第608話 異界のスケールに全員がビビりまくる件



 来栖家チームの面々がようやく我に返ったのは、たっぷり3分以上経ってからの事。一方の案内役の妖精ちゃんは、何故か大威張りでそんな家族を眺めている。

 ペット達も動揺を隠せないようで、ナニここみたいな怖気付いたような雰囲気。やはり脳の処理が追い付かない事象は、人であれ動物であれ言葉を失ってしまうようだ。


 それにしても大きい……あれが本当に成長した樹木なのか、護人は狐に化かされている思い。異世界だからと何でも信じるのは、思考放棄に他ならないだろうし。

 それに加えて、どうやらあの近いのか遠いのか巨大過ぎて不明な大樹は、どうも存在感が希薄な様子。それを指摘すると、妖精ちゃんはさもありなんみたいな表情に。


 つまりは、あの“世界樹”は半分精霊化した存在みたい。異界にまたがって成長を遂げた結果、その周辺が階層を作って“ダンジョン化”してしまったそうなのだ。

 なんともスケールの大きな話である、そして今から向かうダンジョンはそんな“世界樹”の創り出したモノらしい。と言う事は、異世界では昔からある生粋のダンジョン仕様に挑む訳だ。


「……凄いねぇ、あれはちゃんとした樹なの?」

「……異世界の大樹はあんなに大きくなるの、妖精ちゃん?」

「あれだけ大きいと、遠くにあるのか近いのか分かんないよねぇ?」


 そんな事を呟いている子供達だけど、どこか魂が抜けたような感じがするのは否めない。復活するにはもう少し掛かりそうだけど、護人としてはゆっくりもしていられない。

 探索に何日も掛けて良いのなら話は別だけど、しっかり進行役を務めないと。妖精ちゃんに全て任せておくと、話が全く進まない可能性も。


 それにしても、さすが異界である……初っ端から驚かせてくれる仕掛けは、前回とは明らかに違う。驚いてばかりいられない護人は、どちらに向かえば良いと案内役に問いかける。

 小さな淑女は簡潔に、アッチと指先で答えを示して来た。


「あぁ、あの“世界樹”の方向にとにかく進めばいいのか。異世界仕様のダンジョンらしいけど、入り口とか普通にあるのかな?」

「分かんないけど、とにかく要所は妖精ちゃんに頼るしかないよね? 一応はダンジョンを完全停止するアイテムをゲットするって目的で、私達は探索を頑張ればいいんだっけ。

 そんで敵は、魔石から生成されたモンスターじゃないんだよね?」

「あっ、そうか……それじゃあ戦闘は、割と凄惨なシーンが続くんだ」


 行き先は分かったけど、異世界仕様のダンジョンに二の足を踏む子供達である。それでもようやくショックから回復したハスキー達が、“大樹”の方向へと進み始め。

 それに当然のように続く、来栖家チームの面々である。どの程度で目的地に辿り着くかは不明だけど、進んでいればいつかは到着する筈と信じて。


 前方にはちゃんとした平原が続いていて、幸い歩くのに不便は無さそう。もちろん舗装された道などないけど、景色は穏やかで気候も丁度過ごしやすい感じ。

 先行するハスキー達に、活力が戻っているのも見間違いではないだろう。茶々丸も堂々と道草を食っていて、異世界の植物の口触りをあれこれ確認中みたい。


 こちらの環境に既に慣れ始めているペット勢とは対照的に、護人と子供達は進む歩調もおっかなびっくりだ。果たしてこのまま、あの“世界樹”と言うお化け大樹に近付いて良いモノかと脳が警鐘を鳴らしているのかも。

 それも当然の圧巻の景色、圧力的なモノは感じないけど視界に入れるなと言う方が難しい存在感である。香多奈も撮影しながら、アレが目的地かぁと素っ頓狂な声をあげている。


 そんな長閑な行進が、1時間程度続いただろうか。お昼には少し早いけど、小休憩を挟むべきかなと護人は周囲の景色を眺めながら脳内思考。

 ペット達は平気だろうけど、子供のいるチームに無理は禁物である。いざと言う時に、疲労で充分なパフォーマンスが出来なかったなんて、探索業ではよくある話。

 そんな訳で、護人は一向に小休憩を言い渡す。



 いつものように紗良の主導で、ピクニック調の休憩スタイルの来栖家である。敷かれたシートに皆で腰掛けて、さてこれからどうするかの話し合い。

 出されたクッキーを頬張っている妖精ちゃんは、このまま進めば1時間後には“世界樹”の異界に突入すると請け合って来る。そこからは、階層を上へと登って行けば目的の里に辿り着くそうな。


