第554話 彷徨いまくった果てに地下鉄路線に出てしまう件



 今回も推定“幽霊列車”のドロップは、魔石(大)が1個にオーブ珠が1個とまずまずだった。労力に対して過剰報酬な気もするが、それに文句を言う者はこの場にはおらず。

 雑魚モンスターがたくさん出て来るより、楽でいいよねとは姫香の弁だけど。出番を失ったハスキー達は、少々不満そうな表情かも。


 地下空洞を縫うように張り巡らされている線路は、途切れることなく続いている。そこを進むトロッコは、傍目から見たらとってもシュールかも。

 それから肝心のモンスターだけど、あれ以降サッパリ出現しなくなった。案の定の仕様に、子供達も緊張感を失いつつある感じで。


 ハスキー達に関しては、真面目に先行して周囲のチェックを頑張ってくれている。ダンジョンの攻略を始めて、この8層目で既に5時間以上だろうか。

 途中にお昼休憩を挟んだとはいえ、まずまずの時間である。


「地上のザジと星羅たちは大丈夫かな……変な時に通信入れて、お仕事の邪魔したら悪いもんねぇ。島根のおっちゃん達は、まぁ心配しなくても平気だろうけど」

「まぁ、あの人たちは大丈夫でしょ……パチンコの腕には全然期待してないけど。それよりそろそろ10層だね、間引きの区切りとしては充分だけど。

 サービスでもう少し情報収集してあげるべきかな、護人さん?」

「そうだな……素人目にも、このダンジョンは魔素のかたよりが酷いと見るべきだろうけどな。パターンがあるなら、検証なりしてあげたいのは山々だが」


 地元で無く隣町からの依頼なので、それなりに気を遣う来栖家チームではある。とは言え、間引き依頼なら10層を目安に行えば充分なのは確かで。

 帰還用の魔方陣も無いこの不親切なダンジョン、帰りも1時間以上掛かるかもだし。そう言う意味では、引き返す時期は早めを設定しても良いかもだ。


 それに対して、末妹の香多奈はもう少し進んでも良いかもとの反対意見を口にして。その根拠はと問われても、何となくの発言なので筋だった解説など出来ない少女。

 とは言え、家族の誰もそれを無視が出来ない事情が……つまりは、少女の持つ『天啓』は、良い方も悪い方も割と高確率で香多奈の口を通して、予言を的中させてしまうのだ。


 口から出まかせの場合も多いと評判の末妹の戯言ざれごとが、ここに来てチームの行動を左右する指針になってしまって。恐らくだが、一番戸惑っているのは少女自身かも。

 そんな訳で、10層以降を進むかどうかはいったん保留となって。取り敢えずは、9層の階段探しを全力で行う事に。とは言え、敵の出て来ない暗闇の探索は何とも味気なくて。


 後衛陣ばかりか、トロッコを操っている姫香も単調な作業に退屈そう。ところが、トロッコの進む線路に段々と変化が出て来て、先導するハスキー達はアレっと言う表情に。

 何と言うか、あれだけ曲がりくねっていた線路が湖畔まで真っ直ぐルートに。


「……うわっ、姫香お姉ちゃんっ! 急にスピード上げないでよ、ビックリするじゃんか!」

「えっ、上げて無いわよっ……あれっ、坂なのかな? 確かにスピード上がってるけど、私は全然いでないわよっ!?」

「うおっ、それは不味いかもな……姫香、それ以上スピードが上がったら、操作は無視してトロッコを飛び降りなさい」


 護人の命令に、一瞬責任感から躊躇ちゅうちょしてしまった姫香だったけど。自分の命には代えられないと、えいっとトロッコを飛び降りる。

