第601話 彷徨う鎧を仲間に加えて上層を目指す件



 2層へと到着するまで約30分、広い遺跡フロアに手古摺てこずった感のある救出チームの面々である。そのチーム編成だけど、護人とレイジーとミケ、ゲストにザジと土屋女史を迎えての合計5名での構成だ。

 そして2層に至って、早くも後悔している所……難易度が高過ぎて、もっと人数を掛ければ良かったと。せめてルルンバちゃんとか、異世界チームの面々とか誘うべきだったかも。


 紗良と姫香は隣町へ出掛けていたので、彼女達を待つのは時間のロスで得策ではない。何しろ末妹の香多奈が、このダンジョン内で行方不明となっているのだ。

 安否も定かではないので、なるべく早く合流して確保に至りたいとの思いの護人。最初は悪漢の襲来だけだと油断していたら、まさかオーバーフロー騒動にまで発展するとは。


 そこまで読めなかったのは仕方ないとして、本当に末妹はハプニング体質には違いない。これは本人を叱っても仕方が無い事なので、保護者としても頭の痛い問題だけど。

 とにかく合流して安堵したい護人は、レイジーにこの2層の探索もお願いするしかない。引き続き召喚した火の鳥の群れを操る彼女は、数分後に次なる目的地を見定めた模様。


「ふにゃっ、次の行き先が決まったかニャ? この子は突然遠吠えするから、なかなかに油断がならないニャ……アレは、わざと敵をおびき寄せてるのかニャ?」

「いや、香多奈にはコロ助が護衛に付いているからね。遠吠えが聞こえたらコロ助が返事をしてくれるから、ハスキー達がはぐれた時はよく使う作戦だよ。

 確かに敵もおびき寄せる可能性もあるから、使い場所は要注意だけどね」


 なるほどと、感心するザジと土屋女史……つまり、来栖家チームは仲間同士で、ダンジョン内でしょっちゅう逸れるんだねと。言い返せない護人は、ぐっと黙り込むしかない。

 子供を連れての探索は大変なんだニャと、フォローしているつもりのザジの言葉も、今の護人には批難に聞こえてしまう。肩の上のミケが、そんな主人を慰めるように体を頬に寄せて来てくれる。


