第586話 久々の“スタジアムダンジョン”にちょっと浮かれる件
新人集団は、今は噂のスタジアムを前に携帯食をチームで食べている所。さすがに空腹で探索に放り出す事は、協会も可哀想だと思ったのか。
それとも、この現地で携帯食を含めて実戦形式なのかも知れない。確かに現地の探索者の食事事情は、お世辞にも豊かだとは言えないのだ。
こんな固形食&水で腹を満たす、軍隊形式の食事風景はまぁ一般的だと思われる。来栖家みたいに、シートを引いて家から持参したランチを食べる方が異様なのかも。
そもそも探索中に排泄を
ダンジョン内と言っても、排泄物は数時間も経たずにダンジョンが綺麗に処理してくれる。そう言う意味では、死体も同じで何でもリサイクルしてくれる完全体ではある。
ダンジョン=生き物の概念は、今や大半の研究者から支持されている概念だ。成長するなら生物でしょと、その辺の理屈が弱い事を含めてではあるけど。
姫香も支給された携帯食を頬張りながら、島谷姉妹と世間話など行ってのひと時。今年の研修受講者は、全体的に小粒で大物ルーキーはいなさそうとの事で。
大きなギルドになると、引き抜き目的で研修のサポート役に立候補をする所もあるそうな。島谷姉妹もあっけらかんと、その位の旨みは無いとねと認めている。
まぁ、双子は既にギルド『日馬割』所属なので、変な勧誘騒ぎに巻き込まれる事は無いだろう。双子の実力が知れたら、欲しがるギルドは多数出て来るとは思うけど。
まさかA級チームの『日馬割』を、敵に回して引き抜くところも無いと思いたい。サポート役も任せて貰えたし、後は4時間の探索を
そんな実習訓練は、12時から夕方の4時までの予定で行われるらしい。
「それにしても、サポート役の探索者が何とか人数揃って良かったよ。“平和公園ダンジョン”に向かったチームは、こっちより付き添いも大変だろうけど。
何とか頑張って、無事に実習を終わらせて欲しいよね」
「あっちは随分広いし、ダンジョン内には獣人が集団で出現するからね……まぁ、回復スキルの使い手が何人か混じってるって話だから、多分平気じゃないかな?
こっちも雑魚に混じって、たまに大物出るから気は抜けないけどね」
そう言えばそうだった、確か竜とか巨人がパペットに混じって出現するんだった。島谷姉妹の話だと、竜の方は深層深くに沈んで滅多に出遭わないそうだけど。
巨人の方は、たまに浅層にも顔を出すみたい。今年は燕も鷹も鷲も、飛行系モンスターは軒並み勢いがないそうで、上空の監視はそこまで気を張る必要もないとの事。
その代わり、コイやヒトデやスライムの水系は元気なので注意が必要とのアドバイス。ちなみに猛獣系は、トラは元気で浅層に出没するけど白ライオンは深層に沈んでいる模様。
島谷姉妹によると、毎年その辺の出没率は波があって微妙に違って来るそうだ。その辺の情報を前もって確認する事も、探索者としての
確かに情報があると無いとでは、探索の難易度も随分と違って来る。サポート役としては、それを素直に教えても良いし、教訓として新人に喋らなくても良いとの事で。
まぁ、身をもって知る方が為になるよねと、島谷姉の方は意地悪な笑顔を浮かべてそう述べる。妹の方は、新人が怪我したら面倒じゃんと、ズボラな台詞を口にしている。
姫香としては、師匠に
そんなダンジョン攻略前の簡易昼食を終えて、40人近く7チームはようやく重い腰を上げて探索モードへ。その7チームの中に、不良2チームが混ざっているのは、果たして故意か偶然の産物かは分からないけど。
姫香としては、ただ新人チームを無事に探索させてダンジョン外へ送り出すのみ。ツグミもいるし、そんな難しいミッションでは無いと思いたい。
「姫香姉ちゃん、ウチのチームは5層の中ボスを1番に撃破するのが目標になったから。サポート役だからって、変にお手伝いとかしないで良いからね」
「お手伝いされたら失格なんだっけ、それとも減点? チームのみんなも、あんまり探索目的とか分かってないみたいだね。
結局どうすれば勝ちなの、姫香姉ちゃん?」
「勝ちも負けも無いわよ、天馬に龍星……実践訓練なんだから、即席チームである程度の成果を出せればそれでオッケーって感じかな?
