第604話 あんな事があった後だけど夏の青空市は盛況な件



 8月の青空市だが、その開催場所の日馬桜町にあんな事件があったと言うのに、普段通りに開催される事が決定した。その代わり、駅前は一部封鎖されて物々しい感じなのは仕方が無い。

 “駅前ダンジョン”の複合化は、割とあちこちで噂には取り上げられたモノの。そもそもダンジョンの不思議は、研究者たちも未だ解き明かせていない部分も多いのだ。


 結果として、そう言う事もあるよねとか曖昧な憶測交じりでの風評で片が付く事に。悪漢共の襲撃に関しても、何が狙いだったのか一般人には図り兼ねない事態だったのだ。

 ただ1つ分かったのは、やはりA級探索者チームはとっても強い存在だって事くらい。それに伴って、日馬桜町は当分は安泰だとの良い噂は周辺の住人にも流れた模様。


 そんな訳で、今回の青空市の参加者もいつも通りに盛況っぽくて何よりである。朝から数少ない公共機関の駅の利用者は、普段からは考えられない程の人数で溢れている。

 来栖家チームの面々も、いろいと考えた末に出席する流れに決定した。何より末妹が元気だし、そんな子供をずっと家に閉じ込めておくのも可哀想だ。


 もちろん安全と言うか、護衛には最大限配慮する上での参加と相成って。香多奈が遊びに行く時には、今回はルルンバちゃんも同行する取り決めに。

 ちなみに、8月に入った来栖邸周辺の事情だけど、あんな騒ぎがあったのに至って静かだった。レイド作戦で身を寄せていた島根チームが、この地を去ったのが原因だ。


 ついでに、お祝いと称して遊びに来ていた怜央奈も、数日の滞在で市内へと戻って行って。そんな訳で、来栖邸は久々のゲスト不在の日々を過ごしている次第である。

 それでも青空市の参加の前準備とか、事件の後処理に護人や子供達は大忙しで。自治会の催しこそ8月は無かったけど、9月か10月には行う予定だとの事。

 そうなると、役員の護人も作業に駆り出されるのは間違いなし。


「でも今回の青空市は、ちょっとだけ夏祭りっぽいイメージがあるよね? 屋台が増えたせいかな、素人バンドは相変わらず盛況みたいだけど」

「ああ、今月から川魚の屋台が入ったそうだよ。ヤマメだったかニジマスだったか、炭火で焼いて提供するそうな。昔は近くに、釣り堀とかやってたところもあったんだけどな。

 今となっては、懐かしいと言うか珍しいよな」

「おおっ、それはいいねっ! この町の人たちも、お魚を食べるの久し振りな人が結構いるんじゃないかなっ?

 私達もお昼に食べよう、売り上げに貢献しなきゃね!」


 同じブースを出す仲間意識なのか、そんな事を言って盛り上がる末妹である。その周囲では、いつもの出店メンバーが市の準備に追われている。

 今月も、どのブースも夏の暑さに負けずに、売り上げを叩き出そうと必死な模様である。来栖家の子供達も同じく、今月もお手伝いに駆り出された熊爺家の子供達も戦々恐々とした表情を浮かべている。


 何しろ、必死なのはこの青空市に訪れる買い物客も同じかそれ以上なのだ。安い食材を1つでも多く手に入れようと、形相を変えて迫って来るその怖さと来たら。

 そしてその大波は、今回も物凄い速度とパワーで青空市の開始の合図と共に襲って来た。来栖家のブースには、今月は夏野菜のキュウリやモロコシ、トマトやナスやピーマンがわんさか並んでいる。


 それの無くなる速度と来たら、ミケがネズミやゴキブリを狩る速度と遜色がないかも。それを華麗にさばく長女の紗良は、普段のおっとりした性格からは想像もつかないレベル。

 思わず隣で接客する姫香も、おおっと驚愕の吐息を漏らすほど。熊爺家の子供達のサポートまでこなして、この1年で神域に達している感さえ受ける。


 香多奈や双子も、それなりに頑張って荷物の受け渡しと詰め込み作業に汗を流している。分かりやすい料金設定なので、計算が楽なのがとにかく有り難い。

 そんな波が引くのも、ブース上の売り物の野菜が無くなればあっという間である。まさに潮が引くように、客の波は売り物の野菜が無くなったのを知ると去って行き。

 そこでようやく、安堵のため息をつく熊爺家の子供達であった。


「お疲れさま、今月も凄かったねぇ……熊爺も野菜を出してくれて、その分波も激しかった気もするけど。今、売り上げを計算して渡すから待っててね」

「本当にお疲れさまっ、先月よりも要領がよくなってたよ、みんなっ。そろそろ熊爺さんのブースで、別売りしても良いくらいじゃないかな?」


 紗良の呑気な提案に、そんな恐ろしい事は出来ないと大袈裟に首を振るキッズ達であった。それを後ろから眺めていた護人は、何となく笑いをこらえながらそんな子供達の遣り取りに感慨深げな表情。

