第579話 いよいよ“喰らうモノ”と対面を果たす件
「姫香お姉ちゃん、鬼との闘いの最後の方で、2人位に分身してなかった? そんな妙なスキル、お姉ちゃん持ってたっけ?」
「えっ、何だろう……そう言えば、私が攻撃してない場所にも相手に傷跡がついてるんだよね。いててっ、紗良姉さんもう少し優しく治療お願い」
「ごめん、玉の肌に傷が残ったら大変だから気合入っちゃった。アレじゃないかな、訓練でも頑張って発動させようとしてた召喚系のスキル?」
ああアレかと、子供達は激戦後の疲労も悲壮さも持ち合わせていない様子。落ち込まれるよりずっと良いかなと、消えない2つの死骸を目に護人はは思う。
この死骸は、やはり持ち帰った方が良いのだろう。奴らは追われる身には違いなかったが、死して尚も“喰らうモノ”に再利用される運命は嫌だろう。
或いは、そこまで気を利かせる価値もないのかも知れないけれど。最後に戦った仲でもあるし、ダンジョンの外に墓の1つでも作ってやろうと護人は内心で決定した。
自己満足でしかないかもだが、命には一定の敬意を払う癖が農家の護人には染みついていた。散々悪さをして来た奴らも、生まれ変わればやり直しも利くだろう。
そんな事を考えていたら、子供達の治療と宝物の回収作業は終わったようだ。ペット達のMP回復も終わったようで、周囲には壮絶だった戦いの気配は既にない。
薔薇のマントの収納に2体の死体を回収したのを、ミケは何も言わずに見詰めていた。その瞳には抗議の色も
現状に満足するのは、生きて行く上でとても大事な事には違いない。ただし“喰らうモノ”の討伐は、この地に根を張る者同士の壮絶な生存競争と言えるのだろう。
香多奈は先程、琥珀の使っていた召喚装置から魔結晶を大量に回収して超ご機嫌っぽい。大サイズどころか特大サイズも2つ混じっており、売れば数百万はする逸品である。
他にも鬼のかつての生活空間から、高価な漆塗りの食器や酒類が出て来た。彼らが何を食っていたかは不明だが、それらも一応は回収しておく事に。
そうこうしていると、ようやくチームの治療と休憩も終わって再び出発可能な体制に。その時、巻貝の通信機からムッターシャの声が聞こえて来た。
先ほどは通じなかったけど、ナイスタイミングと末妹がはいは~いと軽い返事。
「モリト、そっちは今何層だ……? こちらのルートは最深層には到達出来たけど、“喰らうモノ”もダンジョンコアも空振りだった。完全に徒労に終わったけど、再突入すべきかな?
念の為、岩国チームがキャンセルしたルートに、保険として潜るのも一つの手かなとは思っている。今日中に討伐を決めないと、機を逃す事になるからな。
お宅のカナは、その事について何て言っている?」
「ええっと、香多奈……ひょっとして、この先の展開を占えるのか? ってか、異世界チームは香多奈の『天啓』を信用し過ぎじゃないのか?」
「そうだねぇ、そう言う占い師の言葉を信じる社会性なのかも知れないけど……香多奈に関しては、口から出まかせも半分くらいは入ってるからねぇ」
「そんな事無いよっ、私達が“喰らうモノ”を討伐するって最初から言ってるじゃん! ダンジョンに逃げ込んだ鬼と妖精を倒したのも私達だし、そう言う運命なんだよっ。
みんなっ、この先に大ボスがいるから気合い入れて行くよっ!」
そんな末妹の気勢に、ペット達も大いに盛り上がりを見せている。異世界チームも、それなら分岐前で大人しく待つかなと、何故か香多奈の
それはそれで怖いのだが、後詰めでもう一度ダンジョン階層を下ってくれと、ムッターシャ達に進言するのも心苦しいには違いなく。それならば、自分達で全てを解決する方が確かに物語的に収まりも良いかも。
そんな事を考える護人は、自分は間違っても主人公属性では無いのにと
確率的には半々なのかも知れないが、何故か子供達は自信満々でウチらが引くねと信じ込んでいる。どんな奴でも怯まないよと気合を入れて、ようやく一行は8層の残りを進み切って9層へと到達した。
そしていきなり、出現したのは大きな肉壁の広間と言う。
ドーム状の空間は、至る所に腫瘍のような肉の
