第611話 “世界樹ダンジョン”の広さに呆れながら先に進む件



 巨大アリの巣の破壊の後、来栖家チームとダンジョン案内人の一行はゲートのある方向へと進路を変えて進む。その結果、30分後には第4層へと到達出来た。

 途中の道のりでも、大鹿や大蜘蛛の襲撃を1度ずつ受けての戦闘をこなし。鹿の死体を前に、狩人ダリルの『解体』は大活躍を見せた。


 それから“歪んだ蛮族”と言う奇妙な集団に襲われる事2度。どうやら猿系の動物が獣人化したようで、こちらを見ると狂ったように襲い掛かって来た。

 ホビットの案内人も、奴らは危険だと警戒心をマックスにしての提言を送って来る。確かに自らの身をかえりみず襲い掛かって来る狂気は、相手取るには大変だった。


 こちらはハスキー軍団&茶々丸が、安定の迎撃態勢で迎え撃って被害は無かったとは言え。連中はどの階層にも散らばって集落を作っているそうで、思いがけない場所で遭遇する場合もあるそうな。

 そんな敵の集団を退けて、最終的には緑で出来た回廊のような場所へ。自然が偶然に作ったエリアとしては、かなり神秘的で美しい光景である。


 その回廊を1周した場所に、無事にゲートを発見した来栖家チーム。次の層にはかなり手強いモンスターが棲みついてるぞと、ドライアドのドラちゃんが忠告して来る。

 詳しく内容を聞くと、どうやら狂った精霊系の敵らしい。それは確かに怖そうだねと、子供達もその強さは熟知しているようだ。

 何しろ、過去に何度か対戦経験もある強敵である。


「しかし、もう3時か……泊まりも覚悟してたけど、まだ先は長そうだな。まぁ、焦って怪我するよりは慎重に間引きしながら進んで行こうか。

 ハスキー達も、急がないペースでな」

「それにしても、本当に宝箱もお宝もないねぇ……テンション下がっちゃうよ、これだけみんなが頑張って敵を倒しているのに」

「確かにねぇ、今まで回収したのは鹿の角と肉と……後は甲殻素材がちょびっとだけ? メインは約束されているとは言え、かなり物足りないねぇ」


 それを聞いて、それなら収集のコースも入れようかと案内人2人の有り難い言葉が。上の層では、お宝を収集癖のある敵もいたかもと、思い出しながらのドラちゃんの呟きに。

 それってドラゴン的な奴じゃないでしょうねと、警戒マックスの姫香の返しである。4層より上の敵も、どうやら難敵が揃っている感じ。


 まるで巨大な屋敷の大掃除に駆り出された気分の来栖家だけど、やってる事は似たようなモノかも。それでもドラちゃんの案内で進んだ先の景色には、思わず感嘆のセリフを漏らす子供達である。

 ここで存分に素材を回収すれば良いと、ドライアドの案内人は無表情で広場を指し示す。そこは花満開のちょっとした森の中の広場で、色合いからして華やか過ぎた。


「この黒薔薇の花ビラとか、都会じゃ高値で売れるぞ。香水だか、それとも化粧水の原料になるんだったかな? 他にも薬草やハーブ系の草も生えてるから、適当に採って行けばいい」

「凄いねぇ、紗良姉さんの《鑑定》で良さそうなの見繕ってよ。私と香多奈で、ちょこっと10分ばかり採集して回るから。

 護人さん、その位の時間ならいいでしょ?」


 そんな訳で、寄り道しての子供達の採集タイム。ハスキー達は周囲を警戒しつつも、腰を下ろして半分は休憩モード。護人も同じく、子供達の仕事振りを腰を下ろして眺めている。