 2層の敵は、どうやらオーバーフローで外出はしていない模様だ。それなりの密度で、衛兵型パペットやインプ、大サソリや大ムカデに遭遇す一行。

 それらを撃破しながら、即席チームは遺跡フロアの探索を続けて行く。そしてさっきと同じく、湾曲した遺跡の通路にようやく辿り着いて主要エリアへ抜けたと確信。


 案の定、程無く石造りの階段を通路の先に発見した。さっきと同じなら、ここを下れば闘技場へと続いている筈。先頭を進むザジは、それを確認するためにやや早足に。

 それからまた闘技場があったぞと、嬉しそうな報告が猫娘から。今度は誰が戦うニャと、闘技場の仕掛けも彼女に掛かればアトラクションみたいなモノか。


「それなら次は私が行こう、それよりちゃんと動画は撮れてるのか、リーダー? 新造ダンジョンのデータは、しっかり協会に報告に上げないとな。

 それにしても、ここのコアを連中はどっから入手したんだ?」

「さあな、この手の遺跡タイプは珍しくはないだろう……ランクは高そうだが、思ったほど構造は複雑じゃなさそうで助かったよ。

 それより、闘技場の敵は俺が引き受けようか?」


 護人のその提案に、土屋女史は順番にしたらいいと素っ気なく却下の構え。そうして盾に片手斧スタイルの彼女は、巨大サソリとオーク兵2体へと挑んで行く。

 敵も複数なので、こちらも複数で当たれば良いのに変に律儀な取り決めではある。ザジも素直に、手出しはせずに土屋へと応援を飛ばしている。


 そうして2層の闘技場のデュエルモドキは、圧勝とは行かなかったけれど土屋女史の勝利に。スキル『感応』と『重圧』の使い方は、さすがに手馴れていて危なげなかった。

 土屋もB級まで上り詰めた探索者だけあって、ダンジョン歴は相当に長い。実に3年以上の探索歴は、来栖家チームを軽くしのいでいる。


 そうして休憩中に、またもやレイジーの遠吠えが周囲に響き渡る。それが苦手なのか、ザジがビクッとなるだけでコロ助からの応答はないようだ。

 そんな訳で、小休憩の後に即席チームは更に深層を目指す事に。休憩中に地上班から連絡があって、紗良と姫香がダンジョン前へ到着したとの事だけど。


 罠系の仕掛けこそ少ないが、意外と広いこの“闘技場ダンジョン”に逐次戦力投入は不味いかも。紗良と姫香が真っ直ぐにこちらを追って来れるなら話は別だけれど。

 幾らツグミが付き添っていても、そこまで便利な能力は持ち得てないだろう。


「そんな訳で、香多奈の持ってた筈の巻貝の通信機と会話が繋がらないんだ。こっちはもうすぐ3層に辿り着くけど、中は案外広くて敵の強さも相当だ。

 二次災害が起きるとまずいから、紗良と姫香は入り口で待機していてくれ」

「わ、分かった……あのバカったら、家族に心配ばっかり掛けて! 無事に戻って来たら、思いっ切り叱ってやらなきゃね、紗良姉さんっ」

「そこはなるべく穏便にしてあげてね、姫香ちゃん。あのっ、護人さん……本当に回復要員とか、そっちに必要無いですか? 一応家に戻って、ルルンバちゃんや茶々丸ちゃんの支度もしておこうと思うんですけど。

 ザジちゃんや土屋さんも、そっちに一緒にいるんですよね?」


 そんなやり取りを数分間行って、地上班は何があっても良い体制を整えておくって事で話はまとまった。さすがに紗良は、その辺の管理能力は抜群である。

 これで後顧こうこの憂いは片付いたけど、未来については未だに心配事しかない現状。それを解消するには、とにかく末妹の無事な姿を確認するしか手は無い。

 ――それはもう、一刻も早くただそれのみを願う護人であった。




 その頃、戦利品として回収に至った武骨でとにかく硬そうな甲冑は、パラパラを踊っていた。それは香多奈のリクエストによるモノで、建前は動きが滑らかに行くかのチェックなのだけど。

 本音は楽しそうだからと言う理由で、途中から香多奈も参加して一層賑やかに。このパラパラだけど、夏休みに入って山の上の子供は全員踊れるようになっていた。


 夏休み恒例の早朝のラジオ体操は、山の上の子供達も当然毎朝行っている。その集合場所だが、麓まで行くのは大変なので来栖家の厩舎裏となっている。そこに香多奈と和香と穂積、その他保護者が集まって毎朝の恒例行事となっているのだが。

 ラジオ体操だけじゃつまんないとの子供達の意見に、姫香がネット動画で探し出して来たのが昔に流行ったパラパラと言うダンスだった。これは覚えるのも割と簡単だし、一応踊りなのでラジオ体操の理念にもかなっている。


 それ以降、子供達は音楽に乗って夢中になって踊ると言う夏の風物詩が誕生して。それを参加率百パーセントのムームーちゃんも、しっかり覚えて踊れるようになっていたようだ。

 最終的には、その踊りは萌も参加して3人並んでの、シュールなダンスの披露会に発展した。動画の撮影係の妖精ちゃんは、自分のサイズの機器に四苦八苦している。

 その割には乗り気で、もっと元気よくなんて注文を飛ばしていたり。


「はっ、こんな事してる場合じゃ無かったよ……とにかくムームーちゃんの甲冑は、前衛に置いておくには丁度良さそうだよねっ。

 武器は一緒に落ちなかったんだ、そんじゃこのシャベルを持ってていいよ」

「凄いナ、こんな能力が我ガ弟子にアッたとハッ! これなラ、階層渡ッテ地上を目指すのもアリかも知れないナ!」


 そう言って盛り上がる妖精ちゃんは、頼り甲斐のありそうな前衛の爆誕に舞い上がっているようだ。香多奈もムームーちゃんを褒めながら、これってどのスキルの恩恵かなと推測している。

 恐らくは『擬態』辺りで、強い生物に成り代わっているのだろう。パワーまではコピーは出来ないかもだけど、確かに置き物として前衛設置は良い案かも。


 それに勢い付いて、こちらも階層を移動する案を立ち上げる香多奈と妖精ちゃんのイケイケコンビ。敵の気配は既に周囲には皆無で、多少気が大きくなっているのかも。

 それに反対する勢力は、このチームには存在しない……コロ助も萌も、ご主人の命令には粛々として従うのみだ。或いは、嬉々として特攻をかけて戦闘を楽しんでいる気もするけど。


