第594話 姫香と双子が研修旅行から帰って来た件



 姫香と双子は午後の列車で、無事に故郷へ帰って来るとラインでの通知が護人の元へ。そこで護人は熊爺家へと電話を掛けて、一緒に出迎えに行かないかと誘ってみるのだが。

 熊爺は参加せず、ただし兄弟たちは揃って参加の意を示してくれた。向こうも長男が車を運転して来るそうなので、合流は駅前の広場でする事に。


 3日振りの顔合わせとは言え、毎日一緒にいた家族の3日間の別離である。そこは何となく照れた感情が、一行にあったり無かったりしている様子。

 お土産はどうせ、球場の何かだよねとかそんな他愛のない話でソワソワ感を紛らわせていたら。姫香と双子の乗った列車が、時刻通りに無事に駅へと定着した。


 そして真っ先に改札口を飛び出して来たのは、護衛犬のツグミだった。ハスキー軍団に合流したり、他の家族に挨拶したりと普段クールなツグミが凄いはしゃぎよう。

 そんなペットの素直な対応とは正反対に、姫香は感情を表に出せないようで。特に末妹の香多奈とは、さあ喧嘩を吹っ掛けてらっしゃいと、待ち構え感が凄い。


 それでも乗ってあげる香多奈は、意外と大人なのかも……それを取り成す紗良の言葉をひっくるめて、ようやく日常が戻って来た感にホッとした表情の子供たち。

 護人の方も、おごるからみんなでどこかお昼を食べに行こうと、熊爺家の面々にお誘いの言葉。お土産話を披露するにも、みんな一緒の方が盛り上がるだろうし。


 そんな計らいに乗って、一行は一緒に隣町までドライブへ出掛ける事に。と言うか、熊爺は出掛ける際に楽しんでおいでと、子供達にお小遣いを渡していたみたい。

 紗良はそれを聞いて、それじゃあ買い物の時間もとりましょうと提案する。香多奈はせっかくの夏休みだし、家のお手伝いで稼いだお金も使いたい筈である。

 そんな感じで、ドライブ案はどんどん形を成して行く事に。


「ラーメンがいいなっ、あの峠のドライブインみたいな所の中華屋さん! あそこなら、席もそこそこ広いしみんな入れるんじゃないかなっ?」

「ああ、あそこね……変な装備着た護衛がいるお店でしょ? そんじゃ、あそこでお昼食べてからそのまま下って、みんなで買い物行こうか?」

「いいねっ、僕らも色々と買い物したかったし……お昼を奢って貰えるなら、お小遣いも買い物に回せるかなっ。

 双子も疲れてないなら、一緒にドライブ行こうっ!」


 双子は全然平気と元気をアピール、そんな訳でみんなで2台の車に分乗してまずは峠の中華屋さんへと昼食に行く事に。その集団は、子供率が高くてとっても賑やか。

 姫香も懐かしのキャンピングカーに乗って、この上なく上機嫌な表情に。広島市での研修は大変だったよと、早くも愚痴混じりの話を護人へと喋り始める。


 たった2泊の旅行だったけど、それなりに収穫もあったのだろう。大変だったと言いつつも、姫香の表情はどこか爽やかでやり遂げた感に溢れている。

 まぁそれは、久々に撫でているミケの体毛の感触に癒されているのかもだけど。そんな穏やかな時間を過ごしつつ、2台の車は無事に峠の中華屋さんへと到着した。


 そこからは、2家族揃っての賑やかな昼食タイム。姫香たちも、お昼は軽く食べただけなので全然余裕でラーメンや餃子やチャーハンを注文する。

 と言うか、全員の注文数が半端では無い気も。誰が何を幾つ注文したか、果たしてそんな広くないテーブルに全部の料理が並ぶのか。

 色々と波乱を含みながら、お土産話のお喋りは続く。


「何だ、やっぱりお土産はカープのユニフォームとかグローブなんだ。去年と一緒じゃん、姫香お姉ちゃんってば手抜きだよね」

「俺たちは嬉しいけどな、遊び用の服にも作業用の服にもなるだろうし。俺は新井選手の背番号を貰おうかなぁ、それとも黒田投手のかなぁ」

「背番号3の衣笠選手は分かるけど、背番号6番のライトル選手って誰?」


