第606話 日馬桜町に奇妙な客人が訪れる件
再び日馬桜町の周辺が騒がしいとの情報が入っても、『シャドウ』の三笠は特に驚かなかった。“巫女姫”八神の予知が、こんなに早く実現したのはやや面喰らいはしたけれど。
来栖家チームに関しては、何かしら異変が起きない事の方が珍しい……ってのは、まぁ少し言い過ぎかも。ただし、その位に考えていた方が気が楽なのも確かである。
今回もこのくそ暑い夏日だと言うのに、呼び出された三笠は目的地へと急ぐ。夏バテ気味の身には、この山の上の空気は海岸地帯に較べると幾分か過ごしやすい。
実際に、気温も山の上は3度近くは違うかも。まぁ、日差しの強烈さはどこにいてもそんなに変わらないけど。そんな訳で、寂れた喫茶店に入って三笠はホッと一息。
ここは日馬桜町の唯一の喫茶店で、駅前の通りにあるただ1軒の飲食店でもあった。お隣は駄菓子屋で、今も子供達がアイスを買おうよと騒いでいる。
その中にお馴染みの山の上の子供達がいた気がしたが、今はそれどころではない。既に待ち合わせの人物は、全員が狭い店内に勢揃いしているのが見えたのだ。
三笠は慌てて軽く挨拶をして、来栖家チームのリーダーの隣に着席しようとした。ただしそれは、護衛犬のレイジーに凄まれて秒で断念したけれど。
護人は慌てて
「いや、遠いところを済まなかったね、『シャドウ』のリーダー三笠君。西広島の有名なA級チームに渡りをつけてくれた上に、話し合いにも参加してくれるなんて。
確かに今から話す情報は、岩国の隠密チームにも共有した方が良いかも知れないな。つまりは共有の敵の情報だ、今回この町でおイタを画策した連中のね」
「うん、まぁ話し合いをするのは良いけど、君たちの信頼度を上げる所からもう少し考えてくれ。バリバリ警戒されてるじゃないか、こんなところで密会なんて」
「あぁ、いや……確かにまぁ、あんな事があってまだ日も浅いからね」
そう言ってコーヒーを
例え知り合いの三笠の紹介でも、広島市内の協会の伝手らしいと言われても。あんな連中が大挙して市内から来た後では、おいそれと家に招いてお話をなんて出来ない。
しかも市内の協会本部が、最近発足した『隠密部隊』の隊員だとの話なのだ。つまりは、『シャドウの』前身の『影忍』が行っていた、暗殺仕事をこなす連中って意味でもある。
先ほど口を開いた長身の男は、名前を
護人より随分と長身で、しかも長い髪は脱色したように真っ白である。その隣の女性は、宮藤とは正反対で小柄で髪もベリーショートの目立たない格好だった。
名前は
その辺は、隠密部隊に所属するうえで最低限の必要スキルである。三笠自身も『影潜』と言う、かなり使い勝手の良い隠密系のスキルを所有している。
情報収集がメインのリーダーとは言え、三笠もそれなりに戦闘スキルは所有しているのだ。探索にも同行するので当然だが、この両者もかなりの異分子に思える。
その割には、護衛犬のレイジーは護人の椅子の下で大人しくしているけど。まるでいざとなったら何とでも出来るみたいな、貫禄を感じるから恐ろしい話である。
護人の方も、いつもの調子で探索業の話題はあまり好きでは無いって感じ。それでも子供とこの町に起きた不祥事の、大元の情報は確認しておきたい模様だ。
それからついでに、広島市内の協会本部のよこしたこの両者の信憑性も。
「まぁ、信頼は1日にしてならずって事で……今回はこちらの手札を見せて、誠意の証にしようかなと思っている訳ですがね。つまりは、先程の襲撃事件の裏にいる企業の情報なんですが。
福山市の工業地帯に、“大変動”の以前から鉄鋼や電子部品を扱ってる大企業があるんですよ。そこが“大変動”以降に、魔素に携わる製品を作り始めまして。
それ自体は変じゃないんですが、どうトチ狂ったのか兵器関連の製品にまで手を伸ばし始めた次第で」
「その兵器製造業の企業が、何でまたこの日馬桜町のA級チームにちょっかいを?」
