第613話 “世界樹ダンジョン”内で一晩過ごす事になった件



「思ってたより、敵の数が多いな……みんな、船から落ちないように攻撃を開始してくれ。いざとなったら、躊躇ためらわずミケに頼ろうか」

「了解っ、まずはルルンバちゃんから攻撃を開始するよっ。いけ~っ、波動砲!」

「それじゃ、こっちも紗良姉さんの『光紡』付きのシャベル投げ行こうかっ。『圧縮』土台をここに作るねっ、あの大きい奴から狙うよっ!」


 敵に囲われている段階で、微妙に大サメの群れとの距離のあるボートに乗った来栖家チームの面々だけど。そんな事は関係ないとばかりに、遠距離攻撃で敵の数減らしへと移行する。

 相変わらずのイケイケな性格は、一体誰が発端なのかはさて置いて。ルルンバちゃんのレーザービームは、霧に拡散するせいか一撃で大サメを仕留めるまでは行かず。


 これは苦しいかなと思った矢先、姫香のシャベル攻撃は『身体強化』も乗って凄い威力。まるで駆け出しの頃の中ボス戦を思わせる、遠慮の一切ない先制攻撃はさすがである。

 これを喰らった個体は、たった一撃で霧の中へと沈んで行く破目に。そして腹を空かせた仲間からの共食いにあって、割と周囲は悲惨な状況に陥ってしまっている。


 その混乱に乗じて、紗良と香多奈は投げられたシャベルの回収に務める。それを尻目に、姫香の2撃目も見事に敵に命中して、またもや沈んで行く敵の巨体である。

 護人も飛行モードから、《奥の手》で船に近付こうとする個体に攻撃を仕掛けて回っている。さすがに弓矢ではらちが明かないと悟って、ここからは肉弾戦モード。


 ハスキー達も、各々の遠隔スキルで近付く奴に傷を負わせている。とは言え、いつもと勝手が違う為かスキルの威力も半減している感じを受ける。

 属性の恩恵は、やはり水属性の相手側に圧倒的に有利みたい。これはもう、紗良お姉ちゃんの《氷雪》かミケさんに頼むしかないねと、香多奈のもっともな戦術指南。


 それに従って、紗良は素直に敵の密集していそうな所を目掛けて術を編み上げて行く。それを邪魔するように、突然ボートに突き上げるような衝撃が。

 どうやら大サメに真下から体当たりされたようで、大慌ての乗組員たち。咄嗟に船体が引っ繰り返らないよう、《重力操作》で調整したルルンバちゃんは見事。


 それでも紗良と香多奈は悲鳴をあげて、船体から放り出されないよう必死。飛行のほうきを使って華麗に危機回避なんて、言うのと実行するでは大違いである。

 そこはコロ助が巨大化して、見事に2人のクッションになってくれた。これも隠れたファインプレー、そして一番小さなミケも、危うく放り出されそうになるのを踏ん張って耐える。

 この不意打ちに、怒れるミケの反撃スキルが放出された。


 まずは落雷が各所に、ボートを中心に不規則に落ちて行くそれに、大慌てでボートに戻る護人。経験上、こんな時に一番注意すべきは巻き込まれ事故なのだ。

 容赦のないお猫様の攻撃は、ある意味理不尽で理性など吹っ飛んでいる。人間側が合わせてあげないと、味方に被害が及ぶ場合も出て来てしまう。


 せめてボート下に潜り込んだ大サメくらいは倒したいが、荒ぶるミケは《昇龍》スキルも使用した模様。ボート近くに潜んでいた敵は、召喚された雷龍が倒してくれたみたい。

 周囲にいた生物も、突然の雷鳴に驚いて逃げまどっている。


 周囲の酷い状況に反比例して、ボートの上の来栖家の子供達は何とか落ち着きを取り戻していた。そして怒れるミケをなだめる紗良と香多奈に、ニャンコもようやく我を取り戻す。