 随分と古い選手のも、普通に混じっているダンジョン産のお土産を広げて評価する子供達である。護人も姫香から、新品のグローブと前田投手のユニフォームを貰っていた。

 店内はほぼ貸し切り状態で、例のこの店と前の道路を護衛している兄ちゃんも、気軽に話しかけて来ている。そしての集団が、噂の隣町のA級チームだと知って驚いている様子。


 まぁ、探索動画をアップしているとは言っても、顔を広く知られて良い事は何も無いし。能見さんも余り極端な顔のアップは、自然と減らしていてくれているみたい。

 その代わり、ハスキー達やペット勢の活躍は前面に押し出してくれている気も。単に能見さんの趣向で無ければ、その辺は恐らく計算なのだろう。


 そうして頼んだ料理が届いて、テーブルの上はお土産の代わりにラーメンや餃子に取って代わられた。ハスキー達も、子供達からしっかりチャーシューを貰ってご満悦である。

 それ以上に食欲旺盛な子供たち、そして姫香と双子の旅行のお土産話も盛況である。チームを組んだ子たちが世羅や庄原のギルド員だったとか、今年も不良に襲われたとか。


 その話を聞いてる面々は、そいつ等を返り討ちにしたと聞いてとっても盛り上がっている。護人からすれば、冷や冷やで危ない真似はしてくれるなって感情の方が強いけど。

 市内のストリートチルドレン問題は、チームの淘汰やら環境の悪化が相当に響いているようだ。それを聞いた熊爺家の子供達は、やっぱりねと神妙な表情に。

 それから長男の川村は、選択を間違えなくて良かったとポツンと一言。


「本当だよね、僕たち熊爺の子になれて本当に良かったよ。ちゃんと孝行して、恩を返して行かなきゃね」

「そうだな、また学校に通えるようになるかも知れないなんて、去年までは考えもしなかったし。双子が向こうで友達作ったんなら、俺たちも通学し始めたら頑張らなきゃな」

「そうよね、何気に双子が一番友達多いんだよね。香多奈ちゃんのお陰で、地元にもいっぱい友達出来てるし」


 双子より1歳年上の須惠すえが、羨ましそうにそう口にすると。でも今回の研修で仲良くなった人たちは、変わり者ばかりだったよと双子は妙な反論。

 探索シーンは動画に撮ってあるから、後で見せてあげるよと姫香が言うと。私たちも探索したから、後で見せてあげるよと大威張りな香多奈の返しである。


 それを軽くいなして、姫香も軽く武勇伝を語ってみたり。あまり大袈裟に話すと、護人が心配してしまうのでそこは抑え目にしておくのは精一杯の気遣いである。

 ただまぁ、双子からしてみれば凄かったのはツグミと言う結論に達していそうではある。今や忍者犬の名を欲しいままにしているツグミは、群れに戻れてとっても幸せそう。

 ――それは姫香も同じく、家族と取る食事がやはり一番だ。




 次の日は朝から、来栖家は和香と穂積と一緒に協会へと“山間ダンジョン”の間引き報告へ。ついでに魔石の換金と、動画依頼も兼ねて家族総出と相成った次第である。

 紗良とミケに至っては、どちらの探索にも携わってはいないのだけれど。その後に和香と穂積が隣町まで、稼いだお金で兄弟に何か贈り物を買いに行くと言うので。


 それならみんなで、何を買うか意見を出し合おうと家族で決まったのだった。来栖家にしてみれば、連日の隣町への買い物だけど今は夏休みでもある。

 護人も子供へのサービスは大切と、こうして運転手を買って出た次第である。そんな車内は、昨日に劣らず子供達の会話で騒がしい限り。


 ハスキー達は、冷房の利いた車内にどことなく満足そう。今日も良く晴れ渡った夏日で、午後からも気温は容赦なく上がりそうな気配である。

 今年は台風の到来はまだなく、田んぼの苗もすくすく真っ直ぐ育ってくれている。こうなると田んぼの世話は、水を当てたり雑草を抜いたりするくらいしかする事が無く。


 畑の野菜も、人を雇っての収穫なので割と時間の余裕は確保出来る季節でもある。もっとも暑い最中に作業して、熱射病になっても仕方が無い。

 作業をするにも、朝早くか夕方となるのは農作人の知恵である。