三笠の質問に、軽く肩を竦めて宮藤は続きを喋り始める。元はセールスか接客業じゃないかって程、宮藤の話は流暢でポイントを押さえて分かりやすかった。
つまりその闇企業は、兵器の売り上げの良さに味を占めて、次に生体兵器の研究を始めたそうな。自分の会社の敷地にダンジョンを抱える闇企業は、ついには自前の兵士団までを持つに至り。
その練度は、スキル書やオーブ珠の使用によってかなりのモノとの噂も上がっている。ただし、やはり人間を鍛え上げるのはコスト的にも相当に大変だ。
そこで奴らが目をつけたのが、動画に上がっているペットを兵隊に鍛え上げる方法らしい。ついでに異世界の生物も手土産にと、悪漢連中を雇って懸賞金を掛けたそうな。
そこまでは分かっているけど、何故連中がダンジョンコアを持ち歩いていたかまでは不明との事。案外と闇企業の目的は別にあって、連中は捨て駒にされたのではないかと宮藤は推測を口にする。
A級相手に無謀な作戦に思えるけど、そこは話巧みに子供を人質に取れば何とでもなると。そんなふうな甘言で、広島市内の悪漢共は誘導された可能性が高い。
そんな話を淡々と述べる宮藤だが、反面顔には脂汗が止まらなくなっていた。対面するA級探索者と、その護衛犬の無言の圧が彼のセリフで一気に増したためだ。
クーラーで快適だった筈の室内の温度は、一気に上昇したのはレイジーのせいかも知れない。護人も同じく、こちらに何の落ち度もないのに狙って来る連中の存在を耳にして。
理不尽な話に、はらわたが煮えくり返りそうに。
「いったん落ち着こう、護人リーダー……周囲にオーラと言うか、威圧感が漏れてるよ。怒りのやり場に困るのは分かるけど、周囲に向けられてもこっちが困るぜ。
目の前の2人も、固まっちまってるじゃないか」
「あ、あぁ済まない……レイジーも、お互い少し落ち着こうか」
「そ、そうしてくれると本当に助かるよ……」
宮藤は辛うじてそんな軽口を叩いて、隣に座る相棒も似たような心理状況なのを知ってホッと一息。自分だけビビってたのなら格好がつかないが、どうやら三笠を含めてみんな同じ心境だったようだ。
そんな相手に、闇企業の本当の目的を話すのは心苦しい。と言うより、ブチ切れられて相手に暴れられたら止める手段が無いのが怖過ぎる。
特に護衛犬のハスキーだけど、完全にこちらの言葉を理解している気配が漂って来ている。スキルを使いこなす特別な存在との話は、どうやら本当だったらしい。
そんな特殊性を、闇企業の研究員も目をつけたのだろう。つまりは生物兵器と言うか、スキルを使いこなすペット兵器を量産すれば、人間にとっては大助かりだと。
それを販売すれば、それこそどこの市や自治体からも引っ張りだこに間違いない。問題は、その成功例が極端に少ないって事だけである。
そのために被検体として、ハスキー達を捕獲しようと計画したのだろう。一見すると、あの襲撃は
恐らく、捨て駒の悪漢たちが騒ぎを起こしているのを隠れ蓑に、ターゲットを捕獲する計画だったのだろう。いや、案外と末妹を
その辺は分からないが、意外と本気で連中はこの町のA級ランカーに喧嘩を吹っ掛けて来たみたいだ。その結末がどうなるか、それを知るのはもう少し未来の話。
宮藤からしてみたら、間違っても目の前の人物と喧嘩をしたくなどは無い。犬や猫だって、自分の子供を狙う輩には容赦などしないモノだと言うのに。
その辺の内心の思いは別にして、宮藤は現状で分かっている情報を記したレポートを護人に手渡した。それが激しい戦争の火種になろうと、彼からすれば知った事ではない。
むしろ闇企業の連中が滅んでくれれば、こちらの手間が減って助かると。
「このレポートにも記してますが、連中の『哭翼』と言うチームが闇企業の実行部隊ですね。かなりの高レベルの猛者の集団で、スキル所持数も多いとか。
自前のダンジョンで、日夜レベル上げに励んでいるとの噂です」