 そうして周囲を見渡すと、例の“世界樹”の存在が間近に迫っている気が。どうやらこのダンジョン、階層を上って行く事でしか“世界樹”の元に辿り着けないようだ。


 妖精ちゃんの説明では、この“世界樹”は精霊樹の一種らしい。なので異界にまたがって成長が可能らしく、そこにダンジョンを封じるヒントもあるとの事。

 良く分からない説明だが、そのために遥々はるばるこんな所まで来たのだ。護人からすれば、結果が無駄足では無い事を願うのみ。


 それでも、これだけ壮大な景色を見れただけでも得した気分である。やはり百聞は一見にかずと言うけど、探索の為とは言えあちこち歩き回るのも良い経験かも。

 とは言え、異界に何度もお邪魔するのも考え物だ。現実世界もそうだが、危険と経験の釣り合いが取れてない場所ってのも結構あるし。


 そんな事を考えていると、子供達の収集活動はようやく終わってくれたらしい。この後は敵との戦闘が待ってるぞと、狩人ダリルに告げられて気を引き締め直す一行である。

 そうして再出発から10分後、一行は狂った精霊を目のあたりにする事に。




 そいつは恐らく風系の精霊だと推測されたが、一行の目の前に出現したのは渦巻く葉っぱだった。それが段々と巨人の姿を形作って、ギロッとこちらを睨み据えて来た。

 つまり向こうは、最初からヤル気満々でこちらを完全に敵と認識している模様。ついでに近くの植物もざわついて、配下らしき樹霊がパペット兵を参戦させて来た。


 その数は素材の豊富さからか、あっという間に二桁へと突入。しかも食虫植物がくっ付いたのやら、蔦を鞭のように振り回すモノやらバラエティに富んでおり。

 ついでに丸太が原料の、ゴーレムのような連中まで混じっていてとっても賑やかに。これも燃やせば楽なのだが、延焼の心配をしなければならない一同は大変だ。


「俺と姫香で、まずはあの巨人を押さえておこうか……空中戦になるかもな、フォローは頼んだよ。紗良と香多奈は、地上戦でレイジー達のフォローを頼む」

「了解っ、今度はルルンバちゃんが活躍する番かなっ? 取り敢えず、紗良お姉ちゃんの《結界》とルルンバちゃんの波動砲の組み合わせ行ってみようか!」

「ええっ、上手く行くかなぁ……?」


 突然そんなオーダーを貰っても、戸惑う事しか出来ない紗良ではあるけど。ルルンバちゃんはヤル気満々で、もう撃っていいのと催促の素振り。

 紗良の《結界》は、確かに邪悪なモノを選り分けての防御魔法なので使い勝手はそこそこ良い。とは言え精神力を多く使うし、範囲を広げようと思ったらそれなりに大変だ。


 取り敢えず、向かって来るパペット軍団の背後に頑張って《結界》スキルを展開してみると。その隙を逃さず、タイミングバッチリなルルンバちゃんの大砲射撃。

 それに巻き込まれた半ダースの植物系パペットは、あっという間に退場の憂き目に。背後の森にも被害はなく、香多奈の作戦は見事に成功したようだ。


 しかもスキルの使用もほぼ一瞬で済んで、MPコストも少なく済んだのは僥倖ぎょうこうだった。やったぁと嬉しそうな末妹と、残ったパペット兵に肉弾戦を挑む面々。

 ハスキー達は嬉々として、接近戦から木偶人形の殲滅を行っている。茶々丸と萌のコンビも、それに遅れじと特攻からの黒槍&自前の角チャージ。


 その威力は凄まじく、木っ端微塵みじんに壊れて行くパペット兵。あっという間にその数は減って行くが、操る者が別にいるのかその数はなかなか減ってくれない。

 一方の護人と姫香のペアは、巨大な敵に空中戦を挑んでいる所。枯葉の巨人はその中身を渦巻うずまかせて、まるで巨大な洗濯機のよう。


 近付けばタダでは済みそうもないが、生半可なスキル攻撃では通用しそうもない。精霊系の敵の厄介な特性は、対する2人とも充分に承知している。

 護人の武器は現在、魔断ちの神剣から『ヴィブラニウムの神剣』へとチェンジを遂げていて威力もより強大に。これで《奥の手》の理力剣と合わせれば、恐らくコイツも倒せるはず。


