第625話 お盆と結婚式が一緒に来ちゃった件



 暦はもうすぐお盆となって、来栖家もお墓の掃除とか盆灯篭とうろうの用意とか忙しい。今年は何故かどの店にも盆灯篭が売ってなくて、苦肉の策で来栖家では子供達が自作する流れに。

 塔婆とうばでも良いのだが、香多奈はあのカラフルな灯篭の方が好みな模様で。竹ひごと色紙で凄いのを作るよと、夏休みの工作のノリで和香と穂積を交えて朝から元気。


 一方の紗良と姫香は、植松のお婆を交えて押し寿司やおはぎ、その他のお盆のご馳走を作る作業に忙しい。今回は、山の上の住人を全員招いてお祝いしようと言うのだから、その前準備も大変だ。

 そもそもお盆のご馳走は、墓参りで遠方から本家に集う親戚を持て成すためである。来栖家のように、親戚もほぼ死滅していない場合は無意味な作業ではある。


 それでも何と言うか、習慣と言うのは恐ろしい。お盆はご先祖さまもあの世から戻って来るので、ご馳走でお持て成しって考えもあるのかも。

 とにかく今年も、盛大にお祝い予定の来栖家とその周辺である。


 そのテンションは、先日の全員参加のキャンプを経て総じて高いと言う。お馴染みの美登利や小鳩も、進んでご馳走作りに参加してこちらも賑やかである。

 それからもう1つ、紗良や女性陣が大急ぎで制作に当たっている品があるのだが。どうせご近所が集まってご馳走を食べるなら、いっその事例のお祝いをしてはどうかとの女性陣の提案である。


 つまりは、柊木とゼミ生三杉の結婚式的な催しをしてあげたいと。紗良や美登利を筆頭の女性陣の熱心な陳情に、断る理由も無い護人である。

 そんな訳で、お盆に向けての支度は一層熱のこもる面々だったり。ある意味主役の筈の柊木と三杉は、置いてけ堀のこの企画ではあったのだけど。


 1泊2日のキャンプに関しては、皆に満足して貰った経緯も大いにあったので。今度の企画も盛りあげるぞと、勢いだけは素晴らしい山の上の住人ズである。

 そんな訳で、キッズ達も灯篭造りのついでに折り紙での飾り作りを励んでくれるとの事。夏休みの有効な時間の使い方として正しいかはともかくとして、イベントは大歓迎なキッズ達であった。


 この企画の指揮を執る紗良と姫香は、お盆までに段取りを完璧にしようと大張り切り。護人にしても、新居問題を何とかしてあげようと伝手を当たってみる事に。

 他の面々も、招待状は無理にしても親しい人に声を掛けたり式場の準備をしたりと仕事は山ほどある。式場はもちろん名ばかりで、いつもの来栖家の中庭なのだけど。

 こうして山の上の面々は、超忙しいお盆までの数日間を過ごす事に――。




 そう言えば、一夜にして成長した例の精霊樹の苗問題なのだけど。“駅前ダンジョン”の苗も同様に、伸びた樹の根っこ部分が入り口を塞いでいるそうな。

 枝葉も当然伸び放題で、とても一夜で成長したとは思えない大きさになっていた。来栖家の裏庭に植えた苗も同様で、一応見た目は庭にフィットしていると言えなくもない。


 この精霊樹だが、根の張り具合とかガジュマルの樹に似ていなくもない。幹や枝の伸び方も似ていて、元気な緑の葉をこれでもかって程に茂らせている。

 妖精ちゃん的に言えば、この2本の苗の実験は大成功らしい。このまま放っておけば、少なくともダンジョン通路のこちら側の入り口は根っこに塞がれたままでオッケーらしく。


 コアから排出される魔素に関しても、精霊樹が吸って霊素に変換してくれるそうだ。そうしていずれは、伸びた根っこがコアを呑み込んでくれるのだそう。

 “駅前ダンジョン”の方は、深いので年月は相当掛かるかもとの事だけど。こちらの“裏庭ダンジョン”に関しては、1年もあれば成長も再稼働もしなくなるだろうとの嬉しい話。

