第526話 6層からカルスト平原エリアへ移動する件



 香多奈の悲鳴は、そう言う意味ではかなり遅かったようだ。吹き飛ばされた茶々丸は、しかし確保に動こうにも敵はまだ多くてちょっと無理。

 雑魚認定したジャッカルも、集団となるととても厄介な特性を持っている事が判明して。とにかく多対一を造り出す戦法に、ハスキー達もあちこち咬み付かれてお互いのフォローに手一杯と言う。


 敵の数は少しずつ減らしているので、時間さえ掛ければ勝てるだろうけれど。護人に関しては、中ボス認定のホワイトライオンの相手で手一杯と言う感じ。

 姫香も何とか、残った大クマの気を惹きながらの盾役をこなして大わらわしている最中で。場はいつになく混沌こんとんとしていて、後衛陣も軽いパニック状態だ。


 いつもは指揮を取ってくれる、護人が前線へと飛び出したのがその要因ではあるのだが。突然に乱入して来た敵の大将を抑えるには、致し方なかったとも。

 紗良達が慌てていたら、萌が相棒の回収に動いてくれていたようだ。ぐったりした茶々丸を怪力で回収して、後衛へと戻って来る仕草。


 パニックはルルンバちゃんも同様で、誰をサポートしてどの敵を攻撃すべきか大いに迷い中。護人の後衛の弊害と言うか、どうやら的確な指示出しに自主性は育ちにくいみたい。

 香多奈がフォローすれば良いのだが、茶々丸の怪我に末妹も同じくパニック中で。最近は減っていた大きな怪我をした仲間を見て、完全に取り乱しているのは仕方の無い事か。

 そんな訳で、来栖家チームの混乱はしばらく続く事に。


 とは言え、戦闘力では地力に勝るのは大いなるアドバンテージで。ハスキー軍団のスキル技での逆襲から、戦場は少しずつ来栖家チームのペースへ戻って行く。

 ジャッカルの集団攻撃力は、確かに侮れないレベルではあったけど。それを上回る統率力をレイジーが発揮して、一気に敵の数を減らして行く。


 コロ助が新しく覚えた『咆哮』が、敵の注意を惹くのに大いに役立ってくれた。その隙にレイジーが集団に突っ込んで行き、密着状態からの『魔炎』を放ってやる。

 ツグミは基本の『影縛』や《闇操》で、そんなリーダー犬のフォローに大忙し。地味な役割りだが、本人は不満も言わずに黙々とこなしてくれている。


 そして中心から崩れて行くジャッカルの集団、こうなれば各々で始末して行くだけ。今も1匹、コロ助の『牙突』で魔石に変わって行く敵モンスター。

 この調子なら、あと数分で掃討は完了しそう。


 姫香の方も、他の家族を気にしつつ盾役を何とかこなしていた。相手をしている大クマ2匹は本当に大きくて、軽く彼女の2倍以上の身長で。

 体重に関しては、一体何倍なのか……ただし、パワーに関しては『身体強化』を持つ姫香も負けていなかった。今も他のダンジョンなら中ボスを張れる敵を相手に、獅子奮迅の戦いっぷりで。


