第600話 それぞれの階層で強敵が出迎えて来る件



 レイジーの案内はほぼ完璧で、1層の移動は敵の影も少なくてスムーズ。それでも奥へと進むに従って、大サソリや大コウモリがちらほら襲って来るようになって来た。

 それを嬉々として撃退するザジと、前衛の土屋は通路の異変に気付き始めていた。緩やかに湾曲している遺跡風の通路は、どうやら塔か何かの外周らしい。


 そしてレイジーは、その中央へと向きを変えて再び進み始めた。10体の召喚した火の鳥を操り、その情報をたった1つの脳で処理するのはかなり大変だろう。

 それを微塵も感じさせず、確かな足取りで一行を案内するリーダ犬は何気に凄いかも。ただし後に続く護人は、末妹の身を案じてそれ所では無さそうだけど。


 ミケも同じく、それでも前衛の2人が頼りになると判断したのか、過度な手出しは今の所はない。そもそも今回は急に決まった探索なので、ろくな準備も出来ていないのだ。

 本来なら、紗良が念入りにみんなのポーション瓶に薬品を入れたり、色々と準備を怠らず行ってくれる。それこそハスキー達の探索着やらも、ほぼ彼女が1人で準備しているのだ。


 そのサポートが足りない分、今回の急遽きゅうきょ決まった新造ダンジョン探索は何気に難易度が高い気がする。もっとも、その目的は攻略では無く迷子の捜索ではあるのだけれど。

 その肝心の香多奈の居場所は、依然として分からずとにかく進むしかない現状である。案内役のレイジーは、やがて長い下り階段へと一行を導いてくれた。

 そしてその先には、何と闘技場のようなグランドが。


「おうっ、何だアレは……まるで古代のコロシアムだな。敵が中央で待ち構えていて、まるで中ボスの部屋っぽいけど。

 ここはまだ1層で間違いないよな、レイジー?」

「ふむっ、巨大サソリがたった2匹でボス気取りとは烏滸おこがましいニャ! ウチがソロで倒すから、ツチヤはそこで指を咥えてみているニャ!

 1匹1分で片付けてやるニャ、いざ参らんっ!」


 ノリノリのネコ娘だが、果たしていつものようにその暴走を許して良いモノやら。その降りた先の闘技場は、中ボスの部屋とも違うようで周囲の雑魚も反応している。

 それらを忙しく撃ち落としながら、サポート役に徹する護人とミケである。レイジーは大きく遠吠えを1度、そしてコロ助の返答が無いのを確認して主人に合図を送っている。


 つまりは、この層に香多奈たちがいないのは決定済みみたいである。ザジが勇んで向かった闘技場には、ボス格のモンスターの他にも、宝箱の設置と円形のゲートが確認出来ており。

