第599話 それぞれが別ルートで“闘技場ダンジョン”に挑む件



 幸いにも、オーバーフロー騒動を起こした直後の第1層に敵の姿は全くなかった。一行は安心して、何かの手掛かりを得ようと周囲の探索に励む。

 そして判明したのは、どうやら奥へと続くルートは大雑把に5ヵ所程度はありそうだって事。こんな時に限って、広域の迷宮型ダンジョンが立ち塞がるとか不運過ぎる。


 遺跡の中央の、立派な柱の建っている本道がメインには見えるけど。ここが複合ダンジョン化したとすると、正解のルートは1つとは限らないのが痛い所だ。

 探知系が得意のザジも、初めてのエリアで正解ルートを導き出すのは骨が折れるとみえる。どうしようかと思案顔で、そこはまぁ仕方が無いとも。


 ただし、末妹と一向に通信が繋がらない護人は気が急いて仕方が無い。細見団長とは簡単に繋がったのだが、これでは香多奈の安否確認も出来やしない。

 そんなご主人を落ち着かせようと、まずはレイジーが大技を披露してくれた。とは言えいつもの火の鳥召喚で、ただしその数は一度に10匹程度とド派手ではある。


 それにはオオッと素直に驚くザジである、これなら確かに偵察に適している。そのサイズは燕程度なので、遺跡内でも自由に飛行が可能だろう。

 さすが頼りになるリーダー犬である、その能力に思わずザジも脱帽の様子。


「凄いニャ、レイジー……これで全部の道を、いちいち調べて回る時間が短縮できるニャ! このダンジョンは、敵もそこそこ強いし毒持ちが多いニャ。

 ツチヤもその辺は、しっかり備えて進むんだニャ!」

「了解した、そう言えば……ムッターシャや星羅はともかく、来栖家の紗良ちゃんや姫ちゃんとは連絡をつけたのかな、護人リーダー?

 今日は2人して買い物だったか、間が悪いな。このダンジョンはルートも多いし、場合によっては第2陣の突入も考えるべきかもな」

「そっ、そうだな……気が動転して、そこまで考えてなかったよ。地上の細見団長に連絡して、2人に電話をして貰うよう頼んでおこうか」


 そんなの突入前にするべきだニャとの、ザジの突っ込みは至極もっともである。大丈夫かなと、普段クールな土屋女史も心配する程のレベル。

 こうなると、チームのリーダー業も荷が重くなって来るかも知れない。ザジもあの性格の通り、敵を発見するとイケイケで特攻をかけるタイプなのだ。


 チームに同伴する時は、ズブガジに命令権があるので更にややこしい。土屋は盾持ちで、普段は敵を待ち構える戦法だけど、ザジと組むといつまで経っても敵がやって来ないのだ。

 熊爺家の双子と組む時は、そんな事態はまず起きないのだけれど。双子の方が戦法をよく理解して、大人な理解度を持っているのは何とも皮肉な話である。


 そして偵察の火の鳥を操るレイジーは、そちらに集中して今回は戦闘参加はしないモードみたい。これはチームの操作が大変かもと、土屋女史は先行きが不安に。

 そんな事をしていると、ようやくレイジーが進むべき道を探り当ててくれた。ご主人に振り向いて、コッチと先行を始めた彼女に即席チームは追随する。


 張り切っているのはザジのみで、レイジーとミケは慎重な顔付きを崩さない。それは少人数の探索に不安を感じているのか、それとも行方不明の末妹の身を案じている為か。

 土屋にはどっちなのかは分からないけど、先程オーバフローで地上に出て来た奴らと戦った感触から言える事がある。この新造ダンジョン、意外とランクが高そうだ。

 そんな最中へと放り込まれた、香多奈の安否は如何いかに――。




 その当人の香多奈だが、今は何とか安全地帯を確保しての作戦会議中。召喚に成功した光の精霊は、とっても優秀でコロ助と萌は治癒の光によって全回復してしまった。

 そして召喚者のMPを気遣ってか、小さなサイズに収まって今は光り輝いている。どうやらその抜かりの無さが、妖精ちゃんには気に入らないみたい。


 ブツブツ文句を言いつつも、何とか同行には許可を出す小さな淑女である。これで回復役も確保出来て、後はこのメンバーで地上を目指すのみなのだけれど。

 例の爆破に巻き込まれたせいで、怪我をした者が出た以外にもイレギュラーが幾つか。まずは香多奈の持っていた、スマホと巻貝の通信機が完全に壊れてしまったのだ。


 それだけ大きな爆破エネルギーだったみたいで、助かったのはひとえにコロ助の《防御の陣》のお陰である。それには感謝しかないけど、この通信機の故障はとっても痛いのは確か。

 何しろこちらの無事を、地上にいる家族や友達に伝える手段が無くなってしまったのだ。スマホは諦めるしかないが、予備の撮影機器はちゃっかり鞄に入れてあった香多奈である。


 来栖家チームでは、ルルンバちゃんや萌に小型の撮影用カメラを取り付けて探索する事がよくあるのだ。それ用のカメラだけど、末妹は脱出ミッション開始しますとご機嫌に撮影開始を宣言する。

 妖精ちゃんは呑気だなと呆れているけど、まぁ落ち込まれるよりはマシだと判断したのだろう。この後どうするべきか、まだ結論は出ていないけど元気があって悪い事は無い。


 つまりは、今いる階層が良く分からないのが2つ目のイレギュラーだった。基本的には階段を上へと進めば、ダンジョンの外へと出られる筈ではあるけれど。

 ゲートタイプだと、上がってるのか下りてるのか分からない場合も。


「そんな訳で、みんな元気になったしちょっと周囲を見て回るべきだと思うの。だって、いつ救援が来るか分からないし、少しでも階段近くにいるべきじゃない?」

「まァ、そノ理屈は合ってるナ……ただ問題ハ、この新造ダンジョンの難易度ガ分かってないコトだろウ。

 雰囲気カラ察するニ、近クに強い敵ガいそウだがナ」


 ある程度の魔素濃度を察する事が可能な妖精ちゃんは、どうやら慎重論ではあるらしいのだが。結局は、末妹の階段の近くにいるべきだとの判断に合意して、チームは揃って移動する流れに。

 自分達がもし最深層にいたら、コアを破壊すればこのダンジョンも活動停止するねと、香多奈は飽くまで能天気である。そこまでお気楽になれない妖精ちゃんは、気を抜くなよとチームに喝を入れて迷指揮者振りを発揮する。


 何しろ、萌とムームーちゃんは強いとは言えまだ子供である。頼りのコロ助も、怪我明けの上にさっきのスキル使用でMPが万全ではない模様だし。

 さすがの香多奈の鞄の中身も、残念ながらMP回復ポーションまでは入っていなかった。エーテルが少しだけあったけど、それは今後のためにと取っておく事に決定した次第である。


 そして探索を開始する香多奈チーム、コロ助と萌が前衛を張るけど装備は全く万全ではないと言う。コロ助の探索着はともかく、萌の装備が法被はっぴと言うのはちょっと面白過ぎる。

 しかもいつもの黒雷の長槍も手元になく、あるのは使い慣れてないピッケルなのだ。逆に、良くまかりなりにも装備が揃ったモノだと感心するレベル。

 ただまぁ、香多奈がシャベルを振るう事態になればお終いの予感も。


 そんな危ういチーム探索だが、フロアの景色は壮観で見応えがあった。“駅前ダンジョン”と同じ遺跡タイプに見えるけど、通路は実用的で段差も多い。

 そして程無く見つかったのは、そんな立派な階段を降りた先の、学校のグランドくらいの広さの闘技場だった。目の良い香多奈は、その闘技場に佇む悪鬼の集団を発見する。


 そいつ等は、どうも全員が幽鬼と化しており、推測するに新造ダンジョンの誕生の際の犠牲者たちみたい。つまりは、香多奈を追いかけ回していた悪漢たちの成れの果てだ。

 本当に、ダンジョンのエコ精神には頭が下がる……とは言え、あの列に自分達が混ざってたらと思うと冷静ではいられない香多奈である。


 そしてその集団の中央には、一際立派な体格の赤鬼が1体仁王立ちしていた。装備も立派で、あれが元から用意されていた中ボスだか大ボスなのだろう。

 そのボスの間は観客席のようなものに囲われていて、本当に闘技場のような造りになっている。しかも遺跡チックで、現代感は全く無い“闘う”為だけの場所っぽい。


 言ってみれば、ローマ帝国時代の円形闘技場コロッセオみたいな建造物が目の前に広がっていた。闘技場のグランドも広いけど、観客席の部分も随分と広くて迷いそう。

 そしてボス級の待ち受ける闘技場の中央には、階段もワープ魔方陣も存在せず。台座のような物が置かれているので、宝箱かもしくはコアが置かれている確率が高い。


 とは言え、アレに現段階の戦力と装備で挑むのはさすがに無謀そうである。それ位は香多奈にも分かるけど、広い場所に出たせいで観客席にいた雑魚敵に発見されると言う弊害が。

