第618話 蛇の包囲網を抜けて異界の集落を目指す件



「やれやれ、今回も厄介な集団と遭遇しちゃったな……仕方ない、飛行タイプの蛇は、俺とレイジーの炎の鳥で何とか相手取ろう。

 地上班だが、さてあの巨大なヒドラを誰が相手をしよう?」

「そりゃあ、《毒耐性》と《ブレス耐性》を持ってる私がするよ、護人さんっ! それから地上部隊も、獣人タイプを含めて集団は多いんだっけ、紗良姉さん?

 ハスキー達と、それから茶々萌コンビにも頑張って貰わないとね!」

「念の為に、ルルンバちゃんも前衛に出ちゃっていいよっ。頑張って盾役をこなすんだよっ、敵の数は思ったより多いみたいだからねっ!」


 香多奈の言葉に、今度こそ活躍するぞと張り切ってハスキー達へと続くルルンバちゃんである。後衛陣はそんな訳で、森の樹々に隠れて戦況にちょっかいを掛ける戦法に。

 今回も、ミケは飽くまで切り札として温存しておく事になるだろう。でないと、本当に不味い時に切る手札が無くなってしまう。


 そんな感じで始まる7層の戦いだが、現在視界に見えるのは森の樹々から突き出た4本の巨大な蛇の首と、その周囲を飛び回る翼の生えた蛇の集団のみ。

 護人が真っ先に、薔薇のマントの飛行能力で大ボスの気を惹きながら有翼の蛇を撃ち落とし始めている。それをサポートする火の鳥は、合計4羽で決して多くは無い。


 それでも護人が敵に囲われないよう、徹底したサポート振りはさすがと言った所。ヒドラも進行を止めて、鎌首を揺らして護人をターゲティングしたようだ。

 ここからが本格的な戦いの始まりだが、地上軍も相当な数がいる事がじきに判明した。内訳は、5~10メートル級の大蛇だか毒ヘビが数十匹に、獣人タイプが同じくらい。

 獣人タイプの中には、女型のラミアも混じっているよう。


 ただし、大半はトカゲ獣人と言うか雑兵タイプが多いようだ。それでもこの群れの多さは、ちょっと並では無さげ。どんな事情かは知らないが、こんな奴らに群れられて周囲の生き物は厄介に思っている事だろう。

 その退治を仰せつかった来栖家チームの地上部隊は、ハスキー達を先頭に敵の群れへと突っ込んで行く。すかさず対応するのは、獣人の兵士達のようだ。


 地を這う大蛇の群れは、どうやら積極的に戦闘には加わらない様子。それでも近付き過ぎると、獲物とみなされてガブリといかれるのは間違いない。

 噛まれるならまだしも、10メートル級となるとハスキー位なら丸呑み出来てしまいそう。要注意な敵の群れを、しかしハスキー達は物ともせず蹴散らして行く。


 召喚した火の鳥を操るレイジーは、武器こそ構えているけど積極的に戦闘に参加はせず。その代わり、ツグミとコロ助は武器やスキルを使ってほぼ無双状態。

 茶々萌コンビもそれに乗っかって、構築された前線は暫くは安泰の様子。ついでにルルンバちゃんまで加わって、その壁は更に堅固になって行った。


 先ほどの猿人の群れと違って、この蛇の集団は威嚇音は発するも至って静かである。強さもそれ程でもない感じで、気を付けるのは噛み付きからの毒くらいだろうか。

 いや、すぐそこの壁のような胴体のヒドラが暴れ始めたら、敵味方関係なく酷い目に遭いそう。それを含めて、適正距離を保ちつつ戦って行くのがベスト。


 それから未だ背後にいる、3体のラミアたちの存在も不気味である。とは言え、彼女たちの魅了のダンスが、ハスキー犬や仔ヤギに効くとは思わないけど。

 ましてやAIロボが魅了される未来など、想像出来ないと言う……そんな訳で、奴らの相手はペット勢がこなせば問題は無さそう。幸いトカゲ獣人は、数は多いけどそこまで強くは無いみたいで良かった。

