第521話 若者のガス抜きに対人戦が催される件



 こんな状況の原因になった紗良は、1人でこっそり青い顔をしていたけれど。紗良お姉ちゃんは何も悪くないよと、末妹に慰められて今はコテージ前で落ち着きを取り戻している所。

 その周囲には萌や茶々丸も控えていて、落ち込んでる家族に心配そうな表情。逆に喧嘩っ早いハスキー達は、闘いの予感に毛並みを膨れ上がらせて臨戦態勢に。


 アンタ達の出番は無いよと、こちらも息の荒い姫香はウォーミングアップ中である。審判役を買って出たムッターシャは、淡々とした表情でキャンプ村の中央に舞台を作成中。

 それは棒で丸い円を描いただけの簡単なモノだけど、どうやら円の外に出たら即刻失格扱いらしい。それから背中から倒れたり、有効打を与えられても負けとのルールで。


 その辺は、来栖家チームの毎日の特訓でも取り入れられているルールなので。姫香にしても戸惑いは無いし、博多のA級チームの実力が気になる程度。

 あまりさっさと負かしてしまったら、向こうもプライドが傷ついて遺恨を残すかも。とは言え、手を抜いたのがバレても不味いし、審判のムッターシャは確実に気付くだろう。

 つまりは、全力で戦うしか手は無いって事だ。


「心配しないで大丈夫だよ、護人さんっ。審判を師匠がしてくれるんだし、その代わり手を抜いたら速攻でバレるから全力でやるけど。

 武器は木の棒を使うし、怪我しても紗良姉さんのスキルがあるからね」

「手を出したのがツグミで、まだ良かったよね……ミケさんを宥めるのが遅かったら、きっと人死にが出てたよっ!

 それかレイジーだったら、もっと悲惨だったかもっ?」

「そうかもな……まぁ、向こうのリーダーも平謝りしていたし、ここは穏便に訓練のていで乗り切ろう。ムッターシャに判断を任せれば、怪我も無く終わらせてくれる筈だしな。

 飽くまで練習試合だから穏便にな、姫香」


 任せておいてと、呑気な返事の姫香はともかくとして。セーラー服姿のなつめは、気合入りまくりで手に持つ武器も三節棍と言う見慣れないモノ。

 先ほど向こうの父親の敏夫としおから聞いた話では、この末っ子気質のお嬢さんは戦闘スキルは一流らしく。探索者の生活は性に合ってるけど、なかなか同年代の友達には恵まれずの日々で。


 兄達にべったりと言うか、甘やかされてあんなキレやすい性格に育ったそうな。そんな兄達も、女好きな性格が高じて地元ではトラブル気質な扱いを受け。

 父親も手を焼いていて、どうしたモノかと相談されていた護人であった。そんな話を聞くと、末妹の我がままなどまだ可愛い方なのかも知れない。


 そんな香多奈は、さっきまで紗良を気遣っていたのも束の間。戦いの気配に、お姉ちゃん頑張れとげきを飛ばしての応援モードへ。

 ついでにスキルも飛ばしており、反則一歩手前のちゃっかり少女である。まぁ、これも家族愛と思えば仕方の無い事なのかも知れない。



 そんなやり取りを全て見ていた、審判のムッターシャは敢えてそれをスルーしてくれた模様。そして明日のレイド作戦に参加予定の探索者達は、若者達の練習試合が始まると聞いて盛り上がっている。

 それは野次馬根性以外の何物でも無いのだが、A級同士の腕の見せ合いなど滅多に無いのも確か。お金を払ってでも見学したいと、審判の指示した土俵の周りに輪を描いて集まって来ていた。


 その盛り上がりは、地下格闘技戦にも通じるモノがあるのかも。護人も心配しながらも、この流れを中断する気力も持ち合わせていないので。

 勇んで舞台へと向かう姫香に、気をつけてと言葉を掛けるのみ。ハスキー達も遠吠えで応援、異様な雰囲気が周囲に立ち込める中での対人戦の開始である。


 向こうの少女は相変わらずのセーラー服姿だが、下にはしっかりスパッツを着用しているみたい。制服は彼女なりのアイデンティティなのだろう、そこは姫香も多少理解は出来る。

