第609話 “世界樹ダンジョン”の手荒い歓迎を受ける件



 妖精ちゃんの説明によると、この先の階層を登った所にノームとホビットの集落があるらしい。それは彼女の懇意としている集落なので、危険が近くにあるのは望ましくないのだそうな。

 なので、この調子で近くの脅威は積極的に排除して欲しいとの事。あの後、やっぱり騒がしい戦闘音を聞きつけて、灰色狼とか巨大蜘蛛とかもやって来たのだ。


 追加で10分以上の戦闘を行って、ようやく静けさを取り戻した森の中である。さすがに連戦で疲労感の強い来栖家チーム、紗良がいつものように休憩の準備を始めている。

 幸いにも、怪我を負ったメンバーはいないようで何より。例によってペットの世話を始める紗良と、モンスターの遺体の片付けを始める護人である。


 そこに妖精ちゃんが寄って来て、灰色狼の遺体からは毛皮が取れるからキープしておいてとのお達しが。無駄な殺戮では無いと知って、護人もホッと一安心。

 そんな休息時間の間も、周囲の警戒を怠らない姫香である。ミケも珍しく、紗良から姫香の肩へと移り渡っての警護のお手伝いを行っている。


 周囲の森林は、ここがダンジョン内だと言われても全く分からない生態系を作り出している感じを受ける。香多奈も遊び半分に、魔素濃度を計測してみたようだけど。

 針はほとんど反応せずに、普通のダンジョンとは別物との認識をした方が良さそうだ。それは倒しても消えない死体を見れば、一目瞭然でもある訳だが。


「ふうっ、森を歩くのは慣れてるけど、異界の森となると感覚はまた別物だよね。大き目の敵がどこかに潜んでいると思うと、かなり緊張しちゃうかな。

 それで、これからどっちの方向に進めば良いの、妖精ちゃん?」

「この先に集落があって、ノームとホビットが住んでるんだっけ? ホビットは叔父さんの持ってるDVDで観た記憶があるかも。

 ノームの方は、小さな妖精だっけ?」

「そうだね、白雪姫とかに出て来る7人の小人たちが一番有名かなぁ? ホビットも、小人族って意味じゃ同じ感じなのかもねぇ」


 そんな事を話し合う子供達は、この先にあるらしき集落に興味津々の様子。近場なら、そこでお昼にしてもいいかもと紗良はそんな計画を口にしている。

 護人も同じく、森の中で襲撃を気にしながらの食事よりはマシだろうと。そこにお邪魔させて貰おうかと、妖精ちゃんに道案内を頼んでみる。


 小さな淑女は、アッチの方向かなと頼りないながらも進む方向を進言してくれて。休憩で元気を取り戻したハスキー達が、先行してそちらへと進み始める。

 子供達も、それに釣られて森の中の道なき道を進み始める。幸いにも藪の類いは少ないので、森の中の移動は思ったほど大変では無くて良かったかも。


 その道中だが、先程の戦闘のお陰か立ち塞がる敵は格段に少なくなった。たまに単発で、待ち伏せタイプの大蜘蛛や大カマキリに遭遇する程度。

 それらを前衛のハスキー軍団&茶々丸で撃退して、チームの進行速度はほぼ落ちない有り様である。後衛の子供達は山の散策気分で、森の雰囲気を楽しみながら歩いている。


 ルルンバちゃんも、苦労しながら木々の間を縫ってついて来てくれている。それを頑張れ~と応援する子供たち、ホンワカとした空気はある意味いつも通り。

 どうやらルルンバちゃんは、武器使用禁止の件を森の樹々にいたわりをと拡大解釈している様子。なるべく樹木を傷付けないよう、慎重に進んでいる。


 それでも程無く目的地には辿り着けたようで、巨大な樹の並び立つ間にワープゲートを発見。ハスキー達はその前に立ち止まって、後衛陣を待ってくれていた。

 これでお次は、恐らく“世界樹ダンジョン”第2層と言う事になるのだろう。妖精ちゃんの話では、ダンジョン内に隠れ集落が存在しているのだとか。

 さすが異界のダンジョンは、こちらの想像内には収まらない仕様である。



「あっ、ハスキー達が何か見付けたみたい……妖精ちゃんの言ってた集落かな、向こうの方角だねっ! 早く行こう、どんな住処なのか見てみたいかもっ」

「ノームの家かぁ、ちっこくて私達じゃ入れなさそう……ホビットも同じかな、映画の中じゃ相当小さかった記憶があるよ」

「階層を渡って2層目に到着して、割と早く見つかったな……さて、そこで昼食を取らせて貰うとして、その後はどうするべきかな?

