第597話 香多奈の逃亡劇が思いがけぬ結果を生む件
何とか3層に辿り着くと、幸いにもコロ助の不調は回復してくれた。本当に厄介な敵の超音波攻撃である、最大戦力のコロ助がこんな調子だと先が思いやられる。
とは言え半人半竜形態の萌も、今ではいっぱしの前衛を張れる戦士である。追っ手の正確な数は分からないけど、どこかで待ち伏せして倒して貰うのも1つの手ではある。
妖精ちゃんの遠見の鑑定結果では、追っ手の数は10人にまで減ってくれたらしい。ただし、その中に手練れの探索者が3名ほど混じっているそうで。
スキル所有数こそ分からないけど、同族殺し的な称号は幾つか持ってるナとの有り難くもない通達に。少女は不安で、本気で気分が悪くなりそうに。
「それじゃどうしよう、妖精ちゃん……コロ助や萌の装備が無いのも痛いよね、魔法の鞄が余ってるんだから、常に持たしておけば良かったかな。
戦うのはやっぱり不利かな、このまま救助が来るまで逃げるべき?」
「フムッ、子供の足でハこのまま逃げ切るのモ難しいナ……ここハ思い切ッテ、最大戦力で反撃するべきカ?
向こうの持ツ妨害笛ハ、確かに厄介だナ、マァ私にハ効果は無いガナ」
そう大威張りで口にする妖精ちゃんは、どうやらこのまま逃げ切るのも得策では無いと判断を下したみたい。何しろ深層に進むほど時間は稼げるが、救助隊との距離も離れてしまう。
その上、奥へと進むほどモンスターも数が増えるし狂暴になる。ここはコアが稼働しているダンジョンなのだ、さすがに調子に乗ってズンズン奥へは進めない。
どこかの小部屋に潜んで、やり過ごすのが一番ではあるのだけど。雰囲気的に、追っ手の中にもどうやら『探知』系スキルの所有者がいるようで。
追い詰められ方から、それを察した妖精ちゃんは不味いなと自らの失策を潔く認める素振り。追っ手たちが単なるゴロツキで、ダンジョンの雰囲気にビビって足踏みしてくれる作戦は失敗みたい。
作戦通りなら、本来は時間を稼げてヤッホー万々歳との妖精ちゃんの計画だったのだけど。こうなれば、総戦力で打って出るしか無さそうだとの相棒の返事に。
コロ助の状態が心配だが、萌もいるから何とかなるだろうと香多奈も決心をする。まぁ、その萌も武器や装備が全く無い状況ではあるのだけれど。
辛うじて『変化のペンダント』は持っていたようで、半人半竜形態には変身が可能。それから香多奈の魔法の鞄から、武器になりそうな物を何とか探し出す。
そうやって迎撃態勢を整えるのだが、やっぱり向こうもコロ助が最大の護衛と認識している模様で。敵の接近と共に、再び前後不覚に陥るコロ助に香多奈も思わず心配の素振り。
とは言え、現状は他に打つ手立ては無いという……あるとすれば、不意打ちから犬笛遣いを倒す事くらいだろうか。つまりはやっぱり、何とか奇襲からの追っ手の討伐しか手立ては無さそう。
ここに至って、ようやく香多奈も覚悟を決めてペット達にやるよと声を掛ける。コロ助の戦線離脱は痛いけど、ムームーちゃんも本気を出せば戦力になるのは分かっている。
そして妖精ちゃんの、兎の戦闘ドールも少しは期待しても良いかも。
「行くよっ、みんな……とにかく何とか追っ手に不意打ち掛けて、武器とかアイテムを持ってる奴から倒して行こうっ! そうすればコロ助も復帰出来るし、勝てるんじゃないかなっ?
