第615話 佐藤さんと別れて再び階層を上り始める件
「いいよっ、ムームーちゃん……そこをバシャ~ってやっちゃって。もう燃えてる所は無いかな、よく確認しないと佐藤さんが大やけどしちゃうからねっ」
「こういう時は、水系のスキルは本当に便利だな……ムームーちゃんは、やっぱり炎より水系のスキルの方が相性は良いのかな?
出て来る水の量が半端ないし、本人も使いやすそうだな」
「そうだねぇ、ムームーちゃんはウチのチームの
レイジーが船を派手に燃やしたから、捜すのも一苦労だよっ」
そんな文句を言う姫香だが、別に責めるつもりは全く無いみたい。今回はボスに止めも刺せたし、上機嫌な少女はツグミが見付けて来た宝物を検分に掛かる。
どうやら焼失した海賊船も、モンスター扱いだった様で倒した途端に魔石(大)へと変わってくれた。難破していて戦闘力も皆無だったのに、何とも大盤振る舞いである。
或いは、この海賊船が雑魚を生み出すスポーン役だったのかも。佐藤さんも騒がしいと言ってたし、この海賊(難破)船を燃やした事もきっと意味はある筈。
宝箱もポップしたし、本当のボス級はこの海賊船だったと思われる。そして姫香の『天使の執行杖』は、死霊級の敵にも痛打を見舞う物凄い武器だとも判明した。
ついでに思いがけない報酬も得たし、大満足の子供達である。今は戦闘後の休息と後始末をこなしながら、背中の上で大騒ぎした佐藤さんへのフォローも忘れずに。
姉と一緒に回収品のチェックをこなす末妹は、久々のお宝に喜色満面な様子。まずは幽霊船の魔石(大)が1個に、姫香が倒したボスは魔石(中)を2個ドロップした。
中型の骸骨兵は魔石(小)を落としてくれたし、午前中だけでも随分と稼げた。その上にスキル書が2枚にオーブ珠が1個、闇色の核のようなお宝まで回収出来た。
他にも海賊幽霊船の落とした宝箱には、薬品類やら魔玉(闇)やらが割と大量に入っていた。それから魔結晶(中)も8個も回収出来て、これだけでホクホクである。
更に宝箱には、海賊船らしく金銀財宝の類いが底の方に敷き詰められていた。特に金の延べ棒とか、宝石系は換金は苦労しそうだけど量は凄い。
一緒に覗き込んでいた、紗良や妖精ちゃんもそのお宝の充実振りには驚き模様。これこそ真っ当な労働報酬だよと、得意げな末妹のコメントはどうかと思うけど。
まぁ、今までがほぼ無料奉仕だったので、護人もちょっと報われた感が。佐藤さんも、どうぞ持って行ってと所有権を完全に放棄してくれて何よりである。
その辺は、土地の所有者(?)と揉めなくて本当に良かった。
「それじゃあ休憩も後始末も終わったし、名残惜しいけど次の層へと移動しようか。佐藤さんともお別れだな、依頼は完全にクリアしたで良かったかな?」
「そうだね、佐藤さんも満足してくれてる……お礼を言われたけど、特に報酬は無いっぽいね。ってか、勝手に貰ったよって言っておいたよ、叔父さん」
「それで良いんじゃないの、このサイズ差で報酬を用意するのも大変だしね。来栖家を代表して、元気でねって言っておいてね、香多奈。
大サメはミケがかなり倒したけど、全滅はさせてないと思うから」
そんな感じで巨鯨の佐藤さんと別れを告げ、一行は背中の森を後にして斜めの塔へ。その中にはゲートが待ち構えていて、これで新たな層に向かえる。
用事を全てこなした来栖家チームは、後腐れなく次のエリアへ。
“世界樹ダンジョン”の6層は、5層と違って随分と乾燥している印象を受ける。さっきまで湿度が高過ぎたってのも、もちろん要因の1つ。
どうやら支配と言うか、威張っている属性がガラリと変わっているようだ。それもその筈、ドラちゃんの話ではこの層は土の属性が強いとの説明。
それはまた変な敵が居着いてそうと、香多奈の予測は容赦がない。今度も大きな敵かなと、姫香も森の木々の隙間から周囲を見渡す素振り。
時間はまだお昼には少々あるので、出来れば昼御飯までに移動距離を伸ばしたい。そんな護人の
