第517話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その20



「そうだな、山陰って一括ひとくくりにされがちだけど……島根と鳥取の正確な位置関係も、答えられない人も多いかもだけどっ。違うから、明確に違うからっ!

 世の中には、そこんトコロがなかなか伝わんねぇな!」

「テレビ全盛の頃に、『冠ルーヤ』って女性芸人のコンビが山陰居住バラエティってのやってたよな。あれが島根と鳥取を行き来してて、それでますます混乱してんじゃね?

 “ガンバレルーヤ” のまひるは、島根じゃ無くて鳥取の出身だもんな」


 島根出身のA級探索チーム『ライオン丸』は、現在自前のキャンピングカーで移動中である。その車内で議論しているテーマは、毎度の山陰討論で毎回全員が熱くなる話題だ。

 出身地と言うアイデンティティの確立は、探索者になっても彼らには大事なようで。チーム内での言葉の遣り取りで、それを確認する作業でもあるようだ。


 現在一行が向かっているのは、中国山脈を越えての広島入りのルートである。久々の広島だけど、春の間も彼らはそれなりに忙しく探索業務に関わっていた。

 地元の騒動に加えて、お隣の鳥取の案件にもヘルプ依頼を申し込まれ。そのせいで、山陰出身の微妙な感情が揺さぶられたとも。


「有名バンドの『髭ダン』もアレだな、混乱の元だよな……ボーカルの人は島根出身だけど、鳥取の出身者もメンバーに何人かいるし。

 しかしまぁ、まひるはともかく有名漫画家の“水木しげる”先生や“青山剛昌”先生が向こうなのは、ちょっとポイント取られた感はあって悔しいな。

 イモトアヤコも、同じく鳥取出身だし」

「それを言うなら、“オードリー”若林の母親が島根出身だぞ、そこを誇るべきじゃないか? 元広島カープの、大野投手や佐々岡監督もそうだし。

 もっと我々の島根に自信を持て、修一!」

「誰でも知ってる有名人でも、竹内まりやとか錦織圭選手とかいるしな。コナン駅やコナン空港なんて、所詮はローカルネタでしかないぞ。

 他にも、島根出身には竹下首相やアニマル浜口がいるからな、修一!」


 首相とプロレスラーを、同列に語るのはともかくとして。そんな感じで、チーム最年少の修一を鼓舞するリーダーの勝柴かつしばやヒーラーの向井である。

 チームの仲は、長年一緒に暮らしているだけにそれなりに良好で。特にリーダーの勝柴の、変なノリにも全員が慣れて来てチームとしてこなれて来た感も。

 いや、類は友を呼ぶ的で皆が変人なのかも知れないけど。


 女好きで軽いノリで有名な、島根のA級探索者の『ライオン丸』だけど。その実力が確かなのは、各地方の協会も認める所である。

 そして今回呼ばれたのも、かなりの難題で以前に挑んで失敗した“喰らうモノ”ダンジョン案件みたい。広島の協会から、今度は人数を増やして挑みたいとの報告を受け。


 チーム内でも、あそこはヤバいから受けるべきではないとの意見が出たのも事実。ところが新規参加のチームが、女性のみでの編成だと聞いた途端に。

 手の平を返しての、是非とも参加すべきとの意見で締められる結果に。ついでにその女性探査車の、写真やプロフィールも協会に問い質すのも忘れない。


 かくして、本能でつき動く4人組のチーム『ライオン丸』のメンバーである。その実力も、春の1シーズンを経て確実に成長を遂げており。

 自信は当然あるが、相変わらず女性との縁の遠いチーム事情に。降って湧いた、女性探索者との合同ダンジョン潜入ミッションである。

 これを逃す手は無いと、盛り上がる一行。


 ――かくして『ライオン丸』は、半年振りに広島入りするのだった。









 “喰らうモノ”の分身体に、自ら『紅蓮』と名乗った巨体の赤鬼だったけど。今はその見上げる程の体躯のそこら中を傷だらけに酷い状態だった。

 廃墟の隠れ家へと何とか逃げ込んで来たけど、その顔は忌々しそうに歪んでいる。厄介事に巻き込まれたのは一目瞭然、しかも手痛くやられたと見える。


 それを冷ややかな目で見つめる、ダークフェアリーの『琥珀』と“喰らうモノ”の分身体の『餓鬼丸』である。それを見るに、この悪鬼同盟には仲間意識とか同情なんて言葉はないよう。

