だってテーブルの上のご馳走がどれも凄く美味しそうだったから」

「リンカちゃんなんか、途中で何度かつまみ食いしてたよっ。ハスキー達ですら、テーブルの上の食べ物は我慢するのに酷いよねっ!」

「あっ、バラすなよキヨちゃんっ……だって、腹減ってるのに食べ物の運び役なんて酷過ぎるじゃんかっ!」


 その気持ちは良く分かると、同情する面々はその罪を綺麗に洗い流す事に。そして庭で進行中のイベントをリビングから見ながら、皆で仲良くご馳走をついばむ事に。

 その頃には、やっと安全になったかなと萌やムームーちゃんが近くに寄って来た。彼らにもお裾分けをしながら、良い式だねと分かったようなコメントを発する子供達である。


 酔っ払いとは一線を画すこの空間は、ペット達にとっても快適な空間の模様。植松のお婆とそのお弟子の美登利や小鳩たちも、ようやく料理の手を止めて食事を始めている。

 その合間に、ウチの護人も早く結婚してくれればねぇと、そんな愚痴を聞くのもすっかり慣れた面々である。美登利など、お相手にと何度ロックオンされた事か。


 ただまぁ、それを抜きにしてもこの山の上の居住区は過ごしやすい場所には違いない。食糧確保が困難なこの時代に、畜産と田畑を所有する心強さと言ったら。

 幸い、子供が近所に多くいてくれたお陰で、塾の開校で食い扶持には困らないよう手配して貰って本当に助かった。ボスの小島博士も、大いにダンジョン研究がはかどると毎日ご機嫌だし。


 そんな事を考えていると、中庭の騒ぎはようやくひと段落着いた模様。それから再び護人が壇上に招かれて、2人の門出に贈る品目を紹介し始めた。

 おおっとどよめく一同が見たのは、庭の向こうの農道を走る立派なキャンピングカー。運転しているのは隼人で、これは新居代わりにと護人が購入したプレゼントである。


 こちらは地元の『眞知田オート広島』の最新モデルで、装甲も頑丈で探索者にも人気なのだとか。こちらがA級ランクと知って、随分勉強して貰ったけど実費で600万以上掛かってしまった。

 それでも若い2人の新婚生活に、狭いとは言え住居は必要だろうと。無理を言って今日の挙式に間に合うよう、納車して貰った次第である。


 これには柊木と三杉の両者も驚いているよう、酔っ払いの観衆からは口笛など飛び交ってるけど。リビングで食事中のキッズ達も、新婚さんはイチャつく場所が必要なんだよねとしたり顔でささやき合っている。

 さすがにこの金額の贈り物には、護人も一応家族に相談はしたのだけれど。探索業で潤っている来栖家からすれば、探索2~3回分の値段でしか無い訳で。


 実際は、魔石(大)は強化素材に使うので滅多に売らないし、スキル書やオーブ珠も同様に家族でキープしてある。それを全て売ったら、実際は探索2回分でおつりが来るかも?

 完全に金銭感覚の麻痺した来栖家は、そんな訳で新婚さんに破格のプレゼントを敢行したのだった。ついでに、魔法アイテムで使っていないのも一緒にと大盤振る舞いする事に。


 例えば『魔導の発電機』とか『安寧のトロフィー』とか、後は『馬蹄のお守り』とか完全に死蔵している品々である。効果がダブっていたりとか、そう言う理由が主なのだけど。

 つまりは性能に関しては言う事無しで、特に『魔導の発電機』があれば電柱いらずである。魔石さえあれば、冬でも電化製品使い放題の性能は嬉し過ぎ。


 『安寧のトロフィー』は安寧&休息効果がえられるアイテムで、露天風呂に敷かれてある『雪幻獣の毛皮の敷物』と効果が同じなので死蔵していた品である。

 『馬蹄のお守り』も幸運付与の効果が光り輝く魔法アイテムだけど、同じ効用のアイテムが存在する。ついでに来栖家には幸運の守り猫のミケがいるので、必要が無いって話である。


「うわぁ、結婚しただけであんなにいっぱい品物が貰えるんだ……そう言えば神崎のお姉ちゃんも、赤ん坊産んでくれたって町が大盛り上がりしたよね。

 田舎町って、娯楽が無いのかもねぇ?」

「娯楽って言うか、結婚も出産も人の増えるイベントだからね。“大変動”があった上に少子高齢化の現代じゃ、人が増えないと小さな町は廃れて行くばっかりだもんね。

 だから自治会の会長とか、凄く盛り上がってたんじゃないかな?」


 そんな事を口にする太一は、何とも小難しい話を平然としてくれる。それについて行けてるのはキヨちゃん位のモノで、他の面々はチンプンカンプンな表情。

 それにしても新車のプレゼントはビックリだねと、探索者が儲かるってのを目の当たりにしたキッズ達は。お転婆リンカを筆頭に、将来は探索者チーム組もうぜと盛り上がっている。


