第622話 異世界帰りの平穏な日々を満喫する件



 怒涛の異世界探索から一夜明けて、来栖家は元の日常生活へ。夏休みとは言え、末妹の香多奈も早朝からしっかり家のお手伝いに奔走している。

 昨日は温泉でゆっくり旅の疲れを癒し、それから護人は留守番してくれた人たちに無事な帰還を報告。家畜の様子も確認して、ようやく就寝に至ったのだった。


 それから朝には、田畑のチェックをハスキー達や茶々丸と一緒に行って。今日も暑くなりそうだなと、ペット達を労わる素振り。

 夏の気候は、家畜にしても爽快とはとても言い難い季節である。その辺の管理も、とっても重要になって来るので畜産業は大変だ。


 それはペット達も同様で、暑さの堪えるこちらに戻って来てハスキー達も大変そう。過ごしやすい日陰を利用したり、専用のプールで涼を取ったりしてやり過ごしている感じ。

 それでも敷地内の管理に手抜かりは無く、妙な奴らが入り込まないよう見回りをする彼女達は偉いと思う。茶々丸に関しては、ハスキー達について回るごっこ遊びだけど。


 それより来栖邸では、妖精ちゃんが元の自堕落な生活様式に逆戻りしてまぁ大変。子供たちの視線も、あっという間に冷ややかなモノに早変わりするその所業。

 威張り散らさないだけ有り難いかもだが、そんな事をすればミケが黙っていないだろう。相変わらずリビングの覇権は、この愛猫が握っているのだから。


 それよりも、異界の“世界樹ダンジョン”の集落で入手した、『精霊樹の苗』をどうするのか問題である。妖精ちゃんはやり遂げた表情だけど、護人からすればどこに植えればって話である。

 みんな頑張ったナとの、相変わらずの手下扱いはこの際スルーするとして。取り敢えずその扱い方を聞き出さないと、あの2日に渡る苦労が全て無駄になってしまう。


 そんな訳で、護人と姫香はまだ比較的涼しい午前中に、『精霊樹の苗』の1本を“裏庭ダンジョン”の入り口に植樹する事に。こんな場所に植えてどうなるのか、その辺は説明不足で何ともハッキリしないと言う。

 通常運転の妖精ちゃんは、いつものペースで来栖家を振り回してくれる。それでも良い結果を信じて、午後からは麓に降りて“駅前ダンジョン”の前でも処置を行う予定。


「ついでに協会に寄って、動画の編集もお願いしなくちゃね。今回は、回収出来た魔石はほんのちょっとだけど、これも持っていても良い事無いから売り払わないと。

 後は何か、後処理でやる事あったっけ?」

「花の種や球根や、錬金術のレシピ本はこっちで貰うとして……多分だけど超レア素材の『世界樹の葉』はどうしましょう、護人さん?」

「ああ、そっちも紗良とリリアラで管理して貰って構わないよ。一緒に貰った貴重な木の実は、みんなで分け合ってお昼にでも食べようか。

 協会には、午後に行きたい人で行けばいいかな?」


 異界でのハードな探索が終わったばかりなので、休みたい人は家で休んでいてとの護人の配慮だったのだが。全員が行くと参加を表明して、そこはいつもの来栖家クオリティ。

 協会に報告前に、いつものアレをやろうと張り切って仕切る末妹は今日も元気。夏休みを完全に満喫しており、縁側を開放してハスキー達を呼び寄せている。


 それから始まるスキル書の相性チェックだが、今回は異世界の自然成型ダンジョンだったと言うのにスキル書は5枚、オーブ珠は3個と割と収穫は多かった。

 ドワーフの職人に融通して貰ったのが半分だけど、何とその中にバッチリ反応するスキル書とオーブ珠が1つずつ。引き当てたのはツグミとコロ助で、狂喜乱舞する子供たちである。


 新たなスキルだけど、まずはツグミがスキル書から『毒蕾』と言うスキルを得た模様。最近は紗良が《鑑定》で見てくれるので、その辺の確認も鑑定の書を使わなくて済んで便利だ。

 そしてコロ助の方は、オーブ珠から《咬竜》と言う特殊スキルを得たみたい。どちらも攻撃スキルの様で、後でどんな効果なのか訓練で見極めておかないと。


 嬉しそうなのはハスキー達も同様で、2匹とも飛び跳ねながら喜んでいる。一方の茶々丸は、どれも外れでかなり不服そう。それをよしよしと慰める紗良は、まるでお母さんのよう。