妖精ちゃんにムームーちゃんも、しっかり頑張ってね!」
「任せてオケ、全員返り討ちにしテくれるワイ!」
そう大威張りで口にする妖精ちゃんを、果たしてどこまで信用するべきか。ともかく作戦は決まった、救助隊が来るまでの時間稼ぎは諦めて迎撃する方向に。
不安は大きいが、後は仲間達を信じて追っ手の悪者達を退治するだけ。
大急ぎで峠道を下った来栖家のキャンピングカーは、要請された場所で一時停止。そこには子供達と、それを保護した自警団と協会のスタッフたちが情報収集にと走り回っていた。
まさかこの町が抗争の戦場になるなど、のんびりが基本の田舎の者達は想像もしていなかったようで。レベル持ちの自警団員ですら、慌てているだけで対処には至っていない模様だ。
それよりも心配の大きい護人は、詳しい情報を自警団『白桜』の細見団長に教えてくれるよう頼む。子供達の説明は、各々が勝手気ままに喋って来るから要領を得ないのだ。
細見団長は心得たように、現在の駅前の状況を語ってくれた。どうやら“駅前ダンジョン”を塞ぐように、市内方面から列車で来た不良連中が
その中に香多奈が逃げ込んだのは、双子の持っていた巻貝の通信機の片割れで何とか判明した。護人はそれを受け取りながら、末妹の名前を連呼する。
ところが現在は取り込み中なのか、香多奈からの応答は無し。それには嫌な予感しか生まれず、その場の全員が黙り込んでしまう事態に。
「ま、まぁ取り込み中なら反応出来ないのは仕方が無いよな。さっき双子が通信したのは、確か10分前くらいだったかな?
その間に、大きな事態が起きたとは考えにくいし」
「ええっと、連中の何割が探索者崩れでレベルとかスキル持ちなのかってのは、今の所は分かっていないんだが。子供達の話を総合すると、10人が入り口を固めて残りの10人程度が香多奈ちゃんを追ってダンジョン内へと入って行ったみたいだ。
自警団も、この騒動の終結にはもちろん手を貸すよ、護人」
リンカと細見団長のそんな言葉に、土屋女史やザジは当然とばかりに出動準備を始めている。具体的には、ダンジョンに潜ると知ってキャンピングカー内で探索着へと着替え始め。
ついて行きたい双子だが、こちらは家に戻らないと探索着は無いと来ている。それよりダンジョン前でもひと悶着あるぞと、自警団員数名は気合いを入れている。
彼らもレベル持ちとは言え、普段は人に対して暴力を振るった事など無いのだ。その辺は不安だけど、町の危機には違いが無いし頑張り時ではある。
この自警団の詰所から駅前まで、車で行くのも歩きもたいして時間は変わらない。そんな訳で、武装の整った一団は気を急かしながらも駅前へとダッシュで移動を果たす。
子供達も一緒なのはご愛敬、彼女達も友達の香多奈の安否を心から心配してくれているのだ。特に双子は、ダンジョンに潜るなら一緒に行くと立候補する勢い。
それはさすがに許可は出来ないけど、それでもダンジョン外の見張りとの一戦は見事の一言に尽きた。特に天馬の『自在針』は、敵を縛り付けるには便利過ぎるスキル。
龍星の『伸縮棒』も同じく、まだ遠いと油断した相手に伸びた棍が痛烈な一撃を見舞うのだ。ザジのように、うっかり相手を蹴り殺しそうな
そう言う意味では、手合わせした感触では連中の探索者レベルは著しく低いようだ。もしくは探索素人のレベル無しか、どちらにしても護人たちの相手では無かった。
とは言え、事態を腹に据えかねた大人たちは、軒並み力加減を間違えていて。呻き声を上げてる悪漢たちはまだ良い方で、意識を手放して上級ポーションを投与した方が良い半死具合の連中までいる始末。
子供達も見守っているので、あまり褒めるべき状況では決してないのだが。慌てているのはリンカやキヨちゃんたちも同様で、香多奈ちゃんはどこと問い詰める仕草。
それはとっても大事で、取り敢えずは連中の目的と何者なのかの情報を聞き出さないと。ただし、相変わらず巻貝の通信機に応答はないので、“駅前ダンジョン”に潜って少女を探すのが先な気もする。
そんな訳で、尋問は自警団と協会の仁志支部長に任せるって事で話はついた。それにしても、10人もいた悪漢を行動不能に追い込むのに2分も掛からなかったとは恐るべし日馬桜町の住人達である。
まぁ、戦闘に参加したのは、バリバリ現役の探索者ばかりだったけれど。それにしても、A級ランクの探索者がこの町に住んでいるのは、割と広く知られている筈ではある。
