第621話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その23



 新しく広島市内の協会本部に発足した隠密部隊だが、宮藤くどうは特にその部署の就任に喜びも無かった。ただまぁ、その職に抵抗がある訳でもなく、しばらくは食い繋げそうかなって感覚だろうか。

 その切っ掛けは割と単純で、チームがダンジョン探索の失敗で大打撃を喰らったのだ。それで解散騒ぎとなった所を、スカウトされて今に至るって流れである。


 相方の荒里に訊いた所、彼女もそんな感じだったらしい。この相方だが、のっぽで長髪の宮藤とは正反対で、小柄で黒髪ショートの陰のある女性である。

 性格の合う合わないは別として、あらゆる面でとっつきにくそうな女性である。武道の心得と言うか、強者のオーラは感じるので足手纏いにはならないだろうけど。


 宮藤にしても、スキル8個所有のB級ランクのエリートとの自覚はあった。もうひと頑張りすれば、チームは晴れてA級に上がれそうな感触もあった程で。

 それが1度の探索失敗で呆気なく崩れた時には、さすがに落ち込みもした。とは言え、チームの探索熱もリーダーのカリスマも、尽きかけていたのも本当で。


 そんな感じで、協会に雇われての新しい人生も悪くないかもとの思いの宮藤である。対人戦も予想される部署だが、治安維持とはそう言うモノである。

 悪さをする探索者崩れを排除して、新人たちの生存率を伸ばす手助けをする。それ自体は立派な行為だけど、それを実行するのはいかにも汚れ仕事である。

 世間的な建前と実行者の本音、このバランスが崩れると危険な仕事かも。


 元々、宮藤は前の職業が自衛隊員だったので、その辺の切り替えも割と早かった。相方の荒里も元警察官だったらしく、対人の心得はその辺は心配無さそう。

 そんな感じで組んでみて1か月、いきなり振られた仕事がやたら大ゴトだったと言う。とんでもない無茶振りな上、顔合わせをしたA級探索者のオーラと来たら!


 B級探索者としての自覚など、吹き飛んでしまう程の畏怖を感じて冷や汗が止まらなかった。しかも護衛犬で席を1つ取っていた、そのハスキー犬からも同様の強者のオーラが。

 そんな相手に、自分達が秘かに追っている闇企業の情報を伝えるのはかなりリスキーではあった。何しろ、勝手に暴走されて全面戦争になったら目も当てられない。


 本当に、最初の仕事としてはかなり難易度の高い案件である。今更泣き言を言っても始まらないけど、出来れば“悪・即・斬”みたいな単純なお仕事が良かった。

 ちなみに、同時に動向を調査していた市内の悪漢たちは、例の日馬桜町の案件で綺麗に掃討されてしまった。探索者崩れの吾妻あづまなどは、同族者殺しで裏ではかなり有名だったと言うのに、何と言う最期と同情する程の呆気無さ。


 やはり、悪人の最後はそんなモノなのだろう……ヤクザ上がりの東野や、ストリートチルドレンの荒川には、多少同情はするけれど。懸賞金目当てに少女やペットの誘拐を企てていたと聞いて、そんな感情も吹き飛んでしまった宮藤である。

 悪い事をすれば、罰は必ずその身に降りかかるのだ。


 とは言え、日馬桜町の自警団が捕まえた10人余りの悪漢共の処遇は、彼に任される事に。レベル無しの連中は独房行きで済まされるけど、スキル持ちとなると受け入れ先もグッと少なくなってしまう。

 そいつ等の未来は、決して明るくないのは確かである。そしてそれは、A級探索者にちょっかいを掛けた闇企業も同じと言えるだろう。それは宮藤も、あの喫茶店での情報交換の際に思い切り思い知る事となった。


 噂では、闇企業の連中は異界の勢力と独自に結びついているらしい。更には『哭翼』と言う独自のスキル持ちチームを所持しており、その強さはA級ランクに引けを取らないとか。