 ついでに探索で得たアイテムの鑑定もこなして、探索の後始末もほぼ完了。



【宵闇の魔核】使用効果:闇属性&闇耐性up&闇召喚・大

【ナーム樹の樹液】使用効果:万能薬・秘薬素材

【精霊樹の苗】育成効果:霊素合成・永続×3

【世界樹の葉】使用効果:蘇生秘薬・秘薬素材×3

【黒薔薇の花弁】使用効果:魔法植物・薬品素材

【生命の果実】使用効果:服用者の生命力&体力強化・永続×4

【サソリの短剣】装備効果:不折&毒付与&麻痺付与・中


その他:『錬金レシピ本』 (薬草)×2




 今回の回収品では、青空市で売るような品が1つも無かったのがいつもと大いに違う点である。それでも、紗良とリリアラが喜びそうな野草や植物の種や球根、錬金レシピ本はゲット出来た。

 植物素材に関しても大量で、特に『ナーム樹の樹液』や『世界樹の葉』は普通に秘薬素材だったと言う。しかも物議を醸すような薬品が作れそうなので、これは世間に入手を伏せておくべきな気が。


 『生命の果実』に関しては、約束通りにお昼に調理して家族で食べる予定。夏らしく、フルーツポンチに浮かべてデザートに食すのもオツかもと紗良は計画中。

 『サソリの短剣』に関しては、単純に香多奈が“闘技場ダンジョン”内で回収していて今まで忘れてた品である。あの時はゴタゴタしていたので、回収した魔石も全部鞄の中に放り込みっ放しだったのだ。