 実績のある双子は、みんなと組めるならチームに入るよと何とも嬉しい発言をしてくれる。和香と穂積も同じく、仲良しチームの発足は大歓迎の様子で。

 柊木と三杉の結婚式とは別に、秘かに悪巧み(?)を進めるキッズ達であった――。




 お披露目会は夕方まで続き、酔っ払いを麓の家まで送るのに来栖家も往生する事に。何しろ峠道はただでさえ危険な道なのだ、当然ながら酔っ払いたちに運転などさせられない。

 そんな訳で護人や姫香、隼人や凛香が代行運転を買って出て。皆を麓まで送り届けて、迎えに来てくれたルルンバちゃんとズブガジに乗って敷地まで戻る事に。


 そんな作業を何度かこなして、ようやく出席者全員の送迎が完了した。来栖邸では台所の片付けを紗良が、中庭の掃除と片付けをキッズ達が担ってくれており。

 主役の2人も、新しい新居を運転してしっぽりとどこかへしけ込んで行った模様で何より。それを勘繰かんぐるのは下衆げすの極みなので、この場の誰も口にせず。


 戻った姫香も片付けに参加して、ルルンバちゃんも張り切ってリビングの掃除に奔走し始める。あれだけ人が詰め寄った中庭も、今はがらんとして寂しい限りだ。

 それでもダンジョンが塞がってくれなかったら、さすがに中庭で式など挙げようとは思わなかっただろう。幾ら活動を停止したからと言って、ダンジョンは異界との通路でもあるのだ。


 それを思うと、やっちゃった妖精ちゃんの功績は意外と大きいのかも。そんな彼女は、喧騒を嫌って半日ずっとはりの上の住居に籠っていた。

 お嫁さんのブーケのティアラには、ちょっと興味を示していたようだけど。彼女の王冠収集癖は、今ではちょっとしたモノで梁の上の住居は物凄い事に。


 その喧騒が過ぎて、ようやく住居から降りて来た小さな淑女は、今は紗良に甘味を強請ねだっている所。抜かりのない長女は、しっかり妖精ちゃんの好物のおはぎをお皿に取り分けてあげている。

 それから家族にも、夕ご飯は宴会の残り物でいいかなとの提案が。残り物を腐らせちゃ勿体無いからねと、子供達も簡単にそれに同意する。

 かくして来栖家の夕食は、豪勢な慎ましやかさで進行する流れに。


 夕ご飯の席では、寄って来たムームーちゃんが異界の儀式に興奮が冷めやらぬよう。茶々丸も意外に、人の多さにビビッて今まで避難していたのが縁側まで戻って来て騒いでいる。

 仔ヤギも今日は構って貰えなかったと、あれで人恋しかったのだろう。敷地内でイベントをするのも、こんな感じで色々と不都合が出て大変ではある。


 それでもこの田舎町で、新婚さんが出たのは喜ばしい事だ。自治会長の峰岸も、最後は泣きながら2人の新郎新婦に感謝を述べていたし。

 ただまぁ、護人への次はお前だ的な風当たりが強くなったのは、恐らく気のせいではないだろう。特に植松のお婆は、何か言っていた筈だが今更確認するのも億劫ではある。


「それにしても散財しちゃったねぇ、叔父さん……ご馳走を用意した代金は、まぁそれほどでも無かったけど。さすがに新車の代金は、今後探索活動を頑張らないと。

 尾道旅行の探索で、幾らか取り返せればいいんだけどね」

「お金の心配は、子供のアンタがしなくても平気だよっ、香多奈。でもまぁ、今回の尾道旅行はギルド会合の色の方が強いかもね。

 陽菜とみっちゃんが、色々とダンジョン案内するって張り切ってたし」

「まぁ、その辺は姫香の言う通りに、ギルド運営費って事で申請するから問題はないよ。ぶっちゃけ、仕舞い込んであるスキル書やオーブ珠を売り払っても、ある程度の補填は出来るしね。

 前回の企業売りでもかなり儲かったんだけど、換金に至らなかった宝石類もまだ倉庫に残っているからね。最悪、お金が無くても食糧には困らないのが農家の強みではあるよな。

 まぁ、香多奈が大学に進学するってのなら、お金の心配はいらないからね」


 そんな未来はないよと、午後にキッズ達での密会を毛ほども表に出さない末妹の返答。もちろん少女の頭の中では、彼女の将来はキッズ達での探索チーム結成が占められている。

 そして大儲けして、お世話になった叔父さんやみんなに恩を返してあげるのだ。その頃には萌は立派な成竜になっていて、香多奈はその背に乗って大活躍をするのだ。


 ルルンバちゃんは、恐らく戦艦くらいのサイズになって無双してくれるだろう。茶々丸やムームーちゃんはアレだけど、コロ助の子供達が同じようにハスキー軍団を結成してくれる筈。

 つまりは、来栖家の将来は安泰で何の心配も無し。





 ――その頃には、山の上の敷地は今以上に人で溢れ返ってるかも?






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