第610話 いよいよ“世界樹ダンジョン”の本格攻略に至る件



 さて、ようやくホビットの案内人も捕まって、これで倒した敵の死体問題も解決した。狩人のダリルの使用したスキルは、『解体』とか『素材確保』って感じでこの地では呼ばれているらしい。

 代々、狩人の系譜に受け継がれるスキルで、これがあるとないとでは確かに効率が段違い。この“世界樹ダンジョン”は魔素の代わりに霊素が立ち込めているそうで。


 それに釣られて、様々なモンスターが他所からやって来て居着いてしまうそうな。そして霊素がいつの間にか魔素に変わって、居着いたモンスターがパワーアップするとの事。

 そうなると、ダンジョン内に集落を構えている彼らにとっては大迷惑である。そんな訳で、定期的な間引きも狩人のお仕事になって来るのだけれど。


 強力なモンスターも、この異界の地は魅力的に映るようで結構目撃されているとの事。それらの間引きを、妖精ちゃんは来栖家チームに簡単にお願いして来た。

 今は2層の集落で昼食を食べ終わって、皆で元気に再出発したところ。ホビットの狩人ダリルの案内で、集落を出て30分程度が過ぎただろうか。

 そこでダリルは、少し寄り道を提言して来た。


「このダンジョンの間引きを手伝ってくれるのは、本当に有り難いな。妖精の姫様が、たまに腕利きの勇者を連れて来てくれるって話は、長老たちから聞いていたんだけど。

 それなら、このダンジョンに詳しい精霊にも一行に加わって貰おう」

「へえっ、それって誰の事?」


 途中加入の案内人に、気楽に話し掛ける末妹に対して。狩人のダリルも、そこの樹に話し掛けてみるよと妙な返答をして来て、一同は混乱する破目に。

 ところがその言葉は、本当だったとすぐに分かった。葉振りの良い大樹に話し掛けるダリルの言葉に応じて、その幹からニョキっと現れる少女の姿が。


 いや、出て来たのは正確には男の子か女の子か分からない風貌の、香多奈と同じ位の背丈の子供である。精霊の一種だろうか、緑色の肌は樹の精霊だろうと推測出来る。

 妖精ちゃんも、アレはドライアドだなと子供達の推測を裏付けてくれた。おおっと感動する子供達は、ノームとホビットの異世界交流に続いてテンション上昇中。


 出現したドライアドは、葉っぱで出来た簡素なシャツとズボンのような物を着込んでいた。可愛い感じに纏まっているけど、探索に同行する装備では決してない。

 それでも妖精ちゃんも似たようなモノだし、戦闘に参加しなければ同行しても問題ないだろう。狩人のダリルも、戦闘要員でなく情報収集に呼び寄せたみたい。


 そして間引きして欲しいモンスターを、事前リサーチしてくれる模様。それからしばらくして、進むルートが決まったぞとダリルが報告して来た。

 それによると、かなりの厄介な敵が各層に居着いているようで先行きは超不安でしか無さそうな。それでもこれも試練の内と、諦めつつも先へと進み始める一行である。


 この2層は、集落が存在するだけに強敵もそんなに出現しなかった。出て来て驚いたのは、ゲート近くの大樹にたむろっていた大カミキリムシの大群位のモノ。

 これには、結局ついて来たドライアドも、全滅させて頂戴と厳しい指示出しをして来た。どうやらコイツ等は、樹の中に卵を産み付けて中から枯らしてしまうみたい。


 そんな訳で、害虫退治を10分余り行って何とか全滅させる事に成功。大量だったのと、噛みつき攻撃が厄介だったのとでなかなか大変な敵ではあったけど。

 何とか怪我人も無く撃破に成功して、小休憩の後に次の層へと進む来栖家チームである。狩人のダリルは、さすがに倒した蟲の解体まではしなかった。


 放置しておけば、他の小虫かキノコが分解してくれるとダリルは何でもないと言う表情。うわあッと言う表情の末妹だけど、生態系ってそう言うモノである。

 とにかくこのダンジョン内でも、森の掃除屋が機能しているのは確からしい。そんな訳で蟲の死体を放棄して、一行は3層の探索を開始する。



 来栖家チームの配列は、2人のゲストを迎えたが大幅な変更は無し。ハスキー軍団&茶々丸が相変わらず先行探索を行って、その後を後衛陣がついて行く形だ。

 戦闘多めのダンジョンだと、中衛に姫香や萌が出張る事もあるけれど。この“世界樹ダンジョン”は、他と勝手が違うので部隊を分け過ぎるのも少々不安である。


 そんな訳で、後衛陣にゲスト2人を招いての探索行は割と賑やか。とは言え、ドライアドの子供はほぼ喋らずに一向について来るだけ。

 それでも各層の厄介なモンスター情報には詳しいみたいで、行き先を指示しているのはこの子である。そしてこの層は、どうやら大アリか何かの巣が生態系を壊しているっポイ。


 それの討伐を命じられた来栖家チームだが、やはりレイジーの炎が封じられたのが痛手である。大集団を火攻めは基本戦術なのに、それが出来ないと大変かも。

 例えば敵の集団が百匹以上いたら、戦闘を百回しないといけなくなる。物凄い重労働で、しかもまだ階層が多く控えているのだ。


 そこで姫香が交渉して、森の中で炎の使用は不味いよねとダリルとドライアドの子供に訊ねてみる。当然だと返す両者は、山火事の危険は承知している様子。

 要するに、炎が周囲に拡散しなければ良いのだと、子供達は結論付けて作戦を話し合う。具体的には、スキルで何とかならないかと有用な組み合わせを模索してみる事に。


 その中で、防御系のスキルで延焼する範囲を固定したらどうかと、末妹からアイデアが出た。そこで、それが可能かどうかをムームーちゃんとみんなで実験を始める。

 ハスキー達も呼び戻されて、何とも壮大な作戦会議である。何しろこの先、レイジーや萌の炎のブレスが封じられるのは痛過ぎる。

 結果、紗良の《結界》が良い調子だと判明した。


「うん、私の『圧縮』だと空気の流れも封じちゃうからね……まぁ、延焼を止ませるときにはこれで囲っちゃえば良いんじゃない?

