第583話 双子と一緒に広島市の研修旅行に出掛ける件



 それは言ってみればギルド案件で、協会から今年も広島市で開催される研修旅行の招待だった。その参加にと、ギルド『日馬割』からは熊爺家の双子を指名され、ついでに姫香も同伴者枠にと推薦されて。

 断る訳にもいかず、それならちょっと2泊3日の広島旅行に行ってこようかと、軽い姫香のノリである。まぁ、双子にとっては里帰りで、あの土地には苦い思い出しか無いのだけれど。


 去年参加した紗良や姫香からしてみれば、友達も出来たし良い経験にもなったし。旅費も宿泊費も協会持ちだしで、参加するのに特に否定的な意見はない。

 同伴者枠の姫香に至っては、サポート役の手数料でお給料も出るらしい。そんな訳で、今回は相棒のツグミと一緒に列車に揺られて市内まで行く予定である。


 それで文句を言うのは、末妹の香多奈くらいのモノ……小学校もようやく夏休みに入って、ウキウキの少女ではあるのだが。毎日の午前中のゼミ生の勉強会へは、強制参加で休みと言う気もあんまりしないのかも。

 そこに姉の姫香が、市内へのウキウキ旅行(?)の参加である。これが文句を言わずにいられようか、せめてこちらもどこか遊びに行かなければ。


 幸いにも、前回の“喰らうモノ”ダンジョンの攻略成功で、ギルドも町内の雰囲気もとっても良いのだ。それなのに、自分やお隣の子供達はどこにも遊びに連れて行って貰えない。

 午前中はゼミ生の勉強会で、午後からは家畜の世話や野菜の収穫……まぁ、和香や穂積は楽しんでやってるけど。香多奈にとって、家畜や田畑の仕事は、やっぱり仕事でしかないのだ。

 つまりは、どこか遊びに連れてって!


「そんな我が儘で護人さんを困らせるんじゃないわよ、香多奈っ。私だってお仕事なんだよ、向こうに行っても新人の世話係の立場で、遊ぶ暇なんてないんだから」

「それは嘘だっ、向こうで双子とかき氷とか食べるつもりなんだっ!」


 それも許されないらしい、要するに仲間外れにされたやっかみなのだろうけれど。ギャーギャー騒ぎ立てる末妹に、護人もとうとう折れて遊びに連れて行く約束を提案する破目に。

