第551話 ダンジョン内のトンネルを抜けるとそこは駅だった件



「わわっ、蒸気機関車は見てみたいけど、ごっつんこするのは嫌だなっ。ルルンバちゃんが護ってくれるかな、見えないけど相手も強そうだよっ!

 今の時点じゃ、モンスターかどうかも分かんないけど」

「俺とルルンバちゃんで壁になろう、みんなは固まって衝撃に備えてくれ。他にも仕掛けがあるかもだから、何があっても対応出来るようにな!」

「あっ、護人さんっ……ツグミの用意した、闇のトンネルに避難するって手もあるよっ? これならバカ正直に、真正面から衝突しなくてもいい筈っ!」


 確かにそれは良い案だ、ツグミは主の提案に対して、すぐにトンネルの真横に穴を開けてくれて。蒸気機関車と衝突するよりこっちが良いと、皆が慌てて中へと避難。

 ただし、こっちも安全なようで意外な盲点が1つ……このツグミの闇のトンネル、空気が循環していないので長くいると窒息してしまうのだ。


 使用の際は飽くまで一時の通り抜けだから、姫香を始めとして誰も気にしていなかったけど。確認のために空いた穴から外を窺うに、どうもSLの汽笛音はその場を去ってくれていない気が。

 意味不明の事態だが、避難のリミットもそろそろ限界が近そう。皆が揃って息苦しさを感じて、外へ出たいとギブアップを提言し始めて。


 仕方無く、最初の作戦通りに護人とルルンバちゃんが先陣を切ってトンネル内へと戻って行くと。そこは熱波と汽笛の音と、物凄い暴風の荒れ狂う地となっていた。

 慌てて《堅牢の陣》を展開するも、この悪コンディションの正体が何なのかさっぱり分からない。続いてトンネル内へと戻って来た子供達だが、揃って悲鳴をあげる事態に。


 慌ててそちらにスキルの範囲を伸ばす護人、続いて姫香が『圧縮』防御を掛けて事態は随分とマシになって来た。紗良も同じく、《結界》スキルを展開した模様で。

 防御スキルの並びは一級品の来栖家チームだが、相変わらずこの事態の把握には至っていない。ハスキー達も戸惑うばかりで、敵はどことてんやわんやな状況だ。


 周囲は相変わらず暗いトンネルの中、吹き荒れる熱風は何とか防げている状況。そこに列車の走る音と汽笛音が、騒々しくまとわりついて来て警戒心をあおって来る。

 元のトンネル内に出た筈だが、接近して来た蒸気機関車の気配は音と熱のみ。どういう理屈かは不明だが、こちらにダメージを与えて来る敵の正体が不明と来ている。


 腹立ち紛れなのか、レイジーが適当な範囲目掛けて炎のブレスを吐き出した。ルルンバちゃんも、味方とは逆の方向に波動砲をブッ放している。

 その高出力の連続攻撃でも、敵の包囲網は全く崩れず。ただし、怯んだ気配は周囲から伝わって来た。或いはそれは、護人の《心眼》が拾った不透明な感情なのかも知れないけど。

