第617話 お花畑で昼食を済ませて再び階層渡りを始める件



 6層での戦いが集結するまで、結局は1時間近く掛かってしまった。途中から割り込んで来たハイコボルト軍団は、ミケの手荒い仕打ちに尻尾を撒いて逃げ去って行った模様だ。

 戦場となった破壊された森林跡地は、今は至って静かなモノ。少し前まで、狩人のダリルが『解体』スキルで素材回収をして回っていた。


 その収集結果は大したモノで、ツンデレホビットも大興奮の模様。大半は大猿の毛皮や、霊核と言う宝玉っぽいアイテムだけどその数も半端なく大量で。

 位の高い者が身につけていた宝石類も、ドロップ品として結構入手出来たとの事。ハイコボルトに関しては、そんなに良い品は取れなくて残念な結果に。


 それでも舞い上がっているダリルは、改めて来栖家チームの評価を上昇修正しているようだ。稼がせて貰ってますと露骨には言わないけど、顔はホクホクには違いない。

 その間に休憩中の来栖家の面々は、治療をしたりMP回復に務めたり。ほぼ全員がどこかしらに怪我を負っており、紗良も大忙しとなっている。


 香多奈も光の精霊を呼び出して、護人や姫香の治療に当たっている。目覚ましい末妹の成長には、家族も驚いてコメントを発しているのだけれど。

 褒め過ぎると調子に乗る性格の香多奈なので、その辺は過剰に褒める事はしないのは定番である。それでも、チームに回復役が増えるのは喜ばしい事かも。


「凄い戦いだったねぇ、護人さん……こんな激しい戦闘、今まで経験した事無かったよね。レイジーとかミケがフルパワーでの総力戦だよ、ほぼ全員が怪我を負ってるし」

「そうだな、あそこまで激しい戦いは滅多に味わった事は無かったなぁ。“鬼のダンジョン”くらいかな、敵が一気に出て来てしんどかったのは」

「本当だよね、私と妖精ちゃんも途中で戦闘参加しようかって話し合ってたくらいだよっ! ミケさんも、後ろから襲って来た別の敵の退治に忙しくしてたからさ。

 でも後衛まで来る敵がいなかったから、出番は無かったけど」


 そんな事を口にする香多奈は、未だに戦闘の余韻かハイテンションのまま。反対にハスキー達は、一区切りついて完全に休息モードである。

 この辺のオンオフの切り替えは素晴らしい、次の戦いまで体力と精神力を回復するのもまた才能である。狩りに慣れているハスキー達は、その辺の能力は秀でている。


 護人と姫香も、久々の戦いでの怪我と疲労にさすがにダウン寸前だ。ここまで自分を追い込んだのも、訓練を含めて無かったかも知れない。

 それでも一息ついた一行は、ここからさっさと離れた方が良いと言う案内人の言葉に従って。揃ってゲートの方向へと、重い足取りで進み始める。


 土属性の強いこの6層エリア、たまに森が途切れて歩きにくい岩場が出現したりする。そこを踏破するのは、なかなか大変な作業ではある。

 それでも移動する事1時間程度、ようやく安全そうな場所へと辿り着いた一行である。途中での戦闘は1度、巨大な猛禽類に空から襲撃されただけ。


 それをルルンバちゃんの射撃で乗り切って、ダリルは追加の素材確保に嬉しそう。ルルンバちゃんもさっきの大規模戦闘では、なかなか活躍出来なかったので面目躍如ではあった。

 そもそも彼は、自立行動は出来ても咄嗟の判断はまだまだ苦手だったりするのだ。普段から、来栖家の誰かが攻撃対象やタイミングを指示してくれていた弊害とも言えるけど。


 本当の意味でも自我を確立した時が、新生ルルンバちゃんの誕生の瞬間なのかも。新たに手のかかるムームーちゃんが仲間になったお陰で、お兄ちゃんの立場の彼は捨て置かれる運命と言うのもあるし。

 その辺は、どこの家庭でも似たようなモノではある。何しろ赤ん坊のほうが、より世話が掛かるしそちらに手間を取られるのは致し方が無い。


 或いはそれを感じ取って、ルルンバちゃんは自ら自立的な行動を取り入れているのかも。さっきの戦いでは、レーザー砲禁止縛りを重く見過ぎて、あまり活躍は出来なかったけど。

 自分の持つパフォーマンスを充分に発揮出来れば、来栖家の2大エースに匹敵する活躍は見込める筈。是非とも頑張って欲しいけど、AIロボの育成など誰も手掛けた事など無いので。