 それを聞いて、途端に機嫌が直るちゃっかり者の香多奈である。和香ちゃんと穂積ちゃんも一緒に探索の計画立てるねと、同じく旅行とは無縁のお隣さんの同行を約束させて。


 まぁ、確かに世間が夏休みなのに、どこにも連れてってあげれない家庭事情は可哀想かも。姫香もそう思って、敢えて末妹の我が儘に鉄拳制裁は加えずスルー。

 その代わり、叔父の護人の負担は確実に増えるだろうけど。お隣の凛香にも、さり気なく家族での旅行の計画を吹き込んであげるのも良いかも知れない。


 幸いにも、隼人は最近自動車の運転技術もメキメキ上達しており。暇な時間は、来栖家の敷地で採れた野菜の運送要員まで手伝ってくれているのだ。

 トラクターやらの運転も、既に護人に引けを取らない技術を有しており。今では立派な、凛香チームの大黒柱的な存在となっている。


 ただし、凛香と隼人の仲が発展しているのかは、周囲から見てもも良く分からない。チームだか家族意識だかが強過ぎて、恋愛に発展しないのかも知れないけど。

 出会いの少ない田舎町なので、素敵な出会いなど数える程しか存在しないと言うのに。もっとも、隼人は来栖家の紗良姉さんに一時期のぼせ上っていたのは周知の知る事実で。

 そんな事情も、2人の仲が発展していない要因なのかも。


 それはともかく、着々と夏休みの遊び計画を固めて行く香多奈を余所に。姫香は真面目に、広島市での研修旅行に思いを馳せてちょっとだけ憂い顔に。

 本当は家族と離れての別行動など嫌だし、双子の事が無ければ断っていた案件である。そんな研修旅行の出発を明日に控え、来栖家は今日も変わらず穏やか。


 いや、末妹の香多奈が夏休みに入って、かなり騒がしくなっている現状は仕方が無い。来栖家の敷地はペット達も変わらず、テリトリーの警護やらで忙しく活動している。

 お隣さんとの仲も順調で、そう言う点では姫香が数日離れても何の懸念もない。山の上のポツン家が、そう言う環境になったのはとても誇らしい事ではある。

 それでも、数日家を離れるのが憂鬱ゆううつな姫香なのであった。




 良く晴れた7月の下旬の午前中、日馬桜町の駅前には見送りの人たちが押し寄せていた。具体的には協会の職員や来栖家の人々にペット勢、それから熊爺家の子供達も。

 全体的に心配そうな顔は窺えず、気楽に楽しんでおいで的な雰囲気の中。双子は揃って、いつもの無表情と言うか何でもないよって表情である。


 姫香も同じく、ただし相棒のツグミを列車に無事に乗せる事が出来てホッとしてはいたけど。その辺は、A級探索者ともなると鉄道会社にも顔が効くらしい。

 苦労して成り上がった甲斐もあると言うモノ、その点に関しては双子も物凄く感心していて。自分達も頑張ろうぜと、姉弟で話し合って微笑ましい限り。


 そんな双子の実力だけど、現在はD級で探索活動は週に1回するかしないかって感じ。主に組むのは星羅チームとか、後は林田兄妹とも最近は仲が良いそうで。

 自警団のおっちゃん達にも可愛がられており、ほぼ田舎の子として定着してしまった感も。探索に携わっていない兄達も、その点は同じで移住は大成功だ。


 自治体としても、今後もっとストリートチルドレンやら移住者の受け入れを頑張る所存らしいのだが。移住先の家屋問題は、改築を含めてあまり進んでおらず。

 熊爺みたいに大きな屋敷に住んで、受け入れが可能なんて家もそうそうないのが実情である。今年に限っては、移住者の受け入れはちょっと難しそう。


 そんな話は置いといて、1泊2日の旅行にこの送迎は大袈裟だよと姫香のセリフに。行きたくないなら、私がコロ助と萌を連れて行ってあげると香多奈のあおり発言が勃発する。

 いつも通りに始まった姉妹喧嘩に、これは別れを惜しんでいるんだなと、止める者は皆無の状態。それでも時間は待ってくれず、そろそろホームに出なきゃとしっかり者の能見さんが口にする。


 そうして姫香とツグミと双子たちは、1時間ちょっと程JR加計かけ線のお世話に。お土産お願いねとの末妹の声に手を振って、やって来た列車へと乗り込んで行く。

 ツグミは列車に乗るのは初なのだが、至って大人しく慌てた様子もなし。姫香の足元に横たわって、キャンピングカーの移動の時と同じ表情を崩さない。


 逆に双子の方が、最初ソワソワしていて落ち着かなかった。ずっと大人数で生活して来たので、数日でも離れるプレッシャーを感じているのだろう。

 姫香はそんな年下の子供に気を遣って、去年の自分達の研修旅行の出来事などを話して聞かせたり。そろそろ紗良姉さんが通っていた学校が見えて来るよとか、雑談の用意に忙しい。


「双子は上手く行けば、今年の秋から小学校に通えるんだっけ? 中学までは行くとして、高校とかは行きたいのかな?

