第584話 初日の研修でキッズ仲間を募る件
研修会の始まりまで、まだ数時間ほど間があるのだけれど。双子は特に、駅の周辺の散策などには興味がないとの事なので。素直に去年と同じホテルにチェックインを済ませて、取り敢えず今夜泊まる部屋の確認など。
さすがにホテルに泊まった事など無い双子は、建物内に入って以降はテンションアップしているよう。そんな反応を楽しみながら、相棒のツグミも一緒に泊まれる事に安堵する姫香である。
とは言え護衛犬は、市内ではそんなに存在は浸透していない模様。ホテル内はこの時間、閑散としていて奇異の目で見られる事もないのだが。
だからと言って、部屋に相棒を押し込めておくのも嫌な姫香である。そんな訳で、この後は簡単に食事して、研修会場に早めに居座ろうと双子に提案してみる事に。
「外の食事は嫌だ、何が入ってるか分からないもん。熊爺家のおばちゃんが作ってくれたお弁当があるから、それをみんなで食べよう。
姫香お姉ちゃんの分も、ちゃんとあるから」
「あっ、そうなんだ……そう言えば、私も紗良姉さんにお弁当持たせて貰ってるや。それじゃあ、それをみんなで分け合って食べようか。
研修室を使わせて貰おう、誰か協会の人がいるかな?」
そんな感じで、お昼の件は簡単に話がまとまって。協会が貸し切っている研修室は、無人でこれなら何の気兼ねをする事も無さそうだ。
それから3人でのお弁当タイム、市内に来て外食せずにお弁当とは本当に田舎者ではあるけど。確かに今の時代、出された料理に何が使われているか分かったモノではない。
ホテルの料理とかならそんな事もないだろうけど、その代わり値段が馬鹿みたいに高いのだ。去年その事を思い知った姫香は、節約にと紗良にお弁当を頼んでおいたのだ。
まぁ、出発前に護人からかなりの大金をお小遣いに貰ったので、お金が足りなくなる事はないだろう。それでも節約精神の方が勝る姫香は、無駄遣いは一番の敵だと認識しており。
末妹の言い草ではないけど、最終日にかき氷くらいみんなで食べる位で良いだろうとの思い。それより双子の、田舎への適応能力には恐れ入る。
或いは都会で酷い目に遭ったせいで、
日馬桜町に至っては、“魔境”と称される程で安全な地域では間違っても無いけれど。今の所は、自治体の政策のお陰でダンジョン管理も順調と言える。
何にしろ、移住して来た子供達が日馬桜町の生活を気に入ってくれて良かった。この研修で、やっぱり広島市も良いなとか言い出すかなと思ってた姫香だけど、双子にそんな意識は無さそうだ。
そんな事を考えながら、滞りなく昼食を終える3人と1匹である。ツグミも初めての場所に、多少緊張はしているけど食欲は衰えていなくて良かった。
何しろホテル内の空調は完璧で、外の夏の暑さは完全にシャットアウトしてくれている。自前の毛皮のお陰で、さすがの忍犬ツグミもやっぱり夏の暑さは苦手なのである。
ちゃっかり双子からもおかずを分けて貰って、ツグミはこの上なく幸せそう。そんな相棒の耳がビクッと動いて、姫香は新たな来訪者の存在を事前に知る。
こんな早い時間に訪れるのは、恐らく姫香たち同様に田舎から来た子の可能性が高い。良さそうな性格の子だったら、双子をけしかけて事前に仲良くさせておかないと。
何しろ明日のお昼には、実習訓練があるのは今回も同様らしいのだ。一応は夕食の立食パーティーで、仲間を募集する時間が取られているとは言え。
時間は有効に使わないと勿体無いし、去年の姫香の成功例もある。確か因島出身のみっちゃんへの声掛けは、こんな事前の空き時間だった筈。
そう思いながら眺めていた視線の先に、映ったのは何とゴスロリ少女だった。
真っ黒な衣装は割と派手で、顔立ちも整った美少女ではある。ただし顔色は白すぎて、まるで幽鬼か何かのような不健康さ。年頃は恐らく、双子と同じ位だろうか。