 誰も適正な助言が出来ないのが、ややもどかしい所ではある。



 そんな問題をはらんでいる来栖家だが、現在は拓けた丘の花畑に到着した所。ここから次の層へのゲートはもう近いそうで、一行はここで昼食休憩を取る事に。

 お昼の時間もとっくに過ぎていたけど、適正な場所がなかなか見付からなかったのだ。それでも我慢して歩いた甲斐はあったねと、子供達からは高評価が。


 さっそく食事の支度を始める紗良と姫香だが、手の込んだ料理はさすかずに無理。紗良からすれば不本意だが、乾燥麵や簡単なサンドイッチで我慢して貰う事に。

 それでも美味しそうに食事をとり始める面々は、さっきよりは随分と持ち直した感じである。レベル上げで鍛えた体は、どうやら伊達では無かったようだ。


「ふうっ、食事がお腹に落ち付いてようやく元気も回復して来たよっ。これなら、もう一戦くらい派手な戦闘があっても、何とか耐えられるかもねっ」

「そうだな、戦闘に関しては確実に無い方がいいけど……妖精ちゃん、その辺のこの先の道のりはどうなってるのかな?

 まだ集落とやらに辿り着くまでに、大きな間引き依頼はありそうかい?」


 それを含めて、妖精ちゃんと案内人の2人はヒソヒソ声で話し合う事2分少々。来栖家チームの余力と、この先に立ちはだかる厄介な敵の集団を天秤にかけていると思うとアレだけど。

 実際には、一行が目指している集落は次の次の階層に存在しているらしい。何だもうすぐじゃんと、呑気な台詞の香多奈だがどっこい道のりはまだ長いとも。


 そして妖精ちゃんの依頼も、次の階層も厄介な敵の集団が縄張りをつくっているナとの流れから。恐らくは、そいつ等の殲滅が最後の間引きだとの確約を何とか得る護人である。

 理想としては、そいつ等をさっさと倒して夕方前には目指す集落へと辿り着きたい。そこから妖精ちゃんの用事を済ませて、目的の魔法アイテムだか何だかをゲット出来たら最高だ。


 それからワープ装置を使って“鼠ダンジョン”まで帰還すれば、後は懐かしの来栖邸はもう目と鼻の先だ。わずか一晩の留守とは言え、あの家が懐かしくて仕方のない護人である。

 それは恐らく、子供達やペット達も同じ思いの筈……心から安らげる場所など、大抵の者は一か所しか持ち得ないのだ。そんな話をしながら、一行はゆっくりと昼食を終える。


 一面の花畑は季節感を無視して、まるで春先の様相を呈している。そこから少し離れた場所には、精霊が棲んでそうな深い森の入り口が。

 ここは異界なので、実際に色んな妖精や精霊が棲んでいるのかも知れない。一緒の席のドライアドは何も言わないが、仲間の存在に気付いているのかも。


 そして上を見上げれば、随分とくっきり輪郭を現した“世界樹”の姿が。最初の層で見たよりも、かなり身近になった感があって凄いかも。

 威圧感と言うか、お膝元にやって来た感じは物凄いモノがある。護人も子供達も、それを感じるのかどうしても一定時間で視線をそちらに向けてしまう。


 逆に案内人のドラちゃんは、最初の層より生き生きとして来た印象を受ける。これも“世界樹”効果だろうか、しかし幹の太さも枝の張り具合もまさに異次元である。

 まさにこの植物は、宇宙的な生き物なのかも知れない。




「さてと、お昼ご飯も食べ終わったし、いよいよゴールも近付いて来たよねっ。ええっと、叔父さんの予定では夕方前に異界の集落にお邪魔して、夜になる前に家に戻るんだっけ?