「島根チームが出て行っちゃって、山の上も随分と静かになっちゃったねぇ。この協会の前にも、キャンピングカーを泊めて生活してたから、能見さんも寂しいんじゃない?」

「え、ええっ……そうですね、本当に」

「何だっけ、島根チームの次の目標は“アビス”で転移装置をゲットするって計画だっけ? 頑張って欲しいよね、遠距離恋愛は辛いもん」

「えっ、誰と誰の確率が高そうなのっ!?」


 姫香の爆弾発言に、ざわめきが拡がる協会の建物内である。誰って事はないけどと、自ら発したその衝撃にややたじろぐ表情の姫香だったり。

 でも雰囲気は良かったよねと、他人の恋バナは割と好きな紗良の助け舟が。そんな事をしている間にも、動画視聴と換金は進んで行く。


 江川が持って来た魔石の買い取り金は、4つに別れていてそれぞれ子供達と護人の分け前だった。護人のは6層から最深層までの分だが、最初は子供達に融通しようとしたのだけど。

 和香と穂積は、それは駄目だと頑として受け取る気配は無し。仕方なく4つに分けて貰ったが、護人としては頑張った子供達にご褒美の形で分配したい。


 その辺をさり気なく紗良と姫香に相談したら、夏だし花火とかレジャー用品につぎ込めばとの返し。お隣を巻き込んで、また夏にキャンプを計画するのも良いかも。

 凛香や隼人も、仕事ばっかりでは生活に息が詰まるだろう。保護者の護人がスポンサーとなって、そのガス抜きをしてやるのは確かに理に適っている。


 そうこうしている内に、2本分の動画視聴もようやく終了の運びに。市内のダンジョン探索と子供達の間引き依頼の遂行を見終わった能見さんは、いい感じに仕上げますねと張り切っているみたいだ。

 それからつい先日、ギルド『羅漢』から日馬桜町の協会に注意勧告の電話があったとの報告が。高坂ツグムの『予知夢』スキルが、この町の異変を察知したとの事で。

 そう言えば、八神からの手紙にもそんな内容が書かれていた気が。


「予知が2つも重なると、かなり信憑性が高くなる気がするねぇ、護人さん。気をつけなきゃだけど、オーバーフロー騒動は突然襲って来るからねぇ。

 香多奈、もっと詳しい日時分かんない?」

「分かる訳無いでしょ、そんな便利なスキルなんてないわよっ、姫香お姉ちゃんのアンポンタンッ!」

「まあまあ、でもようやく“喰らうモノ”ダンジョンの件を、何とか片付け終わった所なのにねぇ? レイド依頼もようやく止まってくれたし、もう少しゆったり出来るかなと思ったのに。

 これは引き続き、8月も色々と大変かも?」


 そんな不吉な事を口にする紗良に、来栖家チームも引き続き大活躍だねと、呑気な末妹の返しである。そんな感じで協会での用事は全て終了、来栖家と和香と穂積は引き続き隣町への買い物へ。

 車内ではこの前ダンジョン内でゲットしたお香をいて、ちょっといい感じにリラックスムード。連日のお出掛けに、ドライブの雰囲気を変えようとの姫香の思いつきなのだが。


 焚かれているのは、売りに出せば恐らくウン百万は行くのではってな“竜涎香”である。それでも運転手の護人は、何も言わずこの贅沢を歓迎ムード。

 昨日は家族と熊爺家の子供達とのお出掛けで、今日は隣家の和香と穂積だ。夏休みに入った子供達には、やはりサービスを提供すべきなのだろう。


 香多奈みたいに、ダンジョン探索に連れて行けと言われないだけまだマシだ。7月が終わって8月に入ったばかりだが、その1ヶ月は子供パワーをなんとかいなして行かなければ。

 先が思いやられる護人だけれど、夏の暑さに負けずに乗り切って行きたい所である。9月になれば少しは涼しくなって、ハスキー達も元気を回復するだろう。

 それまで1ヶ月の我慢、いや精進である。





 ――走り慣れたいつもの道を運転しながら、そんな事を思う護人であった。






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