第593話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その22



 その日、荒廃した広島市の危ないとされている地域に集合を掛けられた吾妻あづまは、手下の護衛達と共にやって来ていた。仕事の話と理解しつつも、やはり多少の緊張感はある。

 そして呼ばれたのが自分だけでないと知って、途端に不機嫌な顔に。旨い話は独り占めしたいのが人情だが、ただまぁそれだけ大きな話だって事でもある。


 そう思い直して、何とか負の感情を胸の内に引っ込めて指定されたビルの一室へ。依頼人は立派なスーツを着込んだ企業人のようで、そこはいつも通りだ。

 知らない顔も2人ほど混ざっていて、そいつの護衛はいかにもやりそうな顔付き。凄みを利かせた武器を所持するより、湧き出るオーラがそれを物語っている。


 吾妻あづまの所有するスキルは、その視認を可能にする事が出来るのだ。その特技スキルで命を救われた事も、1度や2度じゃきかない程ある。

 特に裏の企業から依頼を受けるとなると、使い捨ての駒にされる可能性も高いし。そんなきな臭さがを嗅ぎ取って、依頼料を貰い損ねないようにする。

 それが彼の、ある意味得意技でもあった。


「これでこちらが声を掛けた、グループのかしらは全員揃いましたかね……それでは早速、依頼について説明を始めましょうか。こんな場所に、長居などしたくはありませんから。

 ええっと、資料を配りますが見終わったら廃棄をお願いしますね。これらの生物もしくは動物を、生きたまま捕らえて連れ帰って欲しい訳ですが。

 大事な研究の被検体なので、傷付けたりはしないで下さいね」

「何だこりゃ、妖精にスライム……まともなターゲットなのは犬くらいか?」

「そのハスキー犬達も、スキルを使って来て人間より強いとの噂です。詳しくは資料のアドレスの動画を観て、各々で事前に予習をお願いします。

 懸賞金は書いてある通り、死体には金は払いませんので悪しからず」


 渡された資料に書かれていた懸賞額を見て、吾妻あづまは思わず口笛を吹きそうになった。隣で騒いでいるのは荒川あらかわと言う名の、ストリートチルドレン崩れの悪漢集団を束ねる若者だ。

 学が圧倒的に無いので、荒事以外には使い道が無いとの周囲の評判だけど。こんな奴らと組まされるとは、先が思いやられそう。


 もう1チームは、東野ひがしのと言う男が仕切る本格的なヤクザ集団だった。裏の経営には全て手を出していて、荒稼ぎしているとの噂ではあるけど。

 スキルを悪用し過ぎたために、協会に目をつけられて現在は地下に潜伏中との噂である。さては一発逆転を狙って、この怪しい企業案件に飛びついたのか。


 まぁ、その点に関しては吾妻あづまも同様には違いないけど。何しろ、この懸賞金が掛けられた生物が所属するのは、片田舎のA級探索者チームらしいのだ。

 そんな所からペットを盗み出すのは、虎の穴に入って虎の子を盗むようなモノ。


 あまりにもリスクが高過ぎて、100万ボッチでは割りが合わない気も。ハスキー犬達に限っては50万で、こちらは更に危険と報酬が釣り合っていない。

 ところが荒川は超乗り気で、アンタらが受けないなら俺たちだけでヤルぜとイキりまくる始末。腹は立つけど、隣のバカな若者みたいにA級チームに簡単に楯突く気は起きない吾妻あづまである。


 彼は探索動画もそれなりの数チェックしていて、自ら探索もこなすスタイルの悪人だ。ついでに同業者も襲うし、新人ともなれば付け狙って良いカモにするような。

 それだけに、強者の探索者と遣り合うなんてリスクは避ける傾向が強いのだけど。相手はそれを見越して、様々な魔法アイテムを貸し出そうと告げて来た。


 そして作戦次第では、向こうの力を完全に無力化出来るとも。例えば子供を人質に取るなりすれば、A級チームの莫大な貯えすら全て奪い去れるのではと。

 そう提案されて、子供の在籍するチーム構成を資料から確認させられる一同。確かに危ういチーム構成だなと、闇仕事が本業の東野ひがしのも冷たい笑みを顔に浮かべている。


「そのチームが1回の探索で得る報酬は、平均で数百万らしいですね。今までどれだけ貯め込んでいるか、そちらはあなた方で確認して頂いて結構です。

 こちらで調べた情報では、懸賞金を掛けた被検体たちはチームの子供の護衛役として、よく一緒に行動をしているようです。

 つまりは皆さん、最後まで言わないでも分かりますね?


