第616話 6層で猿人との死闘を繰り広げる件



 今や案内人のダリルも、自前の弓で援護に駆り出されている。ムームーちゃんも同じく、射程内に飛び出した敵の猿人を《水柱》で正確に射抜こうとするのだが。

 敵の生命力は侮れないレベルで、しかもそれに混じって霊体上がりの特殊個体まで混じって来る始末。さすがの紗良も、コイツに《浄化》が効くのかまで判別は出来ない。


 試してみちゃえとの末妹の助言で、何度か挑戦はしてみた所。一定の効果はあるようで、特殊個体は完全に肉体を得た兵士と言う訳では無さそうだ。

 それでも急な数増しと、もう1体のボス級の出現はただ事ではない。それを阻止出来なかった護人は、敵の増援を悔やむのみである。


 過ぎた事は仕方が無いけど、これ以上の増援は万が一にもあってはならない。ようやく刺青入りの猿人を1体始末し終えて、護人は何とか敵の長に取り付きたい所。

 英霊が実体を持った黒色毛色の巨大な個体は、不気味なオーラを漂わせて現在は前衛へと出張っている。それを姫香がブロックして、自由にさせまいと頑張っている。


 レイジーはとにかく、理性がぶっ飛んで敵の猿人を斬りまくっている。炎のブレスも解禁して、周囲への気遣いなどやってられるかって入れ込み具合い。

 それも仕方が無い、何しろ敵の強さはA級ランクを与えても良いレベル。雑魚でも来栖家の武器の一薙ぎで倒れてくれない程、毛皮だか表皮の硬さはとっても厄介。


 しかも新たに出現した特殊個体と来たら、半分幽体の性質を持ち合わせているようで。物質を透過して武器での攻撃を回避してしまうズルさを発揮して来る。

 前衛に出張っている面々も、段々と手一杯でルルンバちゃんでさえ足止めで精一杯と言う状況に。紗良も《浄化》スキルの定期的な撃ち込みで援護するけど、それで弱りはすれど倒れてくれる敵も出ずピンチ。


 これはいよいよミケの出番かなと、香多奈は長女と話し合っての切り札の投入時期を確認し合う。その時、案内人の2人がこれは参ったなと言う表情で、背後からの気配を紗良へと告げた。

 つまりは、この騒ぎを聞いて新勢力が近付いて来てると。


「ええっ、そんなっ……まだこんな連中が、この層にいるのっ?」

「猿人と勢力争いを演じてる、恐らくハイコボルトの軍団じゃないかと思われる。特殊個体はいないと思うが、勢力は猿人の倍以上は軽くいるぞ。

 背後から襲われたら、我々は一発でアウトだな」

「そっ、それじゃあ……そっちをミケさんにお願いするしか無いのかな?」


 ミケも背後からキャンキャンと騒ぎ立てる勢力には、とっくに気付いていたようで。不機嫌そうに尻尾を揺らめかせて、仕方無いなと言う表情に。

 紗良と香多奈が見守る中、そいつ等は森の切れ目から続々と顔を出し始めた。見た目に関しては、確かに普通のコボルト兵士より体格は良くて人間の大人サイズが平均だろうか。


 武器や装備が立派なのも、雑魚のコボルト兵士とは違う点ではある。それでも、ミケの召喚した雷龍の前では、等しく同じ運命を辿るのだろうけれど。

 とにかく、最後の切り札を切ってしまった来栖家チーム、これで場に出せるカードは皆無の状態に。後はもう、それぞれ自力で運命を切り開くしかない。



 再び舞台は前衛の護人である、現在は絶賛敵の術士の護衛に足止めされている状態。イラつくしかないこの状況だが、敵の巨体の長の次の動向が気掛かりで仕方が無い。

 さっさと張り付きたいけど、戦場の背後も騒がしくなって集中力をかき乱されてしまう。チラッと見た限りでは、どうやらミケが《昇龍》の使用に踏み切った模様。


 それは全然構わないのだが、何と召喚された雷龍が向かったのは完全にこちらとは真逆方向と言う。つまりは新たな敵を発見して、そちらの討伐をミケがお願いされたっぽい。

 こんな状況を、恐らく故人は四面楚歌と評したのだろう……護人も全く同じ思いで、どうしたモノかと途方に暮れそうに。しかし騒がしい、猿人の絶叫と来たら。


 おちおち考え込んでもおられず、こちらも思わず力尽くで何とかしてやろうって気になってしまう。或いはそれも、相手の持つ挑発スキルなのかもと疑う程。

 それは珍しく苛立っている、レイジーやツグミを見ていても分かる。犬猿の仲と言うけど、相手にイラつくと良い事は1つもない。


 それはともかく、護人も一度冷静になってこの戦況の打開策を考えないと。などと思って周囲を見回したら、コンビフレーで見事に敵を倒してフリーになった茶々萌コンビを発見した。