 今回は、ルルンバちゃんも近接攻撃でそいつ等を蹴散らして行って良い調子。



 その上空では、護人が順調に有翼の蛇を撃墜しながら飛び回っていた。その周囲を飛ぶ火の鳥は、2体にまで減ったけど敵の数も激減しているので問題は無し。

 それよりヒドラにタゲられている護人は、空中で停止すると途端に丸呑みのピンチに。反対側では、姫香が果敢にヒドラの首の1本と戦いを繰り広げている。


 さすがは敵のボス、ヒドラは少々の攻撃では活動を停止してくれそうもない。その体力と容積は、敵に回すととっても厄介そう。

 護人もそれを分かって、ヒドラの2本の首のタゲを取って協力しているのだが。残りの1本が、まさか地上で目立った動きをしていたルルンバちゃんに向かうとは。


 そして上から覆い込むように捕食して、丸呑みされる哀れなルルンバちゃん。後衛からの絶叫は、恐らくそれを見て発されたのだろう。

 慌てているのはハスキー達や茶々萌コンビも同様で、コレは攻撃して脱出を手助けすべしかと悩んでいる模様。その時、明らかにヒドラの動きがヤバい方向に活発になった。


 つまりは、のたうち回るように周囲の味方の被害もかえりみずに暴れ出し始めたのだ。やっぱりルルンバちゃんは、食べても消化も出来ないし美味しくも無かった模様。

 更に胃の中で暴れ回っているらしく、言わば一寸法師の戦術である。期せずしてそうなってしまったけど、その効果はどうやら抜群だったみたい。

 しかも仕舞いには、内側からのレーザー砲が見舞われる始末。


「わっ、ルルンバちゃんがキレちゃった! みんな、巻き込まれないように注意してっ!」

「ひゃ~っ、まるで一寸法師の針の刀のチクチク攻撃だねぇ……レーザー砲は、ちょっとやり過ぎな気もするけど。

 それより、ちゃんと出て来れるかな、ルルンバちゃん?」


 ロボットは消化されないでしょと、お気楽な返事の香多奈ではあるけど。紗良は心配そうに、のたうち回るヒドラの動向のチェックに余念がない。

 それから思い立って、遅まきながらの《氷雪》魔法での範囲攻撃を敵の中心へとぶちかます。暴れているヒドラも含めて、見事に弱って行く蛇の群れ。


 何しろ敵は変温動物、寒さに弱いってのは定番である。これで何とか胃の中のルルンバちゃんをサポートしようと、紗良の温かい思いは果たして届いたかどうか。

 相変わらず苦しんで暴れている、胴体は1つしか持っていない巨大ヒドラである。意外な弱点と言うか、苦しんでいるのは4本の鎌首が全員と言う。


 戦っていた姫香も、相手の早期リタイアにポカンとした表情。それでも明らかな隙を好機と判断して、理力を注いで『天使の執行杖』を巨大鎌モードへと変換する。

 そこからの薙ぎ払いで、哀れな悪食あくじきヒドラは大事な首を1本失う破目に。他のも刈ろうかなと思った途端、またもや内側からのレーザー砲が。


 これは危なくて近付けないなと、そんな心配は杞憂だった模様。とうとう巨体の胴体がパックリと焼き切れて、そこからうの体で脱出するルルンバちゃんであった。

 呑み込まれたのがよっぽど怖かったのか、その姿は産まれたての仔ヤギのように頼りなさげ。そしてついには、紗良と香多奈の後衛陣の方向へと逃げて行ってしまった。

 いやまぁ、大ボスは既に撃破してしまっているので良いんだけど。


 それを何やってんのとお叱りモードの香多奈と、怖かったねぇといたわる紗良だったり。後衛陣は、そんな訳でしばらくは混乱模様の様相である。

 そして大ボスを思わず撃破出来た前衛陣だが、残った敵はほんの僅か。5メートル級のサイズの蛇は、こりゃヤベェと逃げ去るかボスの大暴れに潰されている始末。


 獣人タイプもほぼ同じで、こちらはもっと統制の取れない混乱した雰囲気である。それらを残党狩りするハスキー達に茶々萌コンビ、戦いの趨勢すうせいは既に決まったようだ。

 今回は僅か30分も掛からない、短期決戦となってしまった。午前中の戦いがくど過ぎたので、丁度良いとも取れるけれど。何にしろ、これで依頼は完了とホッと一息の一同である。