 暴走トロッコは、前の層と同じくどんどん速度を増して行って。ビックリしているハスキー達を追い越して、先頭となって昏い地底湖へとまっしぐら。


 そして派手な着水音と共に、地底湖へと水没して行ってしまった。今度も秘密の部屋に案内して貰えるのかなと、末妹の言葉に思わず前のめりな子供たち。

 それを裏切るアクションは、その地底湖の表面からだった。さっき以上の水飛沫が上がったと思ったら、その中央には細長く巨大な蛇の姿が出現して。


 サーペントですとの紗良の言葉に、なるほど有名なモンスターなんだと納得する子供たち。それにしても長大だ、ハスキーや人間も一呑みのサイズ感は凄い。

 まぁ、来栖家チームの戦闘履歴には、この手の巨大モンスターとの対戦も割と豊富である。護人としては、誰が行って貰ってもサポートをする予定だったのだが。


 何かが逆鱗に触れたのか、或いは飛沫が顔に掛かったのに腹を立てたのか。怒れるミケが、いきなりの《昇龍》での雷龍召喚を敢行して。

 うひゃあっとの叫び声は、果たして子供達は何に驚いたのか……ミケの沸点の低さに、驚いた可能性も無きにしもあらず。とにかく出現した雷龍は、サーペントに絡み付いての連続での雷撃を放ち始める。

 その慈悲の無さと来たら、ミケに生き写しかも?


「うわあっ、容赦ないけど……こっちにまでとばっちりが来そうで怖いよ、ミケさんっ! もうちょっと出力落として、敵はもうひょろひょろだよっ!?」

「うん、まぁ……もう勝負は決まったかな、あっという間の瞬殺だったな。魔石の回収をどうしようか、湖の中に落ちたみたいだけど。

 ミケ、ほら落ち着いて」

「あははっ、紗良姉さんの髪の毛が静電気で逆立ってるよ。ミケ、放電するのやめないと家族に被害が出ちゃうよっ」


 護人と子供達にそう宥められて、ようやく落ち着きを取り戻す怒れるニャンコであった。その間、肩を貸していた紗良は生きた心地がしなかっただろう。

 そうやって落ち着きを取り戻したのは、地下湖畔も同じくで。ただし、階段が出現した湖の途中の地点まで、水がパックリ割れて道が出来ていると言う驚きの演出が。


 それに驚いて近付く姫香と、落ちた魔石はどこに行ったのと騒ぎ立てる香多奈の両姉妹。泳いで探す訳にもいかないし、ここはもう諦めようと提案する護人に対して。

 そんなセレブみたいな事は出来ないよと、良く分からない末娘の切実な訴えに。仕方ないなと動いたのは、ルルンバちゃんと妖精ちゃんの異質ペアだった。


 ルルンバちゃんはアームの《念動》を駆使して、怪しいモノを何とかこちらへと引き寄せるつもりらしい。妖精ちゃんに関しては、これを使えと渡されたのは例の兎の戦闘ドールで。

 要するに、これなら水の中を幾ら泳いでも溺死はしないぞとの事らしい。自分も動かすのを手伝うけれど、視る事に関しては末妹の方が優れているだろうと。


 そんな分業が果たして可能なのかは不明だが、とにかく冷たい水の中へと放たれた白兎の縫いぐるみは。最初は湖畔に浮いていたかと思ったら、見事な潜水技能を発揮して固定を目指した模様。

 遠目から見ていた家族は、おおっと何となく感動の素振り。良く分からない突発イベントだけど、チームの一員が頑張ってるなら盛り上げないとって気分なのかも。

 そんなガメつい末妹の努力が実ったのは、約5分後の事だった。


「やった、人形が何か丸いモノを掴んだよっ! 後は湖底を歩いて、そこの割れた水路に出ればいいよねっ!