「なるほど、自身でもA級ランク相当の腕前があると確信してる連中なのかもな。とは言え、さすがにこんな犯罪行為は見逃せないな。
『シャドウ』を含めて、岩国チームは来栖家チームに強力を約束するよ」
「あぁ、それは助かる……ありがとう」
考え込む素振りの護人は、未だに怒りの感情から抜け出せてはいない様子。チームの一番の弱点を、ピンポイントで狙われたのだからそれも
あの後、実は香多奈に持たせていた『不死鳥のネックレス』が壊れていた事が判明して大人たちは騒然とする破目に。恐らくコアの再起動の際の爆破エネルギーだろうと、本人はあっけらかんとしていたけど。
紗良が《鑑定》したところ、末妹には新たに【生存者】なんて新称号が生えて出たそうだ。生きて戻れたから笑い話にもなるけど、一歩間違えれば本当に洒落では済まされないところだった。
ちなみに“闘技場ダンジョン”のコアは、異世界チーム&星羅チームが改めて突入して破壊済みである。“駅前ダンジョン”の方は潰せてないので、休止には持ち込めていないのが残念ではある。
取り敢えずは“複合化”した1つを潰せて、何とか事態は収束を迎えた感じだ。いや、ちょっかいを掛けて来た闇企業はピンピンしているので、そう言う意味では全く終わってないけど。
宮藤も今後のサポートを護人に約束して、こちらでももう少し情報を集めると約束して最初の会合はお開きに。緊張感に包まれた対談だったけど、無事に終われて何よりだった。
それにしても、商売の為には何でもやるって企業は、本当に頭がどうかしている。連中の製作している武器にしても、高額過ぎて一般普及はしていないそうな。
それでも売れているのは確かで、第2のヒット商品を狙ってのペット誘拐の目論見だろうか。一応筋は通っているけど、やっている事は思いっ切り犯罪である。
これはかなり極秘の情報なのだが、連中は異世界の勢力と独自に渡りをつけているそうだ。それによって『哭翼』と言うチームは、かなりの戦力を得るに至ったのだとか。
来栖家チームも異世界チームと親しいし、敷地内ダンジョンで鍛錬もしているとの話だ。そう言う意味では、お互いの境遇は似通った箇所もあるのかも知れない。
ただ一つ大きな違いは、得た力で成している実績の部分だろう。
「それにしても、凄いプレッシャーだったな……敵対されなくて本当に良かったよ、素直に情報を渡した事で少しは信頼を得られたのかな?
俺たちが追ってた連中がこの町で悪さをしたのを、防げなかった所を突かれるとヤバかったけどな。まぁ、俺たち2人だけじゃどうし様も無い部分も大きかったけど」
「それでも、私達で防げる事もあった筈だ。あんな小さな子をオーバーフロー騒動に巻き込むなんて事態は、少なくとも阻止するべきだった」
それが出来たらスーパーマンだ、本当に相方は警官上がりだけあって頭が固すぎる。聞けば、相方の荒里のチームの崩壊にも、町を襲った探索者崩れみたいな連中が関わっていたらしい。
それを引きずって、協会の誘いに乗ってこの役職についたらしい。言わば自身の恨みが原動力で、この手のタイプは融通が利かない場合が非常に多い。
協会本部には人員の補充を何度も通達しているけど、それもいつの事になるやらである。少なくとも、この来栖家チームと闇企業の『哭翼』が衝突するまでに、もう数人の人材は欲しい所である。
宮藤にとって、それはハッキリと目に見える確定した未来そのものであった。夏の日に出現する入道雲とか、日差しの強さからクッキリ浮かび上がる自身の影みたいな、あやふやな事象では無く。
夏の日差しに、すっかり焼かれた肌の黒さみたいな、実感を伴った現象に思えて仕方が無かった。時間が少々経過しようとも、その現象は誰もがハッキリ確認出来るのだ。
それはまるで、肌に刻まれた罪の刻印のように。
――夏につきものの、激しい台風の到来の前触れのように。
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