第619話 異界の集落で手厚い歓迎を受ける件



 妖精ちゃんの言う通り、この8層エリアにはそれほど強い敵は生存していなかった。ただし、襲撃イベントが全く無いって訳でもなかったようで。

 蟲系や動物系のモンスターが、単発で襲って来る事態が何度か発生。それを軽々と退けて行くハスキー達は、お昼を過ぎてもまだまだ元気みたい。


 それは喜ばしいのだが、狩人のダリルに関しては少々ビクついている様子で。こんな奥まで登って来たのは久々だと、どうやらこの辺の地理には詳しくないようだ。

 ゲートの位置こそ覚えているけど、先輩の狩人に教えられた程度なのだそうで。8層にある集落とは、長い間ほぼ交流が無い状態であるとの事。


 まぁ、普通に歩いても“世界樹ダンジョン”内を半日以上の道のりである。厄介なモンスターの群れを避けて進めば、もっと時間が掛かるだろうし。

 交流が無くても不自然ではないけど、何となく勿体無い話ではある。そんな事を思いながら、護人は改めて立派な城壁を見上げてみたり。


 8層の集落はダリルの故郷のホビットとノームのそれより、余程立派で頑強な造りではあった。子供達も感心しながら、その城壁を眺めている。

 入り口はすぐ見つかったし、妖精ちゃんがコッチだと案内してくれた。その指示に従って、一行はぞろぞろと集落の入り口の大きな門へと移動する。


 そこには、見張りと思われるエルフの戦士が2名ほど詰めていた。彼らは妖精ちゃんを確認すると、何も言わず一行を集落の中へ招き入れてくれる。

 露骨に驚く子供達、相変わらず妖精ちゃんのギャップには慣れないようだ。何しろこちらは子供も混じっているとは言え、武器を携えた探索者集団である。


 ならず者とまでは言わないけど、どこの馬の骨とも分からない集団なのだ。ハスキー達ペットもいるし、普通なら詰問されて最悪出入りを拒否されても文句は言えない。

 ところがこの肩透かしの対応に、戸惑いながらも集落に入っていく一行であった。妖精ちゃんはなおも先頭で、アッチの庭園に行くぞとチームを導く構え。


「わっ、凄い所だねっ……さっきの門番さんはエルフだったけど、あっちにいるのはホビットとかノームさんじゃない?

 よく見たら、妖精ちゃん以外の妖精も飛んでるね」

「本当だ、色んな種族が住んでるのかな……そう思って見ると、建物も面白い形のものが多いかなぁ。住居も色んなサイズのが、区画ごとに建ってるみたいだね」

「ああ、確かに……あっちのは間違いなく、妖精の居住区だよね。紗良姉さんは、やっぱりモノを観察する視線が鋭いよねっ」


 そう言って姉をおだてる姫香は、紗良と一緒にあっちはノームで向こうはエルフの居住区だねと、推測ごっこに忙しそう。ドラちゃんがそんな2人に、ここには精霊も住み着いてるぞと教えてくれた。

 つまり本当に、この集落は色んな種族が住み着いているみたい。探せばドワーフや、ザジのような獣人種族もいるのかも知れない。


 それだけに、集落も何と言うか彩りに満ちていて雰囲気は思い切り異国風である。異界の集落は、隠れ里を含めて幾つか見た事のある来栖家ではあるけど。

 ここはそれとはまた違って、エキゾチック感に溢れていて街並みを見て回るだけでも楽しそう。末妹の香多奈も、撮影しながら嬌声をあげている。


「えっ、もう目的地に着いたの、妖精ちゃん? もっとゆっくり、街の観光とかしたらよかったのに……面白そうな建物とかいっぱいあったよね、あっちの方に。

 まぁ、この庭園もなかなか広くて面白そうだけど」

「本当に綺麗な庭園だな……色んな花や植物が育てられてるのかな、凄く良い花の匂いがするね。向こうの花畑かな、色んな色の花が咲いてるなぁ」

「うわぁ、あれって全部異界の花なのかな? ちょっと種とか持って帰りたいよね、紗良姉さん?