その少女はこちらに気付くと、軽く会釈して後ろの席へと腰掛けた。アレで探索者だとすると、派手な衣装に何の意味があるか良く分からない。
自然と姫香も、声を掛けてらっしゃいとの言葉ものどに詰まって言い出せない始末。それだけ独特な雰囲気を持っているので、恐らく彼女もスキル持ちなのだろう。
そんな推測をしながら、しばらく会話も無く佇んでいると。その空気を破るように、次の来訪者がどかどかと騒がしくやって来た。
今度の人物は双子よりやや年上の高校生だろうか、学ラン姿で体格は凄く良いけどどことなく愛嬌がある。頭を丸刈りにしていて、昭和っぽい雰囲気のせいかも。
要するに田舎モノ丸出しなのだけど、活気はあって姫香的には及第点は与えられそう。1人なのも良いし、あの体格なら恐らくは前衛志望だろう。
などと姫香が添削していたら、それに続いてリュックを担いだ男女が入って来た。雰囲気からして恐らくは兄妹かも、ただしこちらも探索者っぽい風貌では無い。
とにかく姫香は、話し掛けて仲良くなりなさいと双子を裏からせっついて行く。天馬は心得たと言う感じで、後から入って来た兄妹の方へと近付いて行った。
それに龍星も従って、姫香の筋書きとはやや違う方向へと進み始める、双子のスカウト作業だったり。その頃には、協会のスタッフや別のベテラン探索者も、ホテル入りしたとの知らせが入って。
今回は裏方と言うか、研修会の進行補助役で招かれた姫香には当然その役割がある。それを話し合うために別室へと呼ばれ、
協会のスタッフとの顔合わせで、確か去年も進行役をやっていた人だったとの記憶が呼び起こされる。ただしサポート役の探索者は、半分以上は面識が無かった。
どうやら甲斐谷チームとか、『ヘリオン』の青嶋
そんな彼女達と挨拶を交わしたり、2日に渡るスケジュールの再確認を行ったり。事前に進行表は貰っていたのだが、人の集まりなどで微妙に変更もあるそうな。
これから開会の言葉と1時間の講習の後に、姫香たち補佐官役の面々も各々が一言演説をさせられるみたい。うんざりする話だけど、まぁそれ位は仕方無いと諦める姫香だった。
そうこうする内に、どうやら研修会の開始時間となったようだ。講師役の協会職員と講義室へと入ると、室内はほぼ満員で若い子たちの話し声が
パッと見た限り、12歳の双子は最年少に属する感じだろうか。とは言え、年上の上限も高校生くらいで、歳の差は5歳とかその辺りだろう。
広島県のあちこちから集まったとの話だが、まぁ何となくお上りさんの雰囲気はパッと見て取れる。去年の紗良と姫香もそうだったし、同類の数は半数くらいか。
室内の研修を受ける新人たちは、ざっと数えて80人程度となかなかの盛況振り。そして目に付くヤンキー風の集団は、姫香の見立てでは2グループあった。
1つは坊ちゃん風の、割と身なりの良いヤンキーたち。少人数の集団だが、金持ちが身を崩した感じで、親の金でスキル書を買って身につけましたと顔に書いてある。
それを自慢するために、講習会に参加しているのかも知れない。嫌な人種には違いないが、恐らく実力は伴ってないので何とでもなりそうだ。
もう1つは割と大集団で、それだけに厄介な連中かも。身なりは貧相だが、総じて目付きが悪いのでひょっとしたらストリートチルドレンの生き残りなのかも。
さっきチラッと聞いた話でも、取り扱いに注意してくれとスタッフに言われたような。なるほど、確かに性根は据わってそうな連中には違いない。
そして肝心の双子たちだが、こちらは落ち着いたモノで隣の席にはさっきの兄妹も座っていた。まずは一安心かも、あれでも参加者の中では最年少なので、部屋に残して行くのは割と心配だったのだ。
例の学生服の坊主頭少年も、双子のすぐ後ろの席で縮まって講習に耳を傾けていた。自身の巨体が後ろの席の人の邪魔にならない態度は、それなりに好ましい。
まぁ、双子の探索者としての腕前は、この出席者の中でも頭一つ抜け出ている筈。チームに変な偏りさえなければ、明日の実習も苦労はしないと思いたい。
