第612話 次の層の属性が大いに侵食されていた件



 4層の残りを何とか踏破して、案内人は来栖家チームを無事に次のゲートへ導いてくれた。その途中で出没したネズミ型の蛮族は、超不気味で不潔だった。

 その集団を何とか退けるハスキー達、狩人ダリルは連中を歪んだ蛮族と呼んでいた。奴らの巣にはお宝もあるかもなと言われたけど、子供達は反応せず。


 見た目もバッチい歪んだ蛮族の巣など、覗いてみたくないと本音が顔に書かれている。そんな訳で、その場は華麗にスルーしてゲートのある方向へ。

 そして5層に進む前に、ドラちゃんから次の層の注意事項が。そこは木の属性よりも、水の属性の方が強大な特殊エリアになってしまっているらしく。


 それを念頭に入れて、そこに棲み付いたモンスターの排除をお願いしたいとの事。聞けば、森林エリアが水属性のエリアに侵食され掛けているそうで、管理が大変との事。

 仲間のドライアドも、息苦しくて生存が大変なのだそうで。そんな水属性のモンスター達を、さっきみたいに始末してくれと軽い調子で頼まれてしまった。


 来栖家として否はないけど、難敵との連戦は勘弁して欲しいと思わなくもない。何しろ時刻は既に4時過ぎで、果たして夕暮れまでに目的の場所へ到達出来るかどうか。

 妖精ちゃんは、途中でキャンプかなとか、呑気にのたまってくれてるけど。こんな危険なダンジョン内で、一晩でも過ごしたくなどない。

 その点、護人は子供達に対する保護者の責任があるのだけれど。


「それはまぁ、仕方が無いよね……妖精ちゃんの目的の層までまだ掛かるって話で、急いで何とかなるなら頑張るけど。間引きの依頼もこなさなきゃ駄目ってんのなら、そっち優先は仕方ないかな?

 ドラちゃんの仲間も、困ってるって話なんでしょ」

「そうだねっ、人助けも探索者の大事なお仕事だもんねっ! その結果、先に進むのが遅くなってもそれは仕方ないよ、叔父さんっ。

 暗くなってから、森を進むのも危険だもんね」

「まぁ、そうだな……急ぎ過ぎて戦闘がおざなりになっても仕方ないもんな。それじゃあ、泊まり覚悟でじっくり腰を据えて探索に励もうか。

 始まりの集落みたいなの、近くにあれば良かったんだが」


 その次の集落が、実は妖精ちゃんの目的地であるらしい。そこまで辿り着くには、あと4~5層を踏破する必要が出て来るみたいで。

 1層を1時間半として計算しても、6時間は掛かってしまいそう。強行軍を敷くとすると、夜の10時とかになるのでさすがにそれは躊躇ためらわれる。


 そんな訳で、ゆっくり慎重探索に切り替える事にした来栖家チームである。護人は皆に水耐性の装備を装着するように告げて、次の層の対策を前もってこなして進み始める。

 水の属性の強力なエリアと聞かされていたが、ピンと来なかった護人と子供たち。ところが5層へと突入すると、その意味をはっきりと理解する事に。


 何と言うか、湿気が凄いどころの騒ぎではないこのエリア。森の中を歩いている筈なのに、息苦しくてまるで水中にいるかのように錯覚してしまう。

 まるで“アビス”の水中エリアである、水耐性の魔法アイテムを装着していて良かった。案内人の狩人ダリルも、どうやらその手の装備をしっかり持っていた様子。


 逆にドライアドのドラちゃんは、このエリアは苦手なようで息苦しそうな表情。ただしさすが精霊だけあって、窒息死する事は無いみたいで良かった。

 そして案内人の2人は、そんな湿気に満ちた森林を抜けて崖に沿って上って行く道へと一行を案内する。その途中で襲って来たのは、その辺の樹木に取り付いているクラゲのような生物だった。


 コイツらも水属性の様で、取りつかれた樹々はどれも精気を吸い取られたような元気のなさ。表皮にはどれも苔がびっしりで、腐りかけてる枝木も目立つ。

 そのモンスターは、自ら宙を漂って移動は出来るけどとってもスローモー。簡単に武器やスキルで倒す事が可能で、まずは一安心と言った所だ。


 それよりこうなった原因がもうすぐ見えて来るぞと、案内役のダリルは皆を導いて奇妙な塔の建つ方向へ。それは何故か、崖の斜面から斜めに生えているような造りで遠くからも良く目立っていた。