 ただし、低い階層には“世界樹”の霊気にかれて棲み付いたモンスターも多いとの事。場所によっては、霊気を侵食する程の魔素が溜まっている事態もあるかもと。

 その場合は、それを引き起こしたモンスターを退治するのはマストらしい。妖精ちゃん的には、そんなお邪魔モンスターは全て排除すべきと息巻いている。


 そんな“世界樹ダンジョン”の階層数だけど、小さな淑女は目的地までの正確な数を覚えていなかった。近付けばわかると胸を張る案内人の、頼りない事3歳児の手書きの地図のごとし。

 それはまぁ良いのだが、ここは相当広くて1階層に1時間は見た方が良いとの事。ひょっとしたらそれ以上掛かるかもだし、こればかりは焦っても仕方が無い。


「そんなら、お泊り覚悟でゆっくりと登って行くのが良いのかな、護人さん? 転移装置を持って来たから、帰りは一応“鼠ダンジョン”にひとっ飛び出来るけど。

 巻貝の通信機も、美登利さんと凛香に渡してるから慌てる事もないもんね」

「異界の本格的なダンジョンって、ウチのチームは初探索なんじゃない? 敵がちゃんと実体持ってるんでしょ、それじゃ魔石が確保出来ないね。

 儲からないけど、敵は倒せってのはテンション上がらないよねっ」


 香多奈の文句に、その辺は何とかするゾと妖精ちゃんの大威張りの返答である。紗良に給仕して貰って、クッキーを1枚食べ終わった彼女はこの上なく幸せそう。

 そんな休憩時間が終わって、再び進み始める来栖家チーム。先行するハスキー達だけど、敵が全く出ない事にやや不満そうな雰囲気が。


 護人としては有り難いのだが、そんな長閑な時間が続いたのはお昼前までだった。段々と周囲に木立や茂みが増え始め、巨大な森が前方に出現したと思ったら。

 徐々に野良モンスターとの遭遇率が上昇して、目立ちまくりの来栖家チームはその良い標的に認定されて。灰色の狼の群れや、定番のゴブリンたちの襲撃が合計3回。


 それらを返り討ちにするハスキー軍団は、異界の地でも頼もしい限り。茶々丸でさえ、首筋に牙を食い入れようとした灰色狼を撃退して意気揚々と跳ね回っている。

 萌とルルンバちゃんも、戦闘に参加しようと襲撃の度に前へと出るのだが。ハスキー達が容赦なさ過ぎて、その武器が敵の血に汚れる事はほとんどないと言う。


 その代わり、やっぱり死体の消えない問題に合計3度もさらされる破目に。護人は考えた末、『掘削』スキルで穴を掘って遺体を埋めてしまう事に。

 それを手伝うルルンバちゃんは、何の感情も無く汚れ仕事をこなしてくれる。具体的には遺体の埋葬だけど、それでも有り難い存在には違いない。


 そんな手間もあって、チームの進行速度は一気に遅くなってしまった。それでもお昼を過ぎる前に、どうやら目的のダンジョン入り口についた模様。

 その感覚は、何度も経験した異界に入った肌触りとも一味違っていた。妖精ちゃんの言っていた霊気と言うモノは、普段のダンジョンに立ち込める魔素とは全く違うようだ。

 それを実感しながら、一行は“世界樹ダンジョン”の第1層を見渡す。


「うわぁ、何か空気が一気に変わったねぇ……目的のダンジョンに入ったのかな、景色も一瞬切り替わった気がしたけど」

「あっ、本当だ……あんなお花畑、さっきまでは無かったもんね! でも森も深いし、良く分かんないけど敵も潜んでいそうだよね?