 向こうの強力な一手を軽く避けて、愛用の鍬で致命傷に近い斬撃を見舞う。それでも体力のあり余る大クマは、大怪我を負いながらも暴れまくっている。

 しかも2匹同時の相手で、かなり不利かと思われた戦局だったけれども。姫香はさほど慌てず、舞うように敵の巨体の間をすり抜けて傷1つ負わない。


 ここに来て、どうやら《舞姫》のスキルが開花して来た模様である。それに『圧縮』や『旋回』を組み合わせ、天賦の才の為せる業だろうか。

 向こうの迫力のある攻撃を全ていなして、逆に回転しながらの威力を増した攻撃を見舞う。傍から見れば、姫香は回転しながら敵の間をすり抜けただけに見えたかも。

 それだけなのに、敵が倒れて行く理不尽さと来たら。



 そして敵将と対峙する護人だけど、こちらは周囲の戦況に気が散ってタイマンどころでは無かった。ホワイトライオンは、しかしそんな隙も見逃さず猛攻を仕掛けて来て。

 『硬化』スキルで何とか対応するも、以前の革ジャケットだったらビリビリに切り裂かれていただろう。爪攻撃にこんな迫力を感じたのは、今まで無かったかも。


 何とか集中したいけど、《心眼》スキルが視え過ぎて逆にマイナスに作用する始末。子供達を心配する気持ちは、どうやったって心から切り離すのは無理な相談である。

 護人として最善なのは、さっさと目の前の敵を始末して自由を得る事である。ところがこの野生の塊のような中ボスは、簡単にやられてくれる玉では無さげで。


 護人の“四腕”での攻撃を、しなやかな動きでかわしまくって何とも小憎らしい。それでも周囲で、来栖家チームの勝ちが確定して行くと護人にも余裕が生まれて来て。

 向こうの動きにも段々慣れて来て、それも気持ちに余裕の出来た証拠だろうか。巨漢で素早いホワイトライオンの反撃に合わせて、カウンター気味に斬撃を放り込んでやると。

 見事にそれが、ライオンの喉元を貫通した。


 結局、それが止めの一撃となって熾烈だった中ボス戦は終了の運びに。ホワイトライオンの死亡と同時に転移ゲートが湧いてくれて、これで6層への移動権利を得る事が出来た。

 ちょっと前に戦闘を終えていた残りの面々は、いつでもフォロー出来る態勢でその戦闘を眺めていたのだけど。護人の勝利と共に、ワッと寄って来てやんやの喝采を浴びせてくれた。


 それはともかく、茶々丸は何とか紗良の治療で持ち直せた様子。それも戦闘中に確認出来ていた護人は、ホッと胸を撫で下ろして安堵の表情に。

 茶々丸の無茶からの痛い目を見るコースは、もはや通常運転とは言え。見ている側としては、心臓に悪いしついつい苦言を呈してしまう。


 今も末妹の香多奈が、無茶は駄目でしょとお叱りモード全開で周囲からの助け舟は一切なし。ハスキー達も、紗良の怪我チェックを受けながら事の成り行きを見守るのみ。

 護人も休憩時間を利用して、各所に『巻貝の通信機』で連絡を取り付けている。香多奈のお説教も、どうせ宝箱の存在を確認すればそっちに気を持って行かれるだろうし。



 そんな訳で護人が連絡を取った所、異世界チーム&星羅チームは予定通りに鍾乳洞エリアを順調に進んでいるみたい。それから地元チーム連合は、さっきの連絡通りに無茶はせず5層で引き返すとの事。

 その空いたカルスト平原エリアに、6層から来栖家チームがお邪魔する予定。博多のA級チームは、地元チームと予定通りに旅行村エリアを探索中らしい。


 現在は6層で、こちらも順調に探索を進めているみたいである。旅行村エリアは、護人達が昨日泊ったログハウスなどの建物が建つ、獣人の多く出没するエリアなのだそう。

 そこもこのサファリエリアと同じく、再現度は高いみたいで探索は厄介そう。建物が多いと死角も増えるので、モンスターの間引きも大変みたいだけど。


 向こうはどうやら、広域ダンジョンの探索にも慣れているようで安心感は高いかも。それから岩国チームの方も、もう少しで5層の制圧が完了するとの事。

 こちらも狩猟に関しては、銃持ちチームだけあって不安は無さそう。


「それじゃあ私たちは、さっきの予定通りに6層からはカルスト平原エリアに進めば良いんだ。確かワイバーンとか、オーク兵が集落作ってるエリアだっけ?

