第595話 日馬桜町の駅前で大騒ぎが起きる件
姫香と双子が無事に研修旅行から戻って来て、香多奈のキッズチームの探索も
8月に入れば、すぐに青空市が開催されるのは周知の事実。既にこの町の毎月の名物として定着しており、町の活性化の手段としても知れ渡っている。
そんな日馬桜町の、田舎丸出しの短い駅前商店街の通りに。お昼過ぎの暑い時間なのに、子供達の大きな笑い声が響いている。夏休み真っ只中なので、それも当然とも言えるけど。
その騒動の主だが、来栖家の末妹の香多奈とその友達が小さな生活雑貨店の前で騒いでおり。アイスの種類の少なさに文句を言いつつ、それを購入して涼を取ろうとしている所だったり。
「ジュースも買おうよ、香多奈ちゃん……ダンジョンの入り口が一番涼しいけど、あそこにいるの見つかったら大人に叱られるもんな。
小学校のイチョウの木の下で、双子の土産話を聞こうか?」
「そうだね、そこが暑かったら協会かどっかお邪魔して涼もうよ。ウチの爺婆の家でもいいかな、スイカとか出して貰えるかもっ!」
「偶然に魔石拾えて大金持ちだねっ、探索者が儲かるって体感出来ちゃったよ……あんなちっこいのでも、1千円以上で買い取って貰えるんだねぇ。
私も大きくなったら、カナちゃんと一緒に探索者になろうかな?」
そんな事を口にするキヨちゃんは、この中では大人しいと言ってもさすが田舎の子である。午前中に皆でしていた、どっかに魔石落ちてないかなゲームに味を占め、そんな考えを頭に巡らせている様子だ。
お転婆のリンカは、良いねとけらけら笑いながらも同意の構え。太一は汗を拭いながら、危ないよと慎重な姿勢を崩さない。双子は揃って、確かに危ないねとこの夏日に関わらず相変わらずクールである。
魔石なんてその辺に落ちてる訳ないじゃんと、都会の者は思うかも知れないけど。今年の春にオーバーフロー騒動を経験したこの町では、あちこちで討伐戦が繰り広げられて。
ダンジョン産のモンスターがあちこちで死んでいて、その際に回収し損ねた魔石が道端に落ちてたりするのだ。それをコロ助やムームーちゃんの力で、回収してお小遣いにしようと香多奈が言い出して。
午前中にキヨちゃんの家に集まって、夏休みの宿題を片付けていた面々は。休みなのにお小遣いは少ないよねを理由に、そんな作戦を決行したのだった。
結果、麦わら帽子と虫取り網で偽装した子供達は、アブラ蝉やオニヤンマの代わりに見事に魔石(微小)を3つもゲット! これも鼻の利くコロ助が、ある程度当たりをつけてくれたお陰である。
ムームーちゃんも調査に協力してくれて、キッズチームの評価はうなぎ上り。今はリンカに抱っこされて、その感触を大いに楽しんで貰っている。
ちなみに萌は、キヨちゃんに抱っこされていたのだけれど。アンタ大きくなり過ぎと、今では自分の足で歩かされている次第である。
確かに萌は、春先に比べて一回りは大きくなった気が。
「ツクツクボウシも掴まえたけど、蝉の寿命は短いから後で開放してあげなくちゃ。カブトムシとかだったら、青空市で高い値段で売れるかもね。
都会の人は、昔は1万円とかでもお金出して買ってたんでしょ?」
「あ~っ、“大変動”前の平和な時代だっらそうかも……今はどうだろう、でも2千円くらいでなら買う人いるかもだよ?」
「そんなら、ちょっと涼んだら神社の方の森の中に行ってみる? あっちの山の中なら、クヌギの木とかあった筈だよ?