 えっと、ここで何が貰えるんだっけ、妖精ちゃん?」


 興奮しているのは、子供達も同じみたいで庭園内をきょろきょろと見回す素振り。妖精ちゃんは、精霊樹の苗の育成をここの庭師にお願いしてるんダと大威張り。

 それはかなり凄い事らしく、それを異界の探索者に分けるのも異例の決定だとの事である。そのせいか、どこからか現れた出迎えの集落のお偉いさん達は、割と揃って渋い顔に見えなくもない。


 確かに大事に育てた秘宝級の植物を、苗とは言え他人に預けるのは腹立たしいかも。護人も、ペットや家畜が産んだ子供を譲るとなっても、知らない相手は嫌だと感じるタイプ。

 妖精ちゃんは、実際かなり偉い立場らしく、集落のリーダーたちも慇懃いんぎんな態度を崩さず対応してくれている。小さな淑女は、コイツ等は私の部下だと彼らを説得中。


 部下って何よと、すかさず混ぜっ返す末妹はこんな所でもトラブルメーカーの気配。姫香が拳骨で黙らせて、ここまで間引き頑張ったんだけどと進言する。

 確かにそうだねと、回収品をあれこれと鞄から取り出す香多奈は、その場の空気を読まない天才かも。それに驚くエルフやホビットの長老は、結果を差し出されて逆に納得した様だ。


 案内役のドラちゃんも、彼等の献身は素晴らしかったと長たちに告げている。護人も相手のプライドを刺激せず、大事な物を貰えるならお近づきの印に差し上げますとコメント。

 それを聞いて、ウチの部下は太っ腹だろみたいな表情の妖精ちゃんである。


 そこからは、割と話はスムーズに移行して行った。元々が妖精ちゃんプロデュースの、精霊樹の苗を増やすぞ計画だったらしく。本人が譲る相手を連れて来たのなら、強固に反対する理由もないと考えたのかも。

 それから来栖家チームの強さを認められたのも、大きな理由なのかも知れない。こんな秘境に集落を持つ者としたら、強い冒険者と渡りをつけるのはとっても大事なのだろう。


 そんな訳で、庭園の一角がいつの間にやら簡単なパーティ会場のように変更されて行き。その手腕は、一体誰が企画したのか物凄い早業で来栖家も驚いている。

 大きなクッションがそれぞれに配布され、そこに座るとお茶が振る舞われ始めて。それからあっという間にテーブルが用意され、見た事のないフルーツや軽食がその上を賑わして行った。


 どうやら働き者の精霊が、お持て成しスキルを発動したらしい。妖精ちゃんの席など、特別豪華でまるで女王様のような持て成しである。

 来栖家の面々も、同席した長老たちに促されて食事を始める事に。ペット達も、ご主人が食べ始めるとようやく安心モードへと移行した模様。

 自分達もと、遠慮なく末妹にたかり始めるのだった。



 そんなパーティが始まったのが、この集落に辿り着いた夕方過ぎの時刻で。今は人数も徐々に増えて来て、とっても賑やかな歓迎会にまで発展している雰囲気。

 その中には、精霊もいれば異種族もいてお客の立場の来栖家は驚きの連続である。妖精ちゃんに関しては、鷹揚な態度で色んな報告や陳述を聞いている風だけど。


 本当にこのチンチクリンが偉い立場なのかなと、普段の妖精ちゃんを知る家族は驚きを隠せない。とは言え、その後に運ばれて来た秘宝級の各種アイテムは、彼女の指示に他ならず。

 まずは噂の『精霊樹の苗』が3本、それから本当にあった『世界樹の葉』が同じく3枚。ついでにこれも超希少だと差し出された、『生命の果実』が合計4個。


 これは虹色の果実の上位版らしく、滅多にお目に掛かれないそうな。これも世界樹からの回収品みたいで、大盤振る舞いの部類に入るそう。

 集落の長も、これなら満足でしょうとの表情で妖精ちゃんを窺っている。とことん偉そうな小さな淑女は、良きに計らえってな表情で満足そう。


 それから次に訪れたのは、見事な太鼓腹のドワーフの職人だった。若い弟子を2人ほど引き連れて、素材を売ってくれと来栖家に訴えて来た模様。

 狩人のダリルの分け前の素材は、どうやら地元の集落へ持って帰って活用するみたい。来栖家としたら、持って帰っても仕方のない素材ばかりである。

 ここで処分するか、別の品に替えて貰った方が千倍お得。


「えっと、魔石とかスキル書はここで交換しなくてもいいんですよね、護人さん? 素材は採集した薬草やハーブ以外だと、モンスターの毛皮類が多いですね。

 後は骨素材とか、海賊船の金銀財宝?」

「何じゃ、魔石やスキル書が欲しいのか? こちらでも時折、それらをドロップする敵を狩って溜まった品が少々あるぞ。皮素材と骨素材の上等な品は、是非ともあるだけ売ってくれ。