 ただし、それによって敵がこの近くにいる事が判明した。


「ダメージ入ったみたいだ、この攻撃を仕掛けている敵は近くにいるぞ! 紗良は《結界》防御を外して、ダメ元で《浄化》スキルで攻撃してみてくれ。

 アレでも敵は、ゴーストタイプなのかも知れない」

「そっか、敵の姿が見えないもんね……叔父さん、その予測は合ってるかもっ!?」


 末妹の軽い同意の言葉を得て、紗良はこの窮地を救うべく《浄化》スキルの発動を行う。油断すると熱気が襲って来るので、防御スキルは外せない現状の中で。

 《結界》スキルを解除しての《浄化》スキルの敢行は、かなり思い切った作戦ではあるけど。果たして護人の目論見は大正解で、汽笛の音が絶叫へと変わって行って。


 景色が揺れるかと思う程の騒乱の後、突然ピタッと止まる全ての現象。攻撃も同じく、どうやら周囲を覆っていたはずの敵は綺麗に消え去ってくれたらしい。

 そしてルルンバちゃんが、ここに魔石とオーブ珠が落ちてるよと指差してくれた。魔石は大サイズで、どうやらかなりの大物だったらしい。


 多分だけど、お姉ちゃんの《浄化》スキルで倒れたって事は幽霊列車だったのかもねと。末妹の香多奈の推測は、あながち間違っていないのかも。

 ついでにドロップした、大きな車輪などはいかにもその残骸って感じもするけど。鉄道に詳しくない子供達は、こんなの貰ってもねぇと総じて困り顔。

 護人も同じく、ドロップより安堵が勝った表情のままである。



 とにかく、次にまたこの現象に襲われた時の対処法はバッチリ記憶出来た。それでもこんな怖い場所はさっさと出たいと、一行は急ぎ足でトンネル内を移動する。

 先導するハスキー達に、さっさと出口を見付けてと無茶振りする香多奈だけど。そんな簡単な話じゃないわよと、姫香の叱咤が飛んで来る。


 それでも道のりは順調で、あれ以降は敵の襲撃イベントは全く無し。アイツってひょっとしてレア種とかだったのかなと、末妹のお喋りは止まらない。

 そうかも知れないねぇと、紗良の返しは飽くまで優しいのだけれど。そうこうしている内に、トンネルの先にようやく外からの光が見えて来た。


 それに浮かれる子供達と、油断しない様にと忠告を飛ばす護人。ハスキー達も目的地を得て、心なしか足取りが早くなっている感じも。

 そして出口と同時に次の層への階段も発見したようで、すぐに報告へと戻って来た。どうやら本当に、あれ以降の敵とのアカウントは全くのゼロだった模様。

 そんな訳で、来栖家チームはトンネルを抜けて次の4層へ。


「ふうっ、やっとお化けトンネルから脱出できたよっ……それにしても、前情報では3層でワイバーンに襲われたって話じゃ無かったっけ?

 フィールド型ダンジョンって、進むルートで何に遭遇するか全然違って来るから厄介だよね」

「まぁ、そうだな……このフィールドも一応、トンネルの出口でルートは2種類選べるな。またトンネル探索に戻るのもアレだから、反対の線路を進もうか。

 ハスキー達、それじゃ向こうに向けて出発だ」


 その護人の言葉に従って、颯爽と進み始めるハスキー軍団&茶々丸である。陽光の素晴らしさを感じながら、その足取りは揃って軽快である。

 そんな気分のせいか、出て来るモンスターにも愛おしさを感じてしまったり。まぁ、1匹残らず退治して行くのは決まっているのだけれど。


 敵は相変わらずのコボルトと、大トンボや大燕も混じって割と騒々しい程。などと思っていたら、噂のワイバーンも超上空に確認出来たよと、素晴らしく目の良い香多奈が報告して来た。

 旋回してるから、相手もこっちも見付けてるかもと姫香もそれを見上げて推測していると。襲い掛かって来るのを待つのに飽きたのか、突然上空を雷鳴が襲って。


 そして皆が見上げている中、落ちて来るドロップ品の魔石(小)とワイバーン肉。それを見事に地面に落ちる前に、華麗に空中キャッチしてくれる白百合のマントである。

 前回から急に存在感を示し始めた白百合のマントに、気が気でない感じの薔薇のマントではあるけど。暴れられても迷惑なだけと、持ち主の護人は宥めるのに忙しい。


 それより空の敵はあらかた片付いたねと、道中の会話は至って気楽なモノ。さっきの汽笛のお化けとの苦戦など、綺麗に忘れ去っている子供達は超ポジティブなのかも。

 そして先を行くハスキー達が、何か見付けたよと吠えて知らせてくれて。何だろうねと目を凝らす子供達が見付けたのは、何と言うか田舎の無人駅っぽいモノだった。

 まぁ、いるとしてもモンスターが待ち構えている程度だろう。


 そんな身も蓋も無い会話で盛り上がりながら、線路沿いに進む事5分余り。ようやく辿り着いた無人駅だが、どっこい熾烈な歓迎は既にあった模様。

 相変わらずのコボルトとの戦闘をこなしたハスキー達だが、駅に待ち構えていた追加のパペットは遠目でも目立っていた。強さはそこそこで、ハスキー達は苦もなく倒していたけど。


 彼女達が駅に入らず待っていたのは、どうやらそこに次の層への階段を発見したからだったみたい。ついでに宝箱も設置されていたようで、嬌声をあげながら駅に飛び込む末妹である。

 中からは鑑定の書やポーションなどの薬品類に加え、魔玉(炎)や木の実など定番品が少々。それから車掌の帽子や切符はさみ、良く分からない地名の駅のスタンプなどが入っていた。


 この結果に、鉄道マニアでも何でもない香多奈は微妙な表情。護人が無人駅の改札口で、厚紙の切符が落ちてるよと告げてもやっぱり微妙な顔で振り返って。

 何が嬉しいのって感じの無言の圧に、護人もそれを元の位置に戻すしかなく。


「いや、昔は全部こんな厚手の紙の切符だったんだよ……香多奈はホラ、機械式の磁気切符しか知らないだろう?

