第596話 日馬桜町の駅前の騒動が周囲に知れ渡って行く件



 そんな訳で、調子の戻ったコロ助と半人半竜化した萌に囲まれて、香多奈はダンジョンの奥深くへ。まさかダンジョンの中へ避難する日が来ようとは、思ってもいなかった香多奈であるけど。

 幸いにも、“駅前ダンジョン”は間引きも定期的になされていて、道を塞ぐモンスターの影も少ない。灯りに関しても、妖精ちゃんが用意してくれて問題無しだ。


 向こうの悪漢共が、探索の装備を持っていなかったらこの逃走は成功だ。こちらはそこまで深く潜らず、1層の奥の方で助けが来るのを待てばよい。

 ただし、近付かれると向こうの人数の多さは厄介かも。更にあの超音波を発する魔法アイテムは、コロ助に覿面てきめんに効果を与えて来るし。


 連中の中に、手練れのスキル使いが混じってる可能性も捨て切れない。つまりは探索者崩れと言うか、その手の連中はどこにでもいるモノだ。

 色々と対策を練っておかないと、いざと言う時に慌てて不味い対応をしてしまう恐れが。ダンジョンの中で、恐らくそれは自滅を意味するだろう。

 慌てず急がず、とにかく生き残る事に神経を注ぐべし。


 幸いにも、戦う戦力は充分に揃っていて不便はなし。携帯は地上とは繋がらないけど、いざと言う時の巻貝の通信機は片方を双子に預けてある。

 それが家族の誰かに渡れば、もう半分は助かったと思って良いだろう。それだけ信頼している訳だが、つまり現状はやっぱり心細いって事でもある。


 妖精ちゃんが、そんな香多奈を心配してかいつも以上に語り掛けてくれて。行くぞ小娘と、いつも以上に口調が悪いのは彼女も慌てている証拠なのかも。

 それでもその指示に従って、第1層の奥へと進み始める小パーティ。遺跡タイプの“駅前ダンジョン”は、分岐も少なくて本通りがしっかりあるので迷う事はない。


 追っ手は支道の小部屋もチェックする必要もあるので、確かに時間稼ぎには持って来いかも。支道の小部屋は袋小路で、逃げる側がそんな場所に隠れる可能性は低いとは言え。

 万一見逃せば、向こうが去った後悠々ゆうゆうと外へ逃げ出せてしまえるのだ。まぁ、向こうは人数も多いので、確実に入り口にも人を置いておくだろうけど。


 それこそ、ダンジョン前にたむろってる集団など怪しさ大爆発で人目につきまくりだ。きっと自警団も見逃さないだろうし、悪くはない作戦には違いない。

 その上、香多奈にはこっそり家から拝借した魔法の鞄が手元にある。探索セットはもちろん、自分やペット達のおやつや薬品類までしっかり入っているし。


 それらはもちろん、友達と探索ごっこをする為には欠かせないアイテムではある。まさか本当の、生き残りサバイバルに突入するとは毛ほども思っていなかったけど。

 それでもこの遺跡型のダンジョンは、以前にも入った事はあるしそこまで戸惑いも無い。チームは10分も経たずに、次の層への階段前に到着。

 ここまでの戦闘は、ゴブリン4匹と障害にもならなかった。


「どうしよう、ダンジョンをどんどん降りていったら、確かに追っ手とは距離は開くけどさ。助けに来てくれた救助隊とも出会い難くなっちゃうよ、妖精ちゃん。

 入り口の近くで、戦いながら待つべきかなぁ?」

「敵にもスキル持ちがいたゾ、カタナ……奴らの中ノ約半数は持ってたナ、そのウチ3人はカナりの手馴れだったゾ。

 戦ってモ良いけド、こっちの戦力も消耗するカモしれんナ」


 怖い事を平気で言う妖精ちゃんは、まるで戦場を仕切る軍師のよう。偉そうなのはいつも通りだが、その言葉にはとっても説得力があるのも確かで。

 仲間が傷つくのが嫌な香多奈は、あっさりダンジョンの奥へと進む事を決意する。コロ助と萌の戦力を頼りに、遭遇したモンスターを返り討ちにしながら進む事10分余り。


 正直、遭遇した敵は追っ手用にスルーしたい香多奈だが、そう上手くは事は運ばない。連中は侵入者には、等しく遠慮なく襲い掛かって来るのだ。

 仕方無く倒しては進んで、第2層も問題無く踏破し終えて。これで安全度は増したかなと思ったら、コロ助が再び酔ったようにふらつき始めた。


 どうやら敵の超音波攻撃は、かなり離れた場所からも可能な模様。これはピンチだなと、珍しく焦った表情の妖精ちゃんは白兎の戦闘ドールを起動させる。

 そしてムームーちゃんにも戦闘の用意を促し、香多奈と萌にはコロ助を担いで3層を目指すよう指示出し。階段はもう視界内に見えているが、追っ手の接近の方が早いかも?

