第614話 一夜が明けて改めて5層から探索を再開する件



 夕食後、夜は早く眠る習慣の来栖家は早々に斜めの塔の中で就寝と相成って。その夜は、異世界のダンジョン内ながらとっても静かで過ごしやすかった。

 或いはそれは、巨鯨の存在がそうさせたのかも。さすがに異世界の食物連鎖は厳しく、こんな巨体の佐藤さんでも獲物認定されるとの話だったけれど。


 普通の生物は、こんな大きな生き物に喧嘩を吹っ掛けようとは思わないだろう。とは言え佐藤さんの話では、広大な背中に異物が棲み付いてしまっているそうで。

 巨体にも意外な悩みがあるんだなぁと、寝る前の香多奈の素直な感想に。そうだねぇと、雑魚寝のキャンプ泊を楽しんでる姫香の返答である。


 側にはペット達も寄り添って来ており、そう言う意味ではベース基地の安全は万全。そんな感じで仲良く就寝して、無事に朝を迎える事が出来た。

 家畜の世話で毎朝早い目覚めに慣れている来栖家は、今回も朝日が出るかどうかの時間に全員が起床。ペット達も同じく、それから異常が無いか周囲の見回りまで行ってくれた。


 子供達も身の支度やらシュラフの片付けやら、朝の食事の支度やらを黙々とこなし始める。さすがの末妹も、目覚めたばかりはテンションは低いようだ。

 そして同じ敷地内で寝ていた筈の、狩人のダリルの不在に気付いて騒ぎ始める子供たち。ドラちゃんの証言によると、どうやら朝早く獲物を狩りに森へ出て行ったらしい。


 それはそれで気掛かりだし、無事に戻って来れるかなと思わなくもない一同だけれど。仮にも向こうは、長年この“世界樹ダンジョン”で狩りで生計を立てているプロである。

 心配するのも烏滸おこがましいかなと、家族はそんな結論に至った。


「朝ごはんは簡単になっちゃうけど、一応はお替わりあるからね、みんな。たくさん食べて、今日の探索を乗り切って頂戴ね。

 ハスキー達にも、お肉入りのご飯あるよっ」

「サンドイッチにコーンスープは、まぁ紗良姉さんからしたら簡単な部類になっちゃうのかな。普段が朝から豪華だもんね、旅先だからこの位が丁度いいよっ。

 ハスキー達は、今日もしっかり働いて貰うから遠慮しないで食べなさい」

「そうだね、あれっ……誰か入り口から入って来たね。あっ、噂をすればのホビットの狩人さんが戻って来たんだ。

 色々と荷物持ってるねぇ、魔法の鞄を貸してあげれば良かったよ」


 それはそうだが、出掛けるのを知らなかったのでそれは不可能ではあった。ダリルは良く分からない魚っぽいお肉やら、それから白っぽい骨素材を大量に背中にくくり付けての帰還となっており。