 思わず茶々丸の名を呼ぶと、向こうは嬉しそうに護人の元へと全力で駆けて来てくれた。その速度は、思わず騎乗している萌を振り落としそうになる程で。


 どうも茶々丸は、たまにこんな感じで戦闘中もテンションが変な方向に振れてしまう事がある。それでも現状では、思わぬ戦力が手元に転がり込んで好機には違いない。

 護人は茶々萌コンビに、このまま敵のボスに突っ込むぞと指示を飛ばす。出来れば自分が長と一騎打ちの間、その周囲で邪魔をして来る奴らを相手してくれと。


 頼られたのが嬉しかったのか、茶々萌コンビは任せておいてと上機嫌。護人と共に、森の端の樹々に隠れている敵のおさ目掛けて特攻をかける。

 さて、リーダー同士のこの戦いはどう転ぶのやら?



 一方の前線組だけど、姫香の前にはちょっと前までゴーストだった黒色毛皮の巨猿が出現。何事と慌てるハスキー達、それでも後ろには敵を通さないぞとその場で踏ん張っている。

 元がゴーストの特殊個体は、紗良の《浄化》を浴びると弱ってはくれるようだ。それでも消滅はしないし、極めて厄介な敵には違いない。


 せっかく頑張って敵の数を減らしたのに、また変なのが増えてしまったのは完全イレギュラー。精神的ダメージも多い中で、それでも闘志を燃やして敵に対する前衛陣である。

 特に姫香は、何だか強そうな奴が急に目の前に出現してヤル気満々。敵の発する暗黒のオーラは気になるが、イケイケの姫香は敵が来たら斬り伏せるのみ。


 そんな訳で猛攻を仕掛けるも、どんな仕掛けか姫香の攻撃は敵の本体に届かない。どうやら霊体だか黒いオーラだかが、防御膜のような役割を果たしているらしい。

 逆に敵の攻撃は、黒色ブレスを含めて酷い有り様で姫香で無かったらヤバかったかも。『圧縮』防御や耐性スキルで、こちらも敵の攻撃を無効化する姫香である。


 『天使の執行杖』は強力な武器だけど、理力や精神力を消費するので長時間の戦闘はかなり辛い。この戦いも、敵のタフさと数の多さに長引いて既に30分以上掛かっている。

 さすがの姫香も、消耗が刃に出て切れ味が鈍っているのも1つの要因か。それ以上に、敵の英霊の特殊個体が物凄く強いってのもあるのだろうけど。


 実際に、繰り出される攻撃で近くの岩は粉々に割れるし、周囲のゴースト集団の統率系のスキルも持っているよう。完全に大物級の敵だが、どっこい来栖家チームも負けてはいない。

 得意のハンマー攻撃で、召喚されたゴーレム集団をほぼ破壊し終えたコロ助はまだまだ元気。ツグミも小細工が酷い猿人の後衛陣を、頑張って半数までに減らしてくれている。


 何よりハスキー達のリーダー犬のレイジーは、召喚されたゴースト特殊個体を強引に押し返す剛腕振り。少々プッツン来て、炎のブレスを解禁したのは仕方のない事と許して貰って。

 その身体は、コロ助と同じく《オーラ増強》効果で数倍に膨れ上がっているように見える。しかも炎をまとったかのような燃え上がるオーラは、敵を委縮させるには充分で。

 何と、狂気にいろどられた猿人軍団をも怯ませる程。


 しかも姫香のピンチを確認すると、そのフォローへと真っ先に飛んで来てくれる視野の広さ。ツグミが相手の後衛の処理に手間取っているのを見て、代役を買って出てくれたのだろう。