 子供達の成長もそうだが、あの熊爺がこんな催しに間接的に参加してくれるようになるとは。田舎の者は排他的だとよく言われるが、熊爺はその典型的な性格の頑固爺だったのだ。


 それがまさか、市内の孤児たちを身受けして育てるなんて言い出したり。あまつさえ、他所から来る客たちに自分の作った野菜を安値で売りに出すなんて、信じられない変化である。

 姫香の話では、先月の駅前の襲撃犯には広島市内から来たストリートチルドレンの不良たちも混じっていたかもとの事だった。熊爺家の子供達が、そんな顛末を辿らずに済んで本当に良かった。


 護人も出来るなら何らかの救援活動に手を貸したいが、やれる事はどうしても限られて来る。幾らA級探索者に成り上がったからと言って、どう仕様もない事は幾らでもある。

 そんな事を考えている内にも、子供達は元気にブースの模様替えを行っていた。そして元気に遊びに行くのを宣言する末妹に、揃って懲りない奴めの視線が。

 確かに、あんな事があった後なのにマイペース過ぎる気も。


「アンタ、先月あんな騒動起こしておいて……護人さんっ、何か言ってやってよ!」

「あぁ、行くのなら今回は取り決め通り、ルルンバちゃんを護衛に連れて行きなさい。あの魔導ボディ体型に喧嘩を売る奴は、さすがにいないだろうからね」

「オッケイ、叔父さんっ……妖精ちゃんと萌も連れて行くねっ! おっと忘れる所だった、お小遣い頂戴っ!」




 さて、最近の来栖家ブースの売り上げなのだが、ダンジョン産と明記した品物でも随分と売れるようになっていた。特に食料品とか、もっとも嫌がられる品物なのに。

 やはり相場の半値以下と、その安さがモノを言っているのだろうか。それとも、さすがにダンジョン産の品を忌避する風潮が、そんな事言ってられないとすたれて来たせいなのかも。


 魔素を浴びての“変質”の問題は常にあるけど、それを恐れていては家から出れなくなってしまう。今やどの地域にもダンジョンは生成されていて、魔素の濃い地域も広がり続けているのだ。

 そんな訳で、購入者の意識の改革も少しずつ進んで行ってるのも確かな事実。そして今回の来栖家ブースの目玉は、“喰らうモノ”ダンジョンの回収品がメインに。


 何しろあのダンジョン、高級品がわんさか出て来たのだ。さすが特A級だと、喜ぶ姉妹は今回を“喰らうモノ”討伐の感謝祭大セールにしようかと話し合っていたり。

 冗談交じりの言葉ではあるけど、高級鞄や香水や高級酒は見た目のインパクトも強いようで。野菜を売り終わっての模様替えの際に、早くも客の目を集め始めていた。


 それに加えて、この激安価格である……値段については、能見さんに相談したりして、あまり安くなり過ぎないようにしているのだが。日常品や消費期限のある品は、かなり安く設定している紗良である。