 そんな訳で、ゴーサインを出されたコロ助は張り切って先頭を進み始める。逃げて来たルートとは反対の道を、多少は慎重に確認しながらの探索開始。

 やはりレイジーとツグミの不在は大きく、そこまで大胆には先行は出来ないようだ。後詰めに法被はっぴ姿の萌が続くが、いつもの賑やかさは全く感じられない。


 ある意味法被の色合いは派手だけど、茶々丸やルルンバちゃんの不在は寂しい限りだ。もちろん護人や姉達もそうだが、とにかく人数が半減している頼りなさは半端無い。

 それでも地上を目指すのは、やっぱり心細さの裏返しなのかも。


 そんな逃避行の後の探索だけど、道中でまたもや強敵と出くわしてしまった。やはりここは最深層なのかも、そいつ等はさっきの甲冑モンスターに負けない程の強敵だった。

 そいつの見た目は、蜘蛛女のアラクネのサソリ版とでも言おうか。つまりは女性の上半身が巨大サソリから生えている格好で、いかにも強そうな出で立ちである。


 蜘蛛女のアラクネは、昔の来栖家チームもかなり苦戦した覚えがある。1体だけとは言え油断ならないが、サソリ獣人のお供は3体ほど従えているようだ。

 こちらの前衛は、慣れない甲冑ムームーちゃんを入れても3人だ。幾らイケイケのコロ助でも、この難敵の群れの対処は厳しいかも。


 妖精ちゃんも、素早く兎の戦闘ドールを稼働させての前線維持を目指している。香多奈も前衛陣に『応援』を飛ばして、後はいざと言う時用にMPはキープの作戦。

 サソリ女の攻撃は熾烈で、どうやら仲間をパワーアップさせる能力も有しているようだ。仲間のサソリ獣人も、さっき戦った奴らより明らかに強くて相手は大変!

 甲冑を操るムームーちゃんも、さすがに前衛職は経験不足。


 あっという間にスッ転がされて、ボコ殴りの憂き目に遭っている。たたし敵の足止め役としては、それなりに役に立ってくれている。

 その隙に、コロ助は何とかサソリ女とタイマンへと持ち込んでその速度で翻弄している。危険な敵の毒鉤尻尾も、既にみ千切っていてその戦闘力は侮れないレベル。


 萌も小柄な体躯を利用しての、サソリ獣人の退治に余念がない。それに加えて、更に小柄な兎の戦闘ドールが上手く死角から割り込んでくれて。

 このコンビプレーで、外殻の硬いサソリ獣人を2体連続で撃破に成功。残りの1体は、可哀想に転んだままの甲冑をずっと虐めていたようだ。


 そいつを背後からピッケルで殴ってやって、これにて従者のサソリ獣人の掃討は全て終了。その頃には、強敵のサソリ女もコロ助が見事に始末していてくれていた。

 そして転がり落ちる魔石(中)と、魔法アイテムらしき毒々しい色の短剣が1本。ただし、コロ助の方も完全に無事って訳では無いみたい。

 毒こそ受けてないけど、毛皮が所々血に染まっている。


 それを慌てて、光の精霊に頼んで治療して貰う末妹である。何しろ先程から、戦闘の数は多いけど宝箱の回収は全くさせて貰って無いのだ。

 上手く薬品類が補充出来るかなとか、そんな考えは完全に甘かった模様だ。今は節約しながら、何とか地上に近付いて救援隊との早期遭遇を目指すのみ。


 そんな訳で、休憩を充分に取った後に再び歩き始めるメンバーたち。ムームーちゃんも、甲冑をあれだけボコられたのに懲りずにそれを操作しているのは立派である。

 どうやらその衝撃は、甲冑の中の本体にまでは届いていなかったよう。さっきの霊体もそうだったし、何とも良く出来ている寄生タイプの生き物たちである。


 まぁ、幽体は既に死んでいるとも取れるけど。とにかく再出発から5分も掛からず、香多奈一行は通路の突き当りにワープゲートを発見に至った。

 喜ぶ香多奈と妖精ちゃんだけど、さてこれを渡るべきかどうかの問題が。これが1つ上の階層に繋がっているのは、妖精ちゃんの感覚では間違いは無いらしい。


 メリットは、出現モンスターの強さが少しだけ和らぐ事と、救出班に近付ける事だろうか。そう思うと、やはりゲートを潜る一択しかないように思ってしまう。

 そんな訳で、多数決を取るまでもなく進む事に決定する香多奈チームであった。そして気楽に導き出したその選択を、すぐさま後悔する破目に。

 一行が出現したのは、巨大な闘技場のグランドだったのだ。





 ――そしてデュエルの相手は、オークの担ぐ輿こしに乗って悠然と近付いて来た。







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