それでも乗り込んで来る無頼漢たちの、真意はナニなのかが分からず少々怖いかも。ただの思慮不足なら良いけど、何らかの勝算があっての行動ならこちらも警戒はすべきだ。
例えば、香多奈を追ってダンジョンに潜って行った悪漢共が、凄腕揃いだったりするとか。その連中が、何やら秘策を持っていたりするとか。
考えてみても分からないけど、奴らが何かを目論んでいるのは確かだ。そんな事にならないように、とにかく向こうより先に香多奈を保護しないと。
その時、突然地面がはっきりと分かる程に揺れた。地鳴りを伴ったそれは、護人にはまるでダンジョンが発する悲鳴に聞こえた。その錯覚は、或いは護人が丁度ダンジョンの前にいたからだろうか。
周囲にいた面々も、何事かと驚いて固まっている。その場にいた誰もが、それをただの地震だとは断定する事は出来なかった。何しろ“大変動”以降は、振動と言えばダンジョンの誕生と言うイメージがあるから。
その場合、協会が所有する高性能の『魔素鑑定装置』が、周辺地域の魔素の爆上がり地点を感知してくれるって寸法だ。それによって、町内に迅速な“オーバーフロー警報”を出す事も出来る訳なのだが。
今回も、間を置かずに町内の異変を知らせる警報が鳴り響き始めた。そして目の前の“駅前ダンジョン”から、大コウモリや大サソリの群れが湧き出て来ると言う事態に発展する。
それを嬉々として全て撃破するザジは、こんな異変が起きている中でも活き活きとして楽しそう。護人も突然のオーバーフロー騒動を沈めるため、“四腕”を展開してモンスターの群れの撃破に貢献する。
その騒ぎは、しかしたっぷり15分以上は続くのだった。
一方の追っ手サイドである、3層まで獲物を追い詰めた10人からなる集団は、半数がレベル&スキル持ちの手練れだった。特にストリートチルドレンのボス、荒川は特殊スキルも持ってるやり手との呼び声も高く。
他にも探索者崩れの
だから子供を人質にして、安全圏まで逃げ出す手筈になっていたのだけれど。まずは足となる、車を現地で盗んで確保するって段階から歯車は妙に狂いだしており。
何といきなり、手下の1人がターゲットと遭遇したのだ。知らぬ顔をして作戦通り進めれば良かったモノを、そいつは子供と接触していきなり警戒されてしまっていた。
こうなるともう、作戦など泡と化して行き当たりばったりの泥試合である。この集団は3つの勢力から出来ているのだが、不手際となった責任のなすりつけ合いに発展しそうに。
それを何とか制して、大幅に狂った予定の修正に奔走する各リーダー達である。何しろ、犬や妖精を連れて帰れば懸賞金は莫大である。
数百万も貰えれば、生きて捕獲もまぁ苦ではない。
雇い主に関しても、金払いは異様に良くて信頼は出来る。前金にとスキル書やオーブ珠の相性チェックまでさせて貰った時は、手下たちも異様に喜んでいた。
向こうは最近スキル書はたくさん回収されるから、値崩れを起こしていると言っていた。それに関しては、それだけ作戦を成功させたいのだと、荒川や
そうして臨んだ人攫いの汚れ仕事だが、同じく融通された『対ペット用犬笛兵器』の効果もあって最初は好調だった。とにかく子供を人質に取ってしまえば、例えA級探索者だろうと手出しは出来まい。
現在は、まずそこをクリアしようと、3層でようやく立ち止まってくれた子供を襲撃している所。ところが思わぬ反撃にあって、何とあっという間に半数の仲間が倒されてしまった。
どうやら子供の護衛は、あの厄介な護衛犬だけでは無かったようだ。さすがA級チーム所属の子供である、動画での予習では大した活躍はしていなかったけれど。
慌てた荒川は、《邪鬼召喚》で手駒を増やして畳みかける作戦を仕掛ける。とにかく人質を確保しないと、途端にこちらの身が危うくなってしまう。
その時、仲間の年下のストリートチルドレンが見慣れぬ鞄を持ち出した。いや、あれの中身は魔玉とか、雇い主から貰ったかなり危険な魔法アイテム達だった筈。
そいつの名前は
それはある意味、敵も味方も驚く品ではあった。ここにあるべきでない、何故そんなモノがここにあるのか、最初誰も思考が追い付かなかったのだけれど。
それの回答は、思いがけず人質となるべく少女の口からもたらされた。
「えっ、何でダンジョンコアがこんな所にあるのっ!?」
――次の瞬間、ダンジョン内に激震が襲い掛かった。
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