 これも地域貢献と、姫香もたくさんの人が買ってくれる方を支持しており。そんな訳で、今月もたくさん売るぞと気合の入りまくっている姉妹だったり。


 そんな子供達を、今回も後ろからサポートする護人である。背後にはベースとなる、愛車のキャンピングカーを控えて、その周囲にはハスキー達が警護している。

 つまりはいつも通りの布陣で、キャンピングカー内にはミケが控えている。ブースの周囲はターフを張ったり、扇風機を稼働させたり暑さ対策は行っているけど。

 万全では無いみたいで、ハスキー達はちょっとバテ気味かも。


「さてっ、今月も売りまくるぞっ……応援は後から、土屋さんと凛香と小鳩ちゃんが来るんだっけ? お昼までには、ある程度は売り捌いておきたいよねっ!」

「そうだねぇ、今回は高級品が多いから客層に合うかが問題なんだけど……タオルや衣類とか、そっち系ももう少し並べておこうか、姫香ちゃん?」


 オッケーと、魔法の鞄を漁り出す姫香と接客用の顔を作っている紗良に釣られて。ある程度心得ている常連客が、まずは薬品目当てにやって来た。

 そして早速けて行くのは、解毒ポーションや解熱ポーションの売れ筋商品。解毒ポーションは、腹痛や毒虫に刺された時用に田舎でも大活躍らしい。


 解熱ポーションは、もちろん風邪の症状の緩和に便利みたいだ。もちろん完全に治る事は無いけど、栄養ドリンクよりずっと効果があると愛用者も多いそうな。

 それに釣られて、ぼちぼち集まって来る遠方からのお客さんたち。美人の売り子に釣られて買う者もいれば、安さからつい財布の紐が緩む者まで様々だ。


 そしてまず売れて行ったのは、紗良の予想通りにタオルやトレーニング用衣類品だった。クッションやシーツや枕カバーも、同じ中年のおばさんが大量購入。

 目玉の安売り高級品も、まず石鹸が売れて香水や化粧品を手に取る女性客もチラホラ。男性客は、あまり躊躇ためらわずにプロテインやサプリ瓶を購入して行ってくれている。


 そしてようやく、上品そうな中年の女性が香水と高級バッグを同時購入してくれて。それに釣られて、2点、3点とまとめ買いする女性客が増えて来てくれた。

 その間に、オセロ版や花札など過去の売れ残りがボチボチ売れてくれている。こちらも売れ残りの将棋盤&駒と給油用ポンプも、麓の知り合いのおっちゃんが購入してくれた。


 そして護人に一声掛けて、子供達にとお菓子の差し入れなど。お礼を言って受け取る姫香は、この人は確か熊爺家の近所の農家さんだったなと脳内推理。

 自治会の役員の顔と名前は一通り覚えているけど、ご近所以外となると田舎でも顔と名前の把握は難しい。その隣では、紗良も麓のお婆から飴袋を貰っていた。

 年齢性別を超えてモテモテなのは、まぁ良い事ではある。



 その後に、ようやくお手伝いの凛香と小鳩が、土屋と柊木と一緒に店番手伝いにやって来た。自治会と協会のスタッフ事務所のサポートも、最近は人手も足りているようだ。

 それでも段々と来客数も伸びて来ており、予期せぬイレギュラーも発生する事もあったりと。なかなか気を抜けない運営側の、悩みはずっと尽きぬ模様である。


「応援に来たけど、まだお昼休憩には少し早いかな? それでも今回は、川魚の屋台が盛況みたいだし、早めに買い込んでおいた方が良くないか?

 何なら、私が行ってやっても良いけど」

「あっ、私が行こうかな……ずっと座りっぱなしで、お尻が痛くなっちゃったし。ミケも焼いたお魚好きなのよね、多めに買って魔法の鞄に放り込んでおこうかな?」

「そうだねぇ、出来れば家でのバーベキュー用に焼く前の生魚も欲しいかな? その辺は、青空市が終わった後に交渉してみようか?」


 そんな事を言って盛り上がる姉妹は、青空市の非日常にとっても幸せそう。自分の所のブースの売れ行きは好調だし、美味しい屋台は出店してるしで気持ちは分かる。

 護人もご飯の気配に釣られて、キャンピングカーから出て来たミケに膝の上を占領されて。そろそろお昼用に、机を広げる支度をしないとなと脳内思考に忙しい。


 そんなブースの中の騒ぎを縫って、いつもの常連の『ジャミラ』の連中がやって来た。お気楽に挨拶する佐久間と、MP回復ポーションを用意する紗良。

 柊木も、他のチーム員と楽しそうに世間話を始めている。姫香はさっさと、売り上げからお金を抜いてお昼の買い出しへと出掛けてしまった。


 それを尻目に、せっせと自分の前に販売コーナーを作り始める土屋である。その並びはキャンプ用品と、防災用のヘルメット類と一応は統一感はあるようだ。

 キャンプ好きの土屋らしいが、それで売れるかどうかは話は別である。そんな騒がしさを増した来栖家ブース前に、また新たな常連客が。


 と言うより岩国チームの面々で、今回はヘンリーの娘のレニィもいるようだ。それを大歓迎する紗良と、久し振りの対面に思い切り人見知りを発動する幼女。

 お昼を前に、ブース内はいっそう騒がしさが増す模様。





 ――暑さにバテてるハスキー達は、それを呆れたように眺めていた。







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