 飽くまで噂でしか無いけれど、自社の兵器を自在に操る探索者も顔負けのチームだと聞き及んでいる。その辺は宮藤も、指令対象として情報の収集はバッチリである。


 或いはその強力な部隊のせいで、あんな強引な手段に出たのかも知れない。過ぎたる自信は身の破滅を招くのが、世の常だとの考えに至らないのは残念な限り。

 少なくとも、来栖家チームの絆と各々の能力位は、しっかり把握しておくべきだったのに。そうすれば、不用意に喧嘩を売ろうなんて考えには至らなかった筈。


 ――時既に遅し、後は来栖家の怒りの矛先が自分に向かないよう立ち回るのみ。









 “巫女姫”八神の所属する『反逆同盟』は、この夏は県北のダンジョン三昧の日々を過ごしていた。この指示を協会から受けて、間引きしたダンジョンは合計8つ以上。

 全てB級ランク以上なので、そのハードさは並ではない。『ヘリオン』の翔馬や『麒麟』の淳二のギルドが手伝ってくれて、何とか一息つけている感じだろうか。


 その分、儲けはかなりの額にまで達しており、当分働かなくてもってな懐具合である。それでも魔素濃度の高いダンジョンは、まだまだ県北には多いみたいだ。

 こちらの地域では、早くて10月の終わりには初雪が降るそうで。あまりゆっくりもしていられない、そんな県北の間引きレイド事情である。


 そんな中、八神の『予知』は最近活性化を見せてこちらも大変な事に。春先はそんなに見なかったのに、何とも勝手なスキルではある。

 その内の1つの日馬桜町の予知は、既に的中してしまったとの話。しかもかなり大ゴトに発展したらしく、八神も動画を観てビックリ仰天してしまった。


 協会からの情報では、どうやら闇企業案件を大いに含むとの事。そちらは新しく発足した部署が対応するそうで、間引き探索で大忙しのこちらとしては有り難い。

 まぁ、渦中となった来栖家チームには気の毒ではあるけど。そんな彼らにも、9月のシルバーウイーク辺りには、大規模レイドのお手伝いを頼む事になるかも。

 具体的には広域ダンジョン2つ程度は、協会も見込んでいる模様だ。


 それも“巫女姫”八神の『予知』にもとづいた、綿密なスケジュールが組まれるそうな。実際は、8月は家族旅行で忙しいとの断りを、来栖家チームから貰っての結果らしいけど。

 動画からの情報でも、8月の後半は尾道方面に旅行に出掛けるのは随分前から決まっていたらしい。それを急なレイド依頼で捻じ曲げるのは、こちらとしても不本意である。


 ただし、この予知で視た県北の2つのオーバーフロー騒動だけど、内容は相当に酷かった。まぁ、予知で視る類いの内容は、どれもハードな内容ばかりなのだけど。

 この2つに至っては、レア種のフィーバーが物凄い事になりそうな予感。その内の1つ“比婆山ダンジョン”は、夏に探索しても雪景色の気候的にも難関ダンジョンである。


 比婆山は現地の人が、ヒバゴンと言う雪男を見たとの報道で、かなり昔に話題になった県北の山である。その言葉通りに、ダンジョン内には雪男がわんさか出現するそうな。

 もう1つの“帝釈峡ダンジョン”は、昔はキャンプ場や川遊びや鍾乳洞などで有名な観光スポットだった。これまた広域ダンジョンで、間引きは10チームでも足りるかなって感じ。


 当然、魔素濃度もかなり高くなっている事が予想されるが、管理は割とおざなりみたい。この2つの広域ダンジョンは庄原市に存在するのだが、残念ながら庄原に大きなギルドは現状で存在しない。

 どちらのスポットも、広島市から芸備線を使えば移動は可能なのだけど。残念な事に、そこまでしてダンジョンに通う探索者も多くは無いようである。


 そんな訳で、夏の間引きと言う有り難くない大役のお鉢が回って来た『反逆同盟』チームは超多忙スケジュールに。とは言え、広域ダンジョンについては、未だ手付かずの現状である。

 ちなみに、海側の2つの予知についてはかなり突飛でより酷かった。これを協会に報告するのも、何と言うかはばかられる感じで胃が痛いと言うか。


 こんなの対処の仕様が無いでしょと、お叱りを受けてしまいそうって意味でもあった訳だが。幸いにも真面目に取り上げて貰って、ただしやはり対処は不可能と言う結論に。

 海側の予知の1つ目は、島に新造ダンジョンが発生すると言う単純なモノに過ぎなかった。ただし、このダンジョンが曲者で、何故か某アニメに景観が酷使しており。


 報告を受けた協会側が、歴史を調べてようやく納得に至ったと言う経緯が。かなり昔に町興しイベントとして、この某アニメの『ゲンゴロウ島』を島の中に再現したらしいのだ。

 場所は宮島からも近い江田島と言う島で、イベントはひと夏で終わったらしい。それを更に再現しようなどと、ダンジョンも粋な計らい(?)である。


 まぁ、これに関してはそれ程に大した予知内容でもない。問題は海のもう1つの予知で、こればかりはどう解釈して良いかそれを視た八神も途方に暮れてしまった。

 その内容だけど、何と“アビス”の巨大な筒状のゲートの中から、異様な飛行物体が飛び出して来る映像なのだ。それは巨大で、宙を悠々と飛んで“浮遊大陸”の上空へと向かって行くのだ。