 姫香もそれに気付いて、思わずレイジーの名前を呼ぶ。心得たとばかりに、敵の気を惹いて陽動に動き始める賢いレイジーである。


 それと同時に、コイツは強敵だなと敏感に察知するリーダー犬。生半可な攻撃は、全て弾き返して思わぬ逆襲を受けそう。ここは素直に、力を合わせて“狩り”と洒落込むべき。

 すかさずレイジーは、己の発する炎で相手を焼き殺しに掛かる。それが不発に終わったと気付いたら、次は『魔喰』で敵の厄介な防御膜を剥ぎ取る作戦に。


 これは何とか上手く行って、明らかに戸惑う素振りの英霊の特殊個体の巨猿である。そこに思い切りよく突っ込む姫香、手にする武器はこれ以上ない程の光を放っている。

 恐らく最後の力を注ぎ込んでの、意地の一撃を放ったのだろう。その賭けは何とか上手く行って、英霊の本体は復元不能な致命傷を負った模様。

 傷口から抜け出る力の源を、レイジーは遠慮なく『魔喰』で摂取するのだった。



 茶々萌コンビと共に敵の長へと突っ込む護人は、その巨体に改めて畏怖の念を感じてしまう。何でこんな場所で、戦いに身を投じているのかって疑念は当然とも思われる。

 それを何とか追い払い、ペットと共にボス戦を挑む護人であった。途中、ガードに割って入った護衛猿は、萌が周囲の樹々を利用しての立体機動で背後から襲撃。


 そして見事に一撃で仕留めて、何と言うか最近の萌の成長振りは凄まじいの一言。茶々丸はそんな相棒に気付かず、減速せずに真っ直ぐ突っ走っている。

 ふと悪戯心が湧いて、護人はポッカリ空いた鞍に騎乗してみた。訓練でもした事のない人馬一体の突撃だが、《心眼》が妙な方向に働いてバッチリ成功する流れに。


 それどころか、茶々丸も護人が騎乗してくれたと知り一気にハイテンションへ。突撃の速度が1ランク上昇して、文字通り矢の速度にまで駆け上がる。

 それには驚きを隠せない、敵の長とその取り巻き軍団である。半分、森の樹々に身を隠していると言うのに、それを無視しての超特攻とか狂気の沙汰ではない。


 護人もおざなりに手綱を操るが、あまり意味はないかも。進路の決定は、どうやら薔薇のマントがチーターの尻尾のように、舵取りしてくれているよう。

 そして最初の犠牲者は、哀れにもそれを止めようとした刺青入りの猿人だった。体格もそれなりに良かったけど、茶々丸の角に引っ掛けられて見事に宙を飛んで行く。


 その代わり、こちらの速度が落ちたのは仕方のない事か。それでも敵の長はすぐ目の前、武器を振るえばダメージが与えられる距離である。

 護人はさっきまでの恐怖が嘘のように、雄叫びを上げてその太ももへと斬り掛かって行った。同時に“四腕”を発動させて、完全戦闘モードへと移行する。


 或いはそれは、恐怖心を無理やり振り切る行為だったのかも。とにかく目の前の敵を放置すれば、大切な家族が被害を被るのは目に見えている。

 向こうも生き残るために戦いに身を投じているのだろう、その点は議論の余地も無い。護人としても、降りかかる火の粉は全力で振り払うのみ。


 茶々丸と萌は、護人の命令を忠実に守って周囲の猿人に喧嘩を吹っ掛け始めている。そのお陰で出来た好機を、リーダーの護人が手間取る訳にはいかない。

 猿人の長は巨体で物凄い威圧感の持ち主だが、ベースは恐らく術者なのだろう。先ほどの護人の斬撃にも反応出来ず、今も武器を振るう素振りは無い。

 とは言え、反撃の咆哮は魔力も乗って物理的なダメージも入る酷さ。


 それを咄嗟の『硬化』で何とかやり過ごし、護人は敵の技の終わったタイミングで思い切り伸び上がる。咆哮技は瞬発力はピカ一だが、一緒に息も吐き出すのでその後吸い込む作業は必須である。

 その僅かな隙を見逃さず、わざわざ見下ろす格好の敵の眉間に向けて《奥の手》を放つ。自らの武器は喉元を薙ぎに掛かっており、どちらかが決まれば致命的となる筈。


 結果、両方とも見事に致命傷を叩き出して、賭けに見事勝つ事の出来た護人は思わず体から力が抜けそうに。それでもまだまだ、チームの為に戦っている者達がすぐ近くにいるのだ。

 人形のように崩れ落ちる敵の長に、ほんの僅かに同情しながらも。戦いに生き延びた事に安堵して、再び雄叫びを上げる護人であった。





 ――それにつられて戦場に響くハスキー達の遠吠えは、或いは勝ち名乗りの叫びか。





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