 それを見て騒ぎ出す香多奈と、狩りの成果を感心して眺めるハスキー達。どうやら骨は大サメのものらしく、来栖家が仕留めたのを『解体』して持ち帰ったらしい。


 それから約束通りに3割は貰うぞと、律儀なダリルの言葉に。言ってくれれば魔法の鞄を貸したのにと、フレンドリーな姫香と香多奈の提案である。

 それから改めて、ホビットの青年を朝食の席へと誘う子供達である。朝から重労働をこなして来たダリルは、遠慮せずに同席して食事を始める。


 その頃には、子供達の食事は終わっており、護人もコーヒーで胃を落ち着かせている状態。それから朝のミーティング、この辺はいつもと変らぬスケジュールである。

 農家の仕事は、いつもやる場所や仕事内容が違うので、その確認を行う必要があるのだ。それから家畜の調子も、家族で共有する必要があるし。


 そんな感じで今日の予定を話し合うけど、まずは巨鯨の佐藤さんの願いを聞いてあげなければ。そう話し合う来栖家に、本気なのかと呆れるダリルのツッコミが。

 とは言え既に約束した事だし、痛い所の治療を込みで叶えてあげなければ。別に見返りが欲しいとかじゃなく、こう言うのは旅先での一期一会的な感動である。

 後から思い出して良かったねと言う記憶があれば、それだけで幸せ。


「と言う訳で、午前中に何とか佐藤さんの依頼を終わらせたいねっ。そんで改めて、6層へと進んでこの“世界樹ダンジョン”の探索の続きをしようか」

「そうだな、宿泊道具はともかくとして、食材はそこまで多くは持って来てないし。取り敢えずは、今日中に妖精ちゃんの依頼を終わらせて目的の里に着きたいな。

 そんな訳で、今日も案内よろしく頼むよ、ダリル」

「そう言う契約だから仕方が無いな、上の層の里までは無事に案内してやる」


 朝食を綺麗に平らげた狩人のダリルは、そんな感じでツンデレ体質らしい返答。そしてエネルギーを補充した一行は、まずは塔の外に出て巨鯨の佐藤さんに朝の挨拶。

 それから紗良による、超巨大な皮膚の状態の診断に10分余り。香多奈も仲良くなった光の精霊を呼び出して、治療の手伝いを申し出ている。


 佐藤さんの言うように、左のヒレ辺りは随分と大サメの歯型が酷い有り様。しかも、妙な寄生型の蟲とかもとり付いていて、まずはそれを退治する事から始める治療組である。

 佐藤さんには身じろぎしないようにと香多奈から通達して貰って、霧の中へと潜ってのこの作業。治療と言うより修理だねと、姫香のぼやきもごもっともである。


 それでも水耐性の魔法アイテムを全員が所持しているお陰で、霧の中での戦闘も程無く終了の運びに。敢えて形容しなかったが、蟲型の寄生虫はとっても気持ち悪かった。

 それを退治したうえで、紗良と光の精霊の治療開始である。約束通りに動かない壁に安堵しながら、飛び回っての戦闘の疲れを癒す護人やレイジーである。


「レイジーの『歩脚術』と『可変ソード』のコンビ、久々に見れたよねっ。バッチい蟲を斬り刻んでくれて、本当に助かったよ。

 叔父さん、ちゃんと死骸の始末しといてねっ」

「死骸もそうだけど、武器や防具の手入れも大変だよ。いつものダンジョンと違って、色んな液体が剣や装備に付着するからね。放っておくと。臭いとか色々大変だ。

 魔法の武器は、切れ味は全く落ちないのは嬉しいけど」

「ほう、そうなのか……逆に俺は、敵が魔石から生まれたって言うダンジョンには入った事は無いな。

 面白そうではあるが、獲物ならこの地で充分にまかなえるからな」


 確かにそうだねと、姉達の作業を見上げながら香多奈の生返事。現在紗良は、姫香の作った『圧縮』土台の上で、佐藤さんの皮膚の怪我を絶賛『回復』中である。

 光の精霊は気儘に飛び回って、気になる箇所を治療して回ってくれている。その度に大量のMPを吸われるので、少女も精神力の管理に大変そう。


 暇な茶々丸に《マナプール》をお願いして、何とか耐えている香多奈は何気に偉いかも。佐藤さんは気持ちよさそう、それだけで頑張る甲斐があると言うモノだ。

 そんな治療を続ける事30分余り、香多奈もMP回復ポーションを2度飲んでお腹がタプタプになり始めた頃。何とか大きな傷は消え去って、一区切りつく事に。


 佐藤さんもとっても満足そう、感謝の波動は物凄くて周囲に巨大な虹が出来てしまう程。アンタ凄いねと、呆れる少女はすっかり巨鯨の佐藤さんとマブダチ感覚である。

 紗良も随分と精神力を消費したようで、その顔には珍しく疲労の影が。そんな状況で、続けて背中の異物除去依頼を受けるのはさすがに不味い。

 そんな訳で、護人は塔に戻って休憩時間を多めに取る事に。



「うわっ、まだ臭いが少し残ってるな……普通のダンジョン探索だと、そんな苦労しなくて済むのに。そう考えると皮肉だな、通常ダンジョンを懐かしむなんて」

「そうだねぇ、このダンジョンも思ったほど儲からないし……妖精ちゃんの言ってた補填ほてんの報酬も、全く当てになんないしねぇ」

「それは仕方ないよ、人助けならぬ鯨助けも出来たし良かったって事にしなきゃ。これも大事な異世界交流だね、ってかまだ背中の異物の掃除が残ってんだっけ?