 一方の姫香は、『圧縮』防御と新しい武器の『天使の執行杖』で接近戦を挑むのみ。そのついでに、《舞姫》や《豪風》が発動すれば良いかなって割とアバウトな戦術だ。

 それでも各種耐性アップスキルを備えている姫香は、何気に防御面では安泰だ。今も護人より早く狂える風の精霊に取り付いて、そして派手に吹き飛ばされている。

 そんなお茶目な点も、まぁ姫香の持ち味ではある。



 植物系のパペット兵の数は、ペット達が殲滅しているお陰で増えはしないが減りもしていなかった。森の茂みや巨大な樹の幹から、定期的に生み出されてまるで蟲の巣のよう。

 紗良とルルンバちゃんの一斉清掃は、タイミングを合わせてあれから2度ほど実行された。その度に冷や冷やする長女だけど、今の所は失敗には至っていない。


 そして数が減ったのを見計らって、敵の増える絡繰からくりを暴こうとするのだが。どいつがボスなのか、或いは召喚主は別にいて隠れているのかサッパリ分からず。

 焦る紗良と香多奈だが、側にいる案内役の両者はそうでは無かったみたい。ドライアドのドラちゃんが、あの樹の幹に狂った同族がいるぞと指し示してくれて。


 どうやら彼(彼女?)の話では、そいつがこのパペット軍団を召喚して操っているそうな。それを聞いて、すかさず末妹が前衛のペット勢に情報を共有する。

 つまりは、誰かやっつけちゃってと言う丸投げだけど、今回それに応じたのは木登りが得意な2匹だった。レイジーは『歩脚術』で、そして茶々丸はヤギの本能で木登りを開始する。


 香多奈はドライアドの言葉を聞き取って、アッチに移動したとかすぐ近くにいるよと通訳を忙しなく行っての名サポート振り。それに応じて、レイジーと茶々丸は狂った精霊を追い詰めて行く。

 そしてファーストアタックは、茶々丸に騎乗していた萌だったと言う。その横取りに腹を立てる、大人気ないレイジーは絶叫するドライアドに『針衝撃』での追撃を行う。


 その針先はキッチリ炎で燃えており、狂った精霊は更に絶叫する破目に。茶々丸も負けずに《飛天槍角》での追い打ちをかけて、これで強敵の狂った精霊は塵と化して行った。

 何とも恐るべしな、ペット達の戦闘スキルである。



 その頃、吹っ飛ばされた姫香はサポート役のツグミに救助されていた。狂った風の精霊は、そのパワーもどうやら規格外の模様だ。

 空中戦を挑んでいる護人は、姫香が闇のクッションに助けられたのを目視して安堵のため息。思い切りが良い少女ではあるが、たまにこんなポカをするのだ。


 それよりやはり予定外が怖い護人は、さっさとこの難敵を倒してしまいたくて仕方が無い。今も妙な風の従者を、数体召喚して来てウザいことこの上ないし。

 おまけに風の刃は、直撃したら胴体が真っ二つになるレベル。『硬化』を掛けていても、この魔法攻撃は防ぎ切れないかも知れない。


 ちなみに、召喚された竜巻型のモンスターも、枯葉をまとっていて場所が丸分かり。どう言う縛りかは不明だけど、枯葉を纏うのは不利でしかないような気がする。

 逆に時たま放たれる風の刃は、判別し辛くて厄介だ。薔薇のマントが勝手に回避行動をしてくれるので、こちらは反撃の事を考えていれば良いけど。


 枯葉について利点が無いと言ったばかりだが、何と言うかアレのお陰で奴の核が見付かり辛くて仕方が無い。《心眼》で場所は分かるのだが、クルクル移動する枯葉のせいで狙いがつけにくくて困ってしまう。

 その時、狂った風の精霊の巨体が大きく揺らいだ。足元を確認すると、復活した姫香が『天使の執行杖』を大剣モードに変えて勢い良く斬り付けていた。


 その威力は凄まじく、実体のない風の精霊の左足がスパッと切り離されていた。さすが苦労して入手した伝説の武器である、使いやすさを含めて素晴らしい能力。

 思わず喰らったそのダメージに、狂った風の精霊も一瞬ほうけた様に倒れて行く。その隙を逃さず、護人は距離を詰めての敵の弱点へと肉薄する。


 回転する枯葉と勢いのある空気の激流に邪魔されながら、護人の『ヴィブラニウムの神剣』は狂った風の精霊の核を見事に真っ二つに切り裂く。その瞬間、霧散して行く濃い密度の大気の層。

 周囲の樹々が突然の突風に大きく揺れる中、ゆっくりと高度を下げて行く護人。末妹の言い草では無いが、これだけの重労働で報酬が得られないのは確かに徒労感が半端ない。


 通常のダンジョンなら、魔石やら各種ドロップ品は確定で貰えていたのに。それを思うとタダ働き感が半端ないが、これも人助けと思って先を急がねば。

 特に香多奈は、ブー垂れ始めるとキリがないし。





 ――子供達の心理状況も踏まえつつ、先を急ごうと心に誓う護人だった。





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