 スゴいっ、実践こそ進歩の近道だよっ!」

「おっと、ルルンバちゃんも何か掴んだみたいだな。夜釣りみたいで面白いな、真剣に頑張ってる2人には申し訳ないけど」

「えっ、護人さんは釣りするの? みっちゃんが、今度の尾道旅行に釣りの時間を入れようかって、ラインで訊いて来てるんだけどさ。

 するなら船を出してくれるって言ってるけど、どうする?」


 護人の失言を拾った姫香が、そんな話題を振って来たりもしたモノの。その後の回収作業は、おおむとどこおりなく進んでルルンバちゃんも大奮闘した結果。

 見事、魔石(大)とスキル書が1枚、それから大蛇の鱗素材を3枚ゲット。大喜びの香多奈と、こちらも褒められて上機嫌なルルンバちゃんと言う。


 そんな浮かれた雰囲気を素早く締めて、護人は再出発をチームに告げる。帰りが歩きとなると、本当に余計な時間を掛けてはいられないし。

 ハスキー達を先頭に、いざ9層へと潜入する来栖家チームである。



 そして再び、フロアの激変振りに驚く一行である。出た先は水没しかけた地下通路で、コンクリ基盤がしっかりしている所を見ると近代建築らしい。

 ハスキー達は、迷わず水の届かない方向へと移動……そこも線路が続いており、どうやらどこかの地下鉄の線路らしい。何故水没しかけているかは、全くの不明だけど。


 取り敢えず、さっきのフロアより歩きやすいのは確かである。それから雑魚モンスターも、大コウモリやらコボルト兵士やらを道中で何度も見掛けて。

 それを見てホッとすると言うのも変な話だが、少なくともこの層ではレア種級の敵とは出遭わなそう。まぁ、大物1匹倒す手間と雑魚にたかられるのを、どっちが好きかって話になるのもアレけれど。


 気分はそんな感じだけど、ハスキー達の活躍の場を考えるとレア種1点のみは物足りない感じだろうか。とにかくほぼ真っ直ぐルートの地下鉄線は、この上なく順調な道のり。

 そして10分後には、人気の全くないホームへと出てしまった。とは言え、地下鉄のホームは近代的でどこか無機質な感じで、特筆すべき点はどこにも無いけど。


「あれっ、これが駅のホームなの? 改札口はどこ、叔父さん?」

「地下鉄の改札口は、あの階段を上った先にあるんじゃないかな? 地下鉄って、普段使わない人には分かりにくいからね……東京の乗り継ぎ路線なんて、異世界迷宮も真っさおな複雑さって話だよ」

「確か東京のどこかの路線が、迷宮化したって話がありましたよ、護人さん。広島市は地盤が緩い関係で、地下鉄じゃなくて路面電車が発展しましたからね。

 香多奈ちゃんに馴染みが無いのも、当然だと思いますよ」


 そんなウンチクを口にする紗良に、やっぱり感心の眼差しを向ける末妹である。そんな事を話している間にも、ホームからはコボルト兵士の群れがどっと押し寄せて。

 その数およそ20匹以上、中にはパペット兵士やガーゴイルも混じっている。そんな多数の敵を相手に、初撃のルルンバちゃんの波動砲が。それが程よく効いたのか、全体的に与太って来ている感じ。


 そこにハスキー軍団&茶々丸が派手に突っ込んで行って、文字通りに敵を蹴散らして回っている。今回は姫香と萌も参加して、香多奈の応援を貰っての立ち回りに。

 後衛陣はそれ以上の手出しも、必要無いかなって無双振りでの勝利に。ついでにホームを探索した姫香から、階段あったよとの嬉しい報告が。


 この層も20分程度で踏破出来て、取り敢えずまずまずの進行具合ではある。とは言えそろそろ夕方が迫って来ており、外のギルド員の活躍も気になる所。

 次は10層で、まず間違いなく中ボスの間となっている筈。今回も直通だったら嫌だよねと、香多奈の余計な一言は皆でスルーしつつ。

 さて、このダンジョンの間引きはどこで区切りにすべき?


 護人としては、区切りの良い10層で終わりにしたい意見が強いのだけど。末妹の香多奈は、もはや意地になって11層に足を伸ばすべきだとの意見を崩さない構え。

 確かに1層くらい増えても、全体的な進行に大きな影響はないだろうけど。もし11層にも変なレア種が湧いてたりしたら、その前提も崩れてしまいかねない。


 そもそもここはフィールド型がメインなので、次の層への階段を探すのも難儀するのだ。だからまぁ、確約は出来ないよとの大人の意見に思い切りむくれてしまう末妹。

 それを見て、仕方ないわねと姫香も末妹の肩を持つのはいつものパターン。喧嘩の多い姉妹だけど、それは仲の良さの裏返しだったりするのだ。


 そんな訳で、最終的にこれで家族会議は決定の運びに。10層の中ボスも軽くやっつけるよと、姫香は気勢を上げてペット達を鼓舞している。

 つまりは、それで護人の面目も保とうって心積もりらしい。





 ――どことも知れない地下鉄のホームに、その優しき心意気はこだまするのだった。






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