第607話 いよいよ妖精ちゃんの異界行きの許可が下りる件



 それにしても、複合化した“駅前ダンジョン”の魔素濃度は相変わらず高いそうで困りモノだ。新しく出来た“闘技場ダンジョン”は5階層で、コアを破壊したと言うのにこの顛末である。

 片方を休止状態に追い込んだとて、ダンジョンは簡単に鎮まってはくれないみたい。A級ランクの来栖家チームだが、実はダンジョンの特性にはそれ程詳しくないのが辛い所。


 それに関しては、まだ小島博士の方が専門分野だろう。それが正しいかどうかは知らないけど、何時間でも喋り続ける知識を持っているのは確かである。

 とにかくどう扱うのが正解なのか判然としないまま、町の主要な場所に位置する“駅前ダンジョン”はいつしか腫れ物扱いに。困ったモノである、駅は人通りも多いと言うのに。


 だからと言って、自治会や協会に相談されても護人にはどうし様も無いのは確か。それを言うなら、敷地内の“裏庭ダンジョン”をどうにかして欲しいと思ってしまう護人である。

 そもそもアレが裏庭に生えた際も、地元の連中はろくなサポートもしてくれなかったではないか。仕方なく自分達で探索を行って、たまたま上手く事が運んだから良かったモノの。


 全く逆の目が出た可能性もある訳で、困ったからと言って泣きつかれてもって話だ。一度“喰らうモノ”ダンジョンで、それに近い結果が出たせいで期待値を上げられても困る。

 ところが夕食後にそんな話をリビングでしていたら、何故か妖精ちゃんがはりの上の巣から降りて来て。いよいよ、異界のダンジョンに挑んでみるかと一行に問うて来た。

 その言葉に、おおっとどよめく子供たち。


「ええっ、例の鬼のダンジョン突破のご褒美の件かな、妖精ちゃんっ? その異界のダンジョンのクリア報酬が、ひょっとしていつか言ってたダンジョンを活動停止させるアイテムなの?」

「おおっ、そんな話だったっけ……よく覚えてないけど、そんなの本当にあるの? まぁ、香多奈も夏休みだし、8月の上旬は青空市が終わったら割と暇だしね。

 異界に遊びに行くのも、悪くはないんじゃないかな、護人さん?」


 それを聞いた妖精ちゃんは、バカ者そんな覚悟で挑めるダンジョンではないぞと、お叱りの言葉を発する。どうやら今まで案内しようとしなかったのは、別に勿体ぶっていた訳では無かったようだ。

 つまりは、来栖家チームにその難関ダンジョンを突破する実力があるかを見極めていたよう。どうやら“喰らうモノ”ダンジョンを攻略して、そのお墨付きを貰えたって感じなのかも。


 それを喜ぶべきかは分からないけど、異界探索は確かに一筋縄では行きそうもない。前例としては、ドワーフ親方のクエで“清浄ダンジョン”に挑んだのがついこの間の事。

 それより前だと、ミケの為の“若返りの妙薬”を作るための旅行となる筈。あの時は、エルフの里にお邪魔したりと確かに大変な旅ではあった。


 今回もあのエルフの里に行くのかと問う香多奈だが、妖精ちゃんはあれとは別ルートだといかめしい顔つき。実際問題、本当に洒落にならない難易度のダンジョンなのかも。

 そんな不安が芽生えて来るが、果たしてそんな思いをしてまでダンジョン封鎖のアイテムは必要か否かが問題である。ちなみに、上手く行けばそのアイテムは、3つ位は回収出来るかもとの小さな淑女の弁。


 それなら、裏庭用と駅前用に1つずつ使って、もう1個を予備ってのはアリかもねと子供たち。青空市が終わって、協会からの依頼も無いし探索先には良いかもと盛り上がっている。

 実際は、魔石の取れるダンジョンとは大違いで、人間が挑むのも随分久し振りとの話なのだが。それは燃えるねと、能天気な姫香と香多奈の飽くまで呑気な返答である。

 結局は、それが通って次の日のお出掛けとなったのであった。




 暑さに元気のないハスキー軍団と茶々丸だったが、探索に行くと知って元気を持ち直した模様。現金にも程があるが、まぁ調子が上がってくれるのは良い事だ。

 毎日の日課の家畜の世話を終わらせて、来栖家チームは探索準備に余念がない。妖精ちゃんの話では、最初に使った入り口からの異界渡りとなるそうだ。


 つまり麓へと行く途中の、例の香多奈の秘密基地の裏側の小穴ルートだ。それなら近場で良いねと、末妹は率先して探索準備を手伝っている。

 護人もお隣への田んぼや家畜のお世話のお願いとか、植松の爺婆への留守の報告とか。妖精ちゃんの話によると、ひょっとしたら泊まり掛けのお出掛けになるかも知れないとの話なので。