 さて、このダンジョン逃走劇の結末や如何いかに?




 その頃、護人は山の上の敷地内で異世界チームの相談に乗っていた。具体的にはリリアラが、自分の研究用の塔を敷地内に建てたいと言い出して。

 どうせ近くの山に特別な使用目的は無いので、適当に切り開いてくれるのは構わないのだが。土地の所有者としては、立ち会って相談には乗らないと。


 ちなみに紗良と姫香は、仲良く隣町へと買い物に出掛けている。そのついでにと、麓の友達と遊ぶと言う末妹を乗せて出たのがつい1時間前である。

 子供たちは毎日元気で、本当に羨ましい限り。つい先日まで、“喰らうモノ”ダンジョンの攻略やら研修旅行やらの大イベントがあったばかりだと言うのに。


 護人は正直クタクタで、しばらくは探索などせずに家の事だけやっていたい心情である。それでも自治会の集まりはあるし、今月も盆踊り大会やら秋祭りはどうしようって話題で盛り上がっている最中である。

 月に一度で盛況な青空市と、今回も一緒に開催するのも1つの手だと。今の時代、自治会も町を潤わせるために儲け手段を立ち上げる傾向があるのだけれど。


 要するに、外からお客を招いてお金を落として貰おうと。今年もそんな謀略を練ろうやと、自治会のお年寄り連中は張り切って議会は難航している次第である。

 本当に、護人としては良い迷惑である。


「ふむっ、ここは眺めも良いし逆に麓からも目につかない場所だし、立地は良いと思うけどな。ルルンバちゃんとズブガジに整地して貰って、基礎までは一応こっちも手伝うよ。

 素人仕事だけど、土屋女史も交えて何とか形にはなるんじゃないかな?」

「それは有り難いわね、長年……実に100年も思い描いていた夢が、もうじき叶いそうだわ。ここは異界にしては魔素の濃い土地だから、塔の建設にもピッタリだし」

「良かったニャ、リリアラ……それにしても、ズブガジが建設作業にも役に立つとは全然知らなかったニャ。

 見直したニャ、ついでにウチも手伝うニャ!」


 そうだなみんなで手伝おうと、場は割とのほほんとした雰囲気である。そこに護人のスマホに着信が、おっと失礼と作業ズボンの後ろボッケに入れていたそれを取り出して、通話ボタンを押す護人。

 ルルンバちゃんとズブガジは、既に邪魔な樹々を切り倒しての整地を始めている。放っておいたら、作業小屋の1軒くらいは勝手に建ててしまいそうなそのお仕事振り。


 本当にそうだったら、こんなに楽な事は無いのだが。そんな事を思いながら、また自治会の集会の催促かなと憂鬱な気持ちで電話に出る護人である。

 ところが電話の主は全く別人で、麓の協会職員の能見さんだった。しかも珍しい事に、かなり慌てて周辺も異様に騒がしい。どうやら子供達が、香多奈の事について近くで騒いでいるらしい。


 この時点で、かなり嫌な予感に見舞われる護人である。遊びに出掛けた香多奈に、何か事故とか不都合が生じたのではあるまいかとの想像に。

 幾らコロ助や萌がついていても、転んで頭を打ったり坂道から転げ落ちたりは防げない。ただまぁ、香多奈はいつも出掛ける際には、冒険用の魔法の鞄を所持しているので。


 この中にはポーション類もたっぷり入っていて、一緒に遊ぶ友達も安全だねっていつも話している。家族も容認の持ち出しなので、多少図に乗る事はまぁ仕方が無い。

 ところが電話の内容は、もっと突飛で護人の想像の斜め上から護人の鼓膜に突き刺さった。2時に到着した広島市発の列車に、たくさんの無頼漢が乗って来て町を占領しようと動いているらしく。

 それに果敢に挑んだ香多奈は、囮となって逃走中との事。


 幸いにも、一緒に遊んでいた子供達は協会と自警団で保護に成功したそうだ。自警団チームが現在、人数をかき集めて噂の現場に突撃する準備中みたい。

 悪漢の目的は不明だけど、妖精ちゃんを掴まえようとした所はバッチリ目撃したと子供たち。それを見て、香多奈が自ら囮を買って出たとの話はなるほど末妹らしい行動力だ。


 問題は、連中が馬鹿みたいに人数を揃えている点である。見世物目的で妖精を掴まえる程度なら、20人近くの人員は必要無いとも思うのだが。

 暴力の衝突をあらかじめ計算しての大人数だとの想像は、こちらの考え過ぎだろうか。つまりは最大の障害物を、A級ランクの来栖家チームと想定しているとか?