 熊爺にお願いすれば、全然通わせて貰えると思うけど」

「座って勉強するのは、あんまり私たちの性に合わないかな……それ位なら、たくさん働いて飢えないようにする方が絶対にお得。

 兄ちゃんたちもそう言ってるし、私たちは探索でもいっぱい稼いで、家にお金を入れる予定だからね」

「そうそう、今はダンジョン探索は月に2~3回だけど、もう少し慣れたら回数増やしても良いよね。姫香姉ちゃんみたいに、A級目指すのはあちこち呼ばれて大変そうだけど」


 双子はよく見ている、実際に大変なのよとぶっちゃける素直な姫香である。それでも探索業は、命懸けではあるけど儲けは確実に存在するし。

 チームでつちかった絆は、ある意味家族や友人関係より強いと言えるかも知れない。そうして得るモノも色々と多いので、続けるならギルドでフォローするよと。


 何より地元の安全を守って、地域の人々に感謝される職業である。最初は自分達の事で手いっぱいだったチーム運営だったけど、今や素敵な仲間に囲まれて幸せだ。

 そんな感覚を、姫香は双子にも持って欲しいと力説する。今回の研修旅行は、地元を離れてそっちの思いを確かめる良い機会だとも。


 ついでに去年の姫香の時みたいに、同年代の仲間が何人か出来たら最高だ。向こうに行ったら頑張りなさいよと、姫香は双子に良く分からない発破をかけて。

 そんな話をしながら、列車は市内へと進んで行く。




「もう少しで到着するね、姫香姉ちゃんを起こしてあげて、龍星。ツグミは……起きてるね、アンタは本当にいい子だね」

「持って来てる荷物少なくて、旅行って気にならないな……魔法の鞄は助かるけど、無くしたら大変だね。姫香姉ちゃん、着いたから起きて」


 んあっと、変な声を出して目を覚ます姫香は恐らく昨日寝不足だったのだろう。列車の規則的なリズムにやられて、睡魔に負けてしまったと思われるけど。

 双子もいるし、ツグミも足元に番犬として控えているので何の問題も無いとも。それでも体裁を取り繕って、意外と早かったねぇなどと呟いて。


 眠りこけてたのに、早いも遅いも無いよねなどと、双子は思ってても口にはせず。夕方の4時までは自由時間だっけと、今日のスケジュールの確認など。

 そして懐かしの広島駅に到着、田舎のホームとは路線の多さが全く違う。双子は広島市内の出身なので、その辺に驚きは無いけれど。


 そんな景色に慣れない姫香は、改札口はどっちと年下の双子に思わず頼ってみたり。そして足を進める前に、警戒して歩を止めた相棒に自分も思わず立ち止まる。

 ひょっとして、今年もあるのかなぁと思っていた夏の風物詩。と言うか名物の田舎者をターゲットのカツアゲ行為は、今年も健在らしい。


 本当に懲りない連中だ、まぁ行為をやってる不良は違うのだろうけど。そいつ等はホームの物陰に隠れていて、降り立ったこちらを確かにロックオンしていた。

 確かにこちらは3人組で、その内の2人は女性……姫香も今回は指導役とは言え、見た目は16歳の少女である。向こうが積極的に近付いて来なかったのは、ひとえに追随するハスキー犬の存在なのだろう。


 確かに列車に乗せてまで同伴させている、明らかに大型の護衛犬の存在は襲う側からしたら脅威である。それでも姫香の明らかにお上りさんな態度に、向こうも後押しされたようで。

 獲物を見定める態度もアリアリで、オラつきながら近付く影が4名。体格の良いのも混じっており、明らかに全員が姫香たちより年上である。

 そいつ等を、冷めた目で見返す肝の座った双子である。


「よおっ、おチビちゃんら……どこぞの田舎から来たんかの、広島に何の用じゃ!? 他じゃどうか知らんけど、ここを通るにゃ通行税払わんといけんど、ワレェ!」

「うわっ、今年も定番のヤンキーだ……しかもいきなり金品の恐喝行為だよっ、もう少し風情が欲しいかな。

 ファッションもいまいちダサいし、広島のヤンキーも質が落ちたね」

「ストリートチルドレン崩れじゃないね、肉付きが良いし修羅場潜った目つきをしてないし。でも、金に物を言わせてスキル書を買って、オラついてる不良もいるって話だよ。

 そんな訳で油断はしない方が良いかも、姫香姉ちゃん」


 何とも大人びた小学生である、末妹の小生意気さが懐かしいと姫香は思いつつ。油断はしないよと、囲みに掛かろうとしたリーゼントをパンチで吹き飛ばす。

 同時に、ツグミのフォローでホームのコンクリに沈んで行く残りの不良たち。金髪グラサンが、馬鹿みたいに悲鳴をあげるのを鳩尾みぞおちを殴って黙らせて。


 殺さない程度に弱らせて、駅の裏手に捨てておいてとツグミにお願いしてこの件はお終いに。双子は抜かりなく、連中の手にしていた武器を没収して回ってくれて。

 ナイスフォローに、修羅場を潜っているなと思わず感心の姫香。


 今年も当然のように、研修会の開催が漏れているのだろうか。それとも不良たちは、適当に網を張って市内に訪れる旅行者を待ち構えていた?

 双子はどっちもあり得るかもと、さほどこの襲撃に関心はない様子。クールな対応で、さすが子供達だけで数年生活をして来た猛者たちである。

 姫香としては、もう少し子供らしい振る舞いが見たいのだけど。





 ――その辺はおいおい、2泊の間に少しずつ打ち解ければ良い話。






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