 ハスキー達、引き続き探索モードで進むよっ!」

「さて、普段のダンジョンとは勝手が違うみたいだけど、階層を渡るにはゲートを潜る必要があるのかな? 敵の間引きは、妖精ちゃんが言うには必要みたいだし。

 そんな訳で、探索のスタイルはほぼいつも通りで行くぞ、みんな」


 護人の言葉に、は~いと元気な子供達の返事が。風変わりな異界のダンジョンとは言え、普段のスタイルで良いのならそこまで緊張する必要はない。

 ハスキー達もいつも通りで良いのかと、先行偵察する気満々である。それに何とか潜り込む茶々丸と萌のペアは、あまり異界の雰囲気を難しく考えてないみたい。


 それはハスキー達も同じで、いつも通りの陣形で周囲を警戒しながら探索エリアを広げて行く。レイジーを頭としたその手腕は、後衛陣が追随するのが大変な程である。

 その探索速度は、見慣れぬ森の中であろうとそう変わらないらしい。それでもいつものダンジョンと明確に違うのは、他の生命がそこかしこに感じられる事。


 つまりは普通の森林がダンジョン階層となっているって事で、これはなかなか大変である。明確な悪意にだけ反応して、そいつ等を倒すのが大前提となる訳だ。

 その事は、後衛陣の子供達もすぐに気づく事に。あっちにリスがいるとか、今小鳥の鳴き声がしたとか騒がしい限り。そんな感じではしゃいでいると、敵の一団に察知されたようだ。

 まずは3メートル級の大蛇が、樹の上から襲い掛かって来た。


 それを『牙突』で跳ね飛ばすコロ助、変な場所に落ちた所を萌が炎のブレスで焼き殺した。それを見てすかさず末妹が、森の中で火を使ったら駄目だよと注意を飛ばす。

 まぁ、生木はそう簡単に燃えたりはしないのだけど。森の地面も幸いにも湿気を多く含んでいて、ちょっとの炎で山火事になる心配は無さそうだ。


 そう言う意味ではこの森は、そこかしこが苔むした精霊が棲んでいそうな雰囲気かも。妖精ちゃんの故郷だと言われても、そうなんだと納得してしまいそうなレベル。

 そんな事を考えながら、護人は相変わらず火の始末とか死体の埋葬にてんやわんや。その間にも、前衛のハスキー達は新たな敵と遭遇した模様である。


 今度は大蛾の群れが飛翔して来て、茶々丸が容赦なく《飛天槍角》で撃ち落としに掛かっている。炎を封じられた前衛陣は、攻撃手段が半減でやや勢いがないのは仕方が無い。

 それでもツグミの鞭だとか、コロ助の『牙突』も追加されて、何とか前衛陣で全て撃ち落とす事に成功。農家だけに、蟲に偏見を持つ護人はコイツ等の埋葬まではしないみたい。


 その戦闘音を聞きつけたのか、背後から突然奇襲を受ける来栖家チーム。飛んで来たのは数本の矢弾で、それらはすべてルルンバちゃんが魔導ボディでブロックする。

 ひゃあっと悲鳴をあげる紗良と末妹だけど、被弾はしていない模様。護人も慌てて戦闘モードにシフトチェンジ、敵の死体の埋葬などしている暇は無かった。


「ゴブリンとオークの混成軍だ、ルルンバちゃんを盾に姫香は前へっ! 紗良と香多奈はハスキー達の方へ後退しつつ、別方向からの奇襲を警戒してくれ。

 囲まれたら厄介だ、速攻で叩くぞ!」

「了解、護人さんっ……行くよ、ルルンバちゃんっ! 山火事の恐れがあるから、レーザービームは禁止だからねっ!」


 ダンジョン内ではどんな攻撃をしても、壁や天井は破壊される事は無かった。ところがここは普通の森なので、環境に配慮しながら戦わなくてはならない。

 それが思いがけなく大変で、必殺技のルルンバちゃんのレーザー砲も封印の憂き目に。本人は武装を直接殴りモードへと換装して、ちっとも気にしていないみたいだけど。


 それでも強いルルンバちゃんは、飛んで来る矢弾を全く意に介していない。その突進力は、貧弱な体型のゴブリンたちではとっても受け止めれる訳もなく。

 ついでにその影に隠れて接近した姫香も、厄介な弓矢使いを次々にほふって行く。実体のある敵とは言え、手加減していたら倒されるのはこっちである。


 姫香が2体ほど倒し終えた所に、宙を飛びながら護人が乱入して来た。そして粗末な装備に身を包んだ、オークの軍団を血祭りにあげて行く。

 ルルンバちゃんも同じく、その剛腕は全く容赦のないレベル。





 ――それにしても、“世界樹ダンジョン”は初回層から手荒い歓迎ぶり。






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