 その正体だが、霧がかかったように八神の予知でもハッキリとは視る事が出来なかった。“アビス”自体が異界から異物を召喚するのは、“浮遊大陸”以来2度目である。

 ひょっとしたら、継続的にそんな事態が続くのかもと、協会本部はそちらを重要視しているようだった。八神からすれば、“アビス”の巨大なゲートを封じるのはダンジョンを活動停止するよりも難問だと思っている。


 ともかく、今年の夏から秋にかけてのダンジョン事情は、相も変わらず盛況らしい。対応する方は大変で、本当に猫の手も借りたい位である。

 猫と言えば、来栖家のミケ……やっぱり9月の県北レイドでは、庄原市には頑張って高ランクの探索者チームをたくさん招いて欲しい所。

 特に来栖家率いるギルド『日馬割』には、お世話になりそうな予感。


 ――これは予知ではなく、八神の探索者としての勘ではあるけど。









 “浮遊大陸”のホムンクルス陣営のトップの1体である“緋色”のアーガルスは、部下の消失に悩んでいた。それも1体単位でなく、部隊で消失してしまうのだ。

 死体は全く残ってないので、敵と戦って殺されたケースは考えにくい。この敷地面積に限りのある“浮遊大陸”では、縄張りを巡ってのいざこざは常に絶えないとは言え。


 一番遣り合う『獣人軍』だが、かなり杜撰ずさんなので敵を部隊ごと連れ去って監禁なんて事はまずしないだろう。地上の領地を求めて共闘もした事のある獣人の国だが、現在『ホムンクルス軍』との関係は険悪そのものである。

 とは言え、痕跡も残さずこちらの軍勢を連れ去るなんて芸当は、向こうの能力からしてちょっと有り得ない。考えられるとしたら、残りの2つの軍勢だろう。


 つまりは『死霊軍』か『ゴーレム軍』で、その内のゴーレムや機兵からなる国の連中は温和でいざこざを嫌う傾向が。つまりは消去法で、死霊の国の暗躍が一番可能性が高い。

 となると、また“常闇とこやみ王”が変な趣味に目覚めたのかも……それに思い至って、“緋色”のアーガルスは沈鬱な思いに。とにかくこの王は、破天荒過ぎて関わりを持ちたくない。


 活動時期も曖昧あいまいなこの“常闇王”だけど、もとは異界の人間だったって話である。それが“不死の転生術”を使って、リッチキングになったそうな。

 元が大魔術師だっただけに、その戦闘能力は桁外れとの噂はよく耳にした。そんな彼が死霊の軍団を率いて、異界の“浮遊大陸”に自分の居城を勝手に構えた訳である。

 その身勝手さと破天荒さは、他の追随を許さない勢いで。


 かくして縄張りを切り取られた先住の獣人軍とホムンクルス軍は、何度か死霊軍に戦いを挑んだのだった。“緋色”のアーガルスの覚えている限り、少なくとも両軍で合計5回は戦闘行為を行った筈。

 その結果たるや、悲惨の一言で相手の死霊軍に新鮮な死体を贈っただけと言う洒落にならない終焉に。毎回そんな感じなので、最近は触らぬ神に祟りなしを貫いている両軍である。


 そんな死霊軍なので、死体も残らず部隊が消失なんて奇妙な事態には真っ先に疑われて当然である。ただし、文句を言おうにも話の通じる相手では無いのが問題で。

 或いは通じるのかもだが、こちらを死霊軍の原材料としてしか見てない王様相手に、どんな風に苦情を言えば良いのだろう。何度も言うが、なるべく関わりを持ちたくない相手に違いは無いのだ。


 かくして、この件は泣き寝入りルートへと至る気配が濃厚である。ただ一つ気掛かりなのは、あの太古の民族である“常闇王”の目的位だろうか。

 兵隊の数が足りなくなったのなら、まだまだ犠牲者が出る可能性もある。それともこちらへの嫌がらせと言う線もあるし、獣人軍の犠牲の有無も気になる。


 一過性のモノなら良いが、継続して被害が続くと色々と考えなければならなくなってしまう。ホムンクルス軍の兵士も、薬品や素材に関しては無限では無いのだ。

 ある意味、放っておけばどんどん増える獣人軍が羨ましい。それから、老衰と言う概念の無い死霊軍も戦わない限り兵隊の数は減らない訳で。

 軍団運営の観点から言えば、利点だらけのライバル達である。





 ――そんな“浮遊大陸”の縄張り争いは、不穏な空気のまましばらく続きそう。







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