でも“神社ダンジョン”も近いから、大人に見付かると怒られるかな」
この町はどこに行ってもダンジョンがあるので、なかなか好きに出歩けないと言う難点が。特に自警団の見回り部隊に見付かると、ガミガミお説教されてしまう。
近くにいただけだと言うのに、この扱いは子供達にもストレスなのだけど。ほんの数か月前にオーバーフロー騒動があったと言う事実は、やっぱり無視も出来ないのだろう。
そんな感じで、結局はお店の前でアイスを頬張りながら
双子がこの田舎に越して来て、一番の変化はこんなまったりとした時間を楽しめる点だろう。田舎の大人も子供も、物知りでこちらのビックリする知識を教えてくれる。
今も太一が、カブトムシの掴まえ方を伝授してくれており。虫の集まりそうなそれっぽい木を見付けて、これに蜜をたっぷり塗って次の日の朝に確保に向かうそうな。
運が良ければ、カブトムシやクワガタが数匹ゲット出来るって寸法だ。クワガタも、ヒラタクワガタからミヤマやノコギリなど、種類がいて面白いらしい。
今年はまだ捕まえに行ってないから、皆で行きたいなと元気なリンカの言葉に。1人だけ家が山の上の香多奈は、ちょっとだけ微妙な表情に。
それを見たキヨちゃんが、香多奈ちゃんはウチか爺婆の家にお泊りすればいいじゃんとの助け舟。それは面白いかもと、現金に活気を取り戻す少女である。
そんな事をしていると、日馬桜町駅に広島市方面からの列車がスピードを落として滑り込んで来た。この時間は、1時間に1本あれば良い方なので割と目立つのだが。
誰か降りるかなと、興味深く観察していたのは子供の集団の中ではキヨちゃんだけだった。そして駅の入り口から出て来た、大量のヤンキー風な男達に思わずひえっと小さく叫んでしまった。
それに促されて、他の子供達も事態の急変を知る事に。
20人近くいる男たちは、明らかにこの田舎には場違いな存在だった。それでも目的はあるようで、親しい者同士でひそひそと何事か相談し合っている。
その表情は総じて悪巧みしてますと言った意地悪さ、もしくは顔で怖がらせてやろうと言う計算が見て取れて。キッズ達は、またもや悪者集団の襲来だと警戒心もマックス。
同時に幼いながらも、自分達の町を守るんだぞとの気概が溢れ出していて。とは言え奴らが怪しいからと言って、いきなり暴力で解決するのもちょっと不味い。
そんな意思統一が一瞬でなされた子供チーム、さてどうしようとリンカが仲間に集合を掛けて。顔をくっつけての小さな輪の中で、様々な意見が飛び交って行く。
「えっと、奴らが悪さしないか見張っておくチームと、自警団にこの事を知らせるチームに分けたらどうかな?
さすがにまだ悪さをしてない大人を、とっちめる訳には行かないもんね」
「さすがキヨちゃん、頭いいっ……それじゃあコロ助と萌に命令出来る私と、自分で戦える双子は別チームになるべきかな?
奴らに襲われた時、みんなの護衛役がいた方が良いもんね」
「それじゃあ、私と龍星が自警団に知らせに走ろうか。自警団の人達とは、仕事をたまに一緒にするから仲もいいし。
太一っちゃん、伝令役に一緒について来て」
「わ、分かった」
そんな話し合いは、或いはもう少し目立たない場所でするべきだったのかも。無頼漢の集団から若い不良染みた風貌の奴が、小首を傾げながらこのチビッ子集団に近付いて来て。
明らかに香多奈の肩に留まっていた妖精ちゃんを見て、懸賞金100万ゲット~と呟いたのだ。近付いて来たのは3名の若者とは言え、子供達には充分な恐怖で。
途端に悲鳴をあげて逃げ出す、リンカとキヨちゃんはある意味仕方が無い。ただしその悲鳴に反応して、コロ助と萌に護衛役としての火が入ったのも事実で。
無礼にも妖精ちゃんを素手で掴もうとした無頼漢は、コロ助に咬み付かれて右手を負傷。その間に、萌も半人半竜形態へとチェンジして臨戦態勢に。
ムームーちゃんも、一応は4つ足形態に変わって群れの一員としての任務をこなす構えではあるけど。それより冷静な双子が、取り敢えずコイツ等をノシておこうかと提言する。
とは言え、連中の本隊は駅前の広場ですぐ目と鼻の先である。この騒ぎにも気付かれており、すぐに増援が来るのも確定的だろう。
香多奈は素早くその辺の事情を計算して、どれが最適解かを導き出そうと必死。ところが思わぬ反撃に腹を立てた不良たちは、場もわきまえずに魔玉を投げつけての反撃に転じて来た。