 そこへと続く通路も、高い崖に沿っていて危なっかしく感じる。


「何だろう、あの塔……面白い造りだね、住むには不便そうだけど。何か桟橋みたいなのがくっ付いてるね、まるで船着き場みたい」

「滝の音みたいなのが聞こえて来てない、お姉ちゃん? あっ、あっち側の崖は全部滝じゃないかなっ!? うわあっ、これは凄い景色だねぇ」

「本当だっ、これは確かに水属性の方が強くなるよね……ってか、あそこに流れ落ちてる水はどこに溜まっているんだろうね?

 物理的には、そんな事あり得るのかなっ?」


 紗良の言葉はもっともで、確かに滝壺はどこかにあって然るべきではある。流れ落ちる大量の水は、重力に従って下へ下へと流れて溜まって行く筈。

 一行が崖沿いの道を上って行くほど、そこから見える景色は段々と明瞭になって行く。仕舞いには見下ろす形になって、何となく全ての謎が解けた気がする護人であった。


 つまりは、アレだ……南米にあるエンジェルフォールは、あまりの高低差のせいで途中で滝の水が霧と化してしまうそうな。確か1キロ近くだっただろうか、ここも高さはそれ位はありそうだ。

 そして一行の登って来た崖は、ぐるりと丁度円を描くようにゲートから出た5層の森林エリアを囲っていた。そして霧と化した滝の水は、森林全体を滝壺の代用品としているみたい。


 これはさすがに、根本的な原因の改善など出来そうにはない。それにしても壮大過ぎる景色だ、そしてその奥には巨大すぎる“世界樹”もハッキリと確認出来ている。

 その巨大な幹と枝の造りは、まるで神の造った建造物のよう。


 護人は子供達に、あの滝壺の無い滝の種明かしをしながら、やっぱりその景色に魅入っていた。案内人のダリルは、既にかなり近づいた斜めの塔を指差してあの建造物の説明をする。

 つまりはあの塔の中に、次の層へのゲートは存在するのだけれど。そこを潜る前に、この異質なエリアに巣食うモンスターを倒して欲しいとの依頼である。


 この水場を気に入って、水属性のモンスターが多く居座って久しいそうで。中にはかなり手強い奴も混じっていて、ダリルの腕ではとても倒せないとの事である。

 恐らくは、層を上がるごとにそう言う敵が存在するのだろう。“世界樹ダンジョン”の階層渡りは、案内人がいるせいでそこまで苦では無いみたいだけど。


 間引き案件を引き受けると、途端に難易度が跳ね上がると言う妙な仕掛けが。妖精ちゃんも、ここで経験値を稼ごうって考えらしくダリルの話には超乗り気である。

 そんな訳で、20分以上掛けて一行はようやく崖の上に見えていた斜めにそびえる塔へと到着。姫香の言っていた桟橋みたいなモノは、どうやら本当に桟橋だったよう。

 そこには、10人は乗れる立派なボートが横付けされていた。


「うわっ、船があるよ……魔法で動くのかな、宙に漕ぎ出す感じ?」

「この船の底には、水分と極端に反発する石が埋め込まれている。それこそ霧とかもやの類いでも発生していれば、その上を漕いで進む事が可能だ。

 これで森の上を移動して、ついでに水属性の敵も倒してくれ」

「簡単に言ってくれるが、敵もそれなりに強いって話なんだろう? う~ん、何とかルルンバちゃんも乗れるかな、動き回るのは難儀するだろうけど。

 ただしハスキー達は、完全に機動性を削がれちゃうな」

「あっ、本当だ……ちゃんと作戦を練らないと、船上戦は苦戦しちゃうかもっ!?」


 慌てる末妹に、確かにそうだねぇと賛同する姉達である。取り敢えず護人は、薔薇のマントで空中をついて行くとして。ハスキー達は、完全に機動性を奪われて大変である。

 そんな感じで作戦会議をしていると、香多奈が空飛ぶほうきが鞄の中にあるかもと騒ぎ出した。正確には『飛翔の箒』と言うこの魔法アイテム、確かにピンチには飛んで逃げれるかも?