壁の半分は巨大なあばら骨のような造りで、その反対側は天井近くに空気穴のような空洞が。来栖家チームは一か所に固まったままで、このエリアに視線を飛ばして感想を言い合うのだが。
誰もここがボス部屋じゃないかなとは言い出せず、推測ばかりが
ただし、ハスキー達の探索については、それ以上続ける意味を失った模様。突然ドームの中央に、巨大な肉食恐竜の出来損ないのような化け物が出現したのだ。
口ばかりがやたら大きく、牙が乱雑に生え揃ったそいつはまさに“喰らうモノ”だった。初めて対面した噂の問題児に、子供達は声も出ない程の衝撃を受けたようだ。
護人も同じく、その圧は何と表現したモノか……そいつは獰猛と言うより“貪欲”で、強者と言うより圧倒的な“
恐らくは生まれつきそうなのだろう、相手を喰らう事しか考えておらず、それを愉悦に感じる生物。腹が減ったと言うより、相手の存在を抹消するのに愉悦を感じる死神的な存在。
ソイツにとって食事とは、自分が神に近付いたと言う圧倒的な
その究極の進化の末に、ソイツはダンジョンとも融合を果たしたのだった。
子供達の衝撃は、だからまぁ本能的に危機感を感じたって事だとも言い換えれるのだろう。相手は自分達を、食糧としてみなしているのだと。
探索者チームに追い詰められてもなお、奴は食欲に理性を奪われているのだ。
そんな奴の、捕食者としてのアクションはとっても素早かった。麻痺の効果の混ざった咆哮を放ったかと思ったら、すぐさま先行していたハスキー達に食い付こうとしたのだ。
それを退けたのは、その効果を跳ね返したミケの『雷槌』だった。不快感からか、ミケの体毛はこれでもかって程に膨らんでおり。すぐさま《昇龍》まで召喚して、いきなりの全開モードである。
「わわっ、ようやく身体の痺れが取れたっ……ミケに助けられたよっ、さすが相手は大ボスだけはあるよねっ!
ハスキー達は大丈夫だった?」
「うわっ、ミケさんの雷龍も派手で凄いけど……相手の大ボスも壁や天井から、いっぱい手下モンスターを召喚してるっぽいよ!
瘤から目玉のお化けまで出て来てるっ、アイツのビーム浴びたら不味いよっ!」
「ルルンバちゃんは、目玉のお化けを優先で対処してくれっ。俺と姫香は前へ出ようか、後ろは頼んだよっ、紗良っ!」
了解ですと答えた紗良だが、戦場は一気に敵が増えて大変な様相を呈している。腐肉の壁から生まれた、3メートル級のゾンビ型の敵も多くいて、こちら攻撃するか防御寄りにするか迷い所だ。
攻撃するなら、さっきみたいに《浄化》スキルの連打がとっても効果的ではある。ただし、目玉のお化けもいるので、レーザーで狙われたら自分達はひとたまりもない。
そう思うと、やはり《結界》一択のようにも思えてしまう紗良である。香多奈は何の迷いもなく、前衛陣に『応援』を飛ばしてサポートに徹している。
そんな声援を受けて、護人と姫香の2トップで“喰らうモノ”の本体を抑え込みに掛かる作戦のようだ。ハスキー達&茶々丸は、周囲の雑魚を相手取っているけどとにかく数が多い。
今の所、壁の瘤から目玉のお化けが半ダースほど出現しており。止められないレーザービームや麻痺の視線が、戦場に混乱をもたらしている。
肉弾戦が得意の敵が、足の遅いタイプだからまだ助かっている感じだろうか。そいつ等は、大半が腐肉の太っちょゾンビや、骨から生まれた骸骨兵士で構成されていた。
どいつも3メートル級の大きさで、装備はほぼ無いのに強そうだ。骸骨兵の方は、武器に骨で出来たハンマーや斧を持っていて一応統制は取れている。
一方、こちらの作戦だが後衛の香多奈が指揮を執って、レイジーに再度の炎の鳥の召喚をお願いしている。萌とムームーちゃんは、後衛陣の護衛をしながらそのお手伝い。
「良いねっ、派手だねっ……ミケの雷龍が敵を混乱させている間に、こっちも次の手を打っちゃうよっ! 具体的には、またレイジーのフェニックスを召喚させよう。
そしたら、龍と不死鳥のダブル戦場大暴れシーンが撮影出来ちゃう!」
「それは良いんだけど、後ろの壁からも敵が湧いてるねぇ……うわっ、寄生虫みたいな長いミミズも出て来ちゃってる、これは大変っ!