――家族チームの末妹さえ誘拐すれば、依頼は8割片付くって事です。









 ムームーちゃんと名付けられた軟体生物は、生まれた地とは遠い異界でようやく平穏な日々を手に入れる事が出来た……ように思えたのは最初だけで、後は何と言うか波乱の連続で。

 怯えずに済むようになっただけマシと言おうか、いや新しい群れは相当なスパルタだった。彼らはこの集合体を家族と称し、ムームーちゃんが属しているのは“来栖家”と言う名前らしい。


 ネビィ種と言われる彼らの知性は、幼くても相当高いので有名だ。その分温和な種族で、争うよりも隠れ住む事で平穏を保っていたのだが。

 そんな彼らにも天敵と言われる種族がいて、ムームーちゃんが家族と逸れたのもそれが原因だった。或いは既に、本当の家族はそいつによって天に召されてしまった可能性も。


 それだけの恐怖体験を何とかやり過ごして、次に襲って来たのは圧倒的な孤独だった。彼らは大抵の時間を仲間と過ごして、つまりは孤独には慣れていないのだ。

 それから飢えと表皮の渇き、その状態を我慢する事1週間余りだっただろうか。不意に賑やかな喧騒が聞こえて来て、慌てて隠れようとするも簡単に発見されて。


 人生経験の短さが仇となったのだが、この群れに見付かったのはかえって幸運だったと後に思う事に。つまりは、この出会いで彼は一命をとりとめたのだ。

 そこからは、飢えも乾きも一人ぼっちの孤独とも無縁の生活を贈れているムームーちゃんである。その分、家族のお節介で色々と振り回されて大変な目に遭ってしまってるけど。


 家の主人との同伴については、まだマシと言うか色んな世界を見れて楽しい感情が強かった。その代わり、夜の探索のお誘いは割と命懸けでとっても大変だった。

 それでもこの来栖家のハスキー軍団は、家族の中でも一大勢力で。新入りのしつけに関しては、黙って従うのが筋だと感じたムームーちゃんは必死で同行して。


 その前に、同じ異世界仲間の妖精に貰ったスキルを駆使して、何とか生き延びれた次第である。敵を倒せば倒すだけ強くなると言うこの世界のことわりは、彼にとっても新鮮ではあったけど。

 その強さを身につけるのも、かなり大変で時間が掛かりそう。


 妖精に関しては、どうやら彼を配下に置いて家の中での勢力図の塗り替えを図っているらしい。家の中も安全エリアだと思っていたムームーちゃんだが、どうやら違うみたい。

 覇権争いは、どうやら家の中でトップの座にあるミケと言う生物と因果関係があるようだ。この生物は彼と同じ位小さいながら、一家の中心にいるらしい。


 しかも、戦ってもエース級の活躍をするみたいで、ハスキー軍団も一目置いている雰囲気を感じ取って。そんな存在を相手に下剋上を起こすのは、ちょっと遠慮したいムームーちゃんである。

 同じ異世界出身のよしみだろうと言われても、そんな恐ろしい生き物に逆らうなんて論外である。ところがそのニャーと鳴く生き物は、意外と新入りの面倒見が良い事が判明して。


 まず家のリビングで教えられたのは、人間に“甘える”と言う行為だった。これは違う生き物間での大事なコミュニケーションであり、食糧を貰うスキルであると。

 次に大事なのは、ミケお母さんに言わせると“テリトリー内の治安維持”らしい。例えば天井近くを飛び回る羽虫だとか、小さくて人間では捕獲しづらい虫や小動物だとか。


 これらを“狩る”のは、タダ飯食らいとならないための大事な作法だとの事で。何より自分の生活空間を、キレイに留めておくのは生き物としてとっても大事な行為だ。

 ハスキー達も、そう言う点ではとっても勤勉で、敷地内の管理に関しては頑張り屋さんだ。皆がプライドを持って、縄張り内を生活しやすいように保っているのだ。

 そう聞かされると、自分も頑張ろうと思うムームーちゃんなのであった。


 ちなみに、AIロボのルルンバちゃんと呼ばれる存在とは、あまり上手くコミュニケーションが取れていないのが現状。彼の取得した《心話》は、ロボの心情までは読み取れないのかも。

 それでも温和な気配をいつも漂わせているお掃除ロボは、家族にも愛される存在で。ムームーちゃんがちょっかいを掛けても、全く怒らない度量の広さを示してくれた。

 意外とこの群れの中で、一番波長が合うのはこのロボかも知れない。


 ――そんな仲間達に囲まれて、幸せな日々を過ごすムームーちゃんであった。









 吉和に居を構えるギルド『羅漢』の雨宮は、日馬桜町のお仕事を終えて地元へと戻って来た。“喰らうモノ”ダンジョンの暴走に備えて、麓の道沿いで待機していただけとは言え。