 高校も休みがちの彼女からすれば、気持ちの拠り所なのだろう。姫香は家族と自営業の手伝いを、早々に生活のメインに設定してしまったけど。


 そのせいで護人には心配を掛けたりと、そんな保護者の気持ちは少し成長した今の姫香にも分かって来た。集団生活や青春時代の経験は、やはり学校に行かないとつちかう事が出来ないのだ。

 勉強にしろ部活にしろ、切磋琢磨するライバルが身近にいる事の大切さもそう。目の前で闘志を燃やす同年代の少女を見て、そんな考えを今更ながら思ってみたり。

 もっとも、今更ながら姫香は高校に戻るつもりも無いけど。


「こっちは用意出来たよっ、試合のルールは把握してる? 武器ありスキルありのお相撲って感じかな、もちろん命の危険に繋がるスキル技は使用禁止だけど。

 まぁ、怪我しても紗良姉さんが控えているから安心していいよっ」

「それはこっちのセリフったい、ボコボコにされても文句は無かねっ!」


 気合入りまくりのなつめの武器の三節棍を警戒しつつ、姫香も土俵の中央へ。それからムッターシャの合図で、少女2人の戦いの火ぶたは切って落とされる。

 棗の戦闘能力は、かなり荒いけどそれなりに武術の基礎が見受けられた。三節棍の特殊な扱いにも長けており、逆に長棍に不慣れな姫香は危ういシーンも。


 それでも『身体強化』と末妹の『応援』込みの、姫香の身体能力は人間離れしたレベル。変則的な三節棍の軌道を、何と目で確認して避けると言う超絶防御を披露して。

 しかも不慣れとは言え、長棍は最近練習している『旋回』にとっても相性が良い。このスキルを纏わせれば、ただの木の棒が物凄く凶悪な威力の武器になるのだ。


 もちろん相手を深く傷付けるつもりもなく、練習の成果を発揮してのスキル発動なのだけど。得意の三節棍を弾かれた棗は、驚き顔で攻撃も荒々しくなってしまい。

 それでも向こうの得意スキルなのか、迅雷を纏った踏み込みからの棍のブン回しは超強烈だった。思わず物凄い跳躍で避けた姫香は、落ちて来るまで相手の良い的になりかけて。


 待ち構えられていた所を、『圧縮』空気の足場で回避する手法は既に何度も経験済み。周囲からはおおッと言うどよめきと、家族の応援の声をしっかりと聞き分けつつ。

 反撃に移る姫香は、既に戦闘ハイ状態で相手の配慮など吹っ飛んでいる。急降下からの飛び膝蹴りは、モロになつめの胸板にヒットして。

 対戦相手を、見事に場外まで吹き飛ばしての完全勝利に。


 棗の技量も大したモノだったけど、後半のムキになっての動きは残念ながら姫香には通用せず。逆にムッターシャ師匠に基礎を叩き込まれた姫香の方が、よほど武芸者のたたずまいでの迎撃をみせ。

 最終的には5分余りの攻防は、姫香の勝利で片がつく結果に。終盤を圧倒的な差を見せつけられて、円の外へと投げ出された少女はとっても悔しそう。


 3人の兄達も、かたきは取ってやると入れ込み具合は半端ではない様子。そして今度は年齢順に、長男の勇一ゆういちが妹から三節棍を受け取ってのリングイン。

 どうやら向こうは、兄妹で同じ武器を扱うらしい。


「ふむっ、こちらはA級で無くて申し訳ないが……俺が行こうか、探索歴はそれなりに長いし不足は無いだろう。軍隊で格闘技も習っていたし、接近戦も心得があるからな。

 連戦は無しのルールなら、ここは譲って貰うよ」

「行け~っ、ヘンリーのおっちゃんっ! 練習試合だからって、気を抜いて負けたら駄目だからねっ!」


 ガタイの良い元米軍兵士の登場に、この場はさっきとは違った盛り上がりを見せ始める。先ほどは華やかと言うか、それなりに技を披露する感じだったけど。

 今回はパワーと言うか、おとこ同士の闘いを前面に押し出した試合となって。長男もそれなりにガタイは良さげだが、それでもヘンリーにはまるで劣っている。


 なのだが、どうやらA級探索者の肩書きは伊達では無かった様子。或いはこの勇一が、向こうのチームのエース格なのだろう……何しろ手にする三節棍の扱いが、妹とはまるで違って生き物のように多彩な動きを見せ。