「こには土属性の猿人の群れが、勢力を伸ばしていて移動するのも一苦労なんだ。全滅とまでは言わないが、適当に間引いて欲しいかな」
「奴らは平気で木々をへし折って、環境を破壊しながら増えて行く厄介な種族だ。性格も狂暴で厄介だから、
中には、土属性や闇属性の魔法を使う奴もいるぞ」
「へえっ、それは大変そうだねぇ……聞いた、ハスキー達っ? 土属性のお猿さん達だって、たまに遭遇してる不潔な蛮族たちとも違う感じなのかな?」
案内人2人の説明に、香多奈はもっと情報を頂戴と催促の構え。ハスキー達は倒せばいいんでしょと、あんまり気に掛けずに先行している。
その辺はいつも通りだが、説明によるとたまに遭遇していた歪んだ蛮族より連中は遥かに強いそう。巨大なお猿さん軍団で、一度に50~60匹の群れに遭遇する可能性があるとも。
こちらは相変わらず炎系の攻撃を封じられて、ルルンバちゃんのレーザー砲も使い辛いと言う制約がある。それでもレイジーは『可変ソード』を鞄から取り出して、臨機応変にダンジョン攻略を楽しんでいた。
《オーラ増強》も使っているのか、その威圧感は半端無い。周囲の森に棲息している筈の動物たちは、それに当てられたせいかひっそりと息を潜めている。
余計な遭遇戦は時間の無駄なので、そのやり方は素晴らしいと護人も思う。周囲の動物たちには気の毒だが、なるべくさっさと通り過ぎるので勘弁して欲しい。
そんなこちらの思惑を無視して、進行方向から明らかに威嚇と分かる甲高い咆哮が聞こえて来た。奴らがこっちを嗅ぎ付けて来たぞと、ダリルもそれを聞いてチームに警戒を発する。
そんなのに気圧されないハスキー達は、声のした方へと真っ直ぐに進んで行く。さすがに土属性の強いエリアだけあって、ここの森は岩石の塊も所々見受けられる。
それでも圧倒的に森林の繫栄する力は凄まじく、それを呑み込む
ドラちゃんが顔を歪ませながら、この辺は既に奴らの縄張りだと教えてくれた。それに従って、戦闘準備を始める来栖家チーム。事実、威嚇の咆哮が随分と近くから聞こえるようになって来た。
ハスキー達も牙を
案内人は猿と形容したが、その姿は余りに異様だった。
そいつ等の体格はどれも3メートル級で、それより大きい個体も普通に存在している。共通するのはどいつも興奮して、ヤル気満々で向かって来ている事。
その一方で、この猿人共は個体差が激しい印象が。腕の数が4本あるのや顔が2つある奴、ネズミ顔の歪んだ蛮族共を操ってけしかけている奴やら様々だ。
騒がしい事この上ないが、ハスキー達は全く
そして最初の前線同士の激突は、衝突音すら聞こえてくる程の迫力。猿人たちの毛は総じて逆立っており、縄張りに侵入した連中に怒り心頭の様子。
それはハスキー達も同様で、喧嘩なら買うぜと勇ましい限り。特にレイジーは、理性もぶっ飛んでいきなり炎のブレスをお見舞いしている。
慌てる後衛陣だが、今はそれより敵の迅速な処理が先である。幸いこのエリアは、土の属性が強いせいか延焼の心配は無さそうな気配。
護人も後衛から弓矢を放ち、敵の後衛の呪術師っぽい猿人を牽制している。いかにもな
ツグミもすぐに気づいたようで、得意の奇襲から後衛の数減らしに奔走中。それでも、人の頭サイズの石を投げて来る奴とか、後衛の動きをする敵は多くて処理が大変。
そして敵の術者には、召喚士が混じっていた事がすぐに判明した。戦場となっている広場の岩から、次々と生まれて来る強そうなロックゴーレムの群れ。
どうも連中は、この手の戦闘にかなり慣れているようだ。或いはそんな敵対勢力が、この近辺に存在しているのかも。とにかく矢継ぎ早の攻撃を繰り出す猿人軍は、明らかに
そしてゴーレム召喚の次も、かなりのインパクトの技を披露して来た。
「うわっ、叔父さんっ……奥の黒い毛の奴がゴーストを召喚したみたいっ! 酷いっ、それでなくても向こうの方が数多いのにさっ!」
「おおっ、向こうはかなり戦慣れしてるな……紗良は出て来たゴーストの動向を気に掛けてくれ、敵の後衛はまだ何か悪さしそうかな?