 かなり神経は削られたし、気が気ではない時間を過ごしたストレスは大きかった。それはその場にいた全員がそうで、半ば祈るような心情のスタッフたちの気持ちが通じたのか。


 何とか無事に攻略が終わったとの知らせに、本当に良かったと安堵する面々。それにしても“もみの木ダンジョン”以降、本当に来栖家チームとは関わりが深い。

 あの頃は本当に、ポッと出の田舎の家族チームでしか無かったのに。それも自分達の敷地内のダンジョン管理のために、家族で間引きを行っていた素人集団である。


 それがいつの間にか優秀なスキルを得て、ペット達との絆も相まって動画で有名になって行って。急速にランクを上げて、西広島では知らぬものが無い程のチームに。

 雨宮も、割と初期からそんな家族チームの動画のファンである。レインの名前での書き込みも多数、一緒にレイド作戦で探索した事も何度かある。


 それだけに、あのチームの破天荒な成長振りは目新しくて鮮烈だった。そして今回も、すぐ近くで大きな功績をあげたとの報告を聞いて。

 自分の事のように喜んだサポートの面々だったけど、これで全てが終わった訳ではない。ダンジョンは休止するだけが常識で、この後も管理がずっと必要なのだ。

 まさに終わらない、永遠に続くイタチごっこである。


 その反面、ダンジョンからの稼ぎで潤う経済の部分もある訳だ。全部が悪いって訳でもなく、これも付き合い方次第で善にも悪にもなるって良い例かも。

 特に新エネルギー関係に関しては、魔石の回収が急に無くなたら困ること間違いなしだ。雨宮のギルド『羅漢』にしても、大勢在籍する探索者が路頭に迷ってしまう。


 ただまぁ、広域ダンジョンとか管理が大変なダンジョンは、近場にこれ以上増えるのは勘弁して欲しい。稼ぐ以前の問題で、間引きが大変過ぎるのだ。

 オーバーフロー騒動に関しても、一般市民に被害が及ぶのは論外だ。ギルド『羅漢』には、スキル『予知夢』を持つ高坂ツグムと言うB級探索者がいてその点は万全である。


 彼の『予知夢』で、例え新造ダンジョンでさえも事前に場所の特定が出来るのは革新的である。まぁ、“アビス”や“浮遊大陸”の件では、こっちでどうする事も出来ない規模ではあったけど。

 今回の“喰らうモノ”ダンジョンに関しても、彼は特に先立って言及する事も無かったので。雨宮としては、悪い事は起きないだろうなと妙な確信が先だってあった訳だ。


 とにかく雨宮は、地元に戻って各所へと報告をして回って。とは言っても、地元の協会のスタッフは一緒に待機組として同席したので、改めて報告の必要も無かったけれど。

 ギルドマスターの森末には、集合した他県のA級探索者チームについても念入りに報告を行った。今後、接点があるかも知れないので、その辺の情報は大切である。


 最近の西広島エリアに関しては、どこも順調で広域ダンジョンの間引きもバッチリとの報告が。レイド作戦は確かに華々しいのだが、金が掛かるので自治体も実は及び腰である。

 それなら毎月の間引きをしっかりと、そんな風潮が蔓延しているのも確かで。お陰で去年の秋から冬にかけて、苦労して間引きした“弥栄やさかダムダンジョン”や“三段峡ダンジョン”からは、今年はSOSの声は今の所掛かって来ていない。


 それは吉和の新造広域ダンジョンの、“もみの木ダンジョン”も同様で。地元だけあって、管理に手抜かりがあればギルドの信頼が失墜してしまうと皆必死である。

 お陰でこちらも、大規模レイドなど必要のない魔素濃度を毎月保っており。人員確保は大変ながら、まずまず黒字を保っての運営が出来ているみたい。

 それは、目の前のギルマスの顔色を見ても確かである。


「取り敢えずご苦労様、厄介な事にならずに済んで本当に良かったよ……何しろあの超A級ダンジョンは、ウチからも割と近場だからな。

 後は上手く行けば、この近辺で大規模レイド作戦は来年までせずに済むと思う。飽くまで、新造ダンジョンが発生せず上手くやり過ごせばの話だけどな」

「そうですね、それにしても……やっぱりA級チームが揃った姿は、壮観と言うか見てるだけで気圧されましたね。ウチのギルドからも、早くA級ランクが出てくれれは言う事無いんですけど。

 なかなかそう上手くは行きませんね、敏郎としろうさん」


 雨宮の言葉に、全くだなとしかめ面を返す実に分かりやすい森末ギルマスである。今年の春から広島市のストリートチルドレンを受け入れる改革は、割と上手く行って10人以上がギルドに居着いてくれた。

 まだまだヒヨッ子のE級ばかりだが、この世代が育ってくれれば言う事は無しだ。ベテラン陣に関しては、森末や雨宮を含めてB級の壁を破るのは大変そう。


 協会に魔石を売れば、自然にランクは上がって行くシステムではあるけれど。それでも広島市の甲斐谷や、日馬桜町の例のチームのような活躍が出来るかと問われたら。

 やっぱり強さのブレイクスルーは必要で、ギルド内で不必要なランク上げは慎重になっている次第である。もちろん、A級に上がる魔石販売のノルマも尋常ではないのだけれど。


 今はやっぱり、下の世代が力をつけるサポートに尽力する期間だろう。そんな事をギルマスと雨宮が話し合っていたら、部屋の扉をノックする音が。

 入って来たのは噂の“夢見”高坂ツグムで、どうやら重要な話があるらしい。ついさっきまで昼寝してたんだけどとの話の切り出しは、なるほど重要な話に違いない。


「それで、どれから話そうか……広島に限ると、山間部に2つと瀬戸内海に2つ、それから雨宮がさっきまで訪れていた日馬桜町にも1つかな?

 いやぁ、久々にこんな怒涛の連続予知に見舞われたよ」





 ――眠そうな口調のツグムだが、その瞳からはハッキリ真剣さが漏れ出ていた。






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