 これでも好事家が、欲しがる値打ちモノかも知れないぞ」

「えっ、お金になるなら持って帰ろうっ! ルルンバちゃん、駅にある落ちてる切符、全部持って帰るよっ!」


 ホイ来たと、苦労して駅の狭い構内に入り込んだルルンバちゃんは、《念動》を駆使して使用済み切符拾いなど。さすが元お掃除ロボ、その猛威は容赦がないけど。

 それはゴミでしょと、姫香は使用済み切符の価値など信用していない様子。紗良は構わず、ハスキー達にMP回復ポーションを用意して休憩の支度など。


 次は5層なので、普通なら中ボスの控える階層エリアである。ここもそうだと思うけど、最近はダンジョンにも個性があると体感で理解している来栖家チームである。

 必ずしも定番パターンが来るとも限らないし、そこは備えておかないと。哺乳類でも卵を産む奴はいるし、飛べない鳥類だっているのだ。


 ダンジョンだけ、パターンにはまってブレないで下さいってのは無理な相談だろうし。攻略する側としては、そこの所は抜かりなく心に留めておきたい。

 そして、その心構えは次の5層ですぐに試される事に。何と、出た先はやっぱり駅の広くない構内で、そこが実は中ボスの間だったと言うオチ。


 いままで、階段を下って中ボス部屋に直通なんて欠陥構造にはお目にかかった事の無かった来栖家チームは。大いに慌てて、何じゃコリャと焦りながら中ボスと対峙する事態に。

 心構えはどこに行ったと、さっきまでの話の流れをぶった切ってしまう展開だけど。やはり出会いざまでの急な対応となると、難しいのは仕方が無い。


 しかも、てっきり車掌の服を着たパペットが中ボスかと思っていたら。駅のホームの様子と言うか天候が明らかにヘンで、どうやら精霊系のモンスターが居座っているみたい。

 ホームに降り注ぐひょうやあられは、直接さらされれば痛いでは済まないレベル。レイジーと茶々丸で、既に車掌のパペットは倒されてしまってこの場を退場している。

 後は恐らく、メインの精霊系モンスターのみの筈。


「わっわっ、いきなり敵が駅の中で待ち構えていたと思ったら……えっ、ここはもう中ボスの部屋なのっ!?

 さっきレイジー達が、倒した車掌さんが中ボスじゃなかったの?」

「ツグミの反応だと、外でひょうを降らせてる奴が中ボスみたい。精霊系だね、かなり厄介な奴だと思うよっ!

 あっ、あの雲みたいな浮いてる奴が本体かもっ!?」

「おおっ、こんな直通パターンもあるのか……ルルンバちゃんっ、牽制で一発ぶっ放してみてくれっ!」


 慌てながらの護人の指示に、すかさず対応してくれる優秀なAIロボの一撃は。見事に雲の中心に命中して、その一部を蹴散らして行ってくれた。

 これは効いたかもと、盛り上がる姫香はツグミを伴って続いて特攻を掛ける。酷い天候のホームへと飛び出して、《舞姫》と《豪風》を纏って突っ込んで行くその勇姿はさすが来栖家の特攻隊長だ。


 『圧縮』スキルで空中に足場を作って、降り注ぐ雹やあられはツグミが闇操作で防御してくれて。度胸一発、敵の懐へと飛び込んでの愛用の武器での必殺の斬り付け。

 その瞬間、空気が爆発したかのような衝撃が駅のホームを突き抜けた。その衝撃波を浴びて、モロに吹き飛ぶ姫香をツグミが《闇操》でキャッチして。


 他の面々は、何とか駅の建物の陰に隠れてそれをやり過ごす。冷気を纏ったその衝撃波は、しばらく未練がましくその場に留まっていたけれど。

 やがてドロップ品を残して、綺麗サッパリその気配は霧散して行ってくれた。





 ――唐突に始まった5層の中ボス戦は、こうして終わりを迎えたのだった。







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