 それよりも赤鬼『紅蓮』の悪態を聞くに、どうやら同族の異界の鬼に見付かってしてやられたらしい。相手は老人鬼と妙齢の女鬼と小鬼の3体で、『紅蓮』は以前から目をつけられていたらしい。


 必ず仕返ししてやるとの怨嗟を繰り返す『紅蓮』だが、その具体的な方法は無い様子で。しばらくして、“喰らうモノ” 『餓鬼丸』は食事に出掛けて行った。

 つまり今は夜も更け切った深夜で、巨大な月が天空を支配してまるで異界の情景。夜は彼らの独壇場の時刻ではあるが、今は動くべき時ではないようだ。


 どうやら仇敵の異界の追っ手も、近くに居を構えているようで。住処を移すべきかと、内心で考え込んでいる『紅蓮』ではあるけど。

 その厄介者を排除するために、こうやって異界のハグレ物同士で連合を組んだのだ。逃げ出すのもお門違いな気がして、それなら『餓鬼丸』に安全地帯を造って貰う方が早い気も。

 何しろ“喰らうモノ”の本体は、ダンジョンの能力を取り込んでいるのだ。


「いやはや、偶然にも追っ手に見付かって良いトコロが無いナ『紅蓮』よ……こんな調子では、我らノ計画も先に進まヌでは無いカ。

「放っておいてくれ、『琥珀』……奴らとは仇敵で、こちらの戦闘能力は全て知られておる。こうなるのも自明の理だし、逃げ切れただけで本当に幸いだった。

 計画に変更は無い、この地で我らは異界からの同志を募る」


 そう息巻く巨躯の赤鬼だが、行き詰っているのは雰囲気からも察せられる。“喰らうモノ”こと『餓鬼丸』を連合に引き入れたのも、良心からとはかけ離れており。

 この世界に混沌を、大手を振って陽光の下で生活している人類に破滅を。それが彼らの望みであり、果たすべき使命でもあるのだが。


 どうやっても手数が足りずその計画は滞ったままと言う有り様で。最近はこんな感じで、日中は隠れ家に潜んで夜にそれぞれ活動する感じの彼らである。

 そして今夜は運悪く、『紅蓮』が追っ手の鬼に見付かって手傷を負わされて。『餓鬼丸』はそれに構わず、いつも通りに食事を探しに出掛けて行くと言う。


 ところがその“喰らうモノ”の分身体が、いつもと違う行動を起こした。彼らの隠れ家は、人里離れた山奥に位置する廃屋の中の1軒だったのだけど。

 その付近に、“変質”した捨て犬が2匹ほど住み着いており。その存在をやたらと気にする素振り、どうやら自分の敷地に潜入した来栖家とハスキー達の関係を観察していたらしい。


 或いは、自分にもそんな仲間が欲しいとの思いからの行動だったのかも。そしてそれは、無残に飼い主にうち捨てられた犬達にしても同様で。

 狂暴化を伴う“変質”と言っても、犬の本質までは変わらない。醜く変貌を遂げた2匹の兄弟犬は、“喰らうモノ”からの餌付けに次第にその態度を軟化させて行き。

 ついには、同じく醜い容姿の彼をあるじと慕うように。


 そしてその懐いた犬達を、隠れ家に連れて来た際の『紅蓮』と『琥珀』の驚きようと言ったら。まるで雄鶏が卵を産んだかのような、そのリアクションだけど。

 それも当然、“喰らうモノ”にペットなんて規格外な出来事過ぎる。


「いや、それはそれで新たな仲間の増やし方で合っているのか?」

「破天荒じゃナ、『餓鬼丸』よ……だが良い、ソナタが暗黒界の王となレ」


 ――羅刹連合のパズルのピースも、少しずつ形を作って行くようだ。









「宮島は正直、肩透かしと言うか普通に安定していてビックリしたな。“浮遊大陸”関連の異変だから、てっきり三原で騒ぎを起こした獣人軍とホムンクルス軍が関わって来るかと思ってたんだが。