 その頃には、あんなにボートの周りを囲っていた大サメは全く姿が窺えず。どうやらミケの召喚した雷龍が、全部倒すか追い払ってしまったようだ。


 そして、予期せぬ地面の鳴動がボートに乗ってる面々にも聞こえて来た。宙に浮いているので振動こそ伝わっては来ないが、左前方の森が盛り上がって動き始めている。

明らかに落雷騒ぎが原因で、この事態は進行している模様である。早くも何かを悟った姫香は、末妹を睨みつけてまたアンタが招いたわねと厳しい追及を始める。


 知らないよとそれを否定する香多奈の前に、浮かび上がったのは超巨大な魚影だった。と言うよりも、この肌の黒さは確実にクジラだろうと推測される。

 以前、やはり異世界のダンジョン内で、超々巨大な亀型移動要塞を目にした経験があるけど。こちらも負けない程に大きい、立派な島を背負った巨大クジラが目の前に。


 ここが霧の湖で良かった……あんなのが水面に浮上したら、巻き起こる波でこんな小さなボートは簡単に沈没していた筈。それだけ巨体で、形容するなら移動する島そのものである。

 実際に背に乗っけている島は、ゆうに町の4区画くらいはありそう。中には20メートル以上の巨木も生えていて、どんだけ同じ場所にじっとしてたんだって話である。


 それより、どうやらこの巨大クジラにはしっかりと感情があるらしい。どうやらさっきの落雷騒ぎが気に入らずに、その原因がこちらにあると感付いているよう。

 その気配を『友愛』スキルで感じ取った末妹は、ゴメンねとの感情を素早く送信する。乗ってるボートが大サメの集団に襲われちゃってさと、飽くまでフレンドリーなのは単に性格の為せる業である。


 そして向こうも、奴らの集団狩りには困っていた模様……何と、この巨体でもかじられて被害が出てしまうそうな。ビックリ仰天の香多奈は、こっちには回復のお薬あるよとお得意の交渉術でお近づきになろうと口説いてみたり。

