第587話 今回の新人研修も何とか無事に終わりを迎える件



 そんな風に波乱を願ったのを、姫香がちょっと後悔するのはその後の事だった。探索開始から既に2時間半が過ぎて、もう少しで5層の中ボスも見えて来るかなって時刻で。

 もっともこの“スタジアムダンジョン”は、一応は広域ダンジョン指定なので。5層の中ボスは、徘徊タイプと言うか複数存在する感じだった筈。


 去年の姫香たちの時は、確かグランドの中央にドラゴンを確認して、戦わずに戻った覚えがある。最近の情報では、竜は深層深く沈んで10層以上潜らないと戦えないそうなのだけど。

 一つ目巨人あたりが中ボスでも、充分強いので油断は出来ない。と言うか、中ボスを撃破しなくても、この実習の目的は普通に果たせるのであまり意味が無いとも。


 そんな感じで、双子と向井少年を先頭にして5層を10分以上は徘徊しただろうか。グランドには何もいる気配はないけど、少々嫌な視線は背後に感じる姫香である。

 それはツグミもしっかり反応しており、意外な事にゴスロリ少女の歩夢あゆも感じているようだった。恐らく尾行者は『隠密』スキルで隠れているっぽいが、少女も探知系のスキルか何か持っているのかも。


 全チーム動画撮影は基本だし、まさか仕掛けては来ないだろうとの油断は、姫香にあったかも知れない。前衛が不意打ち的に、コンコース上で大虎と戦闘に突入したその隙を突かれて襲撃があった。

 その瞬間を見計らったように、背後からこのダンジョンにはいない筈の小鬼の群れが4体ほど乱入して来たのだ。驚いた姫香とツグミは、思わず助け舟を出そうとしたのだけれど。


 これまた突然、予期せぬ事態が巻き起こって場はいっそう混乱する事に。何と先頭の小鬼が仲間を裏切って、続く小鬼に咬み付いて共に倒れ込んだのだ。

 更には、ゴスロリ少女の周辺に湧き出る鬼火が幾つか。それが意志を持つかのように飛んで行って、哀れな小鬼の群れはこちらに辿り着く間もなく消え去って行った。

 後には魔石も何も残らず、恐らくは召喚されたモンスターだったのだろう。


「驚いた、意外と強いのね……ええっと、世羅の徳之島さんだっけ? 今の敵の裏切りと鬼火攻撃は、あなたのスキルで間違い無いのよね?」

「はぃ……」


 答える声は小声過ぎて、恥ずかしがってるのかその辺は定かではないけど。面白いスキルを所持しているのは間違いなさそうで、変わり者だけどまぁチームに加わってくれて良かった。

 そして前衛陣の虎退治も、何とか怪我人も無く勝利で終わった模様。そして近付いて来た双子が、コンコースの奥の柱を指し示して呟いた。


「あいつ、名前は確か荒川だったかな……小鬼を召喚するスキル持ってたし、間違いなくストリートチルドレンのボスの1人だよ。嫌な奴でさ、他人の食料や縄張りも平気で奪い取って行くコソ泥だよ。

 ウチのグループとも何度か揉めたし、子分たちも多いから要注意だよ」

「さっき、金髪の不良チームも見掛けたね……そいつ等は良く知らないけど、まぁ雑魚かな。少なくとも、荒川は殺意をもって人を殺せる奴だから。

 隠密系のスキルも持ってた筈だから、姿を見せたのは警告なのかもね」


 そう口にする双子の視線の先には、地味系の戦闘服に身を包んだ目付きの鋭い少年の姿が。確かにふてぶてしい顔つきで、さっきの騒動には全く関与してませんよって雰囲気で、肩を竦めて去って行ってしまった。

 姫香もサポート役とは言え、こちらから手を出す訳にもいかず悶々と見送るのみ。腹は立つけど、ここは警戒を怠らず双子のチームをしっかり導くしかない。


 ちなみに、龍星の言っていた金髪君はある意味とっても分かりやすかった。特攻服に身を包み、手には高級そうな武器を持って、まるでちぐはぐな成金探索者である。

 それよりチームは、歩夢あゆの意外な才能に盛り上がっていた。天馬など、変な恰好してるのに強かったんだねと率直過ぎな物言いだ。


 どうやら彼女は、『霊操』と言う変わったスキルを所持しているらしく。それを聞き出すのも、本人が恥ずかしがってなかなかに大変だったと言う。

 それでもチームの仲も深まったし、姫香から見てもみんな及第点の動きをこなしていた。三原の兄妹は戦力としてはやや物足りないけど、場数を踏めば実力もついて行くだろう。


 それにしても、研修中のダンジョン内で探索者にちょっかいを掛けて来ようとは。天馬の言っていた荒川という人物は、相当な性格破綻者である。

 今年は荒れると島谷姉妹も言ってたが、姫香としても無事な終了を願うのみ。




 結局チーム探索は、5層の中ボスには挑まずに終了の運びに。その代わり、残りの時間はチマチマと天馬の『自在針』で大ヒトデや大コイを釣って、それを倒して経験値を稼いでいた。

 そうして終了の時間きっかりに、ダンジョンを出て探索終了の報告と魔石換金までの流れを実践する。その辺は双子の天馬が、最年少ながら立派にリーダー役をこなしていた。


 それを誇らしく見つめる姫香は、ツグミと共にすっかり保護者気分である。あながち間違っていないけど、今回の研修旅行もなかなか実のある内容になってるかも。

 もっとも、他の参加者には怪我人やらのアクシデントが多発したそうで。その辺の情報交換に忙しい、サポート役に参加したベテラン探索者陣営だったり。


 どうもその内容を耳にすると、不意にゴブリンみたいなモンスターに襲撃に遭ったと言うチームが幾つか。あの不良金髪チームも、そのせいで半壊の被害に遭ったそうだ。

 そんな話を、昨日と同じく立食形式の夕ご飯で聞き及ぶ姫香である。双子のチームは、別の場所で食事をしながら今日の反省会を行っている。


 昨日と違って、怪我したチームなど不参加が目立つのは致し方が無い。姫香も一応、双子の護衛をツグミに頼んでいるけど、例の不良集団は2チームとも不参加だった。

 それについては安心すべきか、それとも何か企んでるといぶかしむべきか。どちらにしろ、双子のチームは和気藹々あいあいとした雰囲気で何より。


 例の不思議ちゃんの歩夢あゆも、昨日より随分とチームに馴染んでいる模様。聞けば本人は三原の“聖女”に憧れているらしく、そうなりたいと思っているようだ。

 それを知らぬ風を装って聞き流すのは、モロに感情が顔に出る姫香には至難の業だったけど。何とかやり過ごして、その夜の夕食会は無難に終了を迎えた。


 他のサポート役員とも少し話したが、やはり不良集団のリーダーの荒川は頻繁な離席が目立ったようだ。トイレだなんだと理由をつけて、どうやら他チームの戦力を探っていたみたい。

 トイレを禁止する訳にもいかず、担当のベテラン探索者は相当に難儀をしたとの事。何にしろ、それも明日の昼までだ……サポート役員たちもストレスを抱えつつ、己の仕事を全うする構え。

 そうやって、2日目の夜は更けて行くのだった――。




 そうして3日目の行事だが、去年と同じく協会本部の見学と最終講義で幕引きするようだ。市内出身の双子は、その辺は慣れていて移動も慌てずついて来ているけど。

 市内が初めての庄原の向井少年や、ゴスロリ衣装の歩夢あゆは路面電車に乗るのにも興奮している模様で初々しい限り。朝からバタバタしていたが、その他は至って順調で。


 協会本部に辿り着いての午前中のスケジュールは、滞りなく進行して予定の時刻に終了を迎えた。ホッとした表情は、果たして参加した子供達とサポート役員のどちらが大きかったか。

 姫香も同じく、この調子ならお昼過ぎには地元に帰れると解放された空気感がバリバリだ。それとも、双子を誘って軽く何か食べて帰るのも悪くないかも。


 その当人たちは、騒がしい講義室の端っこでチームとの別れを惜しんでいた。スマホを取り出しているのは、番号を交換し合っているせいか。

 良い風景だと、姫香も敢えて帰りをせっついたりはせずに見守る構え。と言うより、広島駅まで一緒に移動した方が、保安上好ましい気もする。

 何しろ姫香を含めて、半数以上が魔法のカバンを所有しているのだ。


「さてと、アドレス交換はもう終わった、みんな? 念の為に駅まで送ってあげたいんだけど、この後の予定はみんなどうなってる?

 市内観光したいって人がいたら、ちょっと難しくなっちゃうけど」

「市内の復旧具合は、去年よりは多少進んでるかなって感じみたいだね。だけどデパートとか本通りとか、遊べるところはまだ完全には復旧してないかな?

