第598話 日馬桜町の“駅前ダンジョン”が複合化してしまった件



 その衝撃は、ある意味中心地にいた香多奈も巨大なダメージとして喰らう事となった。3層での待ち伏せての戦いは、コロ助不在が響いて劣勢になるかと思われたけれども。

 意外と、妖精ちゃんの操る白兎の戦闘ドールとムームーちゃんの活躍で、追っ手の数はあっという間に半減してくれて。萌も装備がない状況ながらも、壁役を頑張っての勝勢ムード。


 それどころか、敵の犬笛使いを萌が早々に尻尾撃でノックダウンさせたのが大きかった。それにより、ダウン状態だったコロ助が息を吹き返したのだから。

 ちなみに、妖精ちゃんの操る白兎の戦闘ドールは、さすが元呪いの装備品って分かる程に狂気の戦い振りだった。白い生地を敵の血に染め上げて、小柄な体格を生かして戦場を駆け抜けて行くその姿。


 あまりに早過ぎて、香多奈がよく確認出来なかったのはせめてもの救いだろうか。それでも次々と倒れて行く仲間に、追っ手連中は途端に慌て始める。

 しかもコロ助の獰猛な唸り声と、香多奈の声援なしでの巨大化はまるで死を運ぶ猛獣である。それにビビった生き残りの、いかにも気の弱そうなチンピラは鞄から武器を取り出そうとして大失敗。

 中身をぶち撒けて、しかしその中には有り得ない品が混ざっていた。


「えっ、何でダンジョンコアがこんな所にあるのっ!?」


 しかも破壊されていない、ピッチピチのコアである。ご丁寧に、成長用のエサとして魔石(中)が5つ程、一緒の鞄の中に用意されていたみたい。

 あれ1個で5万円なのにっと、香多奈の怒りは良く分からない方向へ。それよりも、妖精ちゃんの叱咤の方がはるかに早くチーム内に鳴り響いた。


 要するに、各自防御態勢を取れとの命令は、チビの妖精ちゃんにしては芯が通っていた。その当人が、真っ先に香多奈の服のボッケの中に飛び込んで行ったのは、果たして褒められる所業かは定かではないけど。

 それを聞いたムームーちゃんも、萌と一緒に一目散へ少女の元へ。最後にようやく出番と張り切っていたコロ助が、危険を悟って護衛役を果たすべくご主人に飛びついて行った。


 そこからの《防御の陣》スキルの執行は、本当に褒められるレベルの回避術だった。それでもコアの成長のエネルギーは、奔流となって一行に襲い掛かる。

 追っ手チームの運命など、その威力の前にはもはや考えるまでも無い。これって人間を使ったテロ行為じゃんと、もみくちゃになりながらの末妹の思考はあながち間違いでもなさそう。



 そのエネルギーの大波は、恐らく数分は続いただろうか。気付けば薄暗闇の中、少女は気を失っていた。そして草原でコロ助に顔を舐められる夢を見て、アンタしつこいのよと怒ってみせたら。

 舐められていたのは、どうやら夢では無かったようでダンジョン内で目覚める香多奈であった。周囲はどうやら遺跡風の建物内で、コロ助や仲間達は健在なようでその安堵感はかなり大きい。

 萌とムームーちゃんも、感触ですぐ近くにいる事が判明した。


「うえっ、ここどこっ……あれっ、コロ助ってば怪我してないっ!? あっ、さっきの爆発から私を守ってくれたのっ!?

 ありがとうねっ、コロ助っ!」

「ウムッ、防御スキルもしっかり使ってたガ、膨大なエネルギーの本流ヲ間近で受けたからナ! この程度デ済んで良かったガ、コロ助は早急な治療が必要じゃナ。

 さっさト鞄から薬を出セ、カナ」

「ほいほいっ、鞄はどこ行った!?」


 同じく意識を回復していた妖精ちゃんに急かされて、香多奈は治療のために鞄を漁り始める。相棒のコロ助の怪我は、この薄暗がりでもかなり酷いと分かる程。

 灯りは一応、ダンジョン内に設置された松明から得られて不便は無し。そう思うと、随分と雰囲気のあるダンジョンではある。さっきは遺跡エリアと言いつつ、通路はほぼ洞窟っぽい形状だったのだけど。


 ここはしっかりとした石畳に、壁もしっかりと組まれていて所々に飾り模様が入っている。松明回りも立派な柱が立っていて、これは完全に“駅前ダンジョン”とは別の場所だ。

 悪漢連中が持ち込んだコアは、無事にダンジョンを生成したらしい……それは別に良かったが、鞄に入っていたポーションが意外と少なかったのが判明して。


 コロ助専用の水飲み皿に、ちょうど満杯になる程の量だろうか。他にも解毒ポーションやエーテルもあるけど、残念ながら萌の武器になるモノは見付からず。

 それにしても、さっきの戦闘は見ていて気持ちの良いモノでは無かった。萌はともかく、妖精ちゃんの戦闘ドールは容赦なく悪漢を斬り伏せて周囲は血みどろだったのだ。


 連中に捕まれば酷い目に遭うのは分かっていたし、手加減出来る戦力差でも無かったとは言え。特に若い男は小鬼を数体召喚して、コロ助が復帰していなければかなりヤバかった。

 それにしてもコアを持たされての特攻なんて、明確な悪意の使い捨てである。連中もその事は知らなかったようで、かなり慌てていたのが印象的だった。

 だからと言って、連中の悪行をかばい立てなどは出来ないけど。


 などと考えていたら、いつの間にか皿の中のポーションが全て無くなっていた。どうやら萌も傷を負っていたようで、仲良く半分こした結果みたい。

 そして残念ながら、両者の傷は全快とは行かずの結果に。もう薬品は無いのかとの妖精ちゃんの催促に、改めて鞄の中身を確認する香多奈なのだけど。


 出て来るのは、缶詰とかプロテインとかジュース類とかそんなモノばっかり。辛うじて装備品として数えられるのは、『カンガルー服』とか『紫陽花の法被』だろうか。

 『カンガルー服』は空間収納の他にも身体能力upがついていて、一応戦闘にも効果がある。『紫陽花の法被』にも、サイズ補正&攻撃力upがついているので着ないよりはマシ。


 どちらもネタとして友達と遊ぶ用に持ち出したのだが、まさかダンジョンでお世話になる日が来ようとは。他にも『空間革の魔ポケット』も持ち出していて、万一どこかで宝箱を発見しても収納問題はバッチリだ。

 後は『重オーグ鉄製シャベル』と『重オーグ鉄製ピッケル』も鞄に入っていて、香多奈はその存在にビックリ。確かこれは、いつか友達と落とし穴を掘って遊ぼうと思って持ち出した覚えが微かにある。


 あからさまな武器の持ち出しは、見つかったら確実に大目玉を喰らうのだけど。この程度なら、軽く叱られるだけと言う計算もあったのかもだけど。

 今となっては、変身のペンダントしか持っていない萌の大切な武器になりそう。そんな訳でお召し替え、萌には『紫陽花の法被』に、『重オーグ鉄製ピッケル』で武装して貰って前衛に。


 香多奈の方は『カンガルー服』に『重オーグ鉄製シャベル』で、両者ともコスプレ感が否めない恰好ではある。とは言え、現状では最大の防衛策であろう。

 ついでに香多奈は、肌身離さずつけているよう言われていた『不死鳥のネックレス』も所持している。これは1度だけとは言え攻撃無効化のレアアイテムで、お守りとして心強い。


 他に役立つアイテムは無いのかと、香多奈と萌のお召し替えの最中にも妖精ちゃんの追従は為されていた。そして『空間革の魔ポケット』の中から出て来たのは、『浄化の水晶』『発光水晶』『生命の水晶』の水晶3セット。

 これらは異世界ダンジョン土産で、色んな場所に設置するだけで恩恵を得られる優れモノである。例えば『生命の水晶』には、現状で一番タイムリーな治癒効果が備わっている。

 ただまぁ、そこまで急激でなく緩やかな治癒ではあるけど。


「フムッ、取り敢えズそれラを設置しテ、カナは光の精霊を呼び出せばイイ。それでコロ助たちヲ治療しテ貰っテ、探索の支度を整えヨウ。

 ラッキーだったナ、水晶が3つも出て来るなンテ!」

「ええっ、妖精ちゃんってば光の精霊の召喚なんて、今まで1回も教えてくれてないじゃん! ぶっつけ本番でやれってんなら、失敗しても怒らないでよねっ?」


 そこは怒るダロとの妖精ちゃんの反応に、すったもんだの言い争いがしばらく巻き起こり。そこから何とか集中しての、光の精霊とやらの召喚作業を始める香多奈。

 その心中は、やり込められた妖精ちゃんへの怒りが半分、もう半分はコロ助と萌を治療してあげたいとの純粋な思いだった。それが届いたのか、途端に周囲が温かい光に染まり始めた。


 水晶が共鳴して微かな音を発しているので、その設置効果は確かにあったのだろう。とは言え、初めての召喚に成功するとは願いパワー恐るべし。

 そして一行の前に、姿を現したのは光り輝く存在だった。





 一方の日馬桜町の駅前広場だけど、ようやく何とか混乱が収まった所。突然のオーバーフロー騒動は怖かったが、探索者が偶然そこに居合わせたのは大いなるラッキーだった。

 しかも町で一番のギルドのメンバー達である、ザジも張り切ってレイジーと撃破数を競い合ってハッスルした結果。モノの数分で、入り口から出て来た敵は全滅の憂き目に。


 そのモンスターの種類だけど、大サソリや大ムカデ、大コウモリがメインだった。元は“駅前ダンジョン”の入り口だった影響か、ゴブリンも少々混じっていた。

 大抵の敵はそいつ等より、明らかにランクが上の強さを有していたと言う印象だった。それをどう考えれば良いか、戸惑いしか無い護人だったのだけど。


 ザジは何となく心当たりがあるようで、ひょっとしてテロかニャなどと呟いている。どういう意味かと訊ねてみると、彼女の故郷ではたまにこう言う政治的な惨事があったらしい。

 つまりは、偶然では無くて人が悪意に満ちて起こしたオーバーフロー騒動である。活発なコアを持ち歩いて、そこの国や住民を害する目的のテロ行為だと。

 大迷惑極まりないけど、効果は絶大らしい。


「敵対する国同士で、嫌がらせみたいに相手の重要拠点を狙ってオーバーフロー騒動を起こすんだニャ。やられた方は防ぎようもないし、出来たダンジョンを封鎖する有効手段も、今の所は発見されてないニャ。

 国際問題になってるけど、持ち歩いた奴はほぼ死んじゃう自爆テロなんだニャ!」

「それはまた悲惨な話だな、それを悪漢たちがやったってのが腑に落ちないけど。改めて考えると、まるでヒアリとかの厄介な外来生物だよな、ダンジョンって。

 根絶も困難だし、住民はビクビク怯えながら生活するしかないもんな」


 ヒアリって何だニャと話に食い付くザジはともかく、周囲の戦闘が収まって自警団員や子供達も広場に入って来た。ちなみに、捕獲した悪漢の大半はモンスターにたかられて悲惨な目に遭っていたり。

 それは自業自得として、問題は中で本当にコアの再活動が起きたかどうかである。護人は慌て気味に巻き会の通信機に向かって話し掛けるのだが、今の所末妹から応答は無し。


 とてつもない不安が襲って来る中、土屋女史が香多奈は大丈夫だと勇気付けてくれる。コロ助や萌が付いているのだから、大抵の危機は乗り切れるはずだと。

 それにしても、通信が繋がらないのは大問題である。こうなったら、直接助けにダンジョンに潜るしかないと、土屋が周りのメンツを仕切ってくれている。


 そうして捕らえた悪漢を自警団へと手渡して、子供達に大人しく待っているようにと言い含め。突入メンバーを改めて、護人に確認してリーダー業務の受け渡し。

 小柄で素っ気ないけど、仕事はバリバリ出来る女性である。護人もこれ以上は惚けていられず、取り敢えずは探索メンバーを確認する。


 まずは自分とレイジーにミケ、それからザジと土屋女史の割と異色の組み合わせチームである。寄せ集め感は強いけど、戦闘能力に関してはズバ抜けているかも。

 罠感知などの探索系に関しては、ザジがいるので万全である。後衛が全くいないけど、そこは護人がフォローすれば良い。ミケはちゃっかり、そんなご主人の肩の上である。


 それをけん制する薔薇のマントだが、ミケもこの場を譲るつもりは無い様子。とにかく行って来ると、護人は別セットの巻貝の通信機を見送りの細見団長に手渡して。

 後を任せて、いざ複合化した“駅前ダンジョン”内へ。



「うおっ、何だこりゃ……」

「凄い変わり様だな……私もここは1度しか入った事は無いけど、こんな巨大なフロアは初めて見たぞ」


 そう呟く土屋女史と、興奮しながらも探索モードに切り替わっているザジ。護人も同様に、驚きながらもまるで別物のエリア構造を解析に掛かる。

 それはまるで、迷宮のエントランスのような巨大広間だった。半円状のタイル張りの入り口の向こうは、3層構造の遺跡が大小の入り口を広げて待ち構えていた。


 巨大な柱の間に続く通路は、本来の本道なのかも知れないし違うのかも。これはどうも、全く手掛かりの無い新しいダンジョンと思った方が良い気がする。

 そんな中での、迷子の捜索をするのは大変そう。





 ――そんな絶望を打ち消すように、一行は周囲の探索を始めるのだった。






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