 まだ昼過ぎだし、泊めて貰うのは時間の無駄だよな」


 家族全員で2層目に到着して、10分も経たない内に先行していたハスキー達から連絡があったようだ。それを目敏く聞き取った末妹が騒ぎ出して、ようやく集落に辿り着いたよと報告して来た。

 実際、数分も歩かない内にその集落は姿を現した。とは言っても外壁も何も無い集落で、家も洞穴タイプがほとんどみたい。これじゃあモンスターも入り放題だけど、その辺はどうしているのだろうと子供たち。


 確かにそれは疑問だが、ここまでくる間に敵との遭遇は全く無かった。意外とノームもホビットも戦闘民族で、周囲の危険な外敵の討伐は周到になされているのかも。

 そんな想像をするのだが、彼等の住処の入り口はどれも小さくて頑丈そうだ。なるほど、集落への侵入は許しても家へ入り込めないような設計なのかも。


 ハスキー達もようやく整備された小路を見付けて、それに沿って集落へと入って行く。ただし後衛と距離を空けないよう、その歩みはゆっくりだ。

 護人もここは前へと出るべきかなと、住民の影を求めてハスキー達のいる方向へ。妖精ちゃんもついて来てくれて、誰かおらぬかと声を張り上げている。


「あっ、叔父さんっ……あそこの扉が開いたよっ! 誰か出て来てくれたみたい、ノームとホビットどっちかなっ? まぁ、どっちでもあんまり変わらないと思うけど」

「アンタは失礼が無いように後ろに下がってなさいよ、香多奈。余計な事までペラペラ喋るから、たまにみんなヒヤッとするんだからね」

「そっ、そんな事は無いとは思うけど……念の為、一緒にここで待っていようか、香多奈ちゃん」


 優しい紗良は、末妹をフォローしつつ交渉は叔父の護人に任せるつもりの様子。そして許可が出たら、すぐに食事の用意をしようねと香多奈と話し合っている。

 単純な少女は、あっちの広場は景色良さそうって候補地選びに余念がない。それからルルンバちゃんに、アンタは威圧感あるんだから小さくなってなさいと無茶振りをしている。


 それを聞いた姫香が、ルルンバちゃんを虐めるんじゃないわよと恒例の喧嘩模様に持ち込んで。そんな感じで騒がしい後方を尻目に、護人はようやく集落の住人に初お目見え出来た。

 それは見間違える事のないノームで、背丈は護人の腰にも届かない程。派手な帽子と立派なフサフサ眉毛、髭も立派でそのせいで表情と言うモノが分からない。


 それでも《異世界語》スキルは優秀で、向こうの何用じゃみたいな台詞は理解出来た。妖精ちゃんは偉そうな口調で、道案内と狩人をついでに借りたいみたいな返答。

 ついでに昼飯をそこの広場で食べさせて欲しいと、護人も要望を付け加えるのを忘れない。ノーム老(多分老人)は少しだけ考えて、本人を呼んで来るから交渉は直接してくれと呟いた。


 もごもごとした口調は、ノームの特徴なのか聞き取り辛くて敵わない。それでも広場は好きに使ってくれとの言葉はしっかり聞き取って、これで昼食を食べる許可を貰えた。

 交渉役の妖精ちゃんも、そんなら昼ご飯を食べながら待っていようかとスイッチは既に食事の方向に。そんな訳で、子供達は広場の一角を借りてシーツを広げての場所取りを始める。


 そこからランチの準備が整うまでの速い事、ハスキー達も虎視眈々こしたんたんとおこぼれを狙って末妹の傍へ。茶々丸はその辺の草を食んでおり、一行より一足早く食事を始めている。