例えば連携とか役割分担とか、チーム運営とかその辺をみんなで話し合ってね」
そう話す姫香に、何だそうだったのかと納得する双子であった。取り敢えず誰よりも速くダンジョン攻略をすれば良いと思っていたらしいが、そんな競技はありはしない。
そもそも探索業は、間引きに関してもスピード重視なんて事は全く無いのだ。集団で競い合わせるのは良いけど、そんな誤解を生ませる実習訓練はどうかなと姫香は思う。
スタジアム正面のゲートは、7チームの新人探索者&サポート役の探索者で賑やかだ。最終的な注意事項を述べる協会職員の話など、誰も余り耳に入っていない模様。
テンションが既に探索に向いているので、これは協会側のミスとも言える。協会のスタッフは、元探索者もいるけどそうで無い者も多数存在する。
探索前の、しかも新人の群れを統制しようとするのは、田んぼに放った合鴨の群れを操るより難しい。もっとも、合鴨農法は日馬桜町のご近所では、誰も手掛けてないけど。
そんな騒ぎの中、12時を告げる鐘が各所で鳴り響き始め。割と身勝手なチームから、それじゃあ一番乗りを果たすぜと、スタジアムのダンジョンゲートを潜り始める。
その中には、しっかり不良チームも混じっている模様。
双子チームは、割と全員がのんびりした性格揃いみたいで初動は遅い。そもそもリーダーを誰がするのかも、実は決まっていないみたいでちょっと不安ではある。
年齢から言うと、三原出身の吉川
姫香の見立てでは、吉川兄は探索慣れをしていなくてやや危なっかしい感じを受ける。性格も人に指示を出すタイプではなく、黙って従うのが好きって感じ。
対する向井少年の方は、あまりモノを考えるタイプでは無さそうな気が。猪突猛進で、恐らく今まで組んでたチームでも寡黙に前衛をこなしていたと思われる。
かと言って、姫香がリーダーを勝手に決めるのもマナー違反だろう。建前上は、サポート役のベテラン勢は、ただ傍で見守るだけしかしたら駄目らしい。
チームが不味い時の、飽くまで保険的な要員でしかないと、事前の説明会でも言われていたし。それにはもちろん、助言等も含まれるみたいで姫香は口チャック状態に。
「他のチームは、もう探索始めてるみたい……ウチらも行こうか、取り敢えず前衛は私達と向井ちゃんで回す感じで。
敵を見付けたら、各自報告お願いね」
「向井ちゃんの盾、大きいから俺たちで挟む感じで陣形組もうか。それにしても、魔法の鞄持ってるなんてなかなかやるじゃん。
後衛の人たちも、声掛け合って元気に行こうぜ」
「あっ、コレ……ギルドから借りたんだよ、今日の為にって」
そんな事を報告する向井少年は、双子の仕切りにも特に反対はない模様。後衛陣も同じく、元気に声を出す位は頑張るよと張り切っていて微笑ましい限りだ。
それは例の、世良出身の徳之島
そんな変則チームだけど、戦闘に関してはそれほど心配は不要だって事がすぐに判明した。お決まりのパペット兵士に遭遇したチームは、それを前衛陣だけで片付けてしまい。
しかもかなりの力技で、向井少年の存在はキラリと光り輝いていた。頼もしいねとの吉川兄妹の言葉に、満更でも無さそうな盾持ち少年である。
そう言う意味では、チームの相性は悪くは無さそうで安心して見ていられる。ツグミは大人しく姫香の隣で、ひよっ子たちの
やはり自分が活躍出来ないと、ダンジョンに潜っても面白味は無いのだろう。そんな相棒を
やはり姫香も、自分が暴れたい側なのは間違いは無さそうだ。
必死にその感情を押し殺しながら、ダンジョン探索を続ける事20分余り。ようやく次の層へのワープ魔方陣を見付けた双子たちは、皆で揃って喜びのリアクション。