 護人も空中の敵が完全にいなくなったのを見計らって、チームと合流して皆にいたわりの言葉を掛ける。何か楽勝だったねと、まだ元気をアピールしつつの姫香の返答に。

 それに加えて、ルルンバちゃんのお手柄だねと紗良の優しいフォロー。その言葉には、今回の丸呑み事件がトラウマにならなきゃ良いけどとの内心の心配が含まれていたりして。


 AIロボにそんな心配は無用だよと、末妹は飽くまで容赦が無いけれど。護人も心配組の1人で、その辺のフォローはしておくべきかとルルンバちゃんと会話を試みる。

 いや、相変わらず《異世界語》ではAIロボとの会話は不可能なのだけど。向こうはこちらの話を理解出来ているので、後は香多奈の翻訳とかルルンバちゃんの雰囲気頼りである。


 そんな事をしている間にも、狩人ダリルは戦場跡地を移動しながらの『解体』作業に忙しそう。レイジーは逃げ出した奴らが戻って来ないよう、ハスキー軍団を率いてこの場の警備中。

 切りの良いところで休憩して、それから階層渡りへと移行すべきなのは重々承知しているのだが。色々起きたハプニングで、もう少し時間が掛かりそう。


 メインはルルンバちゃんの心のケアなのが、ちょっとアレではあるけれど。これも来栖家らしさと言うか、そんな訳で体液で汚れた彼を掃除してあげる一行である。

 通常ダンジョンなら、こんな苦労はしなくていいのにと香多奈の愚痴はともかくとして。家族のお世話を受けているルルンバちゃんは、とっても幸せそうで何よりである。


 その内に一仕事終えたダリルと、ついでにハスキー達も周辺に既に敵はいないよと報告に戻って来た。それから休憩と毎度の紗良の怪我チェックを挟んで、ようやく次の層へと移動を開始する流れに。

 ちなみにダリルは、蛇の革や毒液やヒドラの牙が回収出来たと嬉しそう。立派な装飾をしていたラミアたちは、どうやら皆逃げてしまって遺体は無かったそうである。

 残念ではあるが、追い掛ける程ではないのでそこは諦めるしか。




 機体を綺麗にして貰ったルルンバちゃんは、ご機嫌に一行の後ろをついて来てくれている。このお掃除にも、ムームーちゃんの水魔法はとっても役に立ってくれた。

 その移動の途中で、緑の回廊のような場所に差し掛かる一行。移動の難所ではあるが、景色はとっても綺麗で子供達は大盛り上がりで撮影している。


 案内人の2人は、そんな家族を見ながらもうすぐゲートだと一言。呆れている雰囲気はややあるけど、もう慣れたよみたいな達観の表情も含んでいるかも。

 そうして樹々が織りなす蔦と岩場の回廊を伝って、一行は8層へと至るゲート前へ。これでようやく、依頼の類いとはおサラバかなとの香多奈の言葉に。


 妖精ちゃんが、次の層には強い敵はいないから安心しろと請け合ってくれた。それを聞いて、心からホッと安堵するリーダーの護人である。

 長い旅路だったけど、ようやくゴールは見えて来たようだ。


「ふうっ、この“世界樹ダンジョン”探索ももうすぐ終わりかな? 長かったよね、結局1泊しちゃったし……この次の層は、確か集落があるんだっけ?」

「そうみたい、妖精ちゃんの知り合いがいっぱいいるって言ってたよ。そこで、ずっと前に発注していた精霊樹の苗を受け取れば、今回の探索は終了なのかな?

 その苗が、妖精ちゃんの言ってたダンジョンを塞ぐキーアイテムみたい」

「そうなのか、それは凄いな……例の鬼と言い妖精族と言い、独自の研究でそこまでの成果が出ているんだな。人間も何とか研究が進めば良いけど、まだたった6年だからなぁ。

 ダンジョン封鎖の方法が確立するまで、まだ掛かりそうだな」


 小島博士に期待だねと、そんな護人の言葉を混ぜっ返す末妹であった。あの先生が希望の星とは世も末だねと、姫香のコメントは容赦がない。

 とにかくダンジョン封鎖の取っ掛かりがあちらの世界に広まれば、少なくともオーバーフロー騒動の心配は無くなる筈。そんな未来を話し合いながら、来栖家の面々はゲートを潜って第8層へと到達する。

 さて、これで長かった異世界探索ももうすぐ終了だ。





 ――あとは異界の集落を見学して、懐かしの来栖邸へと戻るだけ。





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