そんな事を思っている間にも、協会職員の講座は順調に進んでいた。話の内容については、姫香も受けた前年の内容とそこまで大きく変わりは無いみたい。
ただ少し、探索者の犯罪者化についての注意事項は初耳な気も。
「お隣の岩国市の成功にあやかって、我が広島市も犯罪者と成り果てた探索者には厳しい処罰を執行する事となりました。具体的には明かせませんが、ダンジョン内でのいざこざから刃傷沙汰となったり、スキルを悪用する探索者は一定数存在します。
それに対抗する組織を、秘密裏に岩国の協会は作り上げて一定の成果をあげていたんですね。いわゆる秘密警察的な組織ですが、スキルや力を悪用する者はいつか天罰が下ると心に記しておいて頂きたい。
これは決して脅しではありません、悪に傾いた心のブレーキとして活用して下さい」
なるほど、言葉は使いようである……姫香には、バッチリ脅しとして心に響いたけど。要するに、おイタしたら寝首を搔っ斬りに処刑人が向かうぞって話である。
確かにそれが制止力になれば良いが、この場の不良2チームの面々は総じて今の言葉を馬鹿にした顔付きにしか見えない。悲しい事である、姫香は『シャドウ』の前身の無慈悲な活躍振りを、割と周囲から伝え聞いて知っており。
それが脅しでない事を、身近な事象として理解していた。そしてある程度の実力者なら、例えスキルを所持する相手でも、返り討ちにするのも可能だって事も。例えば先程の駅のホームでの、あの不良たちのように。
そいつ等の顔は、この研修会場では見付ける事は出来なかった。だとすると、連中は情報を買っただけの別グループとかなのかも知れない。
姫香にとってはどうでも良い話だが、返り討ちにする力のない新人の為に、少し釘を刺しておくのも良いかも。そんな物騒な事を考えていると、いつの間にか講義は終了していた。
まぁ、姫香は講義を受ける側では無いので、聞き逃した文面が多くても別に構わないのだが。何となく気まずい思いをしながら、次のサポート役の探索者紹介の順番を待つ。
相棒のツグミも大人しく、姫香の隣でお座りしての護衛モード。やや神経質に耳を動かしているのは、目の前の不特定多数の探索者の視線を浴びている為かも。
そんな中、ようやく姫香が今回の補助役としての紹介を受けた。A級探索者との紹介には、おおっと会場内に軽いどよめきが拡がったりもして。
それから微かな
そして案の定、その次に起きたのは驚きと共に悲鳴にも似た救助を求める声だった。どうやらツグミ自身が、己とご主人の名誉のために闇スキルでの軽い反撃を試みたようだ。
「うわっ、たっ……助けてくれっ、沈むっ! 床に沈んで行くっ、誰かっ!」
「ええっと、これが悪に傾いた心のブレーキになれば良いけど……つまりは、力関係も分からずに喧嘩を売ると、訪れるのは身の破滅だぞってしっかりと心に刻んでくれれば。
A級探索者って紹介を頂いた、ギルド『日馬割』所属の来栖姫香です。相棒のツグミは、正直なところを言うと私よりレベルは高かったかな?
スキルの所有数は、多分同じ位だと思うけど」
室内にもかかわらず椅子ごと床に沈むと言う、信じられない体験を受けてるヤンキー少年に、果たして姫香の紹介は届いたかどうか。
姫香はそんな騒ぎを尻目に、最後まで自己紹介を終えて、ついでに自分のギルドもアピールしておいて。それからツグミに向かって、もういいよとスキル解除の指示を出す。
お陰で悲鳴は小さくなってくれたが、室内の騒然とした雰囲気は治まる気配は無し。少しやり過ぎたかなと思う姫香だが、まぁ相棒の気も済んだし良しとしよう。
探索者業なんて、舐められて良い事など1つもないのだし。
――何しろ研修会は、まだ始まったばかりなのだ。
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