 だとしたら、目的は妖精ちゃん捕獲とかチンケな騒動では収まらない気が。とにかくこんな場所で考えを巡らせていても仕方が無い、護人はすぐにそちらに向かうと能見さんに告げて慌てて電話を切る。

 そしてすぐ近くに、ネコ娘の顔のドアップがあるのを知って驚きのリアクション。とうやら堂々と、電話の内容を盗み聞きしていたらしい。


 ザジの現地言語能力は、毎日のお隣さんとの会話で吸収&習得に至っており。今では地元の言語での会話もペラペラで、日常的に困る事もない。

 ムッターシャの方は、素直に“喰らうモノ”ダンジョンの攻略報酬で得た宝珠《異世界語》を使用して、同じくお隣さんとも普通に喋れるように。

 一番欲しかったスキルを得て、山の上も一段と利便性は向上した訳だ。


「ひょっとして、カナのピンチなのかニャ? ウチも助けに行ってあげるニャ、友達を見捨てたらチビッ子探偵団の名が廃るニャ!」

「えっと、いつの間にそんなの出来たんだ?」


 末妹のやりそうな事だけど、まさかザジまで入団していたとは。とにかく町に悪漢がやって来た顛末を、護人はお隣さん達に正直に打ち明けて。

 それはイカンと、土屋女史も護人達に同行する構え。自分達も行こうかと言うムッターシャやリリアラを制して、ルルンバちゃんも家での待機をお願いしておく。


 悪漢が20人だとしても、こちらも大人数を用意したら本当に全面戦争になりかねない。戦力としてなら、護人とレイジーがいれば全く心配はない筈。

 或いは向こうに、A級ランクの手練れが混じっていたら助っ人を頼むかもだが。異世界チームに頼るのは、護人の感覚からしたら子供の喧嘩に武芸の達人の親が出て来るのと一緒である。


 ザジだけでも反則級と言うか、扱いが難しくて大変そうだけど。土屋女史も一緒なら、その辺は何とか舵取りをしてくれるだろう。

 そんな事を考えながら、一行は急ぎ足で敷地内へと戻って行き。着替える時間も無く、全員が野良着のままで護人の運転するキャンピングカーに乗り込む。


 ついて来たそうな茶々丸は、レイジーが制してくれて敢え無く自宅待機に。その枠をすり抜けて、ミケだけはちゃっかりと車内のいつもの席へ。

 念の為にと武器や防具の入った魔法の鞄は、全員が持って来たので荒事があっても大丈夫な筈。お出掛けを悟った薔薇のマントも、ご主人の首に巻きついて置いてけ堀を回避している。

 この辺は、ちゃっかりチームの暗躍は素晴らしいと褒めるレベルかも。


「香多奈に持たせたスマホが一向に通じないな……念の為にもう一度、駅前の情報を能見さんに訊いてみようか。駅にいるらしい余所者と、多少揉めるかも知れない。

 荒事になっても、相手の命まで取らないでくれよ、ザジ?」

「任せておくニャ、男どもは玉を潰せば皆総じて大人しくなるニャ! カナにはコロ助も萌もついてるから、電話に出ないのはおかしいニャ……。

 ひょっとして、デンパの通じない場所ダンジョンに逃げ込んでるかも知れないニャ」

「なるほど、子供の浅知恵的にそれはありそうだ……“駅前ダンジョン”がすぐ近くだし、向こうが突入を戸惑ったら確かに安全地帯になり得るからな。

 悪漢連中が、探索者崩れだった場合は不味い事態になるかもだが」


 土屋の冷静な推測に、確かにと思わず納得の一同である。護人が香多奈は巻貝の通信機を1セット持っていた筈と、思い出しながら口にするのだが。

 そのセットを渡した者が、誰だかは分からないと来ている。子供たち同士で遊んでいたなら、友達の誰かが持っていた可能性はとっても高いと思われるけど。


 それが分かれば、ダンジョン内にいても通信は可能だ。とにかく今は、囮になった末妹の安否確認が最優先。それから次は、20人なる悪漢たちのこの町に来た目的だろうか。

 それを現状出来上がったこのチームで、再認識しておいて。





 ――速度を出し過ぎて危なっかしいキャンピングカーは、ようやく麓の町へ到着した。






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