 ヘンリーも良く我慢して持ち堪えたけど、5分後には膝をついての審判によるストップが掛かって。ため息と拍手によって、第2戦目は幕を閉じたのだった。


 応援していた来栖家の子供達は残念そう、それでも次の出場者に再びやんやの盛り上がり。お祭り好きな猫娘のザジが、無手なら参加してもいいでしょと舞台へ歩み寄って。

 審判のムッターシャは渋い表情ながら、向こうの次男の武志たけしはヤル気満々。と言うか、好色そうに対戦相手を嘗め回す視線は如何いかがなモノか。

 まぁ、2分後には猫娘のパンチで顔面ボコボコにされていたけど。


 博多のA級チームの肩書きを持つ武志たけしだが、どうやら術士系のスキルを備えていた模様。のっけから蜘蛛の糸のような放出系のスキルで、猫娘を雁字搦がんじがらめにしようと企んだのだが。

 ザジはその魔法スキルを甘んじて受け、なおかつ力技で抜け出す荒技を敢行して。それからもっと来い的な挑発をかまして、相手を苛立たせ。


 飛んで来た魔法のつぶてを全てかわしての反撃ラッシュ。周囲の観客に被害が及ばないよう、それを叩き落とす審判のムッターシャの人外離れした能力も凄かったけど。

 ニャーニャー言いながらの連続パンチも、或いはトラウマになるレベルだったかも。


「あ~あ、ザジは毎回容赦が無いからなぁ……紗良姉さんの負担も考えてよね、向こうが膝をつかないようにわざと空中ハメ技使ってるしっ!

 おっと、次は『シャドウ』の鬼島さんが出るんだ。対人戦は相当強いって、『ヘブンズドア』の鈴木さんが言ってたけど本当かなっ、護人さんっ?」

「強いのは間違いないよ、ウチでの訓練でも足捌きをムッターシャに褒められてたしな。それより意外と盛況だな、この練習試合。

 明日は朝からレイド作戦だってのに、みんな元気だよ」


 そんな“人喰い”鬼島の相手は、博多チームの三男の隆三りゅうぞうが担うらしい。図らずも、どちらも木刀二刀持ちでテクニック派同士の闘いが見れそう。

 周囲の観衆も盛り上がりを見せる中、香多奈もルルンバちゃんに撮影を任せて応援に忙しい。そんな中で始まった戦いは、なかなかの見どころ満載で観客も途端にヒートアップ。


 これぞ対人戦と言う一進一退の攻防だが、どうも鬼島の方に余裕がある感じ。焦った隆三りゅうぞうが、先手を打って何か強化系のスキルを使用したらしいのだが。

 その効きが思ったようでも無くて、更なる焦りに捕らわれる対戦相手。どうやら鬼島の弱体スキルか、もしくは《スキル奪取》がバッチリまったのか。


 動きが途端に良くなって、そこからは完全に鬼島の流れに。かくして“人喰い”の二つ名は、汚される事なく回収されて5分後に決着がついての完勝に。

 これで納得出来ないのは、見事に負け越した博多の『ガリバーズ』の若者達だった。ガス抜きのつもりが、もっとフラストレーションが溜まった形なのは致し方が無い。


 そこで再戦を熱望する末っ子のなつめに、私が相手をするよと星羅が名乗りを上げ。土屋女史や舞戻まいもども、それなら私たちもと参戦表明。

 どうやら日馬桜町の探索者たちは、毎日の特訓をこなしているだけあって対人戦に慣れているみたい。それぞれ対戦者を募りながら、場は次第に異様な盛り上がりに。


 ちなみに勢い付いて対戦を希望した星羅だったけど、今度は博多のセーラー服少女に勝ちがついた。さすがの元A級ランカーも、この短期間での前衛デビューはまだ無理みたい。

 護人としては、彼女の身バレを心配したけどそんな気配も無いようでホッと一息。それから土屋や舞戻も、それぞれ見事な戦いを見せてくれて。

 教官役のムッターシャも、審判をしながら満足そうな笑み。





 ――レイド作戦前夜のキャンプ村は、そんな感じで盛り上がって更けて行くのだった。







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