 もう少ししたら行くから、動かないよう佐藤さんに言っておいてよ、香多奈」


 了解っと、末妹の返答は飽くまで軽いノリで傍から見ているととっても不安。狩人のダリルなどまさにそうで、大丈夫かなって表情で来栖家チームを眺めている。

 ただし、治療中は暇を持て余していたハスキー達はヤル気満々で、早く探索に行こうよと一行を急かす素振り。休憩を取って、紗良と香多奈も何とか体調を持ち直す事が出来た。


 そんな訳で、いざ2つ目の巨鯨の依頼の遂行へと動き始める来栖家チームの面々。佐藤さんの背中の森は、地上のそれと変わらない密度と成長具合を保っている。

 ここに巣食うモンスターって何だろうねと、後衛の子供達は相変わらず呑気である。先行するハスキー達は、敵が出没するのを前提に緊張感を保って進んで行く。


 今回は案内人2人も同伴しているけど、これは案内と言うより『解体』が欲しいための同行に他ならない。そうして背中の探索を始めて15分後、ようやく最初の敵と遭遇した。

 大張り切りのハスキー軍団は、目の前に出現した骸骨兵団に風をまとって襲い掛かる。コロ助は白木のハンマーを取り出して、敵を粉砕する気満々の勢い。


 そして勢い良くぶつかり合った両軍、異変を察知したのは後詰めにと戦線に近付いていた姫香だった。何とハスキー達の倒した骸骨兵が、次々に魔石へと変わって行ったのだ。

 アレッと驚いているのは、ハスキー達も同じく……とは言え今更戦いを止める訳には行かず、そのままの勢いで10体以上の骸骨兵団を粉砕して行く。

 そして数分と掛からず、騒がしかった戦いは終了の運びに。


「あれれっ、護人さん……さっきの骸骨兵は、みんな揃って魔石を落としてくれたみたい。どうしてだろう、佐藤さんの背中の上だけ魔石のダンジョンになってるって事?」

「えっ、そんな事ってあり得るの? クジラに呑まれて、その中で生活してたみたいなおとぎ話は時々耳にするけど。

 今のは、それとは全然違う現象だよね?」

「う~ん、そうだな……考えられるのは、野良モンスターの群れがこの“世界樹ダンジョン”に潜り込んで、偶然佐藤さんの背中に居着いちゃったとかかな?

 ありか無しかって言えば、この位しか仮説は思い付かないな」


 護人の言葉に、それはあるかもと賛同する子供達である。一方の案内人の2人は、あったとしてもずいぶん昔の話だろうなとしきりに首を傾げている。

 とは言え、そう言った現象はたまに見かけるとダリルも口にしており。倒した途端に魔石に変化するモンスターは、年に何度か遭遇するとの事。


 それよりハスキー達が、アッチにまだいるよとの催促が酷い。しかも何となく大物までいる気配、そんな事を香多奈が口にすると洒落にならないのだけれど。

 どうもオーバーフローで溢れ出した大物とその部下が、ここに流れ着いたんじゃないかなとの姫香の推測に。それは大いにありそうと、末妹が賛同する始末。


 そんな訳で、ハスキーの先導で推定大物の待つ巨鯨の背の森の奥へ。そしてしばらく進んだ先に、不時着したような海賊船の船体が見えて来た。

 何でこんな森の中にと、さすが水属性のエリアでも無理のある敵の出現に驚く一同。いや、あれを敵認定して良いモノやらと、混乱する護人だがハスキー達はヤル気満々。


 レイジーは炎の軍団を召喚し始めて、紗良にバリアお願いの視線を飛ばしている。ツグミとコロ助は、船体の下方から出て来た骸骨海賊兵団を目にして殲滅へと向かって行く。

 茶々丸と萌も同じく、ダッシュをかまして討伐戦では負けないぞと勇ましい限り。骸骨の中には3メートル級のやら水死体のゾンビやらも混じっていて、さっよりバリエーションは豊富みたいだ。


 香多奈は背後から、一緒に燃やしちゃえとエースのレイジーに檄を飛ばしている。紗良は急かされるまま、黒いドクロマークを掲げたガレー船を包み込むよう《結界》を張り始めた。

 それを確認して、レイジーの召喚した炎の鳥が船体にダイブ。派手に着火して、周囲はもうわちゃわちゃ状態に。香多奈は巨鯨の佐藤さんに、ちょっと熱くなるけど我慢してねと思念を飛ばして完全に後出し通告。


 その頃には船の甲板から、海賊船長の骸骨やらゴースト軍団やらが、多少慌て気味に出て来ていた。ボス級連中が出現のタイミングを計っていたら、突然舞台に火をつけられて怒り狂っているようにも見える。

 そんなの関係ない来栖家チームは、とどめのような姫香の『天使の執行杖』の一薙ひとなぎ。いつの間にやら前衛に出張っていて、参入の機会を窺っていたようだ。

 結果として、ベストのタイミングでボス級を撃破に行った模様。





 ――後は雑魚の死霊達が、レイジーの炎で浄化されるのを待つのみ。







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