 そこまでして異世界に行く価値は、あると思いたい護人ではあるけれど。探索の難易度の高さなどを前もって聞かされると、やはり尻込みしてしまうのは仕方のない事か。

 異界へのお出掛けに関しては、例の隠れ集落へ何度も通っている内に慣れっこになってしまった。それでも、今回の妖精ちゃんが旅行プランナーとなると、何故か必要以上に構えてしまう護人てある。


 子供達はそこまで深刻には考えてないようで、お泊りアリは夏休みらしいねとウキウキ模様な感じ。いつもより着替えや食材を多めに用意する紗良も、準備が大変そう。

 何しろ来栖家チームは、ペット達を含めると大所帯なのだ。1日稼働が伸びるだけで、割と必要になる物資が増えるのも当然である。

 護人と姫香も、テントや何やらの用意は一応こなし済み。


「さて、みんな忘れ物は無いかな……なるべく1日で戻って来たいけど、こればっかりは現地の状況で変わるのは仕方が無いかな。

 とにかく、無事に戻って来るのを目標に頑張ろうか」

「そうだねっ、でも異世界でお泊りはしたいかなっ? 妖精ちゃん、この前のエルフの里に寄ってお泊りするプランは無いの?」

「まぁ、野宿よりはいいかもだけど、今回行く場所は全然違う場所なんでしょ、妖精ちゃん? 楽しみだよね、異世界とは言え色んな所に探索に出掛けるのは。

 こっちより涼しい場所だと良いよね、ハスキー達」


 全くだと、さっさと冷房の利いたキャンピングカーに乗り込みたそうなハスキー軍団である。茶々丸や萌も、家族でお出掛けだと嬉しそう。

 茶々丸が車に乗る時は、基本は萌から『変化のネックレス』を借りて穂積の姿に変化する。萌はいつものサイズのほうが嵩張らないので、茶々丸に抱っこされての移動が常だ。


 そんな感じで仲の良い両者だが、最近はムームーちゃんのお世話も積極的にこなしているよう。彼らには新入りをイビるとか、邪険に扱うなんて考えは無いみたいで良い事だ。

 普段も日中は一緒に遊んだり、香多奈に連れ回されて護衛の真似事を行っている。特に少し前に末妹の身にあんな事があって、少女の護衛はデフォルトとなってしまった。


 そんな夏日を送るペット達だけど、やはり家族でのお出掛けはテンションが上がるらしい。まだ朝の早い時間ながらも、車の周りに集まって出発を急かす仕草。

 姫香がキャンピングカーの扉を開けて、それから家族の荷物を放り込み始める。末妹が中へと入って、それらをきちんと収納に片付け初めて。


 一緒にミケやハスキー達も入って行くものだから、入り口は大渋滞を起こしている。それに文句を言いながら、いつもの賑やかな日常風景に皆の顔はにこやかだ。

 その内に護人が運転席につくと、忘れ物は無いよと姫香の確認の合図が元気に発された。そして助手席に飛び込んで来る、元気少女と愛猫のミケの小さな姿が。

 それを確認して、護人はキャンピングカーを発車させる。



 そして峠の道の途中の空き地まで、5分足らずのドライブに。クーラーがようやく効き始めたのにと、ハスキー達の声を代弁する末妹の声が車内に響く。

 それを遮って、文句を言わずにみんなで分担して荷物を持つよと姫香の号令が。今回はルルンバちゃんもいるし全てが魔法の鞄なので、特に気にする事は無いのだが。


 その辺は、旅行の雰囲気がそうさせているのかも。末妹も文句を言わず、自分の分の魔法の鞄を背負って準備に余念がない。紗良もペット達の探索準備を手伝って、それぞれに装備や魔法の鞄を分け与えている。