ここは危ないね、ルルンバちゃんに騎乗させて移動しよう、香多奈ちゃん」
ミケの雷龍が暴れ回っているとは言え、周囲の壁から次々湧き出るモンスターはとにかく多過ぎる。間の悪い事に、足の速い寄生虫タイプの敵がこちらをタゲって接近して来た。
1か所に居座っての防衛線は、不味いと判断した紗良は末妹と一緒にルルンバちゃんへと騎乗する。初の試みだが、ルルンバちゃんは心得たとばかりに、敵の少ない場所を目指して走り出してくれた。
それから炎の鳥の召喚中のレイジー達にも、紗良は大慌てで退去命令を下す。のんびりしている暇は既になくなって、この大ボスの間はどこもかしこも戦場に。
そんな訳で、召喚された炎の鳥はさっきとは違って中サイズとなってしまって残念な限り。体長は5メートル程だろうか、それでもこの戦場の中では大きい方である。
レイジーは仕方なく、普通サイズの炎の狼軍団も召喚しての帳尻合わせ。生まれたばかりの5体の炎の狼達は、敵を見定めて迎撃へと駆けて行った。
ますます騒がしくなる戦場だけど、幸い最も厄介な目玉お化けは何とか排除が出来た。ルルンバちゃんと、それから“四腕”で弓矢を使っていた護人のお手柄である。
特に護人は、“喰らうモノ”のタゲを取りながら厄介な目玉お化けの排除を行うと言う離れ業を敢行して。お陰で何度か、タゲの取り過ぎで敵の直撃を喰らいそうに。
もっとも向こうの“喰らうモノの”特性として、厄介なのは丸吞みしようと大口を開けて突っ込んで来る攻撃位である。奴の貪欲さは、そう言う意味では戦いにおいて足枷でもあるようだ。
護人も姫香も、そんなモーションの大きな攻撃を避けるのは割と楽勝。
ただし、後衛陣にタゲが移らないように、ヘイト管理と攻撃を受ける方向だけは注意が必要となって来る。それからたまに使う、“喰らうモノ”の咆哮やブレス技はモロに喰らったら絶対にダメ。
2人の耐性の高さと、フォローし合うフォーメーションで何とか粘れている感じだろうか。途中から姫香のフォローにツグミが加わって、防御に関しては随分と楽になった姫香である。
そしてこちらが繰り出す攻撃だけど、これがなかなかの
それがかえって、こちらの斬撃を含めて吸収してしまうのだ。腐敗の特性も持っているようで、並の武器ではあっという間に使い物にならなくなりそう。
更にはドラゴンゾンビのように、無理に斬り刻んだらそこから恐竜のような分身体が生まれる事も判明した。これでは生半可な攻撃は、こちらを苦しめるだけである。
1度はレイジーが果敢に接近して、炎のブレスを叩きつけたのだけど。嫌な臭いが立ち込め始め、これも天然の毒ガス防御とでも言おうか。
姫香が慌てて『圧縮』でカバー、つまりは炎も効かないと来ている。
「厄介な特性だな……近付くと、腐ったような臭いで気分が悪くなるし。目や急所を狙おうにも、奴の大きな口と牙がガードの役割を果たすと来てる」
「それなら、私が
そんな訳で、短いやり取りで作戦が決定……姫香が《豪風》の風カッターの乱打でタゲ取りして、挑発するように敵の前で立ち止まる。その後の“喰らうモノ”の突撃は、ある意味計算通りだったのだけど。
次に巻き起こった一連の特殊技の実行は、物凄く貪欲で悪意に満ちていた。何とドーム型の壁や床の至る所に、奴の口と思われる獰猛な牙付きの穴が出現したのだ。
うっかりそれに呑み込まれそうになって、来栖家の面々は大慌てで回避行動に移る。ルルンバちゃんに騎乗していた紗良や香多奈は、そう言う意味では慌てずに済んで超ラッキーだった。
一番危うかったのは茶々丸と萌で、呑み込まれたら二度と日の目を見れなかった可能性も。何とか根性でその技を
家族を丸呑みにしようとした敵を、余程許せなかったのだろう。次の瞬間に、ドームの中に荒れ狂う雷の槌はまさに災害級の有り様で。
その内の何本かは、的確にぽっかりと壁や床に空いた大口の中へと吸い込まれて行った。さすすがの“喰らうモノ”も、こんな反撃は予想していなかったと思われる。
その後に放たれた絶叫は、間違いなくダメージによるモノだった。
その隙を見逃すまいと動いたのは、本体に一番近い場所にいた姫香だった。とにかくコイツを固定しようと、絶叫する大口に『圧縮』した空気ブロックを作成する。
それでも足りないと思ったのか、手にした『天使の執行杖』を変形させてつっかえ棒モードへ。これで“喰らうモノ”は、一瞬ではあるけど口を閉じられなくなった。
姫香が必死で作り出した好機を、護人も見逃すまいと必死に思考を加速させる。愛用の魔断ちの神剣では、奴の腐肉を切断する威力を出せそうにない。
理力をふんだんに送り込めば、或いは可能かも知れないけれど。もっと《奥の手》的な必殺技があればと、そんな護人の思考に心の奥底に反応するモノが。
それは“喰らうモノ”の首筋に向けて、護人が剣を振りかぶるのに見事にシンクロしてくれた。心の中で成長を遂げたそれは、《奥の手》の大きな
それの切れ味はまさに極上で、あれだけ攻撃の通じなかった大ボスの首を完全に切断に至った。その次の瞬間、ダンジョン全体が確かに断末魔に激しく鳴動した。
まるでそれは生き物の最後の電気信号、それがエリア中に響き渡って行くような。それからゆっくりと、雷龍や火の鳥が相手取っていたモンスター達は、全部が魔石へと変わって行った。
ハスキー達や茶々丸や萌も、幸いにも最後の戦闘で大きな怪我は無かったようで何より。紗良と香多奈を乗せたルルンバちゃんも、無事に逃げ切りに成功してご満悦な様子。
その場に残されたのは、生き残った来栖家チームとダンジョンコアのみ。
それは今まで戦っていた“喰らうモノ”のいた場所に、放り出されるように出現した。戦いで理力を使い尽くして、疲労の色の濃い護人は感慨深げにそれを見遣って。
これを封じるための努力が報われて、本当に良かったと内心で思いながら。さて、この後の事については、鬼からも何の注釈も無かったなと考え込む破目に。
ところが香多奈はそうでは無かったようで、鞄から鬼から預かった手錠をさっさと取り出して。コアに近付けたり掲げてみたり、挙句の果てには姉に向かってコレ壊してと勝手に指示を出す有り様。
姫香は思わず護人を窺って、それで大丈夫なのとの視線での確認を飛ばすけど。そんなの分からない護人は、通信でムッターシャに聞いてみようと代案を
ところが末妹は、煮え切らない家族に早くしてよと暴走状態に。結局は茶々丸が巻き込まれて、彼は素直に末妹の命令に従って見事にコアは粉々に壊れて行った。
何してんのとおカンムリの姫香だが、香多奈は手錠をコアの破片へと近付けて行く。すると砕けたコアは、再び不完全なままの形で手錠ごとくっ付いてしまった。
それを見て、おおっと盛り上がる家族たち。
――これにて、一連の“喰らうモノ”騒動は完全に終焉?
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