 妖精ちゃんも、紗良に給仕を強請ねだっての女王様モード。


「それにしても、集落についたけど部屋に案内もされないし寂しいねぇ。まぁ、あの扉のサイズじゃ私でもが入るのは大変かもね。

 ハスキー達なら、丁度いいサイズかもだけど」

「ハスキー達が入って来たら、向こうが何事かってビックリするわよ。間違ってもけしかけちゃ駄目だからね、香多奈」

「それで、向こうの集落から案内人が来てくれるんだっけ、妖精ちゃん? ダンジョンを案内人付きで攻略するなんて、今までになくて革新的だねぇ」


 小さな淑女の話では、案内人と言うよりは“狩人”を借り受けるとの話である。もちろんその狩人は、この“世界樹ダンジョン”の階層を渡って日常的に狩りをしているそうで。

 案内人としても最適だし、一応は戦力にもなってくれるとの事。渡りに船の段取りは、普段の妖精ちゃんを知る家族にはちょっと信じられない思い。


 そんな事を口にしながら、食事は進んでそれぞれがお茶を飲み始める頃。こんもり小高い丘に設置された扉が開いて、ぞろぞろと数人の小人たちがこちらへとやって来た。

 それを出迎えに向かう、お腹いっぱいの妖精ちゃんとリーダーの護人。ノームとホビットの集団は、全員で7人ほどいてそれぞれ風変わりな衣装を着込んでいる。


 派手な色合いの服装も多いけど、中央の若者は狩人と一目でわかる装備を着込んでいた。他の者は似通った帽子と、それからもじゃもじゃの髪やひげや眉毛が共通している。

 恐らく集落の代表が、こちらの妖精ちゃんに敬意を表するみたいな発言をして来た。どうやらそれなりに地位の高い存在の小さな淑女は、鷹揚に頷きを返して偉そうだ。


「こちらの少年が、あなた様の意に適う腕前じゃろうて……集落で一番の稼ぎ頭じゃから、分け前に関してはお互いに話し合って決めてくれ。

 上の集落への道のりも、覚えてるから道案内もしっかり出来るしな」

「分け前は5割だな、俺の腕はそれ位は達者だと思うぞ」

「ええっ、5割って半分って事じゃないっ! 敵を倒すのはこっちの仕事なんだから、ぼったくり過ぎだよっ!

 精々2割だねっ、それ以上は上げられないよっ」


 突然に後ろから、末妹の横槍が入って場は一気に変な方向にヒートアップ。向こうも交渉事と言うか、議論は大好きなようで待ってましたと若き狩人の腕自慢を述べ始める。

 このダリルと言う名のホビットは、狩人に便利なスキルを幾つも所持していて集落で一番優秀だとの事。それを2割で買い叩くとは何事かって長老さん達の激論に。


 香多奈も熱くなって、ウチのハスキー達の戦闘能力は百人力だよと誇張も激しく言い争っている。普段から姉と口喧嘩で鍛えているせいか、その口調はなめらかだ。

 護人としては、べつに5割で構わないのだが向こうも議論の白熱を楽しんでいるみたい。妖精ちゃんが割って入って、さっきの灰色狼の死体を取り出せと助言して来る。


 そして、突然に出現した狼の死体に驚くノーム&ホビットの長老たち。どうやら魔法の鞄は、ダンジョン内の集落では貴重品で出回ってないみたい。

 そして灰色狼の群れも簡単に撃破出来る、こちらの腕前も少し理解したのかも。ところが妖精ちゃんの目論見は、そんな来栖家の推測の斜め上を行っていた。

 何と、狩人のダリルがその死体を、あっという間に素材に分解してしまったのだ。


 それを眺めていた来栖家の面々は、おおっと驚きのリアクション。反対に、得意そうな集落の長老ズ&狩人の若者ダリル。その表情は、してやったりと得意満面である。

 逆にそれで本能に火がついた香多奈は、魔法の鞄やツグミの《空間倉庫》を披露してのマウント取り。今度は向こうがビックリする番で、これは戦利品をたくさん持って帰れそうと物欲しそうな視線が幾つか。


 ウチの予備を売ってあげてもいいよねと、護人に相談する末妹は完全にこの場のペースを握ったっぽい。挙句の果てにはルルンバちゃんや萌を呼び寄せて、ウチの戦力は凄いよアピール。

 結局は向こうも折れて、魔法の鞄とやらを売ってくれと頭を下げてこの議論はようやく終焉に。道案内のダリルのお給金は、最終的に回収品の3割で落ち付く事に。

 それでも、お互い納得して良い交渉だったと両者とも納得顔である。





 ――末恐ろしい香多奈の交渉術に、家族の面々も呆れるやら感心するやら。





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