 仕方無いから、“厳島ダンジョン”の間引きだけして市内に戻ろうか」

俊也しゅんやのデビュー戦には、A級ダンジョンはちょっとハード過ぎじゃないか? まぁ、他のダンジョンは探索者で賑わっているから、お邪魔しちゃ悪いだろうけど。

 ここまで来たんだし、そんじゃそうするか、光琉ひかる?」


 現在、“皇帝”甲斐谷光琉ひかる率いるチーム『反逆同盟』は、宮島の海に面するホテルに滞在していた。協会からの依頼で、宮島とワープ魔方陣で繋がった“浮遊大陸”の様子を窺って来てくれとの依頼に。

 チームではせ参じた次第だが、完全に肩透かしを食らってどうしようかなと考えている現状である。“浮遊大陸”にいるとされている異界の敵対勢力は、今の所はとっても静かで。


 こちらとの接触を避けているのか、それとも地上に降りて来る手段が無いのか。或いは力を溜めている最中かも知れないが、動きが見えないのでは報告のしようも無い。

 そんな訳で、最近チームに加入した盾役の椎名燿平ようへいの弟の俊也の肩慣らしに。“厳島ダンジョン”の間引きでもしようかとの提案に、チームは傾きつつある様子。


 その後のチームの予定だと、今度は県北の庄原市に遠征におもむく予定。S級チームとなると、安穏と市内に閉じこもってなといられない。

 そう言う点では、西広島のA級チーム『日馬割』も最近は活発に動いているようだ。三原の案件での遠征後に、今月は山口県方面へと出掛けているそうで。

 最終的には、“秋吉台ダンジョン”にレイド参加する予定らしい。


 心情的には、その活躍はとっても助かるのは確かなのだが。あのチームには、女性や子供が多いのを知っている“巫女姫”八神は微妙な表情。

 もっとA級チームが増えて欲しいよねと、本音がポロリとこぼれるも。親しい間柄の『ヘリオン』や『麒麟』チームの主力は、B級で足踏みしている次第である。


 彼らもギルド運営に時間を割かれ、探索オンリーとは行かない様子で。それは甲斐谷がギルドを設立しない、思いっ切りメインの理由だったりもする。

 つまりは、他人の世話よりまずは自身のチームが強くなるのだと。それは何とか成功したけど、今は後続のコマ不足に悩んでいると言う。

 そう言う意味では、本当に世の中って良く出来ている。


「まぁ、俊也も器用だし何度か実践を踏めばチームにフィットするだろう。光琉ひかるのワンマン前衛からの脱却が、チームの課題でもあるからな。

 “浮遊大陸”の動きも、真穂子まほこの予知には何も引っ掛からなかったんだろう? それなら放っておいて大丈夫さ、ウチらに出来る事は何も無いってね」

「確かに、予知には何も引っ掛からなかったけど……そんなピンポイントに、見たい未来が見える訳じゃ無いって何度も説明してるでしょ、燿平ようへい

 今はやっぱり、夏過ぎに起きる西広島の異変ばかり見せられてるわ」

「あぁ、ダンジョンが消失に悲鳴を上げるって奴か……それから確か、異界の悪鬼が悪巧みを練ってるシーンだったか?」


 “巫女姫”八神の《予知》スキルは、実は『夢見』と一緒で見たい未来が好きに見れる訳ではない。ある程度意識を向ければ、ピントがその周辺に合ってはくれるけど。

 そう言う点では、来栖家チームのあの小学生の第六感の方が便利かも。以前の“兎ダンジョン”動画を観ていて、思わずそう思う真穂子である。


 彼女の《予知》では、他にもどこかの島に新造ダンジョンが生まれるなんて物騒なのもあったけど。詳しい場所や時期は分からず、協会に報告はしたモノの打つ手は無し。

 西広島の件にしても、はっきりした事は分かっていないので。次に向こうに出掛けた際に、来栖家チームにそれとなく告げる程度しか出来ないだろう。


 チーム内でも、青空市への参加は恒例行事として定着している感も。今回はチームに新メンバーも加わったし、魔法アイテムの掘り出し物を探すのも悪くない。

 それからお互いの活動報告をしたり、他愛のない話で時間を潰すのも良い。S級チームと持てはやされているが、それは裏を返せば孤高と言う意味でもある。

 対等の存在がいるって、どれだけ有り難い事か。





 “巫女姫”八神は願う、来栖家チームに幸多からん事を――








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