ここまで野球ユニフォーム姿のパペットたちと、戦闘する事3回余り。スタジアムのコンコースでは、大鷹や大鷲の襲撃を1度ずつ受けたのだけど。
どちらも天馬の『自在針』がバッチリ決まって、地面に落として龍星の『伸縮棒』で殴り殺して終了と言う。双子のスペックは、コンビプレーも含めて頭一つ飛び抜けている。
それは知っている姫香、他の子達も活躍の機会を与えないとと内心思うのだけど。アドバイスをぐっと飲みこみ、ついて行く姫香はストレスで胃に穴が開きそう。
やはり体を動かしてる方が、何倍も楽には違いない。それでもチームは2層も無事に通り過ぎ、そして3層で念願のグッズ売り場へと到着を果たす事が出来た。
即席チームの面々は、喜びながらグッズを漁り始める。
「ここまで1時間掛かってないね、順調過ぎてビックリだよ……戦闘も前衛だけで切り抜けちゃって、後衛はする事が無いよね」
「さっきの大鷹や大鷲の襲撃も、随分と簡単に撃退出来たしねっ! 強い人と組めてラッキーだったね、お兄ちゃんっ。せめて荷物持ちは頑張ろうと思ったけど、前衛みんな魔法の鞄持ってるし。
そんな私たちが、お土産漁ってもいいのかなぁ?」
「別に構わないでしょ、サポート役の姫香お姉ちゃんも堂々と漁ってるし。カープのユニフォームとか、お土産に喜ばれるもんね。
ウチらも兄ちゃんたち用に、ユニフォームとか帽子をゲットしよっ」
「あっ、そうだ……魔法の鞄は便利だけど、それを狙って来る不良チームとかもいるからね。双子は私が護衛するから良いけど、向井君は研修帰りの駅のホームとか気をつけなさいね。
何なら、明日も駅まで一緒に行動しよっか?」
そんな気遣いと言うか忠告に、なるほどと驚いた表情の面々である。不良連中の存在は、双子以外の研修生もしっかり気にしていたみたいでまぁ良かった。
こんな時代なのだし、とにかく自己防衛には最大の気を遣うべきだ。特に取り締まる者が不在の昨今は、悪者が大手を振って大通りを歩いているのだ。
そう言う意味では、協会もこの1年で大きく勢力を伸ばせてはいないみたい。広島市内の治安に関しても、自治会や市議会の存在は何の役にも立っていない模様。
まぁ、各広域ダンジョンのオーバーフローが防げているだけ、探索者協会は頑張っている方か。今年の新人研修会も、波乱含みながらも無事に開催されているし。
この研修会に参加した新人たちが、立派なチームを組んで将来活躍するようになれば万々歳だ。もっともそれは、不良たちのチームを別にしての話だが。
連中の噂は、島谷姉妹から聞くにかなりダークサイド寄りみたい。
そんな休憩がてらのお土産選び時間を経た後に、双子のチームは順調に5層を目標に進んで行く。3層ではなかなかワープ魔方陣が見付からず、少々手間取ってしまったがそこはご愛敬。
ついでにスタジアムの芝生エリアの敵とも、少々戦ってみたいとの申し出が向井少年から上がって。その中に潜んでいる、大コイや大ヒトデを天馬がスキルで釣り上げるシーンも。
そんな時には、天馬の『自在針』は超便利である。そして釣り上げた敵は、後衛も含めて皆でフルボッコすると言う。ここに来て、チームワークもちょっとこなれて来たかも。
ゴスロリ少女の
服装が昨日のままなので、それはそれで猟奇的に見えて大変なのだけど。本人は気にした風もなく、釣り上げられて無防備なコイやヒトデに鉈を振り下ろして満足気な表情。
まぁ、何にしてもみんな勤勉で良いチームではある。
――サポート役に関しては、もう少し波乱が起きてもって思う姫香だったり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます