第572話 いよいよ“喰らうモノ”ダンジョン攻略を開始する件



 迎えた再挑戦の当日、朝の速い時間から地元の日馬桜町は結構な人の動きが。“喰らうモノ”ダンジョンへと向かう峠道の麓に、何と臨時のベース基地が張られていたのだ。

 そこには地元の協会スタッフ、つまりは仁志支部長や能見さんが控えてくれており。それからギルド『日馬割』からも、凛香チームの面々が待機中である。


 それどころか、広島の協会本部のスタッフや、ついでに吉和のギルド『羅漢』からも何名か人材が応援へ駆けつけてくれていた。たった1つのダンジョン攻略とは、到底思えない程の仰々しさと言えるだろう。

 ただそれも、失敗した時の保険と思えばそうでも無いのかも知れない。藪を突いて蛇どころか竜が出て来た時に、素早い対応が出来るこの態勢は心強い。

 いざと言う時は、すぐに四方に応援を飛ばせるのだから。


 具体的には、ギルド『羅漢』の本部とか広島の甲斐谷チームとか。市内にはいないって話だけど、ダンジョン封鎖&二番手の突入役位はやってくれる筈である。

 ついでに隣町の失踪事件も、このダンジョンと関連があると協会から既に発表がなされており。今回のA級チームの合同作戦は、割と大々的に近辺地域に発表がされた模様である。


 来栖家チームにとっては、そんな事は初めての経験ではあるのだけれど。同じA級チームの『ライオン丸』や『坊ちゃんズ』が言うには、レイド作戦で地元地域に触れ込みがあるのは珍しくもないそうだ。

 万一失敗した時に、地元住民にもダンジョンの過剰反応の心構えをする目的があるそうで。そんなプレッシャーも、A級チームには乗っかかって来るそうな。


 確かに失敗した時の事など、来栖家チームは考えた事も無かったかも。大抵はのほほんとレイド作戦に参加して、他のチームと仲良くなったり、たまに喧嘩したりして戻って来るだけだったので。

 そんなレイド作戦を、まさか地元で迎える日が来るなんて驚き以外の何物でもない。その仰々ぎょうぎょうしさに驚きを隠せない子供達だけど、やる事はダンジョンコアの破壊だと割り切って。

 朝からペット達と、気合を高めているのは良い事だと思う。


「そんで結局、『ライオン丸』と『坊ちゃんズ』チームは、どっちが指示出しするかもう決まったの? この前のお試し探索でも、お互いにリスペクトし合えたって曖昧な事を言ってたけどさ。

 現場で混乱するのが一番良くないから、その辺は事前に決めておいてよね」

「いや、まぁ……それは良く分かってるんだけどさ。こっちは氷室ひむろさんを推してるんだけど、向こうがウンと言ってくれなくてね。

 まぁ、何とか上手くやってみるよ」

「頼んだよ、実力は信頼しているけど不測の事態の多いダンジョンだからね。滅されたくない感情が強く出ていて、一筋縄では攻略させて貰えそうにない感じなんだ。

 俺も一度死に掛けたし、最善の陣形で臨まないとな」


 そんな護人の言葉に、あの頃はウチのチームもまだ弱かったからねと姫香が憮然と言い返す。子供達にとっても、あの一連の出来事は苦い記憶なのだろう。

 何しろ初の敗北と言うか、探索失敗となったケースなのだ。護人の意識は回復しないし、その後ミケは死に掛けるしで本当に大変だった。


 そんな峠道の麓のベース基地では、姫香や香多奈が凛香チームの面々と和気藹々あいあいと会話を楽しんでいた。まだ朝の早い時間だと言うのに、子供達は元気である。

 護人も、隣町から駆けつけてくれたギルド『羅漢』のメンバーや、市内の協会職員に捕まって世間話などを少々。そんな彼らの興味は、どうやら攻略の成功だけではない模様だ。


 それ以上に、ダンジョンの機能を停止させる裏技が初披露されるかも知れないと言う噂が、業界の中に立ち込めており。それを果たすのが異世界チームなのか、それとも鬼から援助を貰った来栖家チームなのかと知らぬ間に広がっていた。

 子供達は気にしていないようだけど、大ゴトにされたくない護人は戸惑うばかり。確かにそれっぽいモノを貰ったと、協会の仁志支部長にポロッと話してしまったけれど。

 確証も無い事を言うんじゃなかったと、今では後悔の方が大きい護人である。


 そんな事より、ペット勢を含めた来栖家チームの調子は、至っていつも通りで緊張の類いは無い様子。紗良だけは、やや神経質に忘れ物のチェックが無いか何度も確認している。

 まぁ、それを含めていつも通りと言えるのかも。ハスキー達はさっさとダンジョンに入ろうとテンション高く、萌やルルンバちゃんはマイペースを貫いている。


 攻略前のチーム分けのドタバタを経て、チーム『ライオン丸』の勝柴かつしばもその決定に明らかにヤル気をみなぎらせていた。チームを鼓舞する姿には、さすがリーダーと言うオーラと言うか、信頼感みたいなモノが見え隠れしている。

 そして愛媛のチーム『坊ちゃんズ』の女性陣も、何故か満更でも無さそうな。これで突入前のモチベーションがだだ下がりだったら、目も当てられなかったけど。


 この1週間足らずで、この2チームは良好な関係を築けているみたいで何よりだ。これで憂いはほぼ無くなった、後は全ルートで協力しつつ最奥のコアの間を目指すのみだ。

 岩国チームの面々も、そう言う点では信頼に値する破壊者軍団には違いない。今は持ち込んだ銃火器の最終チェックを行っている彼らは、町の1つ位は制圧出来そうな雰囲気をかもし出している。


 特にムッターシャに、A級ランクに値すると言われたヘンリーと鈴木は、自信が表に現れて迫力が凄い。強い者に認められると言うのは、それだけ探索者にとってもほまれなのだろう。

 チーム員も14名と最多だが、統制の取れた戦闘集団でもある。


 そして最後の異世界&星羅チームだが、こちらは何の心配も無いと思われる。破壊のパワーもそうだけど、元“聖女”石綿いしわた星羅せいらの在籍で治療やサポート能力もチームに加わったのだ。

 そしてムッターシャには、“喰らうモノ”を封じる奥の手があるそうで。それさえあれば、相手の厄介な《再生》だか《不死》能力を封じ込めれるそうな。


 ただし、それを使うにも一度は“喰らうモノ”を倒して、行動不能に追い込む必要があるそうだ。護人としては、その役目はムッターシャとズブガジの2トップに委ねたい思いが強い。

 もちろん来栖家チームも全力を尽くす予定だけど、相手は異界で暴虐の限りを尽くした逃亡者である。そんな厄介な奴の相手など、背負いたくないってのが本音である。


 ただまぁ、倒した後の始末に再稼働させない当てがあるのは良い知らせだ。護人も鬼から直接、そっち系のアイテムを貰い受けている。

 或いはそれは、敵を弱体化させるアイテムなのかも知れないけれど。スキルを封じるとか、悪用の手段としても有効なので管理はちゃんとしないと。

 ちなみにムッターシャは、その装置を事前に皆に見せてくれた。


「これが、異界の術士たちが研究して作り上げた『メビウスの牢獄ろうごく』だ……不死のダンジョン破壊の研究からの副産物だな、要するに魂を肉体から分離して確保する魔法アイテムなんだが。

 相手が無限に再生しようにも、魂を掴まえて肉体との鎖を断ち切る作用があるそうだ。これを“喰らうモノ”に使ってみるが、無事に作用するかは分からない。

 取り敢えずは、保険くらいに思っていてくれ」

「了解した、まぁ策が無いよりはマシだろうね……こっちもついこの間、夜の鬼の訪問からこのアイテムを授かったよ。どうやら相手のスキルを封じる力があるそうだ。

 鬼は“不死”もスキルだとしたら、奴だかダンジョンのだかを封じれるかもって言ってたかな?」

「それは凄いですね……ちなみに協会からの差し入れですが、薬品類や軍事用の補給食を全チーム分用意しました。それから異世界チームには、宝珠《異世界語》を1つ。

 この中でランクの低い岩国チームには、宝珠《忍耐》を贈呈します。魔玉や耐久上昇の木の実や休憩用の結界装置、それから虎の子の脱出用の魔方陣の巻物も全チーム分差し上げます。

 これらは広島の協会本部からですが、甲斐谷チームの口利きが大きいですね。参加出来なかったので、よろしく頑張ってくれとの伝言を預かっております」


 律儀な甲斐谷らしいが、配られて行く消耗品の類いは本当に有り難い限り。と言うか、ここまで用意されてまた失敗したら、本当に体裁が悪すぎる。

 そんな事を考えながら、いよいよ麓の中継基地を離れて一行は峠を登る道へ。来栖家チームのキャンピングカーを先頭に、各チームが一定の距離を置いてついて来る。


 なかなか見られない重々しさだが、車内の子供達は至って普通通りで騒々しい限り。ペットたちも同じく、多少ピリついているのは探索を前にいつもの事である。

 そして5分も走れば、目的の“喰らうモノ”ダンジョン前である。そこに近付くにつれ、さすがの子供達も段々と口数が少なくなって行く。

 そして車が停車した時には、完全に無音状態に。


「さて着いたぞ、前回の探索のリベンジの時間だ――」




 巻貝の通信機を全チームに配って、これで後は別ルートでの探索開始である。今は“喰らうモノ”ダンジョンの仮定0階層の分岐部分に全チームが揃っている所。

 この場所に配置されていたモンスターを、それぞれのチームのアタッカー達が競うように殲滅して行き。5分後には、この遺跡型の広場は静寂を取り戻したのだった。


 それから4つの分岐を確認、忌々しい仕掛けだがこちらは従うしかない。どのチームがどの扉を選ぶか、束の間短い話し合いがあった後に。

 いよいよ本番の開始である、来栖家チームは単独で一番左の扉を選択。これで出て来る敵が違って来るとか、そんな仕掛けがあるかは全く不明だけど。


 前回の動画も観直したし、紗良には新しく《鑑定》スキルもあるのだ。正体不明の敵が出て来ても、今回はそんなに慌てる事もない筈である。

 そんな事を話し合いながらも、やっぱり緊張感は拭えない子供たち。ハスキー達も先行はするモノの、本隊とはそこまで距離を取ろうとはしていない。


 そんな前衛陣をフォロー出来るように、姫香と萌が今回は中陣を担う構え。護人もそこに行くべきかと考えたけど、やっぱりバックアタックが怖いので。

 姫香にここは大丈夫と言われ、結局は後衛の護りにと一番後ろを歩く事に。ルルンバちゃんを信用していない訳ではないが、彼は咄嗟の判断はとっても苦手である。


 何と言うか、常に誰かの声掛けで取るべき行動を判断していて、それが完全に身に付いているのだ。良くも悪くも、AIロボの完全自立は判断と言う面でとってもファジーな問題である。

 そう言う意味では、仕方ないとも取れるルルンバちゃんの自立問題ではある。主に命令を下すのが、末妹と言うのも護人の頭の痛い所ではあるのだが。

 あのパワーを腐らせておくのも勿体無いので、致し方ないとも。


 そして1層の遺跡フロアは、前回と同じくスケルトン兵士とガーゴイル像の手荒い歓迎が待ち構えていた。油断するとゴーストが襲い掛かって来て、その苦悶の表情には少なからずビビらされる来栖家チームである。

 或いはそれは、“喰らうモノ”に喰らわれた犠牲者の魂なのかも。肉体を喰われて、魂になっても働かされるとはとんだ命運ではあると思いつつも。


 こちらとしては倒してやるしか手段はなく、その点で言えば順調な道のりである。さすがにこちらもチームのパワーアップ振りは半端無く、その点の心配はいらない模様だ。

 とは言え、やはり前回のトラウマは完全には拭えず、新たな敵影が出現するたびビクッとなってしまう。それから厄介なトラップは今回も健在で、その点はツグミもよく覚えていた様子。


 これも『探知』スキルの恩恵だろうか、とにかく頼もしく成長した万能ハスキーには頭が下がる思い。コロ助も罠の物理破壊には協力しているようで、進む速度はいつもより遅いけどとっても頼りになる前衛陣だ。

 それを指揮するレイジーは、まだまだ体力や魔力は温存している感じを受ける。そして茶々丸の制御も板について来て、勝手をさせない指揮振りはさすがである。


 そうして、何と15分と掛からず第1層目はクリアに至ってしまった。前回とは大違い、しかも中衛の2人はほとんど出番なしの状態に。

 2層からはもう少し頑張るよと、萌とそんな言葉を交わす姫香であった。他のダンジョンと同じく、いやそれ以上にここは敵の強さのグラデーションは酷いのだ。

 つまりは、後になるだけ活躍の機会は増える筈。





 ――出来れば程々の出番で良いのだが、そう甘くはないのは周知の事実。









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