 ご飯を食べるところくらいは、捜せば多少はあるだろうけど」

「う~ん、ギルドの先輩たちからは市内は物騒だから、真っ直ぐ戻って来いって言われてるかな。遊びに回る所がないなら、僕らも安全を選ぶけど」

「わ、私もぉ……」


 三原の吉川兄妹も世羅の徳之島も、まっすぐ帰るに異存はないそうなので。それなら協会本部の物販コーナーをちょっとだけ見て、それから皆で帰ろうかと言う話でまとまった。

 そして30分後、一行は協会本部の間借りしている敷地内を出て、ようやく帰路につく事に。時間はお昼前だけど、誰もお昼をどこかで食べようとは提案してこない。


 そんな訳で、揃って広島駅へ向かう路面電車に乗って移動を果たす姫香&研修生たち。後は帰るだけとなって、子供達もいかにも肩から力が抜けている感じで口調も滑らかだ。

 一番良く喋るのが、このメンバーでは吉川兄妹みたい。探索ではあまり役に立たなかったけど、ムードメイクの立場ではかなり重要ポジションなのかも。


 双子も普段から口数が少ないけど、今は別の感情が絡んでいるようだ。ツグミも追跡者の存在を感じていて、まるで去年の繰り返しを演じている気持ちになる姫香。

 確かに隣の車両にいたのは、例の金髪特攻服が率いる不良集団だった。ストリートチルドレン出身の荒川グループではないようだ、その点はどう考えるべきか分からないけど。


 路面電車が終点の広島駅について、一行は乗り換えのために電車を降りる。その頃には、全員が嬉しくない追跡者の存在に気付いて総じて不安そうな表情に。

 一方の姫香は、引率役として大張り切りでどこで返り討ちにするか計算中だったり。やはり去年もお世話になった、例の高架下へとおびき寄せるべきか。


 そんな作戦に、何の躊躇ためらいもなく乗って来る不良集団は全部で6人ほどいた。初日にホームでノシた奴もいて、なるほどそのお礼参りも含んでいるみたい。

 威勢よく啖呵を切る金髪ヤンキーだが、この場で怖がってるのは吉川兄妹位のモノ。他の面々は人数はこっちのが多いなと、冷静に戦力分析が出来ているみたい。


 その上、A級探索者の姫香とツグミがこっちのチームにはいるのだ。負ける訳が無いので、魔法の鞄と有り金置いて行けなんて要求は無視すれば良いだけの話。

 それにしても、研修の初日であれだけ力の差を思い知らせたのに再挑戦とは度胸がある。或いは何か秘策でもあるのかと、姫香はツグミに周囲の確認をお願いする。


 そこは以心伝心の相棒、すかさず影に潜ってのステルスモードへ。そして突進して来る金髪ヤンキーだが、どうやら強化系のスキルを操るようで双子も警戒している。

 向井少年が荷物から盾を出して、何とか抑え込んでいる状況の中。手出しをしようとする手下は、双子の中距離スキルと歩夢あゆの『霊操』でほぼ瞬殺の憂き目に。


「お前らっ、くそがっ……約束した増援はどうしたっ、これじゃあ前回の二の舞だぜっ!」

「バカね、この前みたいに手加減して見逃して貰えると、まさか本気で思ってるの? 幾ら優しい私でも、今度は容赦しないわよ。

 まぁ、命までは取らないからそこは安心していいよ。ツグミっ、コイツ等を死なない程度にコンクリに埋めちゃって!」


 結局は、姫香が加勢するまでもなく相手の金髪リーダーも前衛陣に討ち取られていた。口ほどにも無かったが、どうやら向こうはどこかの軍勢の加勢を当てにしていたようだ。

 ツグミが《闇操》で、連中を残らず腰までコンクリに埋め込む作業を姫香が見届けていると。案の定、遠く離れた場所から何人かの刺々しい視線が刺さるのを感じた。


 その中には、ダンジョン内でちょっかいを掛けて来た荒川もいるようだ。どうやら形勢を見定めて、加勢するかどうかを決めようとしていた模様。

 その点については抜け目がないとは思うが、仮にも一度は同盟を組んだ相手をこうも簡単に見捨てるとは情けない。文句を言ってやりたいが、確たる証拠も無いしここは無視すべきか。


 吉川兄妹も、そろそろ列車の時間がとか言い出してるし。こちらもさっさと懐かしの故郷に戻って、嫌な出来事は綺麗サッパリ忘れてしまいたい。

 広島市内の問題については、飽くまでそっちで解決して欲しい所である。





 ――こちらは保護者としての使命を、最後まで全うするのみだ。






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