 それにしても、紗良姉さんの《結界》は本当に優秀だねっ!」

「かなり疲れるし、範囲もそこまで大きく作れないけどね。それじゃあ、炎攻撃が始まったら炎が周囲に飛び移らないように《結界》を張るね」

「おおっ、合同スキルだねっ……頑張って、紗良お姉ちゃん」


 そんな家族を、ゲストの2人は小首を傾げて見守るばかり。確かにアリの巣を完全破壊するのは、強大なスキルでもない限りは不可能ではある。

 ただし、それを使って自然破壊に及んでしまっては、元も子もないとこの探索者達は考えているよう。それを理解して、なるほどと考え込むダリルである。


 案内を頼まれはしたけど、この異界の探索者達を信頼はしていなかったってのが彼の本音である。思ったより実力はあるようだが、厄介な敵の処理は恐らく半分も出来まいと。

 そう考えながらも、しばらくは高みの見物を決め込む予定の案内人である。




 そうしてドライアドに案内された森の中ほどに、ぽっかりと空いた広場を発見。草木は全て食い尽くされたのか、見事に円形をした空き地である。

 いや、空き地では無くて巨大な蟻塚がそこかしこに天を突くように乱雑に建っていた。その周囲には、人間サイズの大アリ達がうじゃうじゃ動き回っている。


 “裏庭ダンジョン”の大アリを思い出して、心穏やかではいられない護人や子供達。それにしても、自然界では放置するとここまで増えるモノか。

 周囲に天敵がいないせいかもだが、あれだけ巨大だと獲物も少ないだろうに。とにかく森の異物には違いなく、ドライアドのドラちゃんも困っている様子。


 ちなみに名前は、香多奈が勝手に命名してしまった。それを家族で共有するのも、来栖家のいつものパターン。向こうからも文句は出ないようで、これで本決まりっぽい。

 そして作戦は、レイジーの《狼帝》炎召喚スキルから始まった。『炎のランプ』を取り出して、萌とムームーちゃんもお手伝いするいつものパターンに。


 あっという間に巨大に膨れ上がる、炎の軍団のその頼り甲斐と言ったら見事の一言に尽きる。今回は炎の狼軍団らしく、その姿は各々4メートル級と巨大である。

 それを操るレイジーの能力は、召喚を行う度に伸びて行っているのだろう。さすが来栖家のエースである、まさに彼女だけで敵の兵団と対する事も可能かも。


 そして放たれた炎の狼兵団は、合計で10匹とかなりの数に達していた。4メートル級の奴が大半なので、近くにいたメンバーはその熱気を体感して驚いている。

 当然、外敵を警戒していた大アリの護衛兵もその接近をいち早く察知した。そこからは慌しく動き回る、黒の甲殻に覆われた昆虫の群れたち。

 敵は混乱しているようで、集団での反撃も機能していない。


「いい調子だよっ、レイジー……このまま敵の巣ごと燃やしちゃえっ! あっ、でも巣は土で出来てるみたいだね。

 これは燃え広がる心配、しなくても良かったかもっ?」

「そうかも、一応森に近い巣を攻撃する時だけスキルで壁を作ろうかな?」

「延焼してからじゃ、後処理が面倒だしな……そうだ、ムームーちゃんの水魔法でも始末は可能かもって、さっき考えてたんだっけ。