田舎とは言え、こんな人通りのある場所でやって良い所業では決してない。それだけに、子供達もまさかこんな大人がいるとは思っていなかったのだろう。
コロ助の《防御の陣》が間に合わなかったら、大惨事である。
お陰で向こうの無頼漢の集団にも気付かれて、ダメージは受けてないけどピンチの子供たち。香多奈は咄嗟に考え付いた作戦を双子に告げて、自分は囮になるねと逃げの姿勢に。
連中が妖精ちゃんを見世物に捕らえたいとか、軽薄な考えを持っているならそれは好機だ。こちらはせいぜい逃げ回って、時間稼ぎをすれば良い。
双子は分かったと頷いて、その場に残っていた太一の手を引いて駅とは反対方向へ駆け出した。これで香多奈は、コロ助と萌に守られながら時間稼ぎをすれば良い。
ただし、向こうもある程度の武装はして来ているようなのが気掛かりかも。魔玉もそうだけど、チラッと見た限りでは鉄パイプやらボウガン持ちがチラホラいた気が。
町中で武装してるなんて、“大変動”以降でも通報されても仕方が無いと言うのに。向こうはどうやら、最初から数に任せて
それから怒声が幾つか、ペットよりも子供を
猛ダッシュをかまして、双子とは別方向へ駆けて行く。
隣を悠然と走るコロ助は、全員倒しちゃおうよと逃走には懐疑的な表情。走るのは好きだけど、ハスキー犬は基本的に夏の暑さが大の苦手なのだ。
自前のモフモフの毛皮は、冬の寒さには強いけど夏は邪魔にしかならない。だからと言って脱ぎ捨てる訳にもいかず、こんな暑さの中の運動など論外である。
そして後ろを追いかけて来る悪漢共の、レベルは総じて高くない模様で。全部倒すのに5分も掛からないよと、甘く見ていたのが或いは前振りだったのか。
突然に隣を走っていたコロ助が、酔ったように千鳥足になって。仕舞いにはごろんと倒れ込んで、末妹を大いに慌てさせる事態に。
いや、それはどうやら悪漢たちの攻撃だったようだ。一味の1人が、何やら犬笛みたいなモノを口元に仕込んで操作をしている。それを見て、妖精ちゃんが不味いぞと初めて焦った口調で香多奈に指示を出し始めた。
それに従って、何とかコロ助を立たせて再び歩き始める逃走中の香多奈チーム。左右から香多奈と萌でコロ助を支えて、後方はムームーちゃんが時間稼ぎをしてくれている模様。
何と、レイジーや萌もビックリの火炎のブレスが、追いつこうとした悪漢たちに振る舞われ。お陰で連中にも被害者が続出、服に燃え移って往生している奴らも何人かいる。
そんな中、妖精ちゃんの立てた計画は物凄く単純だった。すぐ側のダンジョンに逃げ込めば、向こうも追うのを
そして万一やり過ぎて敵がオッ死んでも、ダンジョンが死体を始末してくれて後腐れが無いって寸法だ。町中で魔玉や武器を平気で使う連中に、慈悲など示すだけ時間の無駄である。
そんな訳で、何とか一行が逃げ込んだ“駅前ダンジョン”なのだけど。その途端に、コロ助の容態は急激に良くなってくれてこれは思わぬ副産物である。
どうやら連中の用意した超音波兵器は、ダンジョン空間には及ばない模様。
「そっか、犬にしか聞こえないような超音波攻撃だったんだ……でも連中がダンジョンの中でそれを使ったら、またコロ助がダウンしちゃわないかな?
まぁ、萌がいてくれれば一応は安全だろうけど」
「少シ階層を降りるゾ、奴ラの裏をかいてコチラの安全を確保シないとナ。道中の敵はなルべく無視シて、立ち塞がる奴ダケ倒して進もうカ。
カタナ、私の秘密兵器ヲ鞄から出すよウに」
いつもとは違う毅然とした妖精ちゃんの態度に、思わずオオッと驚きの声をあげる香多奈である。それでも言われた通り、いつも持ち歩いている魔法の鞄から色んなアイテムを取り出して。
その中には、香多奈の装備品である杖もあるし、もちろん兎の戦闘ドールも入っていて。これだけ万全なら、確かに迎え撃つ態勢も充分かも。
それでも香多奈は、言われた通りに階層を降りる算段を始める。悪漢とは言え人間と戦うなんて真っ平御免だし、それなら身を隠しておく方が良い。
後は自警団か、家族の誰かが助けに来るのを待つだけだ。
――妖精ちゃんの戦闘ドールはともかく、コロ助や萌もいるなら何とかなる筈。
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