 不安定な船での戦闘など、危なっかしくて来栖家チームは未経験である。姫香も戦いになると早々に『圧縮』空気の土台に逃げる予定。

 何しろ霧の上を船は進むと言っても、乗ってる人間はその限りでは無いのだ。普通に落下すれば、霧など何のクッションにもなってはくれない。


 溺れる心配はないかもだが、高い所から落下のダメージの方が洒落にならないかも。そもそもどんな敵が出現するかも分からないし、船出前の作戦は割と難航する気配。

 ダリルとドラちゃんの話では、確認出来ている敵に関してだけでも結構いるそうな。こんな山の上の水源なのに、何故か大サメとか海賊船の出没を何度か見た事があるそうで。


 それより小型のモンスターも含めると、割と種類は多いカモとの話である。戦上戦は、そんな訳で思ったよりも長丁場になるかも知れない。

 そんな不安をはらみながら、夕暮れの気配に急かされ船出する一行。


 今回はさすがに、案内役の2人は桟橋の塔でお留守番する事に。紗良と香多奈も念の為に船には乗せたくなかったけど、それは両者に全力で拒否された。

 香多奈に至っては、無駄な自信でいざとなったら魔法の箒で華麗にピンチをしのげると自信満々。その自信がどこから来るのか、詳しく聞きたくて仕方のない護人である。


 とにかく本当に、モタモタし過ぎると日が暮れてしまって身動きが取れなくなる恐れが。そうなると、あの塔内で夜を過ごす事も一応は可能ではあるけど。

 モンスターと戦うには、かなり不利なので出陣は急ぐべき。そんな理論で漕ぎ出したもやで形成された森の湖モドキに、10人乗りのボートはいかにも頼りなさげだ。


 と言うより、襲って下さいと言わんばかりのシチュエーションは怖過ぎる気も。遠距離武器が無いよねとブー垂れる姫香に、末妹は鞄から昔懐かしのシャベルを取り出して手渡す。

 金と銀の2本のシャベルは、確かに姫香の膂力で投げれば強力な武器である。


「うわっ、懐かしいな……でもこれ、投げたら回収が不可能になっちゃうじゃんっ! 中ボスの部屋みたいに閉鎖空間じゃないんだから、取りに行く手間を考えなさいよ」

「あっ、そうか……でもそれじゃあ、叔父さんとルルンバちゃんしか遠隔攻撃は出来なくなっちゃうよ? お姉ちゃんってば、練習してもちっとも弓の命中率は上がらないし。

 紗良お姉ちゃんも、何か言ってあげてよっ!」

「えっ、そうだねぇ……そうだっ、私の『光紡』をシャベルに結びつけたら、後から回収も出来ちゃうんじゃないかな?」


 これまた懐かしい、今やほとんど使わなくなった紗良の『光紡』スキルの新たな活用法に。子供達はそれ採用と、大いに盛り上がっている。

 これで大サメとか、もしくは島みたいなクジラが襲って来ても安泰だねと口にする香多奈。それを制して、アンタの口からおまかせは洒落になんないから止めなさいと姉がたしなめている。


 そんな言い争いの最中にも、結局は家族チーム全員が乗ったボートは頼りなく揺れながら進んで行く。動力については魔導ゴーレムの仕掛けで動くようで、ルルンバちゃんがそれを簡単に乗っ取ってしまって操作中。

 もはやそれも当然みたいな、良く分からない方向に進化している来栖家チームの面々だけど。そんな経緯など知らねぇよと、敵は白い靄の中から出現して来た。


 ようやくの敵のお出ましにチーム内に緊張が走って行く。それは3~5メートル級のサメの群れの様で、襲われる側からしたら迫力は満点である。

 早速空へと飛び立って、弓矢での迎撃を始める護人だが効果は薄い様子。当たっても致命傷にはならず、その血の匂いでますます敵をおびき寄せてしまう可能性も。

 現に、霧の中を泳ぐ大サメの数は少しずつ増えて来ている気が。





 ――その大群は、ボートを中心にゆっくり旋回を続けるのだった。






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