 そっちは他に、何ぞ欲しいモノはあるんかの?」

「あっ、それじゃあ庭園に咲いてる花の種とか球根があれば……後は、錬金術関係の書物とか、素材系もあれば欲しいですかね?」


 交渉モードに突入して、売り子魂に火のついた紗良は容赦なく欲しい物を口にして行く。ドワーフの職人は、少し考えて弟子たちに持ってくる品々を言い渡す。

 その間にも、この2日で入手した品物を次々と取り出して行く子供達である。ついでにダリルにも、魔法の鞄をあげる約束だっけと呼び寄せての交渉開始。


 案内役としての代金は、入手素材の3割として既に支払い済みである。来栖家の所有している魔法の鞄も、探索で増えて来ているとは言え貴重品には違いなく。

 おいそれと分け与える訳にも行かず、何を貰おうかなと楽しそうな末妹だったり。その辺の遣り取りは子供達に任せて、護人は長老たちの相手に神経を注いでいる。


 向こうも一応、こちらの世界の情勢に興味を示しているみたいで。その辺の情報交換やら、異世界の知識やらを忙しく仕入れたり交換したりしながらの会話は続く。

 この集落は多くの種族が同じ敷地で生活をしているだけあって、特に変わった文化と言うか風潮が出来上がっているよう。それを聞くのは面白くて、思わず会話にのめり込む護人である。


 一方の子供達だが、ドワーフ職人との物々交換は順調に進んで行ったみたいで何より。向こうが交換に差し出したのは、何かで役に立てばと集めていた魔石やスキル書の類いが大半で。

 それに混じって、紗良の所望した花やハーブの種とか球根類が少々。それから変わった野菜の苗や、待望の錬金術のレシピ本が2冊ほど。


 異界の野菜の苗がこちらの世界で育つかは謎だが、恐らく紗良は張り切って挑戦するだろう。彼女とリリアラの温室は、そんな植物で既にいっぱいである。

 それから、新しい錬金術のレシピ本に関してもリリアラは大喜びする筈。


 紗良にとっては大満足の物々交換だったけど、相手のドワーフ職人もそれ以上に大喜びしていた。一度にこんなに高級素材を仕入れられる機会など、そうそう無いとの事で。

 それは良かったと、子供達もおまけに貰った可愛い額縁やカップや細工物には笑顔でお礼を返している。それから乾燥したフルーツなども、彼等はお土産に持たしてくれており。


 まるで遠方の田舎に遊びに帰った、親戚の為す所業である。有り難いには違いないけど、こちらはそこまで無理して持て成さなくてもって思ってしまう。

 その頃にはすっかり日も暮れてしまって、庭園には優しい魔法の灯りが用意されていた。パーティはいつの間にか、妖精たちの奏でる音楽で宴へと変わっており。


 香多奈もダリルへの意地悪は止めて、特殊矢弾40本と交換で魔法の鞄を譲ってあげた模様。狩人のダリルはとっても嬉しそう、早速分け前の報酬をその中へ仕舞い込んでいる。

 そんな事をしている間にも、威厳を保っていた妖精ちゃんもそろそろおねむの時間に。まだ夜の8時ごろなのだが、来栖家の習慣で夜は早寝の習慣が身に付いている小さな淑女である。


 そんな訳で、一行は慌しくお別れの挨拶からの退去の用意をこなし始め。また苗の育成を頼んだぞとの妖精ちゃんの言葉に、重々しく頷く長老さん達であった。

 それから紗良の用意した、ワープ魔方陣を通っての素早い帰還と相成って。あっという間の異世界からの退出に、さっきまでの体験は夢だったのかと思わず疑う一同だったり。

 何にしろ、これで依頼はバッチリこなせた計算で何よりだ。





 ――苦難ばかりの異世界探索も、今振り返れば良い思い出とも?





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