 幸いエーテルは大量に持って来たし、後始末には最大限の配慮をしようか」

「そうだね、護人さん……まぁ、このダンジョンじゃお宝はゲット出来ないかもだから、持ち出し分マイナスになっちゃう可能性が高いけど」


 そんな姫香の言葉に、物凄くショックを受ける末妹だったり。確かに今までのダンジョンだったら、ダンジョン自体が探索者用に宝物を用意してくれていた。

 それは養分として人間を招き入れるためだと、多くの研究者は推測しているようだけど。それを目的に活動する探索者の、生活費にもなっているのが現状である。


 ところがこの“世界樹ダンジョン”は、どうやら異界が綺麗な層を成して偶然ダンジョン風になった場所らしい。その雰囲気を好んで、各層にモンスターが居座ってしまったのは仕方が無いとして。

 先住民のドライアドや精霊族にとっては、確かに良い迷惑なのだろう。そこで妖精ちゃんみたいな存在が、定期的に腕利きの冒険者をこの地に招いているみたい。

 ただし、そこに利益が発生するかはトンと不明と言う。


 良く出来たシステムなのかは不明だが、少なくともこの巨大アリの巣の討伐は順調そのもの。レイジーの指揮の下、地表にいた大アリ軍団は全て真っ黒こげになって行く。

 それを確認して、巣の中へと入り込む炎の魔狼軍団。虫の焼けた臭いが周囲に立ち込めて、思わず姫香は『圧縮』でその空気の流れを断ち切る。


 紗良も茶々丸と萌に護衛されつつ、森に近い場所の延焼を防ぐ《結界》スキルの使用を始めた。そんな来栖家のフォローもあって、30分後には無事に巨大アリの巣駆除は成功に至った。

 喜びよりも、安堵の気持ちの大きい表情に見える来栖家チームはまさにその通り。まるで家の軒下に巣を作ろうとした、スズメバチを自分達で駆除したような感覚である。


 その厄介さは、田舎に住む者なら分かる筈。毎年の恒例行事な地域も、場合によってはあるみたいだし。それを含めて、虫との戦いは田舎に住む者にとっては当たり前の事である。

 まぁ、ここまで巨大で厄介な害虫は滅多にお目に掛かれないのだけれど。子供達にお疲れ様と称えられているレイジーは、満更でも無い表情である。

 それでも、護人に頭を撫でられると思わずブンブン反応する尻尾。


「驚いたな、わずか30分であの巨大アリの巣を壊滅させるなんて……姫様の従者は、凄い戦闘能力の持ち主なんだな!」

「誰が誰の従者なのかはともかくとして、この程度の敵なら何ともないわよ。森にダメージが行かない様にって、難しい縛りがなければもっと早く片付けられたかな?

 さあっ、休憩が終わったら次の場所に案内お願いね」

「言うねぇ、姫香お姉ちゃんっ……でも全くその通りだよね、私達のチームならこの程度の敵は何でも無いもんっ! 次の敵も、アッと言う間にやっつけちゃうよ!

 でもやっぱり、宝箱が全く無いのはテンション下がるよねぇ?」





 ――余裕でそう口にする姉妹は、既に探索者の貫禄は充分?






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