 さっさと周囲の敵を倒して、次の層へと向かおうって事らしい。護人もそれを汲み取って、周囲の雑魚を倒し終えたのを確認すると闘技場へと降りて行く。


 土屋女史も、手にしていたボウガンを魔法の鞄に仕舞ってそれに続く。ザジと組む際の苦渋の選択と言うか、サポート役もこなさないとチームが機能しないのだ。

 その点は、ムッターシャもリーダーとして色々苦労はあるみたい。もっとも、彼もズブガジ同伴で暴れまくって、作戦など関係ない事態などしょっちゅうだけど。


 異世界チームの攻略スピードの速さは、主にその点に尽きるとも。他のメンバーがチームに加わっても、そのノリが変わらないので苦労するのは当然だ。

 さすがの星羅も、異世界チームと組む時は前衛をやるなどと我が儘は引っ込めている。と言うか、レベルが違い過ぎてついて行けないのが本音だったり。

 ザジの戦闘能力も、そう言う意味では確実に本物には違いなく。


 宣言通りに、しっかり2分足らずで軽自動車サイズの大サソリ2体を撃破してしまった。ザジは本来は短剣使いなのだが、硬い敵には手甲を使っての格闘で挑む事が多いみたい。

 今回もそんな感じで、超接近戦の戦闘はド迫力で破砕音も凄まじいレベル。硬い甲殻の大サソリも、何か所も穴だらけにされて形無しと成り果てて。


 どうだと言わんばかりの、両手をあげてのアピールは闘技場には相応しいかも知れない。ただし、用意された観客席に観衆の姿は皆無ではあるけど。

 そこに護人と土屋も合流して、次の層へのゲートを確認する。ザジは当然の権利として、そのそばに置かれてあった宝箱のチェックを要求する。


 まぁ、確かに探索者は宝箱から報酬をゲットしてナンボの職業でもある。ザジには手短にと通達して、護人はMP回復ポーションをお皿に用意してレイジーに飲ませてあげる。

 召喚系のスキルは、戦力や探索の目を気軽に増やせてとても強力ではある。ただし、そのMPコストはなかなか馬鹿にならない消費みたいで、長時間の運用は大変らしい。


 この先何層まで降りるか不明だが、なるべく最短で行くべきなのは明らかだ。出来れば戦闘もなるべく避けて、真っ直ぐ末妹を確保したい所。

 つまりは、レイジーに掛かる負担はこの後もとっても大きくなって来る訳だ。こんな事なら、《マナプール》目的で茶々丸も連れて来るんだった。

 後悔先に立たず、慌て過ぎて手元不如意ふにょいな救出チームなのであった――。





 一方の救出待ちチームだが、なかなか逃走癖が収まらない模様で。今は何とか半ダースまでに減った追っ手のモンスター相手に、どう反撃しようかと考えている所。

 魔法を撃って来ていた厄介なインプの群れは、何とか全て撃破出来ていた。逃走しながらの器用な戦い方だけど、コロ助のスキルと妖精ちゃんの操る兎の戦闘ドールは意外と強力で。


 妖精ちゃんは、末妹の肩にとまって操る方に専念すれば良いのでナイス戦法ではあった。その殺傷能力も、最近の連続使用でますます磨きがかかった様子。

 兎ならではのジャンプ力も合わさって、飛行して追い掛けて来るインプもことごとく撃破するその勇姿と来たら。逃げるのに必死な香多奈は見れなかったけど、萌はしっかりチェック済み。


 恐らくは、動画にもしっかり映っているだろう……かく言う萌も、しっかり1体を撃破済みである。使い慣れないピッケルは、攻撃範囲が短くて扱いも大変。

 それでも、次に突出していたサソリ獣人2体を倒してやると、残った追っ手はサソリ獣人2体と、それから足の遅い甲冑の魔物だけとなっていた。

 深い紺色の甲冑の魔物は、走る音が賑やかで居場所は丸分かり。


「あれっ、いつの間にか追っ手の数がずいぶん減ってるね。やった、コロ助たちが倒してくれたんだ? もう走るの疲れちゃったし、止まっていいでしょ?

 一番奥のあの甲冑モンスター、アイツは強そうだねっ!」

「フムッ、中は恐らク亡霊系かもナ……たダ、甲冑で攻撃が通らないノガ厄介かも知れン」


 そう分析する妖精ちゃんだが、その予想は大当たりとなった。先行していたサソリ獣人を、コロ助と萌のコンビプレーで何とかやっつけたのは良いのだが。

 それとほぼ同時に、戦場に到着した甲冑のハンマーを振るう威力は並では無かった。慌てて避けるコロ助と萌だが、反撃の兎の戦闘ドールの刃の攻撃は呆気なく甲冑に跳ね返される始末。


 続くコロ助の『牙突』も同じく、そして再び振るわれるハンマーは地面を陥没させる勢い。萌のピッケルも、相手に何の痛痒つうようも与えずの結果に。

 これは不味いと、慌てて鞄の中を漁り始める末妹の香多奈である。魔玉は魔法攻撃扱いなので、それなら敵の本体にダメージを与えられるかも。


 とは言え、甲冑がそれを阻むのならば魔玉の投擲も結局は一緒かも。どうしようと焦る香多奈の視線の先に、ふよふよと飛翔するのは小さな姿に転じた光の精霊!