 相手の巨大クジラは、年齢の為せる業かその超々巨体のせいか、思考がとってもスローリー。そんな訳で末妹は、家族に今クジラさんと交渉中と同時中継に余念がない。


 ビックリする護人や姫香だが、アレが襲って来ないのを知ってホッと安堵のため息。さすがに島級レベルの敵を倒そうと思ったら、どんだけ火力が必要か想像もつかない。

 しかし、それにしても末妹のコミュ力の高さと来たら。


「あっ、ついでに島に棲み付いてる、寄生虫みたいなモンスターも倒して欲しいんだって。治療は左のヒレの辺りが痛いからよろしく頼むって言われちゃった。

 結構注文が多いよね、この佐藤さん」

「佐藤さんって誰よ、香多奈のアンポンタン。それより、もう周囲も随分と暗くなって来ちゃってるよ、護人さん。

 戦闘や治療をこなすにしても、次の日にすべきじゃないかな?」

「そうだな、佐藤さんがそれまで待ってくれるなら、それが一番なんだが……佐藤さんって誰だい、香多奈?」


 どうやら末妹の理論では、クジラ⇒ザトウクジラ⇒ザトウと言えば佐藤さんとなったらしい。そんな訳で、仮称佐藤さんに明日まで待ってよと気楽に頼む香多奈である。

 そして来栖家チームは、どうやらまたも異世界ダンジョンにお泊りする運命に。前回の時もそうだったし、既に躊躇ためらいはないとは言えキャンプ泊は大変だ。


 やっぱりあの斜めの塔で一晩過ごさせて貰おうかと、今夜の宿について話し合う子供達である。一方の佐藤さんは、やはり時間間隔がとってものんびりしているらしく。

 その位待つのは全然平気みたいで、塔の近くまでついて来てくれるみたい。久し振りに話が通じる存在に出会えて、案外嬉しいのかも知れない。


 護人からすれば、ペットにしようと末妹が言い出さないかと胸中冷や冷やである。まぁ、このサイズになると異界から持ち帰るのは絶対に不可能だろうけど。

 前回のムームーちゃんの件もあるし、決して油断は出来ないのは既に思考に刷り込み済み。とにかく手頃なサイズの生物には、なるべく出会わないようにと願う護人だったり。


 とにかく話は上手く纏まって、ボートはルルンバちゃんの運転で元来た桟橋へと戻って行く。それについて行く小島のような巨大クジラ、傍目からはとってもシュールに映る筈。

 ご機嫌なのは香多奈のみ、ペット達は余りの巨大な生物の出現に騒然としている。ただし、ムームーちゃんはおぢさんコンニチハと、律儀に挨拶を交わしている模様。



 ちなみに帰る間際に、紗良の『光紡』にくくりつけられていたシャベルの回収は見事に成功。今後、姫香の遠距離砲が復活する可能性もあるかも知れない。

 何しろ、金と銀のシャベルも妖精ちゃんに巻物で強化して貰っているのだ。そんな品を、ホイホイ放り投げてくすのは勿体無さ過ぎる。


 毎回探索で大金を稼いでいるとは言え、魔法の装備に関しては金を出しても買えない部分もあるのだ。基本、来栖家は節約家でもあるし、既存の道具を凄く大切にする。

 その辺は、農具の扱いを大切にする護人の姿勢に起因しているとも。性格的に紗良もそうだし、勿体無い精神はチームのカラーとなっている気も。


 そんな訳で、段々と暗くなって行く周囲の明かりの中、投げつけたシャベルにへこみが無いか調べる姫香。紗良もボートでの戦闘とは言え、ぶつけたりしてペット勢に怪我が無いか調べて回っている。

 香多奈とムームーちゃんは、ようやく移動を始めた巨鯨の佐藤さんと会話で盛り上がっているよう。その内容は他の者には聞き取れないけど、まぁ親交が深まってるなら良かった。

 その調子で、末妹にはくれぐれも失礼の無いように接して貰いたい。


「あっ、佐藤さんもちゃんとこっちについて来てくれてるね……アレは本当にザトウクジラが原型なのかな?

 マッコウクジラだったら、眞光まこうさんって名前になってたとか?」

「それは分からないけど、話が通じる相手で良かったねぇ。あんな大きな生物を怒らせてたらと思うと、ゾッとしちゃうもんね」

「そうだな、そのせいでまた新たな依頼を受けたけど……その辺も含めて、明日から仕切り直しだな」


 そう言う護人に、やっぱり泊まりになっちゃったねぇと騒ぎ始める子供たち。ハスキー達は、好きに動けないボートから早く降りたくて仕方が無い様子。

 そんなボートは、ルルンバちゃんの運転で10分後には出発した桟橋へと辿り着いた。そして迎え出てくれた案内役の2人は、来栖家が連れ帰った巨鯨の姿に驚き固まってしまっている。


 そんな2人に事情を説明する護人と、塔の散策をして一晩を過ごす場所を決めに掛かる子供たち。ハスキー達や茶々丸は、ようやく地面に戻れたと明らかにホッとした表情だ。

 それからお泊りになったと報告しないとねと、荷物から巻貝の通信機を取り出す末妹である。そして地上の美登利や凛香に、こちらの状況を軽い調子で話し始めている。


 その隣では、紗良が取り敢えず夕食の支度をどうしようかと頭を悩ましている。この塔に泊まるのならば、ここで夕食の用意は全然アリだし。

 そんな事を姫香と相談して、今夜のキャンプの準備を始める姉妹である。ようやく説明の終わった護人も、それに加わって今夜の拠点作りに参加している。


 その辺は、キャンプ慣れしているだけあってみんな手際が良くて素晴らしい。紗良も案内人の許可を得て、塔の入り口付近で簡易コンロを使って料理を始める。

 一応は持参した素材は充分に揃っていて、ペット達の分の食料も充分に用意は可能だ。これが2日を超えて3日滞在となると分からないが、今の所は食事の心配はいらない。

 途中から姫香も助手に入って、料理は1時間かけずに完成へ。


「案内人の人の分もあるよ、遠慮なくどうぞ? ハスキー達の分も、お肉と野菜焼いてるからねっ。ミケちゃんも含めて、みんな家族が食べてるのと一緒のを欲しがるんだよね」

「本当だよね、コロ助なんて普段は野菜なんて見向きもしないのに。私やお姉ちゃんが食べてると、普通に欲しがって食べるんだよ?」

「まぁ、今日は本当にハスキー達も頑張ってくれたよ。もちろんミケもな、たくさん食べて休んでくれ……明日も朝から、この異界のダンジョンで探索だからね」


 本当にそうだよねと、ペット達のお皿を用意してあげている香多奈である。それから自分も、おいしそうに出来上がっているシチューを姉の紗良によそって貰っている。

 ドライアドは妖精ちゃんと違って、この手の食事はとらないそうで残念な限り。その代わり、狩人のダリルは異界の料理に興味津々らしく、積極的に口に運んでいる。


 そんな感じで夕食を食べながら、家族は今日の出来事や明日の展望を語り合っている。時折、末妹は外で待機している巨鯨の佐藤さんとも会話をしている模様。

 そして思うのは、明日もハードな探索になりそうかなって事。





 ――“世界樹ダンジョン”は、未だその全貌を明らかにせず。





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