 その結果は、こちらが期待した以上で文句のつけようもない。


 ただまぁ、その結果裏庭に巨大な樹木を抱える事になってしまったけれど。幸いにも、駅前の精霊樹の方も景観に合っていてそれほど不自然では無いみたい。

 後はそれを見た皆に騒がれる問題だけど、こればかりは人の口に蓋をして回る訳にも行かず。やっちゃった妖精ちゃんを叱る訳にも行かずで、ただ為すがままに任せるしか。



 ちなみに中庭まで伸びた枝葉は、あっという間に子供達の格好の餌食となってしまった。ブランコが取り付けられたり、クリスマスツリーの飾りつけをされたり。

 それもこれも、縁側から中庭の式場を盛りつけるためなので仕方が無い。まぁ、来栖邸の新入り(樹)に対する、先人からの手荒い歓迎とでも言おうか。


 他にも前準備は色々となされていて、そんなハードスケジュールの中で迎えたお盆当日。午前中に墓参りを済ませた来栖家一行だが、子供達は総じて寝不足の表情でお疲れな様子。

 お針子仕事で、夜遅くまで作業していた結果なのだが、結果は上々で満足そうな紗良である。そんな状態も早起きして、家畜の世話はサボらない精神はとっても立派。


 午後からはいよいよ、招いた人たちが来栖邸を訪れての大宴会となる予定。名目はお盆に集まっての食事会なのだが、実際は柊木と三杉の結婚お披露目会である。

 紗良や子供達にとっては、頑張った数日の集大成を発揮する日でもある。


「何とか間に合って良かったね、紗良姉さん……ウェディングドレスをたった3日で仕上げるって、鬼みたいなスケジュールだったよ。

 本当に、間に合って良かったねぇ」

「うん、ちょっと寝不足だけど間に合って良かった……ダンジョン探索よりハードだったかも、でもまぁあとはこの日を乗り切るだけだよっ!

 柊木さんに、最高の晴れ舞台を用意してあげなきゃねっ!」

「キッズチームも頑張るよっ、結婚式を盛り上げて来てくれた人の接客をすればいいんだね? 今日は凄いご馳走も並んでるし、楽しみだなぁ!」


 そんな感じで興奮している子供たち、お昼からの招待客は続々と来栖邸の庭先へと集合を果たしている。それを案内したり、持て成したりと早速忙しいキッズ達である。

 用意されたテーブルには、既に植松のお婆を筆頭に頑張って作ったお料理がズラリと並んでいる。良い感じに精霊樹の樹が木陰を作ってくれて、来栖家の中庭は過ごしやすい感じに。


 既に集まっているお客さん達だけど、結構多くて子供達も忙しなく動き回っている。『シャドウ』の連中などは、早めに来て貰って前回のお留守番のお礼にとお持て成しに余念がない。

 逆に小島博士やゼミ生達は、勝手にやっていてと放置状態である。ムッターシャや異世界組も、既に山の上のメンバーなので割と放ったらかしにされていたり。


 植松の爺や辻堂夫婦は、上座の席で子供達にビールとか運ばれてのお持て成し振り。お婆の方は、今も台所で追加の料理作りに忙しく働いてくれている。

 それからしばらくして、熊爺家の面々が車に乗ってやって来た。親戚のお手伝いさんやらも一緒で、手土産を渡したり挨拶を交わしたりと場は一気に騒がしくなる。


 着替え前の柊木と三杉も、そんな挨拶の渦中にあったりして。何しろ今日の主役なのだし、これからの門出を祝って貰う立場なのだ。

 実際、今までの人生の中でこんなスポットライトが当たった事の無かった両者は割とテンっている模様。それでもお祝いの言葉を掛けられるたび、喜びを噛みしめている表情だ。


「みんな、今のうちにテーブルに並んでるお料理食べちゃってね! 夏のお昼なんだし、放置しておいたらせっかくの料理が痛んじゃう。

 今日は新婚の2人のお披露目会だけど、堅苦しい感じの式は全然ないから安心して楽しんで行ってね。このあとお嫁さんが着飾るから、その時だけは盛大な盛り上がりをよろしくっ!」

「何じゃ、結婚式とは違うんかの……ワシに神父の役目を振られたからには、誓いのキスの下りはやるんじゃろ?