 アナタちょっと、あの敵をバチーンとやっつけてよと、召喚者の願いはしかし無茶振りだった模様で。出来ない事は無いけど、かなりの量のMPを頂くわよと返されてしまった。


 こんな場所で、精神力を使い果たして引っくり返るのは割と怖いかも。考え込んで再び鞄を漁り始める少女の手の中には、さっき召喚に使った各種水晶のブロックが。

 これならどうかなと、小さな淑女たちに必死に相談する末妹。前線では、何とかコロ助と萌が甲冑を倒せないまでも必死に足止めしてくれている。


 光の精霊は、香多奈の差し出した『浄化の水晶』を見て極上の笑顔に。これならそんなにMPを消費せずに、甲冑の中の霊体にダメージを与えられると。

 ただし、やっぱり甲冑が邪魔なので水晶は直接中に放り込む必要が出て来るけど。そこは作戦次第だねと、大いに盛り上がる後衛陣である。


「コロ助に萌っ、そいつをやっつける作戦が決まったよっ! まずはそいつをスッ転がして、顔の所の面頬の隙間から水晶を甲冑の中に放り込むよっ!」

「ウムッ、放り込ム役目は任せてオケ……私が兎を使ッテ、キリキリと奴を追い詰めてやル。止めハ仕方ないカラ、そこノ小娘に任せてやロウ」


 小娘扱いされた光の精霊だけど、任せておいてとヤル気満々みたい。前衛陣に関しては、この化け物をスッ転がすのかとちょっと途方に暮れている感も。

 それでも浄化の水晶を手にした兎の戦闘ドールが近付いて来ると、前衛陣も覚悟を決めた様子。ヤケクソ混じりのコロ助の体当たりと、萌の膝裏へのピッケルの一撃が見事に決まって。


 目論見通りに引っくり返る、無敵艦隊かと思われた甲冑騎士である。その隙を逃さず、すかさず妖精ちゃんの操る兎の戦闘ドールが作戦通りに顔へとへばりつく。

 それから目の部分のシールドをかちあげて、その中に容赦なく浄化の水晶を投入する。同時に、いつの間にかくっ付いて前衛に出張っていた光の精霊が、その水晶を媒体に浄化魔法を行使する。


 その光の精霊の魔法パワーは、ゴースト数体は軽く浄化出来てしまえる程の威力だった。引っくり返ったままの甲冑騎士は、なす術もなく中身の幽体を焼き払われて行く。

 そうして音のない断末魔の後に、カランと乾いた音が甲冑の中から聞こえて来た。どうやら本体は魔石と化して、外側の甲冑は戦利品として残ったみたいだ。


 変わったパターンだけど、何とか強敵を倒せて良かったとホッと一息の一同。魔法の鞄を置いて来たコロ助など、愛用の白木のハンマーがあればと何度思った事だろう。

 とにかく止めを刺した光の精霊に、最上級のお礼を述べる香多奈であった。MPは少々きついが、是非ともこの後もご同行願いたい逸材である。

 ただまぁ、気力で精神力が向上するモノでも無いのだけど。


「それにしても倒すの苦労したね、魔石のサイズはどんなだろう? 妖精ちゃん、中に入って魔石拾って来てよ」

「やなこっタ」


 軽く拒絶の意を示す妖精ちゃんは、暗い甲冑の中へ1人で入るのが怖いみたい。素っ気なく断られた香多奈は、それならとムームーちゃんに頼み込む。

 今までの戦闘では、先輩たちに全て任せて自分は後衛の末妹に張り付いていた彼だったけど。ここは活躍の機会なのかなと、言われた通り既に物言わぬ甲冑内へと滑り込む。


 それから程無く、魔石(中)を拾って無事に出て来たムームーちゃんであった。やっぱり強敵だったねと、その魔石のサイズに納得模様な香多奈と妖精ちゃんの両者。

 そんな事を2人が話している間、ムームーちゃんはこの隙間空間がとっても気に入った様子で。何とか仮の隠れ家にならないかなと、画策しているみたいである。


 それを知らない香多奈と妖精ちゃんは、変な場所まで逃げて来ちゃったなと現在の場所の確認に忙しい。そして突然動き出した甲冑に、ド肝を抜かれて慌てまくる破目に。

 それはコロ助や萌も同じく、敵が蘇ったのかと戦う準備を始めるのだが。再び動き始めた甲冑は、お茶目な動きをするだけで一向に襲い掛かっては来ない。


 何事と、腰を抜かしたままの香多奈の問いに、シュタッと手を上げて返答する空洞の甲冑は確かに不気味かも。そしてようやく、ムームーちゃんの仕業と分かった少女は批難轟々ごうごう

 思わず小さくなる甲冑と、その隙間から出て来る軟体生物はある意味とってもシュールではある。それでも、これは戦力の増強になるかもと言い出す妖精ちゃんは先見の明があるのかも。

 実際、ムームーちゃんに宝珠を与えたのもこの小さな淑女である。





 ――さて、今回の妖精ちゃんの戦略はどっちに転がる?






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