 これを間違うと、コロ助の元に白木のハンマーが無かったり、レイジーに炎のランプが行き渡らなかったり大変な事になってしまう。その辺の管理は、紗良のお得意分野なので取り違えの心配はまずない。


 何しろ専用の鞄には、ちゃんとアップリケや名前の刺繡ししゅうを施して、誰のモノかを判別しやすくなっているのだ。戦闘ベストも同じく、まぁ夏は暑くてみんな着るのを嫌がるけど。

 そこは前衛業で怪我も多いハスキー達、そんな勝手はさすがに許さないよと紗良のメッが飛んで来る。長女が来栖家の一員になって、まだ1年半しか経っていないのだけど。

 家族の立場ヒエラルキー的には、いつの間にかかなりの上位に。


「ふうっ、やっとみんなベストを着てくれたよ……異世界が涼しいと良いけどね、みんなの食欲が落ちてないのは有り難いけど。

 やっぱりこう暑いと、体調面が心配になっちゃうよ」

「食いしん坊のハスキー達が食べなくなったら、それこそ大ゴトだよねっ。茶々丸と萌も準備出来たよ……ムームーちゃんはひんやりしてて、いつも肌触りいいよねっ」

「キャンピングカーの始末も終わったよ、護人さんっ……これで後は、みんなで異界を目指すだけだねっ。

 妖精ちゃんの案内ってのが、ちょっと怖いけど」


 失礼なといきどおる小さな淑女だが、実は家族の皆が内心でそう思っていたりして。そんな感じで騒いでいる間にも、出発準備は滞りなく整って行く。

 既にルートを知っているハスキー達が、山へと踏み入って先行して異常がないかを調べてくれていた。そして発見する、例の異界へと通じている小さな洞窟の入り口。


 それはある意味ゲートでもあるようで、一寸先ですら闇が凝固していて全く先を見通せなかった。さすがのハスキー達も、その中に勝手に入って行く事はしない。

 案内人の妖精ちゃんが、宙に浮かんだままチームに注意事項を述べ始める。つまりは、洞窟横断中は自分から離れ過ぎない様にと。


 もし自分とはぐれたら、最悪異次元通路から出れなくなる可能性があるらしい。出られたとしても、どこか知らない異界の地で完全迷子の人生かなと。

 そんなの真っ平な面々は、手を繋いだり固まったりとなるべく密集して進む事に。それを満足して眺めた小さな淑女は、身をひるがして洞窟の墨のような闇の中へ。


 そして最低限の礼儀とでも思ったのか、光を放って道しるべの役割を果たしてくれている。それを頼りに、来栖家チームの面々は密集体型を崩さずに進んで行く。

 その行進中も、末妹のお喋りは止む事は無かった。それは決して心細さからではなく、ただ単にみんなでのお出掛けにハイになっているからに外ならず。


 それに律儀に相手をしている姫香も、ある意味妹思いの良い姉なのだろう。それでも視線は、前を飛ぶ小さな飛翔体が放つ光から外す事は無い。

 そしてそれは、家族の足元を歩いているハスキー達も同じく。香多奈も茶々丸と萌がちゃんと側にいるかを、何度も確認して責任感は育っているようだ。

 何しろこの暗闇、ライトの灯りも2メートル先で消失してしまうのだ。


 厄介な特性だけど、幸いにもその行進は5分程度で終わりを迎えてくれた。先頭を飛んでいた妖精ちゃんが、あの光の先だナと洞窟内で初めて口を開いて。

 確かに外界からの光らしきモノが、前方に急に出現して一同を驚かせる。それから1分も進まない内に、来栖家チームは誰1人欠ける事無く無事に異界の地へと到達を果たした。


 幸いな事に、気温は向こうよりずっと過ごしやすいみたいで何よりだ。そんな事を頭の表層で考えながらも、一行の心は目の前に出現した異界の景色に心奪われていた。

 それは否応なく、皆の視線を奪う存在だった。それは誰が見ても、大樹とか世界樹とか呼ぶ類いの大木なのだろう。生い茂る葉は天を覆う程で、成長した幹は成層圏を飛び出している気も。


 こんなの向こうの現実世界で見たら、我が目を疑って決してその存在を信じないだろう。それ程の異様な光景で、脳がまず目の前の風景を拒否しているのだ。

 その処理に慣れるまで、全員もうしばらく掛かりそう。





 ――異世界の常識は、まさに規格外そのモノである。





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