仕方無い、ここはミケに任せて俺も前に出よう」
気を付けてねと香多奈の応援を貰って、護人は敵の後衛のおイタを止めに前線へ。紗良と香多奈の安全は気掛かりだが、ミケとムームーちゃんに任せるしかない。
信頼はしているが、何しろ体型が圧倒的に小さい両者は盾役にはなり得ない。そこが心配だが、これ以上敵に兵力を増やされるのは好ましくない。
そんな訳で敵の術者に突っ込む護人に、次々と激しく投石が飛んで来る。敵のエキサイト振りは、距離が近付くにつれ更に激しくなって行った。
血管が切れるんじゃないかと思う程の
或いはそいつが群れの
飛んで来る石の射撃を、『硬化』と薔薇のマントの飛行能力でやり過ごし。護人は何とか接敵に成功して、敵へと斬り付け始める。それを確認したツグミが、逆サイドへと降り立って暗躍を開始してくれた。
術者の猿人にもしっかり護衛はついていて、そいつ等は粗末ながら武器も携えていた。石製の斧や槍での攻撃は、しかし猿人の腕力に掛かれば必殺技の威力。
前衛でまたも、派手に炎のブレスが巻き上がった……レイジーも、敵のしぶとさに手を焼いているのかも。ハスキー達を含め、姫香も茶々萌コンビも未だ敵のラインを突破出来ていない。
久々に前線に出たルルンバちゃんも、それ以上突破出来ずにゴーレム軍団に抑え込まれている。稼働しているロックゴーレムは、まだまだ10体以上は健在中。
早い所術者を潰したい護人だが、どうやらゴーストも着々とその数を増やしているようだ。最初に召喚された巨大な猿人の英霊が、部下を増やしていると言った所か。
奴ら猿人軍からすれば、戦と言うのは部族総出の祭りのような物なのかも。それこそご先祖様すら参加して、敵集団の息の根を完全に止めるまで続けるのが作法だったら嫌過ぎる。
純粋ダンジョンの魔石モンスターと違って、独自の文化や生活習慣を持つ敵はとことん厄介である。これは確かに、案内人から駆除依頼が出されても仕方が無い。
それを遂行するのも、割と命懸けとなりそうな気配が漂い始めた中。一瞬だけ護人と目が合った敵の長が、いよいよ何かアクションを取り始めた。
それは奇妙な歌だか
次の瞬間、召喚されたゴースト集団に劇的な変化が訪れた。何と実体のなかった筈の猿人の霊体たちの半数が、不完全ながらも実体を得始めたのだ。
せっかく減らした敵の数が、これでまた振り出しへ戻ってしまった。それどころか、敵兵の意気は爆上がりしていて、戦に熱狂した猿人たちは異様な興奮状態へ突入している有り様。
それこそ、味方が幾ら死のうと関係ない程のトリップ振り。
――これはもう、どちらかが全滅しないと戦いは治まりそうもない程に。
――― ――― ――― ――― ―――
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