 美登利も三杉君に先を越されるとはなぁ、頑張って相方をゲットせんと……」


 一言余計な小島博士は、美登利に睨まれて言葉を飲み込む事に。そうこうしている内に、熊爺家の面々は着席して食事を楽しみ始める。

 もっとも双子は、キッズチームに合流して裏方仕事を楽しみ始めていたけど。この辺の結束力は、子供と言えど素晴らしいモノが。


 姫香の食事を楽しんでの言葉に、既に盛り上がっている山の上の住人たちは揃って乾杯の合図。主役の2人を巻き込んで、宴会騒ぎ一歩手前の惨状である。

 姫香は必死に、お嫁さんはこの後お披露目があるんだから飲ませ過ぎないでと場を仕切っている。その間にもお客は引っ切り無しに訪れ、今度は麓の面々が車で上がって来た模様。


 自治会長の峰岸や自治会役員の面々から始まって、若い連中では林田兄弟や神崎夫婦なども一緒に来ている。赤ん坊も一緒で、それを見に一気にたかり始めるキッズ達。

 協会の仁志支部長や能見さんも、すぐ後ろの車で到着していた。こちらは律儀にスーツ姿で、カジュアルなこの場ではちょっと浮いている感じ。


 手土産の品もどんどん溜まって、対応役の護人や姫香も大忙しである。大抵はお酒や日持ちのする食料品関係だったりするけど、中には赤ん坊の玩具なども混じっていて。

 こんな冗談をするのは、ちょっと前に集団で訪れた自警団『白桜』の連中だろう。この頃には、既に訪れた人の数は軽く50名を超えて凄い人の数。


 細見団長も、車の駐車位置など仕切りを手伝ってくれているが、ここまで騒がしい敷地内は恐らく初だろう。仕舞いには香多奈の友達のリンカやキヨちゃん、太一もいつの間にか合流を果たしており。

 自警団の団員の車に便乗して来たそうで、キッズ達は早速燃料にとおはぎを口いっぱい頬張っている始末。それから頑張って働くよと、何とも友達思いの面々である。


 そして公言した通り、出来上がった押し寿司や稲荷ずしをテーブルに運んで行ってくれるリンカやキヨちゃん。それからお酒を運んだり、空いたお皿を片付けたり。

 人数の多さに比例して、会場も厩舎裏の方まで利用してかなり広大になってしまっている。そのためにサービスが行き届かなかったとなっては、主催側の恥だと頑張るキッズ達。


 いや、本人たちにはそんな自覚は無いだろうけど。その内に、今日が主役の2人はお披露目の為に着替える時間だと引っ込んで行った。ここからが本番だと、香多奈や子供達も準備に引っ込んで行く。

 同時に中庭では、一段高いお披露目台を作るために姫香と土屋女史が奮闘中。星羅や女性陣も手伝って、酔っ払い共の声掛けを黙らせての大真面目な作業振り。


 それから同じく酔っ払い掛けている小島博士を招き寄せて、神父役を頑張ってねと一言。お立ち台は簡素ながら、しっかり作られていて教授の体重にビクともしない。

 それから来栖邸の中のドタバタのさなか、敷地の主が呼び出される。つまりは護人で、簡単な挨拶をとの姫香の無茶振りに、集まる招かれ客からの視線が多数。

 いよいよ式が始まるのかと、酔っ払いたちも静かになって進行を待つ素振り。


「ええっ、今日はこんな山の上の辺鄙な場所に、お集まりくださってありがとうございます。これから三杉君と柊木さん両名のお披露目と、簡単な式をこの場で行う予定でいますが。

 これはウチの子供達のお節介から始まった事ですが、今日お集まりいただいた方々の祝福で、立派な催しに変わると私は信じております。

 それが若い両人の、門出の祝いとなるよう皆さんご協力お願いします」

「はいっ、護人さんありがとうございました……それじゃあ両名の着替えが終わったようなので、あちらの縁側を皆さんご注視ください。

 そして盛大な拍手で、お祝いの気持ちを届けてあげてくださいっ!」





 ――こうして本日主役の両名は、温かな祝福の拍手に包まれるのだった。







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