 確かに、異界に2泊はやり過ぎだよね、家畜の世話もあるし」

「そうだね、ハスキー達も家の方が落ち着くだろうからね。あんまり家を空けてもストレスになるだろうから、これ以上のお泊まりは止めた方がいいかもね」

「私も家の方が落ち着くなぁ……キャンプや外泊は、やっぱり落ち着かないや」


 紗良も妹達の言葉に同意して、何とか今日中に全部用事を終わらせようと意気の上がる子供たち。それから探索の再開、元気を取り戻したハスキー達がいつもの先導役である。

 そして案内人の示す次なるゲートを潜り抜けて、いざ次の7層へと。ここはどの属性が強いのとの姫香の問いには、闇がやや強いかなと狩人ダリルの返答である。


 それからドラちゃんの間引き依頼に関しては、このエリアに居着いた大蛇を退治して欲しいとの事。かなり巨体で、しかも1つの胴体に対して首は4つもあるそうな。

 それってヒドラとか言うんじゃないのと、末妹の不審そうな横入りに。最大の首の数は8つだか9つの大蛇だっけと、姫香も思い出しながらの返答である。


 紗良が思い出しながらウンチクを語るには、ギリシャ神話ではヒドラ(ヒュドラ)は9つの頭を持つ水蛇らしい。神話では、最後にヘラクレスに倒される敵役だそう。

 一方の日本の神話では、八岐大蛇ヤマタノオロチが超有名である。こちらは8本の頭と尾も8本で、やはり英雄スサノオに退治される悪役との話。


 ダンジョンに出現するヒドラに関しては、やはり首の数が強さと相関関係にあるみたい。この自然系ダンジョンに適用されるかは不明だが、そこそこ強いと見て間違いなさそう。

 ドラちゃんは、コイツは蛇系のモンスターの取り巻きを何体も連れているから厄介だと進言して来る。またも集団戦なのかと、護人の表情はとっても嫌そう。


 まぁ、それもあと1層の我慢だと、真面目にこのエリアの敵対勢力の情報を脳に入れる護人である。などと言ってる傍から、巨大カマキリが襲って来て突然の戦闘に。

 こんな待ち伏せタイプの敵は、本当にギリギリまで近付かないと存在が分からなくて困る。さすがのツグミも、こんな敵の察知に関しては苦手そう。


 それでも咄嗟の反応で、この敵を無効化したのもツグミだった。この層は闇系の属性が強いと言っていたけど、そのせいでツグミのスキル能力も強化されているのかも。

 敵の不意打ちと思わぬ大きさにビビっていた香多奈だが、ダリルの『解体』スキルには満足そうに見遣っていた。もっともこの敵からは、大した素材は回収出来なかったけど。


 やっぱり蟲系は駄目だなと、さっきの大物回収を思い出してるのかダリルの表情も渋い。それが移ったのか、末妹も渋い顔でハスキー達に進むよの合図を送る。

 この7層の探索を始めて、既に30分近くは経つだろうか。あまり目当ての敵が見付からないと、それはそれで不味い事態に陥ってしまう。


 こちらにも計画と言うモノがあるし、時間は有限なのだ。案内人の2人は、敵はデカいからすぐに発見出来ると請け合って来るのだけど。

 姫香もやや焦れ始めて、ルルンバちゃんに空から偵察して貰おうかと言い始めた頃。突然ハスキー達の歩みが止まって、警戒の雰囲気が後衛陣にまで伝わって来た。

 紗良も『遠見』のスキルで、前方に敵を発見したと告げて来る。


「ようやく巡り合えたけど、どの位の大きさの敵なのかが問題だねっ! ヘビって群れるのかな、あんまり相手をしたくは無いなぁ。

 だって、絶対何匹かは毒を持ってるよねっ」

「えっ、ええと……久し振りに『遠見』を使ってみたんですけど……噂のヒドラはとんでもない大きさですね。ついでに蛇の群れですけど、軽く50匹以上はいるかと。

 獣人っぽいのも混じってます、ついでに翼の生えた飛行タイプの蛇も」

「ええっ、何それっ……またも大規模集団戦になっちゃうじゃんっ! ウチは家族経営の、絆がモットーの探索者チームなんですけどっ?

 そんなホイホイ、大物ばかり回されても困るよ、妖精ちゃんっ!」


 香多奈の絶叫に、ここまで群れが大きくなるのはコッチだって想定外じゃといきどおる小さな淑女である。『遠見』で覗いている紗良の表情も、蒼白に近くてそれだけで敵の規模の想像はつく。

 みんな気合い入れて行くよと、果汁ポーションを口に含む姫香は超ポジティブ。レイジーも初っ端から、飛行タイプの敵用に炎の鳥をバンバン召喚し始めている。


 そして森の樹々を割って姿を見せた、ヒドラの体長に改めてドン引きする一行。あのサイズだと、人間どころかルルンバちゃんすら丸呑み出来そうだ。

 その周囲に飛んでいる翼を有する蛇たちも、軽く30匹以上は窺える。





 ――どうやらこの層も、大規模集団戦は避けて通れない模様。






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