 昔もやったね、確かダムの広域ダンジョン攻略だったかな」

「そうだな……平原エリアはそれなりに広いそうだが、移動は楽でそんなに攻略チームも必要無いって話だったっけ。

 ウチは機動力は問題無いから、まぁピッタリではあるな」

「ワイバーンが相手なら、ミケさんも張り切って退治してくれるもんね」


 そう話す末妹は、ドロップ品と出現した宝箱の回収に既に夢中な様子。ルルンバちゃんがお手伝いしながら、その辺はいつも通りの風景である。

 やや違うのは、萌が落ち込んでる茶々丸を慰めている所だろうか。とうやらヤン茶々丸は、叱られた事より敵に負けてしまった事を悔しがっているみたいで。


 まだ子供だから仕方が無いのだが、思い切りの良さ以外は戦闘巧者では無いのが玉にきずな彼である。護人も次からは、萌に騎乗させて2人1組での活動を指示して。

 それならお互いをカバー出来るし、萌の槍も平原エリアで活躍出来るだろう。まだ探索も中盤だし、紗良も治療は完璧だと請け負ってくれているし。


 茶々丸をいったん後衛に下げる事も考えたけど、彼のやる気と言うか闘志はいささか衰えをみせておらず。ここは成長を願って、続けて前衛を任せるべきか。

 まぁ、レイジーの負担は確実に増えるかもだが……萌をサポートにつけるので、何とか納得して貰う形で。姫香もそれでいいと言うので、これで何とか話は纏まった。


 そんな事を話している間に、香多奈はお宝をどんどん確定して行く。ドロップ品は中ボスが魔石(中)1個にオーブ珠も1個、大クマは魔石(小)を落としたみたい。

 ジャッカル軍団は、残念ながら魔石(微小)に皮素材のみ。とか思っていたら、宝箱の中に中ボスたちの関連素材がわんさか入っていた。


 ホワイトライオンのたてがみ素材とか熊の手とか、肉は恐らくダチョウのだろうか。他にはカンガルーの着ぐるみとかラクダの被り物なんかも入っている。

 妖精ちゃんが、それらは魔法の品だと言っているがあまり着用したいとは思わないコスプレ感が。後は薬品類に鑑定の書、木の実などありふれた品々が少々。



 それらを魔法の鞄に詰め込んで、さてこれでこの5層のサファリエリアでやり残した事は無し。そんな訳で、家族で揃ってワープ魔方陣を潜って次の層へ。

 カルスト台地は昨日もドライブしながら観光したけど、なかなかにおもむきがあって景観を楽しめた印象が。自然の力を感じると言うか、長い年月で織りなされた自然の芸術作品的な。


 移動に関しては、岩場が多く存在するので大変そうだけど。ダンジョンは街道まで取り込んでくれているので、それを利用すればエリア移動は比較的楽かも。

 先行するハスキー達も、敵の姿を見付けるまでは街道ルートを選択しており。紗良や香多奈は、体力温存のためにルルンバちゃんの補助シートに座らせて貰っている。


 茶々丸と萌のペアは、萌の舵取りで姫香の隣に位置しており。ここならすぐにハスキー軍団にも合流出来るし、姫香の指示やサポートにも対応可能だ。

 仔ドラゴンの萌だが、そう言う点では茶々丸より数段は思慮深いと姫香も思う。ダンジョン探索にも慣れて来ており、今も空を飛ぶ不審物をいち早く発見しており。

 それを知らせられた姫香は、ハスキー達に一旦停止を命じる。


「あれはワイバーンかな、このエリアでも割と遭遇するって言ってたから。完全にこっちは見付かってるね、飛び方が空から獲物を狙う感じに変わってる」

「アレはまたミケさんに任せればいいよ、私たちは他の敵に出遭うまで前進しよっ、お姉ちゃん。降りて来るまで、待ってる時間が勿体無いもんねっ」

「まぁ、そうかも知れないけど……それじゃあ頼んでいいかな、ミケ?」


 姫香の言葉に、ミケは任せておけと言わんばかりに紗良の肩の上でミャアと鳴いて。これで来栖家チームの作戦会議は終了、再びハスキーを前衛に進んで行く事に。

 こうなると、ミケを信頼しているハスキー達は進行方向に集中出来てグー。ルルンバちゃんに乗っている末妹は、上空を気にして仕切りにミケに話し掛けているけど。


 護人に関しては、仕掛けた罠に相手がいつまるかなって感覚でしか無く。案の定と言うか、香多奈が来たキタッと興奮のアナウンスをした数秒後に。

 物凄い勢いで降下して来たワイバーンは、ミケの《魔眼》によって自重で自滅する運命に。最強のワンパターンの戦法に、大いに盛り上がる末妹である。


 どうやら魔石と一緒に、ワイバーン肉もドロップしたらしく。香多奈は乗ってるルルンバちゃんに、引き返して回収するよとご機嫌に指示を飛ばしている。

 後顧の憂いが無くなったハスキー達も、その場で呑気に待機しての後衛待ち。狩りで獲物を捕らえたら、回収までが仕事なのは彼女達もちゃんと理解している。


 それよりハスキー達の嗅覚に、そろそろ敵の存在が引っ掛かり始めている。大規模な集落か、それに類するものが平原の下った所にありそうな気配。

 そうなると、そろそろ街道を外れて進む必要が出て来るのだが。このカルスト台地は地形が複雑で、死角も多くて進むのは割と大変かも。

 それでも階層を渡る為には、進むしか無いのだけれど。





 ――サファリエリアに続いて、ここも相当に攻略は厄介な気配が?






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