 今回は、それもついでに換金して貰う予定の末妹だったり。




「こんにちはっ、能見さん……今日も暑いね、ハスキー達も室内にいれていい? この辺木陰が無いから、この子たちが熱射病になっちゃうよ」

「いらっしゃい、ドウゾどうぞ……連絡では、この数日は異界に探索に出掛けて家を留守にしてたそうですね。

 無事に戻って来れて何よりです、早速ですが動画観てみたいですねっ!」

「いいよっ、今回も編集お願いするから……でも、ヤバい情報とか不味いシーンは、なるべくカットお願いね能見さん。

 前もコメントで、情報出し過ぎって言われた事あるし」


 これに関しては能見さんは悪くないのだけど、ひたすら頭を下げる彼女である。ゴーサインを出したのこっちなんだからと、紗良や姫香は恐縮している。

 それからアンタが一番不用意だよと、何故か叱られる末妹の香多奈だったり。その間にも、護人は魔石やポーション類を換金に出して、仁志支部長と短く話し合い。


 その内容は割と立ち入っていて、この間の悪漢騒ぎの顛末とか協会から派遣された隠密部隊の話とか。仁志としても、町内のパトロール数を最近は増やしているのだそうで。

 本来はダンジョン管理に気を配る協会が、町の治安にも口を出すのは異例ではある。それだけ現状、自警団と協会の協力体制が整っている証拠なのかも。


 この日馬桜町支部も、何だかんだとこの町に馴染んで職員の数も増えて来て良い調子だ。町にもA級探索者(来栖家)が爆誕して、それを配慮しての増員だと思うけど。

 土屋女史と柊木以外にも、追加の職員が2名ほどいつの間にか増えていたり。


 動画視聴の女子たちは、いつものように派手にはしゃぎながら騒いでいる。何しろ2日分なので、倍速視聴でもずいぶん時間が掛かりそうだ。

 それに加えて、見応えのある異界の景色がバンバン映っているのだ。驚嘆しながらそれに魅入る能見さんは、“世界樹ダンジョン”に完全にド肝を抜かれている様子。


 こんな異界に何の用事がとの問いは、もちろん仁志支部長からも発されており。返答に困る護人は、上手く行けばダンジョン封鎖の一歩が踏み出せるかもと言葉を濁す。

 その実験を、この後に“駅前ダンジョン”で行いたいのだけどと、一応は許可取りと言うか筋を通す発言は忘れない。何しろ駅前は公共の場所だし、勝手は許されないだろう。


 妖精ちゃんは、そんな配慮など一切関係ない存在なので、こちらでお膳立てする必要が。後で自治会長にも話を通しておかないとと、そんな感じで気を遣いまくりの護人である。

 ちなみに残った苗は、妖精ちゃんの指示の下でこちらでも増やせないか研究に使われるそうな。紗良とリリアラを助手にして、珍しくそんな地道な作業もいとわない構え。

 やはり妖精種族は、植物の育成に関してマメなのかも。


「それじゃあ、私もその苗を植える行事に付き合っていいですか? どうなるのか興味ありますね、これが成功したらちょっとしたニュースですよ、護人さん」

「そうだな、“喰らうモノ”の封印の時もかなり騒ぎになったし……これも大きな声で、吹聴して回らない方が良い類いの実験なのかも知れませんね。

 まぁ、今はその結果がどうなるかも、全く分からない状態だけど」


 そんな事を話している間にも、時間は過ぎて奥から江川が換金結果を持って来てくれた。今回は、さすがに少なくて魔石(大)を含めて売っても120万円程度との事。

 “闘技場ダンジョン”の魔石の代金も、50万円程度で当然ながらパッとせず。こちらも間引きが目的ではなく、香多奈の救出がメインだったので仕方のない結果である。


 このお金に関しては、救出活動に手助けしてくれたお隣さんに全額還元する予定。香多奈の稼ぎ分もそれでいいよとの事で、ガメつい少女にしては殊勝な言葉である。

 まぁ、向こうが受け取ってくれるかは不明だが……その場合は、何か品物にして手渡す事になるだろう。姫香などは、皆をお礼のキャンプとかに連れ出したらいいねとか言っている。


 特にザジ辺りは、好きに活動して良いとの言質を貰ってから遊びに行きたくて堪らないみたいで。夏の暑さに負けず、町の至る所に出没しているみたい。

 凛香チームの子供達とも完全に仲良くなっており、いつの間にやら家来にしているそうで。お世話になったお礼に、皆を遊びに連れて行ってあげるのは確かに良い案かも知れない。


 そんな事を考えていると、ようやく能見さんたちの視聴会は終わりを告げた。今回のお土産は、異界のドライフルーツくらいしかないよと子供達は職員にそれを配り始める。

 いつもの終わりの合図に、口々にお礼を言う職員さん達である。



 それから来栖家は、仁志支部長と自治会長を交えて駅前のダンジョン入り口へ。妖精ちゃんの案を実行する許可を得て、今からそれを行う予定。

 駅前はさすがに、入り口もアスファルトで苗を直植えするのも無理っぽい。それでも妖精ちゃんは、鉢置きで構わないと順次指示を出してくれる。


「妖精ちゃんを否定する訳じゃないんだけどさ、こんなんで魔素が消えてくれるのかな? さすがにこのサイズの苗じゃ、ちょっと難しい気がするんだけど」

「そうだねぇ、女性の手の平2枚サイズだもんね……まぁここに置いといて、町の人に悪戯はされないだろうけど。

 効果が出るにしても、時間が掛かりそうだねぇ?」

「まぁ、それも含めて実験なんだろう……すぐに効果が出なくても仕方ないし、焦らず経過を観察して行こうじゃないか。

 念の為、今日からの魔素鑑定の数値を書き留めて行こうか」


 アサガオの観察日記みたいだねと、夏休み真っ只中の香多奈は良い事を言う。駅前の数値は、私が毎日チェックしますよと仁志支部長が名乗りを上げてくれ。

 それじゃあ“裏庭ダンジョン”は、私が観察して夏休みの自由研究にするねと末妹の言葉に。何となくホッコリする大人たち、時代も変わったなぁと内心思いつつ。


 ところが妖精ちゃんは自信満々で、すぐに効果は現れるゾと悪い表情をしてみせる。まるでこの後の展開を予見しているようで、ちょと楽しそうなのが不気味ですらある。

 どう言う事よと、追及する香多奈をはぐらかして小さな淑女は楽しそう。異界の精霊樹パワーを舐めるなヨと、何かを企んでいるのは間違いないのだが。

 それを先に喋ると、面白くないジャンとの彼女の言葉に。





 ――呆れる面々は、楽しそうに飛翔する妖精をただ眺めるのみ。





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