 大半はサソリ獣人で、大柄な体格と巨大なはさみは超強そう。尻尾の毒針も、刺されたらただでは済まなそうな奴等が半ダース。他にもインプや、甲冑姿の強そうな騎士までいる。

 それらが全て、こちらを感知して迫って来ている。


「ヤバッ、敵がいっぱい迫って来るよっ! 取り敢えず撤退して、追いつかれそうになったら少しずつ数減らしに撃退しようっ!」

「ウムッ、上手く行くカ分からんガ……アノ数を、バカ正直に相手してたらコッチが持たナイからナ!

 アッチが手薄だナ、それとモ来た道を引き返すカ、カナ?」


 香多奈は迷わず、手薄な別ルートを選択してペット勢を率いて走り出す。追って来る敵モンスター軍は軽く1ダース以上、普段の来栖家チームなら何ともない数なのに悔しい選択である。

 それでも掴まってボコられるよりはマシと、一同は割と真剣な逃走劇を繰り広げる。幸いにも選択した通路は行き止まりではなく、奥へとずっと続いてくれているよう。


 いち早く宙を飛んで接近して来たインプを『牙突』で撃ち落とし、コロ助は皆を護衛しながら疾走する。群れがこんなに少ないのは想定外だけど、救援は必ず来ると信じて。

 その時までは、必ず群れを守り切るのだと固く誓うコロ助なのであった――。




「えっ、日馬桜町の駅前でそんな事が……? コッチは揺れなんて感じなかったけど、そんな事になってたのっ!? 護人さんから、何の連絡もなかったけどっ!

 それより、香多奈は本当にダンジョンで迷子になったの?」

「えっ、香多奈ちゃんが迷子になっちゃったのっ? それは大変、早く探さなきゃ!」


 慌てているのだがどこかのんびり感の漂う紗良の驚きに、姫香もスマホの情報を整理しながら頷きを返して。地元で起きてる騒動を、何とか冷静に脳内整理をしていく。

 どうやら叔父の護人は、そこまで冷静にはなれていないようだ。こちらに連絡が無いのが何よりの証拠、しかしまぁ末妹のヤンチャもここまで来たとは大したモノ。


 ダンジョンにまで追っ手を招いて、そこで返り討ちなら確かに格好良かったのに。よりによって、相手がコアを持ち歩いてたなんて確かに誰も思わないだろう。

 それにしても、市内からの列車に乗って来た悪漢たちと言うワードには、何だか嫌な予感の姫香である。ツグミも同じ思いなのか、通知を受けてからソワソワしている模様。


 それはともかく、今紗良と姫香がいるのは隣町の『早川モーターズ』である。白バンのメンテに寄って、作業中に知り合いのオッちゃんと世間話をのんびりしていたのだけれど。

 突然の細見団長からの電話で、地元の一連の騒動のあらましを全て聞き及んで。それは大変と、姉の紗良と一緒に現在は慌てている所。


 幸いにも、姫香の探索着は魔法の鞄に全て仕舞い込んで持ち歩いている。何かあった時用に、備えは万全なのは取り敢えず良かった。車の整備状況も、何とかすぐに動かせるみたい。

 ただ問題は、駅までどんなに急いでも30分程度は掛かる点だろうか。護人達は既にチームを組んで、新造ダンジョンへと突入していると言う話だし。


 そこが単純な造りなら、後追いしても問題はないだろう。ただし複雑な分岐があった場合、後を追ったチームが合流出来ない可能性も。

 紗良もそれって複合化したって事だよねと、複数分岐の可能性は大いにあると持論を展開して来る。突入メンバーには土屋やザジもいるので、護人の心配は少ないとは言え。

 そうも言っていられない、家族の一大事は紗良と姫香も一緒なのだ。





 ――さて、こんな場合は残された者としてどう対処すべき?







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